人間牧場

〇73歳の新しい挑戦

 私はこれまで、愛媛大学法文学部の非常勤講師を10年余り、愛媛大学農学部の客員教授を3年余りやりました。高校しか出いていない私がです。いずれも年間60時間という長帳場を、臆することなく「地域活性化論」について学生にレクチャーしましたが、最初は不安だらけだったものの何とかその役目を終えました。

聖カタリナ大学北条キャンバス

授業風景

多分もうこんな仕事はないだろうと持っていましたが、聖カタリナ大学の事務局長をしている上田さんからご依頼があり、同大学で「行政学」を教えて欲しいと言うのです。慣れないことなので何度もお断りをしましたが、何度も懇願され、上田さんが元双海町長、私が双海町教育長だった深いご縁もあって、引き受けなければならない羽目となりました。

 しかし1回90分の授業を後期で15回やらねばならないこともあって、力を入れなければならない仕事ゆえ、この2~3か月は暇を見つけて自分なりに猛勉強し、15回分の講義レジメを大学に提出する所までやっと漕ぎつけました。毎週水曜日の13時からなので、初回講義日の昨日は少し早めに出かけ、教務課の課長さんと色々な打ち合わせを行い、3階の教室で20人ほどの学生の前で講義をしました。

来月3日には74歳になる私の新しい挑戦が始まりました。もう後には引けないので、しっかり頑張ろうと思っていますが、大学まで往復3時間も、授業の1時間30分も、中々大変なことです。でも若い学生はとても真面目で、学生の中には台湾からの留学生もちらほらいて、若い学生からエネルギーをいただいて、せめて気持ちだけでも若返ろうと思っています。

「断れぬ しがらみあって 難儀する 浅学菲才 思いやられる」

 「この歳に なって大学 講師する おこがましくも 行政学とは」

 「第一回 いよいよ講義 始まって 教壇立つと 不思議落ち着く」

 「高校か 出てない私 大学で 講義するとは 世間が笑う」 

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人間牧場

〇昨日は三隣亡でした

 嫌な出来事が続いて起きると、「今日は三隣亡で散々な日だった」と何気なく口にします。三隣亡は家を建てる時殆どの人は暦を見て大安吉日を選びます。災いが起こるとされる三隣亡だけは避けるという迷信があるようですが、昨日は私にとっては小さな災いが3つも続き、まさに三隣亡的な一日でした。

まず一つ目は、裏庭に設置している蜜蜂の巣箱の底板の掃除をしようと思いつきました。この時期は巣箱の周辺をスズメバチが、蜂を狙ってウロチョロ飛び回り、蜜蜂を刺激し敏感になっているので、刺されないよう注意をして防虫ネットを被り、手袋をして作業を始めました。案の定蜜蜂が何匹か顔辺りに突進してきましたが、被った防虫ネットのお陰で難を逃れたものの、ゴム長靴とズボンの隙間に蜜蜂が一匹入り込み、もも付近を刺されてしまいました。幸い大事には至らず少し腫れた程度でした。

 二つ目は、トマトなどの夏野菜の垣にしていた竹材が朽ちたので、焼却処分しようと思い立ち、長靴で踏んでは小さく折り、畑の隅の焼却場で先日剪定作業をして積んでいた残材も一緒に処分しました。竹を折るべく踏んだ途端その竹が折れずに跳ね返り、注意をしていたものの顔を直撃しました。唇辺りに血が滲み、ただえさえ男前の顔に少し傷が出来てしまいました。妻に薬を塗ってもらいましたが、幸い大事には至りませんでした。

3つ目は、畑の草刈りをしようと順調に刈り進みました。この時期はクモの巣がやたらと多く、手で払っては進むのですが、夏ミカンの木の傍で、クモの巣の中に顔や頭を突っ込んで、べたべたと張り付き、クモの巣だらけになってしまいました。こんなことはしょっちゅうあるので別に気にしませんでしたが、二度あることは三度あったクモの巣を四度目の予兆と思いはじめ、早々に作業を止め、草刈り機を片付けて昨日の作業を終えました。私にとって昨日は三隣亡にも似た一日でした。

