人間牧場

〇冬野菜の植え付け準備

 秋が深まりつつありますが、今年の秋は例年になく暖かく、畑の冬野菜類は青虫黒虫の被害に遭って、農薬を使わないため白菜などは、まるでレースのように虫に食われているものもあります。虫が食うほど安全だからと多少見すぼらしい感じもしますが、妻は色々と工夫しながら食卓に出してくれています。

玉ネギの作付け準備を終えました

冬野菜の最後は玉ネギを植えなければなりません。先日サツマイモを掘った跡地に牛糞を振り撒き、耕運機で中耕をしていた畑を地ならしし、穴開きマルチを敷きました。マルチを使うことで春草を押さえようとする魂胆です。マルチの穴は横5穴なので、50列穴×5穴で250本×2畝=500本を植える計画です。

植え付けの準備を終えたので、今週にでもモミジという晩生の玉ネギの苗を水口種苗店で求め、植え付けたいと思っています。玉ネギは11月に植え付け来年の5月に収穫する、最も長くかかる作物ですが、ジャガイモとともに一年中料理に使うので、失敗の許せないものなので、慎重に作付けしたいと思っています。

「さつま芋 掘った跡地を 耕して 玉ネギ植える 準備着々」

「雑草を 取る手間省く 方法は マルチをかける これが一番」

「予定では 玉ネギ晩生 500本 かけ算しつつ 風飛ばぬよう」

「さあこれで 準備万端 整った 今週中に 植え付け予定」

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〇早くも11月、時の流れは早いです

 10月の終わりに孫たちがハロウィンパーティを企画し、わが家の中庭に私が造ってやった孫たちのたまり場ミニハウスは、20人を超える近所の子どもたちが集まり、夕方から午後9時までワイワイガヤガヤと賑やかにやっていました。古代ケルト人のお祭り程度の知識しかないし、東京渋谷の街を仮想して練り歩きながらバカ騒ぎすることすら奇妙に感じている私ですが、孫たちにとってはとても楽しみな恒例行事になっているようです。クリスマスもハロウィンも日本人の暮らしにすっかり馴染んでいるようです。

ハロウィンパーティの会場となった庭のミニハウス
カボチャもくり抜かれて
段ボールに書かれた会場案内
石垣にも
仮想して
夜9時まで

 気温がいつもの年より高かった10月も終わり、早くも11月です。年賀状が発売され始めたというニュースに、あと2ヶ月で正月を迎える時の流れの速さを感じながら、日々を過ごしています。今日は3連休の最終日です。サンデー毎日の私ゆえ連休など余り気にしてはいませんが、昨日は昨年末に亡くなった義姉の一周忌法要があり、妻と長浜に住む義弟と八幡浜の菩提寺へ出かけましたが、昨日の朝の新聞で近所に住む知人の訃報と告別式の予定をお悔やみ欄で知り、会食もそこそこに引き返し、伊予市のセレモニーホールでの葬儀に参列して梯子となるなど忙しい一日でした。

 孫たち息子家族はホテルにも泊まらず東予港から出ているフェリーで、USJ(ユニバーサル・スタジオ・ジャパン)へ遊びに出かけ、て昨日の夜は私たち夫婦だけの静かな夜を過ごしました。二人の孫がいないだけでこうも静かなものかと、改めて孫たちの存在の大きさを実感しましたが、今朝早く元気に帰って来ました。警察官をしている3男も帰宅してわが家に活気が戻り、妻は腕によりをかけ料理作りに励んでいます。

「いつの間に ハロウィン日本に 広まって 孫たちまでが 楽しみ遊ぶ」

「ハロウィンも バレンタインも 私には これから先も 縁遠いもの」

「孫たちの 姿見ながら つくづくと 古くなったと 少し寂しく」

「若い頃 ロスアンゼルスで ディズニーを 観た衝撃が 忘れられない

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〇夫婦って何?

