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〇野の花が綺麗です

 私は日常的にはブログに転載するのに便利なので、ニコンのデジカメを持ち歩いています。ポケットに入れるのでよく地上に落下して、傷だらけになっていますが、今のところ順調に作動しています。このカメラ以外に、子どもたちが誕生日にプレゼントしてくれた一眼レフカメラがあるのですが、忙しくて余り使ったことがなく、むしろタブレット端末内蔵のカメラの方がよく使います。

 先日娘婿がわが家へ来た折、タブレット端末で撮影した画像を、パソコンへ自動的に送れるよう操作してもらったので、簡単に画像が使えるようになりました。タブレット内蔵カメラの画像深度はデジカメ以上で、時々使って楽しんでいます。この2~3日天気が良いので毎日のように畑に出ていますが、畑の周辺にはアザミやタンポポが沢山咲いて、またそろそろ庭や畑の畦に植えているツツジも咲き始めたので、タブレットで写真を撮ってみました。

 タブレットのカメラをアップにしたりすると、まるで一眼レフで撮影したような写真が撮れました。今年は100mに渡って咲くツツジの写真も、天気の良い日にカメラに収めて楽しもうと思っていますが、これまで撮影した無数の画像の行方も、ブログ記事とともに気になるところです。こうして一日があっという間に過ぎてしまっています。

  「デジカメや タブレットまで 持ち出して 野の花々を 撮って楽しむ」

  「この時期は アザミ・タンポポ ツツジまで 綺麗に咲いて 初夏の装い」

  「誕生日 買ってもらった 一眼も 出番数なく どうしたものか」

  「撮り溜めた 画像の行方 気になりつ 一日一日 あっという間に」 

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〇カブト虫の幼虫

 数日前長男から、「どこかカブト虫の幼虫がいるところを知らないか?」と、突然問われました。長男は40歳を越しているのに、未だに少年のような気分が抜けず、自宅の玄関先で子どもたちと一緒になって、クワガタやカブト虫の幼虫や成虫を飼っているのです。

 「心当たりがあるから聞いて見る」と、大洲市田処で酪農を営んでいる年輪塾生の亀本さんに電話を入れると、あれやこれや八方手を尽くしてもらい、私の古い友人で大洲市柳沢で養豚をしている石岡さんに行き着きました。石岡さんは養豚をやる傍ら、県指定無形文化財「藤縄神楽」の保存に取り組んでいて、奥さんも若い頃からよく知っているのです。土曜日の午前中なら都合がつくと言うので、午前9時に田処活性化センター前で息子の親友久保さんとともに、亀本さんと待ち合わせることにしましたが、息子に頼まれて結局私も同行することになりました。

カブト虫の幼虫(久保さん撮影)

豚糞の中からカブト虫の幼虫を掘り出す

 活性化センター近くに住む年輪塾生西田和子さん宅へも蜂蜜を持ってあいさつ訪問した後、亀本さんの先導で、早速柳沢公民館前から山道をかなり走って、石岡さんの豚舎に到着、早速石岡さんがタイヤブルトーザーで野積みした完熟豚糞を動かすと、中から沢山のカブト虫幼虫が出てきました。息子も久保さんも大層喜んで、まるで宝探しでもしているように、歓声を上げながら拾い集めていました。久保さんと息子はこの幼虫をこれから大切に育てて成虫にして、何事かを企てているようですが、私にはまだ内緒の話のようです。

 帰り際、カブト虫の飼育用にと野積みの完熟豚糞を軽四トラック荷台に積んでもらいましたが、帰宅後息子と2人で畑の隅に下ろすのにひと汗かきました。息子は幼虫を一緒に探しに行って帰ったら、野菜の苗植えつけの手伝いをするとの約束でしたが、どこでどう間違ったのか結局手伝いもせず、私一人が遅れを取り戻そうと必死に農作業をしたお陰で、夕方やっと終わりました。

  「カブト虫 幼虫どこか いないかと 息子相談 されて友人」

  「養豚を してる友人 行き着いて 早速出かけ ブルで豚糞」

  「豚糞の 中からカブト 虫幼虫 歓声上げて 拾い集める」

  「40歳 過ぎても息子 カブト虫 やれやれ親に 似ていてアホだ」  

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〇まるでゴムの手袋みたいです

中指が少々短いものの、れっきとした5本指です

 昨日妻がどこかからか貰ってきたヤマイモを、勝手口の入り口に置いていて、丁度畑仕事している途中だったので、「え~っ」と大いに驚きました。一瞬農作業の時よく使うゴム手袋に余にも似ていて、見紛うほどでした。

 妻にそのことを告げましたが、別に驚きもせず、「そういえばそうじゃねえ」程度で、軽くいなされました。妻はその後ナイロンの袋から取り出して綺麗に水洗いしたり、たわしでゴシゴシこすってからスリガネでおろし、すり鉢ですってとろろを作ってくれました。

