〇石原裕次郎に負けない長~い足
私は自称足の短い典型的な田舎暮らしの日本人です。若い頃は足の長い格好いい石原裕次郎に憧れましたが、結果的には醜いアヒルの子のままで74歳を迎えているものの、女性にもてなかった程度の不利益で、さしたる不都合もなく生きています。毎年この時期になると、分身と思われる私の影が、それは見事な足の長さに変身させてくれるのです。
昨日の夕方シーサイド公園へ夕日を見に出かけました。砂浜に下りてモニュメントを入れた写真を撮り終え振り返ると、足の長~い影が見えたので、嬉しくなって写真に撮りました。あの有名だった永六輔さんが元気だったころ、ハガキをやり取りする幸運に恵まれましたが、永六輔さんから頂いたハガキの中の一枚に、「夕日はどこかの朝日」と書かれたものがありました。
永六輔さんは残念ながら亡くなりましたが、私にとって自分の考えを変えてくれたこのハガキは、忘れられないお宝として、今も大事に木になるカバンに入れて、全国各地を持ち歩いています。永六輔さんの言葉を借りれば、自転・公転を繰り返す地球上では「夕日はどこかの朝日」だし、振り向いて見る自分の影足が長くなることもこれまた納得の手合いです。
以来私は自分の足の短さにコンプレックスを持たないようになりましたが、ひょっとしたら石原裕次郎より長いと、バカなことを思ったりしました。自分の顔写真ならまだしも、影を写真に写す愚か者は、今日も元気で10月8日の朝を迎えています。既に朝の散歩で万歩計は7千歩を越えています。
「若い頃 自分の短足 嘆いてた 女性にもてず 多少は残念」
「砂浜に 映った自分の 黒い影 まるで足長 おじさんのよう」
「振り替えりゃ 夕日どこかの 朝日です 永さんハガキ 価値観変える」
「馬鹿だねえ 自分の影の 写真撮る 自分で納得 足の長短」