人間牧場

〇楽しくもかなり疲れる春の農作業

 この2日間、好天に恵まれ予定していた農作業を無事終えることができました。この時期の農作業で厄介なのは冬野菜の残材処理と生えだした雑草取りです。ブロッコリー、カリフラワー、ほうれん草などの残材は引き抜き、草は削ったり引き抜いたりしたものを丁寧に拾い集め、一輪車に積んで家庭菜園の果樹畑へ運び緑肥として処分するのですが、半端でない量なので甘夏ミカンの根元はうず高くなるほどでした。

麦わら帽子で日焼け止め?
里芋の種芋植え付け完了
ネギの植え替え
ジャガイモ畑のマルチ切り

熊手で掃除をして新地になった畑に、苦土石灰や牛糞を撒き耕運機で中耕した後、定規を当てて棒縄を張り、次に植える夏作のため畝を立てますが、親父が存命中から親父に頼まれてやっていたため、今は自分でも納得する程綺麗な畝が立つようになりました。昨日はネギ坊主が出始めたネギを半分の所から切って根の部分の袴を取り、植え替えました。ネギは成長が早いので1ヶ月もすれば切った所から新芽が伸び出し、青ネギとして使えるのです。

 1ヶ月前に植え、黒いマルチをかけていたジャガイモの芽が芽吹いたことを知らせるように、黒いマルチの所々がツンと盛り上がってきました。その場所を手で触りながらカッターナイフでマルチを切って、芽を地上に出す作業をしました。この時期急に気温が上昇しはじめたので、注意をしないとマルチ内の温度が上がって折角芽吹いた芽を焼いてしまうので、注意をしなければなりません。この2日間の農作業でやっと一段落と言ったところです。4月20日頃には夏野菜の苗も植えなければなりません。忙しくも楽しい、そして楽しくもかなり疲れる、無農薬で安心安全な農業を、せいぜいこれからも楽しみたいと思っています。

「好天に 恵まれ菜園 農作業 疲れるけれど 楽しみながら」

「麦わらの 帽子を被って 日焼け止め? 気にはしないが 被らないより」

「黒マルチ 所々が 盛り上がり 芽吹きましたと 言ってるようだ」

「苦土石灰 牛糞撒いて 土づくり 耕運機かけ 安心安全」 

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人間牧場

〇掃除から学ぶことは多かった

 私は双海町役場に勤めていた現職の頃、自分が中心になって整備したシーサイド公園の掃除を、毎日朝5時から8時までの3時間、12年間もやりました。ある高名な人から「掃除もできない奴は大口を叩くな」と言われてこと、議会で「赤字になったらどうするのか」と質問され、「赤字になったら黒いボールペンで書きます」と答弁し議員に激怒され、「赤字になったらクビだ」と言われたことなどなど、向かい風への反骨からでした。

 

 一日3時間の掃除はかなりきつく、特に雪のちらつく冬の暗い夜明けは想像を絶する厳しいものでしたが、その苦労が報われ赤字どころか担当した10年間は黒字経営が続き、出資してくれた団体へ5%の配当までしたのですから、嬉しい業績でした。掃除の名人鍵山秀三郎さんが掃除から学べることを、①気づく人になれる。②謙虚な人になれる。③感動の心が育まれる。④感謝の心が芽生える。⑤心が磨かれる。と述べていますが、私も掃除で同じことを学びました。

 私は掃除を12年間したことが認められて、観光カリスマ百選に選ばれました。観光カリスマ百選に選ばれた人たちの殆どは、名だたる観光地を作り上げた人が沢山選ばれていますが、掃除で選ばれたのはひょっとしたら私一人かも知れません。観光カリスマに選ばれてから15年の歳月が流れました。先日ジュニアリーダーの皆さんと、灘町海岸で久しぶりに海岸清掃をしました。人数が少ないのでそれほどのゴミは拾えませんでしたが、拾ったゴミは確実になくなり美しくなりました。ゴミを掃除しながら子どもたちに鍵山さんが言っている5つのことを話してやりました。掃除は向かい風を追い風に変えてくれるのです。

