〇21世紀えひめニューフロンティアグループ総会
私は昭和51年、総理府派遣の第10回青年の船に班長として乗船し、アメリカ・メキシコで大きなカルチャーショックを受けました。帰国して余韻覚めやらぬ明くる年、土地を購入して自宅を建設し、その横に青年のたまり場煙会所を建てたのです。以来37年間煙会所は私の目論見どおりたまり場となって、多くの人を迎え現在に至っていますが、煙会所を建てて間もない昭和56年、私が中心になって青年活動で知り合った仲間と、21世紀えひめニューフロンティアグループというボランティアグループを結成し活動を始めました。今は当時の活気ある活動は見られないながらも細々ながら続いているのです。
私が町の教育長に就任していた2年間だけ大野さんに代表を委ねましたが、退職後再び代表に就任し現在に至っているのです。そのグループの総会が25日の土曜日、今治市新谷の河上さん宅で行なわれました。集まったのは10人ほどでしたが、去年一年間を総括し今年の活動について話し合いました。例年総会は煙会所で開いていましたが、今治に会員が3人もいるので、河上さん宅で総会を開くのがすっかり恒例となってしまいました。
この日私は、子ども体験塾が2時過ぎまであったため、片付けや知人に会う約束もあって、4時過ぎに軽四トラックで、奥道後~水が峠~今治の道を選んで走りました。折から振り出した久しぶりの雨の中、河上さん宅へ到着したのは午後6時を回っていました。
三々五々集まったメンバーと、河上さんの奥さんが作ってくれた美味しい料理に舌鼓を打ちながら、楽しい食談会となりました。33年前のグループ結成時には若かったメンバーも、リタイアしていい歳となっていることが一目でわかるような風貌です。
私たちはこの三年間で千本の桜を県下各地に植える、千本桜の森づくり事業を、関奉仕財団の財政的支援を受けてやってきました。目標どおり桜の植樹は終りましたが、今年は自分たちにつながる場所へ、少し大きな枝垂桜を植えようと計画しています。また世界遺産を巡る旅も昨年までに広島原爆ドーム、安芸の宮島、石見銀山、姫路城、奈良京都の神社仏閣、熊野古道、飛騨高山合掌造り、屋久島と巡り、今年は日光東照宮を予定しています。
今年は次なる世代を育てるために、人間牧場などを利用して若者を育てる活動もしようという相談もまとまり、いつになく活発で建設的な意見が沢山出ました。私たちにはかつて無人島キャンプをしたころのような馬力もなく、もう若くはありませんが、今まで支えてもらった人や社会に万分の一でもお返しをしようという気持ちだけは今も健在です。
この33年、こんな小さな名もなき集団を空中分解することもなく続けられたことを誇りに思うし、これからも力の限り恩返しをしたいと思っています。私は代表ゆえにグループを愛し、グループを正しい方向に導かなければなりません。そして何よりもグループのために一歩踏み出し実践することが大事です。さあ今年も頑張りましょう。河上さんご夫妻おご馳走さんでした。明くる日の予定があって私は泊まらず帰宅の途に着きましたが、水が峠のトンネル工事のため、かなりの時間午前0時過ぎに足止めされ、自宅に到着したのは午前1時頃となってしまいました。
「ボランティア グループつくり 色々な 活動三十三年 楽し思い出」
「ふさふさの 髪もなくなり 事務局長 ハゲの哲学 笑い話に」
「1年に 一度集まる 総会は お酒も入り 賑やかでした」
「代表は グループ引っ張る 力持つ 気概を持って 今年頑張る」