「散々な 一日だった 三隣亡 大事に至らず 何とか乗り越え」

 「もも付近 蜂に刺されて 少し腫れ 薬を塗って 何とかしのぐ」

 「折った竹 顔面直撃 火花散る 唇辺り 少し血にじむ」

 「クモの巣の 中に頭を 突っ込んで クモの巣だらけ スパイダーマン」 

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〇名残の朝顔の花

 今年はわが書斎の窓にグリーンカーテンを作るため、プランターに9本の朝顔を植えました。毎朝水遣りをしてくれた妻のお陰で枯れもせず、9本とも順調に育ちその役目を存分に果たしてくれましたが、夏も終わったのでそろそろ垣根を外そうと思っていますが、今年の朝顔はしぶとくて、この時期だというに未だに毎朝綺麗な花を咲かせてくれています。

名残の朝顔の花

 昨日もよ~く見ると、屋根まで延びた枯れかけたツルの突端にさえも花を咲かせていました。最盛期に比べると花の大きさは幾分小ぶりになりましたが、まだ花芽が沢山あって、この分だとあと1週間ほどは名残の花を楽しめそうです。もう少しこのままツルが枯れるのを待って種を取り、来年蒔こうと思っていますが上手く行くかどうか・・・。

 艶やかに咲いていた真っ赤な彼岸花も枯れ、どこか寂しい花々ですが、野の花は秋の七草が見え始める時期でもあります。残念ながら昨晩は雨模様で満月の月を見ることはできませんでしたが、今夜は仲間内と月見の会が予定されていて、早咲のススキを探しに出かけなければなりません。昼の長かった夏が終わり、秋分から日一日と夜が長くなります。読書の秋、食欲の秋の始まりです。

「暑かった 夏の太陽 遮って グリーンカーテン 朝顔感謝」

 「朝顔の 名残の花も 美しい 愛おしみつつ 片付け延期」

 「種を取り 来年蒔こう 思い立ち 試し皮剥き 実り確認」

 「秋が来た 野辺の野草も 花をつけ 季節変わり目 知らせるように」

 

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〇何という不届き者でしょう

昨日の夕方、北海道からはるばるやって来た親友とシーサイド公園で落ち合い、そこら辺を案内しました。恋人岬に足を延ばすと、突端に設置している高さ4mのモニュメントの上によじ登っている一人の若者を見つけました。秋分の日にモニュメントの穴にスッポリ夕日が入るよう、私が発案して造ったモニュメントなので、こともあろうかその秋分の日にモニュメントに登るとはけしからんと、少々荒げた口調でその若者を諭しましたが、登るのも降りるのもかなり難儀をしたようで、同行して写真を撮っていた仲間とともに平身低頭、「すみません、すみません」と謝ってくれました。

モニュメントの上によじ登った不届き者の若者

今治からはるばるモニュメントの穴に入る夕日を見に来たという中年女性に、モニュメント設置のいきさつを話してあげましたが感心しきりで、残念ながら綺麗な夕日が見えなかったので、手持ちのタブレットにストックしている夕日の写真を見せてあげると、納得の手合いでした。昨日のジュニア新聞に松山市白石鼻の石群に沈む夕日が紹介されていましたが、シーサイド公園のモニュメントの穴に夕日が入る雄姿ももう少しPRし、観光資源として生かさなければ忘れ去られるかも知れないと思いました。

シーサイド公園が出来て23年余りが経ちましたが、その間不届き者にはよく出会ってきました。壁一面にスプレーで落書きをした高校生、中庭の3体のモアイ像に口紅や白粉で化粧した若者、冬の深夜1時に花火を沢山打ち上げ近所から苦情が出た若者、自動販売機全てが荒らされ警察沙汰になった事件、車を砂浜まで降ろして走ったものの、最後は砂地獄から出れなくなり、人海戦術で引き出した逸話などなど、若者たちの暴走行動は手の指では数えきれないほどです。若気の至りの悪ふざけを経て分別を覚え大人になりますが、最近そんな珍事も少なくなって、少々気になっていただけに、久々の不届き者との出会いに思わず苦笑いしました。

