○小さな努力で大きな成果を得ようとすると長続きしない
私たち人間は得てして「小さな努力で大きな成果」を得ようとするものです。その結果自分の努力が小さいにもかかわらず大きな努力をしたと勘違いし、成果の小ささを嘆きながら、「これ程努力してもこんな小さな成果なら、いっそのこと辞めてしまおう」と諦めてしまうのです。私の場合も若い頃はその繰り返しだったようだと短くも長い半生を振り返り、小さな努力をコツコツすれば、その努力の成果がやがて大きくなるのだと信じれるようになるのには、ある程度心の余裕が出来る年齢も必要ではないかと思うこのごろです。
昨日の夜、私宛に届いた友人である玉井さんからのメールに「努力と成果」の相関関係について、先日私が玉井さん宛てに差し出したお礼の返信ハガキに、奥さんの話を引用しながら私が役場在職中にやった海岸清掃のことが述べられていました。
私が毎朝早起きして5時から8時まで、自分の造ったシーサイド公園の海岸清掃を思いついたのは、ある著名な方から「掃除も出来ない人間にまちづくりを語る資格はない」と諭されたからです。当時シーサイド公園の建設には町議会議員などの反対意見が多く、毎日「人が来ず赤字になったらどうするのか」と罵声を浴びせられたものでした。「あわよくば私の努力する姿を見せれば、反対する人に理解を求めれるかも知れない」と、小さな努力で大きな成果を求める私の甘い考えは、寒風吹きすさぶ冬の寒さや汗まみれにならなければ片付かない膨大の漂着ゴミの量に、ことごとく打ち砕かれました。
それでも諦めず一日3時間の掃除を、何と教育長を最後に役場を辞めるまでの12年間続けたのです。私の小さな実践的努力はいつしか人々の心を打ち、目指した反対意見の説得という目標どころか、シーサイド公園の活性化に大きな役割を果たすことが出来ました。毎日掃除をするだけの小さな努力をコツコツやる、その積み重ねは今でも人の語り草、自分が自分に贈る無形の勲章になっているのです。
後日私はこの掃除が認められ、国土交通省から「真似しない真似できない観光カリスマ」という称号を与えられ、「観光カリスマ百選」に選定されたのですから世の中は分からないものです。
私は凡人ゆえに大それた大きな成果を期待しても出来ないことを悟っています。ゆえに小さなことをコツコツやるしかないのです。
ハガキを毎日3枚書くことも、ブログを毎日2本書くことも、人から見れば他愛のないことでしょうが、ハガキで深い人間関係を作り、ブログ記事で様々な想いを文字にして記録し記憶させる小さな日々の努力は、自分の人生を存分に楽しみながら生きていると、自分自身を納得させているのです。多分ハガキもブログも大きな成果など得ることはできないでしょうが、私がきっかけでハガキやブログに目覚めた人も何人かいて、それはそれなりの小さな効果を出しているようです。
さあ今日も一日3枚のハガキと、一日2本のブログを飽きもせず書こう、朝4時起床の生活習慣が私の心にネジを巻いているようです。
「さあ今日も 大きな成果 期待せず ハガキ三枚 ブログを二本」
「コツコツと 私毎日 アリのよう キリギリスには なれないようだ」
「人生は 終わってみなきゃ~ 分からない 自分納得 それでいいのだ」
「習慣に なって実践 しめたもの 後はどれだけ 続けられるか」