 妻はとろろやまかけが大好きで、味付けしたとろろを熱々のご飯に乗せて、美味しそうに食べていました。私はとろろは好きですが、ご飯にかけて食べるのは余り好きではないので、お皿に取っておかずとして食べました。味は申し分なく絶品でした。

  「何となく ゴム手袋に 似ていると 妻に聞いたが けんもほろろに」

  「昨晩は ヤマイモとろろ 食卓に 妻はやまかけ 私はどうも」

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〇盟友眞鍋さん所長就任

 年輪塾処志第1号の眞鍋幸一さんは、昨年度末で県庁職員を退職されましたが、この度国立大洲青少年交流の家の所長として第二の人生を踏み出すことになりました。代々このポストは文部科学省職員が務めていましたが、民活の一環で眞鍋さんが就任することになりました。

眞鍋幸一さんがfaxebook似アップした煙会所写真

 国立大洲青少年交流の家は、国立青年の家として発足しましたが、私は若い頃愛媛県青年団連合会の会長としてその誘致運動に深く関わり、青少年交流の家となった今も、45年の時を越えて運営委員長をしていて、年輪塾つながりによって、再び深いご縁にをいただいた不思議がまるで嘘のようです。

 先日そんなこともあって、眞鍋さんは着任あいさつのためわが家を訪ねてくれました。年輪塾生なので、もう何度もわが家へ足を運んでいるものと思っていましたが、眞鍋さんがやって来たのは人間牧場だけで、聞けばわが家へは始めてだそうで、これには驚きました。

 眞鍋さんは年輪塾でみんなの話に出てくる私設公民館「煙会所」や、海の資料館「海舟館」を興味深そうに見学し、親父亡き後ゲストハウスとして使っている親父の隠居家で、これからの仕事について意見を述べ合いました。眞鍋さんの今後の活躍を期待しながら、私も運営委員長としてできるだけのお手伝いをしたいと思いました。

  「まか不思議 年輪塾の 縁あって 青少年の家 盟友所長に」

  「できること できないことも いっぱいで はてさて盟友 どんな風なる」

  「山頭火 何を求める 風の中ゆく 風の人ゆえ 新しい風なれ」

  「アップした フェイスブックに 煙会所 自在・掲額 自彊不息が」 

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〇キンリョウヘンの効果

 桜が散ってから2週間くらいが、蜜蜂分蜂の季節だといわれていますが、今年は桜の開花が例年よりい大幅に遅れたものの、散るのは早くてあっという間に葉桜になって、朝晩少し肌寒かったり、昨日のように北西の風が強く吹くと、分蜂どころか、越冬している蜜蜂さえ巣の中から出て飛ぼうとせず、ヤキモキしています。

 私の蜜蜂師匠である西予市野村町山奥の井上登さんから、キンリョウヘンというランを一株いただきました。このランの花は蜜蜂を誘うフェロモンを出すらしく、キンリョウヘンを置くだけで、どこからともなく日本蜜蜂がやって来る不思議なランなのです。この5年間井上登さんは私のために、自宅で培養しているキンリョウヘンの切り花を、惜しげもなく切り取って持参して手助けをしてくれていますが、私も井上さんからいただいたキンリョウヘンを徐々に株分けして、お陰様で10鉢ほどになりました。

 近い将来はせめてキンリョウヘンを20鉢ほどに増やして、自前の対応をしたいと思っていますが、これが中々で、植え替えた明くる年は花芽もつかず、奥の深さを感じています。昨年菜園の隅に小さなビニールハウスを作りましたが、昨年末キンリョウヘンを試験的にハウスの中に入れたところ、花芽が出て最近の陽気に誘われて2~3茎花をつけました。目敏い嗅覚の蜜蜂が一匹、キンリョウヘンに誘われて、どこからかハウスに迷い込みました。

 早速タマネギ袋を植木鉢全体に被せて、巣箱の前に置くと、斥候蜂が早くも2~3匹飛来し始めました。気温の状態が低いのでまだ分蜂には至っていませんが、連休までに入居して欲しいと願っています。500年前の文明年間に中国から渡来し、明治時代にブームとなって品種改良されたといわれるキンリョウヘンですが、これからも個体を増やして、養蜂を楽しみたいと思っています。もうそろそろ師匠と連絡を取らなくては・・・・。