「秋分の このころ夕日 スッポリと 穴入る姿 絵になる光景」

「モニュメント 4mも ある高さ 不届き者の 若者登る」

「降りてきた 若者諭し あれやこれ 平謝りし いずこか消える」

「もう二度と 撮れない写真 これはこれ 若者発露 理解示しつ」   

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〇孫のお守り

 看護師をしている次男息子が横浜へ長期研修に出かけて、早くも5か月近くが経ちました。研修を終えて帰るまでは息子と若嫁の両親がサポートしてやろうと相談し、幸い若嫁の実家が10分ほどで近いため、毎夕風呂や夕食の世話をしてもらっています。息子夫婦の家はわが家からは車で1時間以上もかかるので、週末にしか出かけられないものの、殆ど毎土曜日の午後、妻と私は暇を見つけて子守りに出けています。

軽四トラックの荷台に乗って越に入る孫花菜

子守と言っても大したことはせず、乳母車に乗せて散歩がてら近くのスーパヘ買い物に出かける程度です。女の子の孫の成長は早く、はいだしたと思えばヨチヨチ歩くようになり、まさに「はえば立て立てば歩め」といった感じで、昨日は赤い靴を履かせて歩道をかなり長い距離、手を引いて歩かせましたが、結構丈夫に歩くようになりました。私たちが散歩に出かけている時間だけが、若嫁の自由時間で、休む間もなく家の細々をやっているようです。

 昨日は軽四トラックで出かけたため、帰り際せがまれてトラックの荷台に乗せたところ、とても気に入って降りようとしませんでした。また乗せてやるからと納得させて下ろしましたが、帰りには少し涙ぐんでバイバイしてくれました。息子が留守の間に歩くようになりましたが、その模様はスマホにアップされ、毎日のように横浜の息子に送られているようです。親バカ、祖父母バカです。

「週末は 孫の子守に 付き合って 1時間かけ 顔見に出かけ」

 「乳母車 押して近くの スーパーへ 残暑の中を 涼しさ求め」

 「軽四の トラック荷台 乗せてやる 気に入り降りるの 嫌だと泣いて」

 「研修に 出かけた息子 帰る日が 2か月先に 見えたようです」

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〇竹崎カニが届きました

先週の土曜日、講演に出かけた佐賀県太良町から一個の郵便宅配が届きました。発泡スチロールの箱を開けると、中には塩茹でしたと思われる真っ赤なワタリガニが2匹入っていました。こちらではガザミと呼んでいますが、太良町では「竹崎ガニ」という名前のブランド品なのです。

送られてきた竹崎カニ

太良町は「月の引力の見えるまち」というキャッチフレーズで知られた、有明海に面した町ですが、満潮と干潮の差は大潮の時には6mにも達するようで、干潮の時と満潮の時の海岸線の様子は、同じ町とは思えないほどの風景変化で、その自然が竹崎カニや竹崎カキを育てているのです。

早速送られてきたカニを若嫁に一匹渡すと、若嫁は器用にキッチン鋏で捌き、甲羅を逆さまにした器に綺麗に盛り付け食卓に出しました。私はカニやエビが手は汚れるし面倒くさくてあまり好きではありませんが、若嫁は私たちの分も慣れた手つきで捌いてくれました。

食卓に出された竹崎カニはとても身が沢山ありましたが、私が日頃からカニは面倒くさくて嫌いと言っているので、わが妻はこの時とばかりに独り占めして、私は味見程度で「美味しい美味しい」と言いながら食べ尽くしました。お裾分けした孫たちも美味しかったと喜んでくれました。

