人間牧場

〇かすかな記憶

 朝四時
 遠くで漁船のエンジン音が聞こえる
 港から沖合いの漁場に向けて
 出港する船の音だろう
 外はまだ暗いし寒い
 もう五十年も前
 漁師をしていた私も
 同じように
 暗くて寒い海を
 沖合いの漁場に向って走っていた
 かすかな当時の記憶が蘇る

 朝五時
 遠くで鉄橋を渡る列車の音が聞こえる
 ふるさとの駅から
 松山へ向う一番列車の音だろう
 外はまだ暗いし寒い
 もう五十年も前
 漁師をしていた私は
 ガンで入院していた親父の見舞いに行くため
 一番列車に乗っていた
 その親父も今年の夏逝った
 かすかな当時の記憶が蘇る

 朝六時
 近くで砂浜に打ち寄せる
 波の音が聞こえる
 外はまだ暗いし寒い
 もう二十年も前
 役場に勤めていた私は
 この砂浜で熊手を持ち
 凍える手に息を吹きかけながら
 一生懸命掃除をしていた
 十二年も続けた掃除
 かすかな当時の記憶が蘇る

 朝七時
 傍で赤々と燃える
 灯油ストーブ上のヤカンの音が聞こえる
 外は明るくなり始めたが寒い
 もう十年も前
 定年退職した私は
 この部屋で今と同じように
 パソコンに向って
 ブログを書いていた
 あれから何枚書いたことだろう
 かすかな当時の記憶が蘇る
 
 
 
 
 

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