「気づく人 謙虚な人に なれるから これから先も 掃除をしようと」

「感動の 心育む 第一歩 掃除しながら 子どもに伝え」

「12年 毎朝ずっと 3時間 お陰様にて 観光カリスマ」

「少なくも 拾ったゴミは 確実に なくなることを 肝に命じる」

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人間牧場

〇そう言われてみれば・・・

 昨日私のWord Pressブログに、匿名「ゆきだるま」さんから「生きているワカメやヒジキをみたことがありません」とコメント書き込みがありました。そう言えば私たちの日常の暮らしの中で、ヒジキやワカメはよく食べますが、そのヒジキやワカメがどんなところに生えどんな処理をして食卓に上るのかは、知らない人が多いようだと、納得しました。

 私のように、子どもの頃から海沿いの町に暮らしていて、漁家ゆえ春になると磯に出てヒジキやワカメを採集したり加工する手伝いをした経験を持っていると、ヒジキやワカメがどんな場所で、どんな状態で生えているのかよく分かりますが、知らない人にとっては疑問さえもわかないのは当然かもしれません。

磯に生えているワカメ
磯に生えているヒジキ

 ヒジキやワカメは石や岩がある、しかも満潮の時は海の中、干潮の時は陸になる場所に春先生えてきます。冬の寒い北西の季節風の波が容赦なく磯を洗うのに、そんな劣悪な環境をむしろ好んで、次第に長く大きく伸びてきます。一年中で最も干満の差の大きい旧暦の新月や満月の日前後の大潮には、生えたヒジキやワカメが陸地になった磯にお目見えするのです。

この時とばかりに磯に出て、草刈り鎌で根元から刈り取って持ち帰り、ヒジキは約4時間茹で続け、ワカメは熱湯にくぐらせて下処理をして、食べれるようになるのですが、茶色だったヒジキやワカメが濃い緑色に化学反応するのも驚きで、それを天日干しすると黒く変色するのを見るのも楽しみで、最近はワカメのしゃぶしゃぶなどで、その変化に驚いたふりをしながら風流を楽しんでいます。

「ブログにて コメント書き込み ありました 言われてみれば ワカメ・ヒジキは?」

「よく食べる ワカメ・ヒジキは どこに生え どんな姿か 知る由もなし」

「石や岩 磯に生えてる 海藻を 新月満月 大潮に 鎌で刈り取り 下処理加工」

「食べている ワカメやヒジキ 疑いも 疑問もなしに 食べる愚かさ」

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〇終活や断捨離のお手伝い

 自分がそんな歳になったためでしょうか、最近やたらと私の身の回りの人が終活や断捨離をするのを手伝わされています。終活や断捨離の相談をする人は、「あんただったら私の大事にしていたものを受け継いでくれるから・・・」と言うのですが、その人たちの殆どが終活や断捨離で、惜しそうに「これはどう?」と言う物の殆どはガラクタで、「要らない」と思いながらついつい、「捨てるのには勿体ない」という心が働き貰って帰ってしまうのです。

私が作った羽釜の蓋

 そんな私の行動と、私の持ち帰ったガラクタを見て、同居している息子はいつも、「お父さん、使いもしない物を貰ってこないようにしないと、お父さんが死んだら僕が困る」と、やんわり諭されるのですが、私は昭和19年生まれの古臭い人間ゆえ、ついつい手が出てしまうのです。先日90歳になったのを機に漁師を廃業した叔父から、「倉庫を片付けるので手伝って欲しい」と相談を受けました。私の欲しい物もいっぱいありましたが、息子の顔を思い出し、「これどう。これも持ち帰ってはどうか」という叔父の言葉を遮りました。

その折新品のようなアルミの羽釜を勧められました。蓋は朽ちていましたが羽釜はまだ十分使えそうだったので、帰宅後倉庫の端材の中から適当な分厚い板を見つけ、蓋を作ることにしました。親父が存命中「お前は不器用だ」とレッテルを張られていますが、最近は親父の遺した道具類を使って結構日曜大工を試みて、自分でもそれほど不器用ではなく、器用だった親父に似ていると過信して、色々なことに挑戦しています。