「一週間 前に講演 行ったとこ 竹崎カニを 送ってくれた」

「若嫁が カニをハサミで 切り取って 皿盛り食卓 盆と正月」

「カニ嫌い 私の言葉 真に受けて 妻は殆ど 旨い旨いと」

「箱の中 真っ赤に茹でた カニ二匹 有明の海 思い出しつつ」

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〇お地蔵様のお接待

 わが家の入り口付近に小さな祠があって、お地蔵さまが祀られています。昔は道沿いにあったようですが、道の拡幅工事で移転しなければならなくなり、わが家が親類の士官さんに頼んで鉄筋コンクリートの小さな祠を造ってお祀りするようになりました。以来40年余りにわたって、シキビを活けたり、お掃除をしていますが、毎月21日を縁日と定め、わが妻が赤飯を炊いてお接待をしています。

親類や近所に配る赤飯

 前日の夜もち米とうるち米を混ぜたお米を研ぎ、小豆を茹でて準備をして寝ます。21日の朝6時にそれらを混ぜ合わせて外炊事場のガス炊飯器で2升もの赤飯を炊き、炊き上がったらお地蔵様と神棚、仏壇にお供えをした後、ビニールの容器20個ほどに注ぎ分け、冷めたら蓋をしてゴムバンドで止め、隣近所や親類へ私が配って回るのです。

妻が民生委員をしていた何年か前までは、自分の受け持ちの独居老人にも安否確認をしながら配り、大層喜ばれましたが、その人たちの殆ども他界して、寂しくなりました。今朝は私が遠くは下灘まで20件ほど配って回りましたが、わが家の親類もご多聞に漏れず高齢化が進んで、様々な病気や悩みを抱えて生きているようでした。

「月一で 赤飯炊いて お接待 月日の巡り 早く感じる」

 「わが妻を 偉いと思う ことがある 不平も言わず 40年間」

 「赤飯を 籠入れ あちこち 持ち歩く いつの間にやら みんな高齢」

 「神様と お地蔵様に お供えし お下がり赤飯 私が食べる」 

 

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〇冬野菜苗の植え付け

 前日水口苗物店でいただいて帰った冬野菜の苗を、昨日は朝から夕方までたった一人で植えました。「私が仕事から帰ったら手伝ってあげる」と甘い言葉を言っていた妻の帰宅は、植え付けが粗方終わった午後4時ころだったので、一人での作業はかなりハードとなりました。

 畑は連作障害のことを考えれば植える場所を移すべきでしょうが、毎年のことながらいざ植え付けを始めるとそんな余裕はなく、昨日は天気が良過ぎて残暑が厳しく、大汗に加えて上がり蚊とも思える藪蚊にも悩まされ、苗の本数が立てた畝に収まる場所に植える場渡り的でした。

 手スコップで穴を掘り、苗を入れて手で軽く押さえ、一種類植え終わる毎に水をやり、豚糞を根元において一件落着です。この時期は気温が高くほおつておくと、モンシロチョウが葉っぱに卵を産み付け、かえった青虫が食べてしまうので、雨が上がったら明日にでも、半円形の支柱を立て、防虫ネットを被せたいと思っています。

 幸い苗を植えた直後の今日は、朝から願ってもない雨が降っています。これで活着するものと思われ天の恵みに感謝しています。昨日は冬野菜の植え付けで余程疲れたのか、9時過ぎに床に就き朝4時までぐっすり寝込んでしまいました。お陰様で今日はすっかり元気を回復しましたが、昨夕親類から頂いた鱧の骨切りでまた少し心地よい難儀をしました。

「大量の 冬の野菜の 苗物を 一日かけて 一人黙々」

 「あれはここ、そんな思いは どこへやら 苗の本数 場渡り的に」

 「明くる日の 今日は朝から 雨が降り 天の恵みに 感謝してます」

 「昨晩は 余程疲れて ぐっすりと 朝まで爆睡 元気回復」

 

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第12回五行歌作品展

 私は松山五行歌会に入っていますが、まだ一度も歌会に出席したことすらない幽霊会員です。本当は歌会に出席すべきなのですが、自由人だというのに毎日忙しく、出席する暇がないというのが正直なところです。パソコン時代を反映して毎月1回歌をつくり、メールで主宰者宛に送っていますが、そんな簡単な取り決めや締切日さえも忘れて、主宰者から心優しい督促のメールが毎回のように届き、慌てて思いつくままインスピレーヨンで一句作って送るのです。