  「日本ラン 聞いてはいたが 本当は中国原産 500年前」

  「フェロモンを 出すというから 驚きだ 花置くだけで 蜜蜂集まる」

  「フェロモンを 開発したら 人間も 男・女性を 引き寄せれるか?」

  「お師匠に 教わったこと 数知れず 奥が深いと 思いながらも」

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〇あれから30年経ったのか

 一昨日の夕方児童クラブに通う孫を迎えに行きました。児童クラブは市役所地域事務所の2階なのですが、1階の公民館に立ち寄り赴任して間もない森田館長さんや、隅田主事さんと雑談を交わしていると、地域おこし協力隊の渡部さんも話の輪の中に加わりました。渡部さんは2階図書室の蔵書である、私が著した本「昇る夕日でまちづくり」という本を読んでいるらしく、手元に持って来て「双海のまちづくりも今年で30年になるんですね!!」といきなり言われました。

 「そうか、もうそんなになるのか!!」と思いながら、自分ではすっかり忘れていたまちづくり元年のことを思い出しました。綾小路公麻呂の「あれから30年!!」ではありませんが、双海町のまちづくりを始めたのは確か昭和62年でした。私はこの年を「まちづくり元年」というフレーズで呼び、町民にアピールしていましたが、そう言われてみれば今年は30周年の記念すべき年でもあると、遅まきながらあらためて認識させられ、渡部さんのご指摘に感謝しました。

 本当は私の自著本を渡部さんに差し上げればいいのでしょうが、「貰った本は詳しく読まない」というジンクスがあるので、あつかましくも「本を買って下さい」とお願いしました。昨日の夜はまちづくり学校双海人の定例会で、偶然にも渡部さんが「1年をふり返る」というテーマでレクチャーするので、自著本を手渡し本代1500円をちゃっかりいただきました。今日にでもお礼に小さな瓶の蜂蜜を差し上げようと思っています。はてさて渡部さんは私の自著本からどんな学びをするのでしょうか?。楽しみです。

  「三十年 あれからそんなに 経ったのか まちづくり元年 遠い昔に」

  「読んでます 私の自著本 手にとって いきなり言われ 多少どぎまぎ」

  「タイトルは 昇る夕日で まちづくり 逆立ちすれば 夕日も昇る」

  「タイトルに 夕やけ課長の 奮戦記 刺激の強い 言葉が並ぶ」

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〇春の嵐

音を立てて回る車庫上の発電用風車

 昨日の朝は今にも雨が降りそうな曇り空の中を、傘を持ってウォーキングに出かけ、約6千歩を歩きましたが、収集日なので帰ると直ぐにゴミ出しを行い、食事をしているとポツリポツリ雨が降り出しました。タブレットに内蔵している坂の上のクラウドやテレビの天気予報で、天気の移り変わり予想を見ましたが、今朝方まで傘マークがずらりと並んでいました。

在りし日のペギー葉山さん

 外の雨風を窓越しに見ながら、あれやこれやと藪用を片付けたり、締め切りの迫った原稿を書いたりして過しましたが、先週12日に83歳で亡くなった歌手ペギー葉山さんのことを思い出し、パソコンネットでペギー葉山さんが昭和34年に歌って大ヒットした、「南国土佐を後にして」を動画で呼び出し、何度も聞き返しました。何度聞いてもいい歌でした。

 「♭南国土佐を後にして 都に来てから幾歳ぞ 思い出します故郷の友を 門出に歌ったよさこい節を 土佐の高知のハリマヤ橋で 坊さんかんざし買うをみた♯~」、哀愁を帯びた望郷の歌声に魅せられ、ハーモニカまで取り出して吹いてみました。私はこの歌が大好きで、下手糞ながら臆目もなく高知県へ講演等に出かけると、人前で手持ちのハーモニカを吹いていますが、昭和は遠くなりにけりでしょうか、最近はこの歌さえも知らない人が増えたようです。かく言う私も昭和生まれの72歳で、随分古い人間になりました。

  「ペギーさん 先週亡くなり また一人 思い出の人 あの世旅立つ」

  「哀愁を 帯びた南国 土佐歌う 大好きでした 青春の歌」

  「歌合せ ハーモニカ吹く 雨の午後 いい歌ゆえに 忘れないよう」

  「ああ昭和 遠くなりけり 平成も 気がつきゃ早くも 二十九年」  

 

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〇愛用の電卓

 歳をとると体内内蔵の記憶能力や計算能力が日増しに落ちて、時には今何をしていたのか?、どこへ置いたのか?さえも忘れる始末です。まあこれも歳のせいだと諦めていますが、そんな私にも強い味方があって、記憶はパソコンに記録し、計算は電卓に任せています。

もう30年以上使っているソーラー電卓

 パソコンも少し古くなって、Windowsやintelのサービスも期限が過ぎて終り、いよいよ買い替えの時期が来たようです。この日のために郵便局からいただいた赤い郵便ポスト型の貯金箱に、せっせと小銭貯金をしていますが、かなり重くなってきたので、値段の半分は妻に頼んで出してもらい、モデルチェンジしたいと思っています。

