○今年は寒いです
「歳をとったら寒さ暑さが身に染みる」という言葉を親父は口癖のように言っています。夏になれば冬の寒さを思い、冬になれば夏の暑さを思うのは誰しもでしょうが、60歳の坂を越えた私にとっても今年の冬は、親父の言葉を彷彿するような寒さを実感する今日この頃です。
私は朝が早いです。毎日4時には目が覚め、自分の書斎でその日の仕事の準備たる仕込みをします。本を読んだり原稿を書いたり、物思いにふけったりするのですが、人より少し早く起きて始めるこの「仕込み」によって、自分のスキルが随分高まったことを思うと、やはり「早起きは三文の得」なのでしょう。
朝の寒さは一日の内で最も身体に堪えるように思います。まるで日本列島が冷蔵庫に入っているような昨今の寒波襲来は、今年の事件事故を思い出させ、寒々とした雰囲気で余計に寒さが募るようです。
寒さ対策にと妻がパッチを用意してくれました。私は自分で若いとと思いつつ下着は袖なしランニング、パッチなんて余程のことがない限り穿いたことはありませんでした。みんなが「まあ若松さんはお若いのね。そんな薄着で」なんて褒められるものですから、いい気になって薄着で通してきました。でもその結果この30年余り一度も風邪をひいたことがないのですから、「馬鹿は風邪をひかない」の例えどおりそれはそれとして薄着の効果だと自分は思っています。
妻は「それを年寄りの冷や水という」と言うのです。「薄着して風邪をひいても誰も褒めてくれない」とも言うのですが、その妻はババシャツなどの厚着をしていつも風邪をひいているのです。
でも人の好意は甘んじて受けようと今年の冬はパッチを愛用してますが、これも慣れればそんなに温かく感じないものなのです。
昨日新潟県では雪と風と塩による停電が起きて、一日中復旧せず暖房も各所で止まるなどの大パニックが起きました。日々の暮らしを何気なく支えている電気も、なくなると生活が立ち入ってゆきません。灯油のストーブだって電気がないと燃えないのです。雪と寒さに震えながら電気のつくのじっと待っている人々のことを思うと寂しくなります。
今朝はストーブを付けずに厚着をしてこのブログを書いてます。
「朝会いて寒いとあいさつ返りくる厚着のおばちゃん背中丸めて」
「寒いのは懐なのかも知れません始めて迎えるリタイアの冬」
「俺よりもリッチな孫のお小遣い福沢諭吉も見え隠れして」
「夏がいい冬になるとそう思う過ぎた季節をうらやむように」