今回は羽釜の蓋を作りましたが、普通羽釜の蓋は取っ手が2つついていますが、私は1つでもいいのではと思い、変わった蓋を作ってみました。出来栄えはまあまあといったところですが、自分では内心よくできたと思っています。妻もできあがった羽釜の蓋を見て、「お父さんも器用ねえ」と褒めてくれました。してやったりの心境です。ただ息子は「お父さんも暇じゃねえ」でした。相変わらずの減らず口です。「お父さんが死んだら・・・」と言った息子の言葉を気にしながら、さあこの羽釜で近々ご飯を炊いてみましょう。

「終活や 断捨離多く なりにけり ハッと気がつく わが身もそろそろ」

「これはどう 貰って欲しいと 言われるが 殆どガラクタ 困ってしまう」

「まあいいか 貰って来れば わが息子 冷たい目線 冷たい言葉」

「不器用の レッテル貼られた わが身だが 近頃何かと 手作り凝って」

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〇少しだけのお裾分け

 私には沢山の知人友人、隣近所、親類がいます。今年の誕生日には生きていたら、後期高齢者となる予定なので、そろそろ社会から忘れ去られても可笑しくない年齢なのです。ところが不思議なことに多くの人が声をかけてくれたり、様々な重過ぎるほどの役割を与えて貰い、毎日楽しく生きています。

お裾分け①茹でたワカメ
お裾分け②皮を剥いたツワブキ
お裾分け③天草で作ったフルーツゼリー

私は自称貧乏人なので、お金をかけた遊びや贈り物は余りしません。また何年か前体調を崩してから、あれほど湯水のように飲んでいたお酒も20年前にきっぱり止めたため、会議についている呑み会程度のお付き合いはしますが、プライベートな呑み会も殆どお誘いがなくなりました。

「じゃあ暇か?」と尋ねられたら、そうではなく結構忙しい日々を送っています。この1ヶ月は、年度末のあれこれの会議の合間を縫い、畑の大根で切り干しを作ったり、春の大潮を選んで磯に出てヒジキとワカメを採集し、茹でたり干したりしたものを、お裾分けをしています。そのことを知ってる人はこの時期が来ると、嬉しいことに私が作ったり加工した切り干し大根やヒジキ、ワカメを届けてくれるのを心待ちにしている人もいるのです。

材料は殆どタダですが、手間暇は相当かけていて、特に足繁く降る春の雨は厄介で、庭の干し場に出したり、東屋に取り込んだり、天気に一喜一憂しながらやっています。私のことをわらしべ長者というのでしょうか、家庭菜園の野菜を届けると、漁師さんはお礼にとお魚を届けてくれます。お百姓さんはヒジキやワカメのお礼にみかんを食べきれないほどくれます。

 少しだけのお裾分けで、会話をしながらお互いが存在を確認できる幸せは田舎に住む者の特権のような気がするのです。体が動くうちは自分にできるお裾分けをしようと、今日は最後のワカメを配り終えました。マルチをかけたジャガイモも、地中から芽を出し、黒いマルチを持ち上げ始めました。カッターナイフでマルチを切り始めていますが、あと2ヶ月もすると美味しいジャガイモが沢山採れるので、妻と二人でコロッケを作ったりしながらせっせとお裾分けをしたいと思っています。

「この頃は ヒジキ天草 手間暇を かけて加工し お裾分けする」

「お裾分け わらしべ長者と 同じです 昨日はビックリ 大きな大根」

「田舎では 金をかけずに 手間をかけ お付き合いする ほのぼの嬉し」

「この歳に なると普通は 忘れられ 相手にされず 寂しいはずが」

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〇カヌーの季節がやって来ました(その2)

 一昨日、倉庫からカヌーを出したのを機に何を思ったのか息子から、「天気も良いのでカヌーツーリングをしよう」と誘われました。私は間もなく始まる夏野菜の作付け準備のため、畑の草取りをしている最中だったので断りましたが、息子の強引さに押されて参加することにしました。カヌーを逆さまにして軽四トラックに積み込み、目的地の高野川海岸まで運びました。

トラックに積んで高野川海岸まで運んだカヌー
高野川海岸から出港
高野川海岸を望む
黒磯
黒磯探索
森の海岸を望む
地滑り海岸は地層が露出して中々面白い

国道取り付けの急な車道を海岸まで計四トラックで降り、荷をほどいて二人で海岸まで運び、いざ出港です。前日の風波で海の水は濁っていました。風波はそれほどなく穏やかそうに見えましたが、海に出ると多少うねりもありましたが、ツーリングには申し分のない天気でした。目的地は黒磯海岸を経て伊予市森の海岸ですが、夏の準備のため目的地までの時間を測りながら進みました。