 私たち夫婦は、お見合いで知り合い結婚しました。私の記憶が正しければ来年の5月5日で晴れて50年の金婚式を迎える予定です。先日整理をしていると永六輔さんから頂いた本を見つけました。その中に夫婦について書いていました。10代の出発ではなく20代で夫婦になったのは私26歳、妻25歳で結婚した日からでした。10代繰り上げれば20代で夫婦にになった私たちは、今が「お互い感謝で夫婦」だと言い得て妙なる表現に納得しています。

4人の子育てをしながら30代で家を建て、35年間仕事に情熱を燃やした私と、家計のやりくりに半生を費やした妻との役割分担協力があったからこそ今があるのですから、締めの言葉の「やっと夫婦」なのかも知れません。さて永六輔さんはやっと夫婦の後のあり様を残念ながら書いていません。さしずめ70代は余生を楽しむ夫婦、80代は助け合い・いたわり合いの夫婦、90代はどちらかがどちらかをあの世に見送る夫婦、最後はやっとゼロに戻って「やっと夫婦THE・ENDです。」なのかも知れません。

私たちは70代夫婦です。今はどちらもどうにか元気で、どちらも自動車の運転ができます。今のうちに余生を楽しむことをしなければなりません。さらに亭主関白だった私も少し心を入れ替えて、今から助け合い・いたわり合いに転じなければなければなりません。やがてどちらかがどちらかをあの世に見送りTHE・ENDになるまで・・・。

「永さんが 私にくれた 一冊の 本に夫婦の あり様書かれ」

「永さんは 70代から どうなのか? 書いてないので 私な・り・に」

「結婚し 夫婦になって 50年 これから先を どう生きようか?」

「これまでが これから決める だとしたら もっと幸せ なるはず期待」 

 

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〇3m下の田んぼにダイブ

 昨日の朝5時30分、いつものようにブログを書き終え早朝ウォーキングに出かけました。出かける時愛用のLED懐中電灯が探しても見つからず、勝手知ったる道だと思い、結局無灯火状態で歩き始めました。この時期は夜明けが随分遅くなり外は真っ暗です。加えて夜明け前が一番暗く遠くの街灯の光が目に入り、足元は手探りならぬ足探り状態でした。

朝五時の外は真っ暗です

 家を出て50mほど行ったところでガードレールのない高さ3mもある直立護岸のある場所に差し掛かりました。ウォーキング中は色々なことを考えながら歩きますが、考える暇もなくあっという間に足を踏み外し、何と3m下の田んぼ畔に落ちました。落ちた場所には引っ付き草が沢山生えていて、まあ頭の先から足元まで泥棒引っ付き草がいっぱいついて、暗闇ゆえ自分の姿が分からないものの、とんでもない姿になりました。

 これを不幸中の幸いと言うのでしょうか。手のひらと肘を少し擦った程度で、頭も顔も手足も胴体も、何のお咎めもありませんでした。畦畔を通って道に上がり、衣服に付着した引っ付き草を払いながら、再び約7千歩ほど歩いて自宅へ帰りました。妻に顛末を話すと「早朝の暗い時に歩くのは危ないから止めるよう再三注意しているのに」と、きつく教育的指導を受けました。そんなことを言われても明くる日も止めず歩き続ける私のために、見当たらないLED懐中電灯を一緒に探してくれ、見つけることができました。

 今朝ウォーキングの途中、落ちた現場をLED懐中電灯で照らして覗き込みましたが、その高さに少し足が震えました。それもこれもウォーキングの途中にある石仏さんや氏神の天一稲荷神社に毎日お参りしているからだと感謝し、今朝は少し思いを込めて手を合わせたり柏手を打ってお礼のお祈りしました。「もう歳だから」と妻に言われ、私自身も「まだまだ若い」と思っているものの、「やはり歳には勝てんな」と自覚した次第です。体も心も気張って見ても歳相応だと自覚した小さな事故の顛末でした。

「毎朝の ように歩いて いる道を 無灯火歩く 愚かさ露呈」

「3m 直立護岸を 踏み外し ダイブしました 甲すり傷程度で」

「ウォーキング 途中あちこち 石仏 氏神様に 礼拝守られ」

「歳だから 無理をするなと 妻注意 今度ばかりは 聞く耳持って」

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〇桜の花が満開です

 昨日の夕方、親類の漁師さんから「建て網に小魚がかかったので取りに来るように」と電話がかかってきました。夕暮れの道を下灘に向かって走ると、西の彼方に綺麗な夕日が落ち始めていました。急がねば「秋の夕日はつるべ落とし」と言われるほど早いのでせかされ、貰った魚を軽四トラックの荷台に積んで持ち帰りました。