五行歌とは
素敵な女性が受付をしていました
私の作品

句会が終わると、出席歌の部と欠席歌の部の歌会結果と、講評が封書で送られてきますが、朱色で1席・2席・3席と表示されている人の歌や講評を見るのも楽しみの一つです。私はこれまで一度だけ1席になったことがありますが、基本が出来ていないのでいつも「枯れ木も山の賑わい」に甘んじています。松山五行歌会では毎年この時期に高島屋のギャラリーを借りて、作品展を開いていますが、私はそのことすら忘れて、次男の嫁の両親が歌会に入って活動している友人に誘われ見学に行った話を聞き、また前日主催者からも、「明日が最終日です」とお誘いのメールが入ったため、寸暇を惜しんで松山での用事をすませ、ちょっとだけ顔見せ程度で出かけました。

 高島屋南館2階のギャラリーには沢山の作品に交じって、私のつたない二作品も額に入れられて展示されていました。根がポジティブな人間なので、自分の作品を見て「まあいいか?」程度でお茶を濁し、担当の会員さんと雑談をしながら見学し、今後は少し真面目にやろうと心に決めて、早々に引き上げました。

「明日までと メールが入り 作品展 所要のついで 失礼ながら」

 「見覚えの ある作品が 額に入り 他の作品の 中に埋没」

 「他の作品 どれもなるほど 感心し 自分の駄作 見すぼらしくて」

 「次からは 心入れ替え もう少し 性根を据えて 取り組まなければ」

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人間牧場

〇遠来のお客さん

 私の元へは年間を通じて沢山の知人友人、それに見学者などがやって来ます。人間牧場や海の資料館海舟館、私設公民館煙会所などを持っていることから、時にはアポイントもなく突然やって来る人もいて、あどえることもしばしばです。この3連休は佐賀県出張の余波もあって、そんなこんなの入交でかなり忙しく過ごしました。

国道沿いのくじという店先のベンチにて
伊予灘をバックに鷲山ご夫妻と

私が塾長をしている年輪塾の塾頭を務めてくれている清水和繁さんから、以前に電話が入っていて、彼の生家を利用したあらし山という八幡浜日土の山荘に、東京学芸大学の元学長で、この度大日本報徳社の社長に就任した鷲山先生ご夫妻が見えられるので、時間が合えば出会いたいとのことでした。その時は佐賀県出張からいつ頃帰るかも分からなかったので、予定が立っていませんでした。

佐賀から帰宅して慌ただしい中清水さんから、「只今宇和町、1時間余り後にどこかで出会いたい」と3時に電話が入りました。考えた挙句国道378号沿いにある妹の店「くじら」で落ち合うことにしました。急なこともありお土産も用意する暇もなく、とりあえず息子が精製している自家製蜂蜜を2本用意して出かけました。

清水さんの運転する車で少し遅れ気味に到着した鷲山先生ご夫妻は温和な顔で、久し振りの出逢いを喜んでいただきました。静岡の報徳社を年輪塾で仲間たちと訪れた折、鷲山先生の自宅に大挙して泊って以来の再開でしたが、お互い清水さんを交えてその後の近況や思いを、藤棚の下のベンチに腰掛け、話は大いに盛り上がりました。運よく直ぐ上を予讃線海岸周りの目玉となって走る伊予灘ものがたりという観光列車も通過して、西に傾き始めた夕日夕焼けとともに、絵になる光景でした。

「遠来の 客が沢山 やって来て 連休どころか かなり忙しく」

 「国道の 傍のくじらと いう店の ベンチ腰掛け 鷲山ご夫妻」

 「大日本 報徳社長 元学長 余りに質素な 出会いを恥じる」

 「わが心 窓を開いて くれる人 求めよさらば 浅学自分」

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