shin-1さんの日記

○知らぬ土地を訪ねたら高い場所に上がって見るべし

 名著「忘れられた日本人」の著者で知られる民俗学者宮本常一について書かれた、ノンフィクション作家佐野眞一のこれまた名著「旅する巨人」の中に、宮本常一の父親が言った言葉が紹介されています。あいにくその本は来訪者の供覧のため、人間牧場・水平線の家の書棚に並べられ手元にはありませんが、宮本常一の父親が「旅をしたら訪れた町を必ず高い場所に登って見ればその土地のことが良く分かる」というくだりがあったように思うのです。その話に同調し旅のつれづれにその街の高台に登ってみると、納得することが多くあるのです。

 昨日は大洲へ行きました。公民館に勤めていた若いころには、当時師と仰ぐ松田寿雄先生が大洲市大洲、つまり大洲のど真ん中に住んでいて、折に触れて自宅を訪問し、時には破天荒な先生と大洲の街中を荒すがごとく飲み歩き、大洲の町を知り尽くしたような錯覚を持っていました。その恩師も今は亡く、国立大洲青少年交流の家や町の駅、それに大洲商工会議所に行く程度の出会いになっていることに気づき、少し早目に出て意味もなく臥龍の淵を訪ね、とっさの思いつきで大洲の街が一望できる冨士山へ宮本常一ばりに登ってみました。

若松進一ブログ
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 建築物に詳しい友人である岡崎直司さんから聞いたうろ覚えの知識ゆえ記憶は定かではないのですが、大洲の名勝臥龍の淵にかかる沈下橋辺りから臥龍山荘を見ました。ここは大洲藩主加藤家の庭園だった場所です。明治の貿易商河内寅次郎が構想10年、工期4年をかけて造ったという建物が川面に映えて建っていました。私の2~3度訪ねたことがありますが、臥龍院、不老庵、知止庵の建築物は数寄をこらした匠の技ぞろいで、見る人をうならせるのです。見ながらふと宮本常一のことを思い出し、山道を冨士山に向かって走りました。

 つつじの咲く春五月は多くの人で賑わう冨士山も、シーズンオフの今は散閑として僅かに2~3台の車が登っている程度で、夏の名残の草刈りをしている作業員が草刈り機のエンジン音を響かせながら長閑に作業をしていました。一面つつじの山頂は花もなくゆっくり散策しながら歩く園内は緑のみが目立ちましたが、つつじの木々も老木老域に達してどこか元気がないようにも思えました。

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 展望台から見る臥龍辺りや市街地の眺望は澄み切った秋空がそうさせるのか絶景で、深まりゆく秋を気づかせるようにハゼもみじが赤く色を染め始めていました。180度の大パノラマに目を奪われながら見飽きぬ風景を眺めましたが、視線の向こうに大洲市柳沢一二三会(ひふみかい)の平谷さんたちが造った雲海展望台が見えました。間もなく雲海の季節かと思いつつ一度訪ねて欲しいと先日平谷さんから電話があったことを思い出しました。

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 僅か1時間ほどの短い時間でしたが、久しぶりにリラックスし目と心の保養をすることができました。華やいだつつじ咲く頃の冨士山もいいですが、この時期のひっそりした季節をたったひとり歩いたり見たりするのも悪くはないものです。知ったつもりの大洲でも知らない場所や見所が沢山あると、展望台の掲示板に張られたポスターの数々をみて再認識しました。肱川町や河辺村、それに長浜町と広域合併した大洲には、鵜飼、シャクナゲ、屋根付き橋、長浜大橋、金山出石寺、稲荷山、白滝、矢落川のホタルなどなど、見所満載なのです。


  「常一の 親父の教え そのままに 冨士に登り 一人散策」

  「雲もなく 秋空青き パノラマを 独り占めする 冨士の眺め」

  「あの辺り 暖簾くぐりて 酒を飲む 若かりし頃 思い出しつつ」

  「工場が 不況あおりで 去るという 眼下で起こる 悲喜はこもごも」 

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○「お時間です」というメモの波紋

 昨日は年金友の会の研修会に招かれ大洲へ行きました。そこでとんでもないハプニングがありました。主催者から前もって「2時ころに来てほしい」という連絡だったので、30分前の1時30分に会場となっていた大洲総合福祉センターへ到着しました。プログラムには13時05分から私の特別講演と書いていたので、その通りになりだろうと思っていました。ところが私の前の人が少し長く話したのでしょうが、私の話が始まったのは2時30分近くでした。司会をしていた方が顔見知りだったため、押している時間を気にされて私の紹介は「ご存知の方」程度に抑えて話が始まりました。

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 1時間の講演時間と聞いていたので、始まってから1時間、つまり3時30分まで話をするべく自分に暗示をかけて話を進めました。ところがいよいよ話しの佳境に入った3時15分にいきなりステージの隅から係の人が、「もうお時間です止めてください」というメモを手渡されました。後10分の話は話をする人間にとってまとめになるとても大事なエキスの部分なのですが、主催者からの待ったですから1~2分お話をして仕方なく講演を打ち切りました。私にとっても聞く側にとっても昨日は後味の悪い講演となってしまいました。運の悪いことに昨日は帰る途中双海町満野の津田酒店前海岸国道でパトカー5台、救急車もも出動するような大変大きな交通事故があり、通行止めの列は延々長浜町今防を超えていました。ノロノロ運転が続き現場を通り過ぎるのにかなりの時間を要し、夕方の会場掃除が気になりながら帰宅したのです。

 ほぼ万弁に一年中講演活動を行っている私が一番気にして守っているのは講演の終わりの時間です。私が受講者という反対の立場になった時、終わる時間を守らない講師の話はいくら内容が良くっても、興ざめしてしまう経験を何度もしているからです。始まる時間は主催者が決めるので講師はどうすることもできませんが、終わりの時間を守るのは講師の責任なのです。

 退職して4年半があっという間に経ちました。その間毎年のようにほぼ1カ月に10回程度、つまり年間120回も壇上に上がって話をしていますが、この4年半で初めて味わったメモの投げ込みに少なからず動揺を覚え、自分自身では後味の悪い講演会になってしまい、受講者にすまない気持ちでいっぱいです。

 私の後には有名人の落語が予定されていたようで、私の話の時間より本命と目されている芸人の話しの方が主催者にとっても参加者にとっても楽しみだったに違いないと、自分の非力さに納得した一日でした。


 でも収穫もありました。「毎日三枚のはがきを書いたら幸せになれる」という広島に住む半田さんの話をしましたが、会場内に半田さんの近しい親戚の人が来ていて、帰りに感想や半田さんの近況を聞くことができました。立ち話だったので詳しいことは分からず断片的でしたが、火事に遭ったこと、大切なハガキなどがほとんど焼失したことなどを話されていました。今日にでも見舞いのハガキを出そうと思っています。

 毎回のように自宅へ帰ると妻が、「今日はどうだった」と聞いてくれます。その都度その日の感想を話すのですが、「今日はちょっと物足りなかった」と話すと、気持ちを察してか優しいねぎらいの言葉をかけてくれました。「そうだまた頑張ろう」と心を新たにし、煙会所に仲間を迎え入れる準備をしました。


  「時間です いきなり貰う メモを見て 時計の針は 残りあるのに?」

  「どうだった 妻が声かけ してくれる 物足りないと ポツリ一言」

  「まだまだだ 修行足りぬと 自戒する 次はしっかり 肝に銘じて」

  「落胆の 気持ち引きずる 途中にて 事故で渋滞 少しうんざり」 

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