 さて私が使っているCASIOの電卓は、私が役場に勤めていたころ私費で買った、ソーラー電源のシンプルなものです。退職後も引き続いて使っていて、もう30年間も私の仕事の手助けをしてくれていますが、使い勝手がよく今は確定申告や統計処理に威力を発揮してくれています。

 電池を変える必要もないし、室内の明かるさでも十分反応するソーラー電源なので、多分よほどのことがない限り、自分のこれからの人生の良きパートナーとして働いてくれることでしょう。昨日ちょっとした計算をするため使った後、過ぎ越し日々を思い出しながらまざまざと電卓を眺め、これまでの感謝の意味を込めて、ウォッシュペーパーで汚れを綺麗に拭き取ってやりました。今までありがとう。これからもよろしくねって・・・・。

 「30年 私指先 動かして 使った電卓 古いがまだまだ」

 「電池替え する必要も なく使え ソーラー電源 とっても便利」

 「これからも 死ぬまで使う 予定です よろしく頼む 言いつつ掃除」

 「計算が 苦手な私 電卓に どれほど世話に なっただろうか」

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〇人間牧場でのスキルアップ研修

 春は異動転勤の季節です。色々な職場から人が去り、色々な職場に新しい人がやって来て、新たな気持で仕事が始まりました。先日えひめ地域政策研究センターの山本所長さんから、「新しい研究員が赴任して来たので、あいさつがてら人間牧場へお邪魔したいのでよろしく」とのことでした。

研修にやって来たセンターの皆さん

 道の駅シーサイドで待ち合わせ、私の軽四トラックの助手席に山本所長さんを乗せ、車を先導するような形で奥西経由の道を、四方山話をしながら走りました。上の市道から歩いてもらい、私たちはそのまま人間牧場へ乗りつけ、鍵を開けて座布団を出したり、スライド窓を開けたりしました。

 それから約一時間、何の相談もなく思いつくままに、新任の研究員を前に地域づくりについてお話をさせてもらいました。かつて長い間「えひめ地域づくり研究会議」の代表運営委員をやっていたこともあって、通称まちづくりセンターへはしょっちゅう出入りしていたので、その時々の所長さんや研究員さんと、着かず離れずの出会いを重ね、どれ程の人とまちづくりについて議論を重ねてきたことでしょう。

 過去の人はセンター外に去ってそれぞれの場所で、それぞれの想いを持って生きていることでしょうが、私がよく言う「ラベルとレベル」を大事にしないと、折角いい学びをしても地域のお役に立てないばかりか、自分の人生の生き方にもプラスできないのです。「ラベル」は地域づくりに関わった経験を生かした「地域への貢献」、「レベル」は「自分の人間力」アップです。「地域貢献」と「人間力」のスキルをしっかりとアップして、これからの人生をしっかりと生きて欲しいと思いました。

  「また今年 春の異動で 新た人 想いを胸に 仕事赴く」

  「これまでに どれ程の人 迎えたか その度熱く 語りかけたが」

  「結局は ラベルとレベル 意識して 生きる人こそ 地域求める」

  「地域への 貢献それに 人間力 これさえあれば 鬼に金棒」

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〇送られてきた登録証と委嘱状

 昨日、相次いで二枚の登録証と委嘱状が、手元に送れれてきました。一枚は内閣府地域創生推進事務局長名の「地域活性化伝道師」という登録証、もう一枚は愛媛県知事名の「愛媛県景観形成アドバイザー」という委嘱状です。いずれも以前からいただいている役職の継続ですが、はてさて「地域活性化伝道師」や「愛媛県景観形成アドバイザー」とは、一体何をすればいいのでしょう。

 「地域活性化伝道師」について、添付書類には次のようなことが書かれていました。「地域からの相談に対し適切な助言や取り組み事例の紹介を行なうスペシャリストとして、地域の課題解決に向け、現地等での指導・助言をいただきますよう、よろしくお願い致します。なお内閣府や地方自治体、地域からの派遣について依頼させていただいた際は、ご対応いただきますようお願い致します」。

 「愛媛県景観形成アドバイザー」については、ことさらな添付書類はありませんでしたが、これまでの要請だと、県内市町の景観形成計画作成や、研修会へのアドバイスが主な仕事のようです。二つともこれから一年間、様々なからみがあるようなので、しっかりと勉強して対応したいと思っています。私にはこれ以外にも、観光カリスマ百選や金融広報アドバイザー、コープえひめアドバイザーなど、それぞれの名刺までいただき、年間を通じてそれぞれの立場で活動しています。いやはや自分でも驚くほど幅が広いです。

  「相次いで 登録証と 委嘱状 送れてきて 早速役目」

  「伝道師 まるで牧師の ような役 中々骨が 折れそう予感」

  「気がつけば いつの間にやら あれやこれ 役割多く 当分死ねぬな」

  「委嘱状 貰うはいいが 手放しで 喜ぶ訳にゃ いかぬと覚悟」

 

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