昨日の夕日の写真は桜の花が咲いたような写り具合でした
今時珍しい満開の桜
上灘の谷の夕景

 いつものことながら、沢山あるのでいつも色々ないただき物をしている、西岡さんと宮栄さんにお裾分けをしてあげました。その帰り道翠小学校の奥にあるからこ橋付近で、桜の花が咲いているのを見つけました。この桜の木は毎年春と秋に咲く珍しい木です。誰が植えたか定かではありませんが、こんな時期に咲く桜は珍しいので、車を路側帯に止め手持ちのタブレットで証拠写真を撮りました。

 写真を撮り終わるとあっという間に薄暗くなって、ライトを点けて自宅へ帰り、残った魚の粗調理を妻の割烹着を借りて1時間余り孤軍奮闘しました。風呂に入り食事を終えパソコンでfacebookを見ると、この時間友人の小西さんは山の上から夕暮れの青島付近の写真をアップしていました。青島は人間牧場から見ても同じように見える不思議な島です。

小西さんが撮影した昨日の夕景写真

「このところ 秋の夕焼け 鎌を研げ 言わんばかりに 好天続き」

「親類の 漁師さんから お裾分け 貰った魚 さらに裾分け」

「道沿いに 秋だというのに 桜咲き 珍し光景 写真に収め」

「同じころ 同じ方向 山の上 観る人ありて facebookで」

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〇人間牧場の取材

 昨日は3回も人間牧場へ行きました。「人間牧場を訪ねたい」という人は順番待ちほどではありませんが相変わらず多く、その都度状況や要望に応じて対応しています。普通の人は人間牧場が家の隣の直ぐ近くにあったり常駐していたりするものだと思い、中には「お泊りをお願いしたい」という人まであって様々です。

 人間牧場はわが家から10㎞以上も離れた、標高130mの高台にあるため、家から片道20分以上はかかり、しかも牧場=広い草原のイメージとは程遠く、海と空をコスモス(空想)の牧草に見立てているので、急峻な狭い軽四トラックで案内すると、体が固まる程緊張して「何処へ行くの?」、私「はい天国です」何て馬鹿げた洒落で一笑に付しています。

取材に見えられた女性記者さん

昨日の3人目のお客さんは新聞記者の若い女性でした。4月に新聞記者になって松山支社に赴任したという、車も仕事も初心者マークでしたが、そこは洗練されたマスコミ関係の人で、1時間余りにわたって鋭い質問取材を受けました。その模様は後日の新聞で紹介されるようで楽しみです。

 私への新聞やテレビの取材は、少なくなったとはいえまだまだ多く、私のブログやネットで関連記事を読んだり人の紹介による取材依頼は、断る理由も余りないので臨機応変に対応していますが、取材に来た人から学ぶことも多々あって、昨日もいい勉強をさせてもらいました。

「この歳に なっても新聞 テレビなど 取材も多く その都度対応」

「牧場は 家の近くと 勘違い 10k以上も 離れた場所に」

「牧場は 広い草原 思い込み 海・空コスモス やっと納得」

「昨日今日 何度も牧場 往復し これもまたよし 教育(今日行く)教養(今日用)」

 

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◯シーサイド公園での微笑ましい光景

今日は秋の好天に恵まれました。人と待ち合わせをするため午前中シーサイド公園に行くと、最近よく見かける砂浜での結婚式の前撮りと思われる光景に出くわしました。若いカップルの微笑ましい姿に賛辞を贈ります。

 

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〇秋の夕日夕焼け

昨日は農作業を終えて見上げた、わが家の借景である本尊山が夕日で赤く染まっているのに気が付き、単車を走らせてシーサイド公園へ夕日を見に出かけて行きました。この時期の夕日は空気が澄んでいるため美しく、一眼レフやデジカメを用意する間もなく使い慣れた手持ちのタブレットで、自称日本一と思っている自慢の夕日夕焼けを何枚か写真に撮りました。