この時期は浅瀬にホンダワラの藻が伸びて、その中を息子が前でグラスファイバーオール、私が後ろで木製オールを持って座り、海面をすべるように漕ぎ進みました。別に急ぐこともないので、親子二人で色々な世間話に花を咲かせながら、時には地滑りで崩れ、地層の見える山肌を見て、黒磯岩などで写真を撮り、40分ほどで森海岸に到着しました。

 引き返した帰りは風も波も真逆なため、往路よりは復路の方が時間がかかり、多少疲れていることもあって1時間ほどかかりましたが、無事高野川海岸に帰着しました。水ぬるむ頃とは言いながらまだ海の水は冷たく、幸い雨合羽を着ていたので濡れることもなく、ツーリングを楽しみました。親子でこんな遊びができるのも幸せなのかも知れません。

「お父さん カヌーで遊ぼう ツーリング 誘いに乗って 海に漕ぎだす」

「高野川 出発黒磯 海岸を のんびりゆっくり カヌーツーリング」

「ゆとりない 日々をあくせく 暮らしてる 疲れたけれど 心地よい汗」

「黒磯や 森の海岸 見どころが その気になれば 沢山ありて」

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〇人間牧場に春が来ました

 暖冬と言いながら、北西の季節風の強く吹き付ける海沿いの町双海町に住んでいると、やはり春は待ち遠しいものですが、このところの気温上昇で人間牧場のスモモの花が、見事に咲き揃いました。他の花と違ってスモモの花の寿命は短いので、早く愛でないとあっという間に散ってしまいます。

 今年の冬に息子に手伝ってもらって、剪定をしたロケーション風呂横のスモモの木は、幾分花が薄くなりましたが、ジャガイモ畑の下のスモモは相変わらず沢山の花をつけ、下の下灘運動公園辺りからもその存在が見えるほどです。やがてこの木々に実がなり、6月末から7月初めにかけて収穫できるのですから、スモモは有難い早熟な果物です。

 吹く風も朝晩はまだ寒く、昨日はヒョウが降るなどとても花見をするような雰囲気にはなりませんが、もう4~5日すると近くに植えている枝垂桜も満開を迎えるので、今年はリクエストに応えて妻や妻の仲間を誘って、お花見会をしようと思っています。それまでに下刈りした防風垣などの処分をしなければならず、忙しい日々が続きます。

「牧場に 春が来たよと ウグイスが 鳴いてスモモの 花に集まる」

「真っ白い スモモの花が 咲き揃い 一人愛でつつ 黙々作業」

「今年も 豊作予感 しています 2か月後には スモモ鈴なり」

「桃源郷 そんな言葉を 思い出す 田舎の春は ワクワク・ジーン」

 

 

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〇由並小学校卒業式

 3月13日の聖カタリナ大学卒業式は案内を受けながら、国立大洲青少年交流の家の運営委員会とダブったためやむなく欠席しましたが、3月1日の松山工業高校卒業式、3月15日の双海中学校卒業式に次いで、昨日は由並小学校の卒業式に招かれ参列しました。朝方は少し肌寒かったため、妻が腰の辺りにホッカイロを張ってくれたお陰で、体育館の中ながら寒くもなく、指定された学校評議員の席に座って卒業式の一部始終を見守りました。

卒業式を祝福するように玄関先に咲いる花
今年はステージを使った式典でした
今年も11人が巣立ちました

由並小学校の今年の卒業生は11人で、殆どの子どもが子ども教室のメンバーなので、一人一人の成長の後を思い出しましたが、もう2週間もするとみんな中学校へ進学するのです。在校生の中には5年生と3年生の内孫もいて、それぞれが元気に役目をこなしていました。

 聞くところによると由並小学校の来年度の新入学児童は1人だそうで、容赦なく押し寄せて来る少子化の波は、学校の存続すら危ぶむほど危機的な状況に置かれています。さてこれからどうするか、思い悩む日々は続きますが、統合し廃校にすればいいというような愚策だけはとって欲しくありません。

「高・中・小 卒業式に 招かれて 末席汚し 思い巡らす」

「少子化の 波はここにも 押し寄せて 来年入学 1人と聞いて!!」

「11人 二週間後には 中学生 みんな頑張れ ささやか応援」

「来年は 入学一人 うそ?・本当? この国どこへ 行くのだろうか」

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〇美しく老いる10訓(その7)

 ⑦老いていちばん嬉しいことは、話し合える友だちがたくさんいることである

 私は18歳で地元の青年団に入団してから、様々な人に出会って来ました。水産高校ゆえ高校時代の友人との交遊こそありませんが、青年団もその後務めた役場も、まちづくりで知り合った仲間も、近所も親類も、まあ仲間の多いことこの上なく、青年団で駆け出しの頃「話し合える仲間は一生の宝」と習った教えそのままに生きています。

いつの間にか生き方のためにならない、悪友と呼ぶ人たちとは離れてしまいましたが、心底話し合える友だちは町内、県内、日本国中にちらばっています。自分の年齢が間もなく後期高齢者となるため、残念ながら黄泉の国へ旅立つ人も出始めているし、若い頃のように遠心的な移動もしなくなると、話し合える場所と機会も次第に減ってきつつあるようです。

 しかし文明の進歩著しい世の中ゆえに、ネットで結ばれた話し合うにふさわしい友だちが沢山出来て、facebookなどで小まめに情報発信さえすれば、メールで毎日のように音信と意見を戦わせることができるのですから、こんな有難いことはありません。私のネットお友だちも千人を越えていますが、やはり心から話し合える友だちは100人を切っているようです。

 私は21世紀えひめニューフロンティアグループ代表、年輪塾塾長、双海史談会会長、地域教育実践交流ネットワークえひめ代表、双海子ども教室実行委員長、公友会会長、県公連専門委員長などなど、ささやかながら大小団体・グループのお世話をさせてもらっていますが、そこここに心を許し合って話せる仲間が沢山います。これは長年かかって培ってきた、私の大きな大きな宝物です。

「指折って 数えてみても 足りぬほど いるいるいます 話し合える友」

「古き友 新しい友 入り交じり 日々の暮らしに 彩り添えて」

「高齢に なった自分の 歳ゆえに 頻繁とまで 行かない交遊」

「文明の 進歩ネットで 大話し 友だち沢山 老いも若きも」 

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◯人事異動の季節です

3月末のこの頃は人事異動の季節です。既に現職を退職して、異動に無縁なサンデー毎日の私には、人事異動など何の関係もありませんが、知人友人のことや、ボランティア活動、社会活動のことを思うと、少し気になる今日この頃で、既に何人かの知人友人から、異動、栄転、退職などの情報が入っています。多分明日には大半の移動内示が出揃うため新聞にその情報が載るものと思われますが、異動する人も残った人も頑張って仕事をして欲しいと願っています。

私は現職の頃、教育委員会から産業課へ、産業課から企画調整室へ、企画調整室から地域振興課へ、地域振興課から特別職の教育長へ、35年間の地方公務員生活で、僅か4回しか異動をしていません。しかもその職場は同一敷地内にあったため、そんなに違う世界ではありませんでした。それでも年度末が来ると期待と不安が交錯して、自分の心の弱さを感じたものでした。

今になって思えば、どこかで人事権を持った誰かが、様々な想いや経歴を勘案して異動人事案を作成していたのでしょうが、教育委員会から産業替え異動を命じられた一枚の辞令に涙したり、課長以外部下のいない地域振興課の課長に抜擢され、大きな夢を膨らませた一枚の異動辞令は思い出に残るものでした。

異動は自分の人生に大きな影響を与えます。それまでの仕事を後任に引き継ぎ、新しい職場で前任者から新しい仕事を引き継がなければなりません。不安と期待の交錯する中で、自分らしさを発揮するのは容易ではありませんが、想いを持てば新しい境地が開けてくるものです。

「この時期は 人事異動の 季節です 栄転・左遷 退職などなど」

「異動案 どこかで誰かが 策を練る 一枚辞令 変る人生」

「この時期が 来る度思う 過去のこと 懐かしきかな あの日あの頃」

 

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