 

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〇双海中学校10周年記念式典

10年前、上灘中学校と下灘中学校が統合して双海中学校が誕生しました。あれから早くも10年の歳月が流れましたが、昨日は10周年の記念式典と記念行事がIYO夢みらい館(伊予市文化交流センター)で開かれ、学校評議員として式典に出席しました。本当は漫画家いづみかつきさんの記念講演や双海中フェスタを観劇したかったのですが、松山市コミュニティアドバイザーをしているので、地域力パワーアップ大会に出席せねばならず断腸の思いで中座をしました。でも双海中学校の校歌記念合唱や、校歌を作詞した渥見秀夫さんの校歌誕生物語を拝聴しただけでも良かったと思います。記念式典は自校の体育館を使って行うのが普通ですが、この日は新装なった伊予市文化交流センター(IYO夢みらい館)で行われました。生徒数の少ない小さな学校の生徒が大きな舞台に立てたことを嬉しい事でした。

校長先生の式辞


校歌誕生物語を話す渥見秀夫さん

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〇子ども体験塾収穫祭(その2)

 (芋の茎の佃煮) 餅つきの準備も一段落した頃、更生保護女性会の久保井会長さんと池田さん、城戸さん、西下さんの4人がお手伝いボランティアでやって来ました。早速芋畑から芋の茎を採集して茎の皮を剥いてもらいました。芋の茎は戦時中の食糧難時代を思わせる食べ物で、4人の女性陣も食べた経験がないらしく、私一人だけしか思い出を語ることはできませんでしたが、皮を剥いて水に晒し、茹ではえて灰汁を取った後、砂糖と醤油、鰹節で味を整え、立派な佃煮風に仕上がてくれました。子どもたちも「美味しい美味しい」と言いながら完食でした。

 

芋の皮を剥きました
赤石さんが湯がいてくれました
出来上がった芋の茎の佃煮

(芋堀り) 森田館長さんが中心になって、ロケ風呂下の芋畑で、芋づるを切り、黒いマルチを剥がした畑に子どもたちを入れ、早速芋堀りをしました。5月末に伊方町瀬戸の木嶋さんの仲介で芋づるを分けてもらい、私と出海さんが現地へ取りに出かけて持ち帰り子どもたちが植えた、瀬戸金時ことベニアズマという品種です。約5ヶ月で立派な芋に成長していました。出来は豊作ほどではありませんでしたが、芋餅や焼き芋に使った残りも、子どもたちのお土産にするほど沢山収穫することができました。

森田館長と下小校長先生がつるを切りマルチを剥がしてくれました
子どもたちが畑に入りサツマイモを掘りました

(餡子入りの芋餅) 市販の餡子を女性陣が丸めてくれました。何せ6升のお餅に入れる餡子なので、丸めるのも一苦労でしたが、つき上がったお餅を手際よくちぎりながら餡子を入れてもらい、子どもたちが慣れない手つきで丸めてくれました。さつま芋を一緒につき込んだお餅は柔らかく、子どもたちも5個ずつパックに入れてお土産にに持ち帰りました。わが家でも今朝オーブンで焼いて食べましたが、とても美味しい芋餅でした。

餡子を丸めてくれました

(焼き芋) ドラム缶を切ったかまどに火をおこし、畑で掘り上げたサツマイモを水洗いし、アルミホイルに包んで自分の名前を書き、残り火の上に置いて焼き芋を作りましたが、ベニアズマという品種は「9里よりうまい13里」、つまり9里は栗、13里は日本一細長い佐田岬半島のことを表していて、その言葉の通り栗にも匹敵する美味しさでした。

焼き芋を焼く子どもたち

「芋づるの 茎を昔は 食べていた そんな経験 してるは俺だけ」

「さつま芋 今では美食の 代名詞 食糧難の 時代懐かし」

「芋餅に 餡子を入れて 出来上がり 子どもはみんな 破顔一笑」

「焼き芋も アルミホイルで ほっこりと 栗より美味いと 誉めつつ食べる」

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