shin-1さんの日記

○教え④

 一昨日まで国立大洲青少年交流の家で開かれた「大人を考えるシンポジウム」で数学者の秋山仁先生が、帰る車の中で、13人の終日参加の若者に色紙を書いてくれました。走り書きのような一枚一枚の色紙には味なる言葉がたくさん書かれていました。数学者らしく英語や数字のもありましたが、講演で述べた次の言葉の引用が多かったようです。

 「いい生き方をするための11のポイント」

 ①でっかい志を立て、自分流横綱を目指そう。

 ②一週間に一冊の本を読もう。

 ③感動を求めてどんどん出かけよう。

 ④自分にしか出来ない仕事を探そう。

 ⑤新たな事に挑戦しよう。

 ⑥スポーツで汗を流し体力を身につけよう。

 ⑦自立自活しよう。

 ⑧出会いを求めて旅に出よう。

 ⑨真実を語れる友、尊敬する師をつくろう。

 ⑩無から何かを創り上げる日々を送ろう。

 ⑪今日は何人の人を喜ばせることが出来るか考え、朝起きよう。

 エマーソンは人生成功の四つを次のように述べていることも紹介し色紙に書いていました。

 「人生成功の四つ」

 ①健康な子どもを一人は残す。

 ②お花畑を作る。

 ③社会をよくする。

 ④あなたがいたから今があるといわれる人間になる。

 色紙に走り書きした色々な言葉に納得しながら、自分のこれまでの生き方を反省してみました。殆どの言葉どおり生きてきたつもりですが、それは自分で納得しているだけであって、側にいる他の人から見てもらうと、まだまだである事に気づくのです。私はこの11を妻に読んで聞かせ、自分の足らない部分を言ってもらいました。例えば⑥は最近体力をつけるどころか、体力が衰えているような感じがします。書斎にこもってパソコンの前で過ごす時間が増えてきたと指摘されました。「当っている」と思いながら、昨日から体力をつけたり体を動かす事を意識的に始めてみました。風邪の回復後まだ間がないので無理は禁物ですが徐々に努力したいと思いました。⑦の自立自活も日々の暮らしの中で考えるだけでなく行動しようと思いました。

 立ち止まって自分の今を見つめ、反省しながら自分と対話して目標を決めて行動する、何気ないことですがこうした積み重ねが人生なのでしょう。

  「走り書き メモをパソコン 打ち込んで 妻に評価の 辛口採点」

  「そういえば 気力ばかりが 先に立ち 体力なくて 風邪の進入」

  「立ち止まり 日々の暮しを 見直せば 今から先は 楽しい日々が」

  「健康な 子どもを四人 世に送る これは四倍 大成功だ」

 

 


 

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shin-1さんの日記

○三つの実行委員会委員長

 2年半前にリタイアした折殆どの公職を辞して一野人になったつもりでしたが、2年半の時の流れの中でいつの間にか、色々な役職が復活し忙しく振舞っています。妻からは「仕事を辞めたのにどうしてそんなに忙しいの?」と首をひねられていますが、それでも人のお役にも立たなければなるまいと、請われるままに引き受けていますが、そろそろ限界かなと自分でも思っています。

 私は今三つの実行委員会の委員長をやっています。一番長いのは教育長の現職時代に兼務していたものを、市町村合併で持って行く人がいなく続けている双海町青少年おもしろ教室実行委員会の会長です。事務局が教育委員会にあって職員がしっかり支えているのでそんなに大きな仕事ではありませんが、それでも人間牧場をフィールドにして活動するため、手を抜くことが出来ず、むしろ積極的に関わっています。昨日の夜その委員会が行われました。この運営はゆめ基金という文部省系の資金が使われているため、今年度の反省に立って来年度の事業計画を立案する重要な会議でした。30人の定員で募集したものの倍の60人に余る応募があって抽選しなければならなかった反省点や、安全な冒険、マンネリと伝統の狭間、企画や運営への巻き込みなど様々な意見が出ましたが、今年も去年にはない大きな成果を得て、参加した子どもも参加させた親も満足のようなので、来年も継続することで一致し、会議を終えました。特に来年は「命をつなぐ」意味で、早速今月の22日にバイオマスで土作りを行い、今年収穫した芋のから芋ツルを芽吹かせるプロジェクトをスタートさせる事になりました。

 二つ目は一昨日まで行われた国立大洲青少年交流の家の主催事業「大人を考えるフォーラム」実行委員会の委員長です。今年で3年目を迎えましたが、3回の実行委員会を経て事業も多くの成果を得て無事終わりましたが、事業修了後に開いた4回目の実行委員会でも様々な意見が出ました。総じて建設的な意見なので、来年にバトンをつなげることが出来たようです。請われるまま今年で3年間も委員長をやり、意見の取りまとめをやってきましたが、意欲も年齢も衰えてはいないものの元気な間に、そろそろ後継者への移譲も考えなければならないと思っています。私にとっては自分の進化に役立った委員会でした。

 三つ目は来年愛媛県で行われる予定の地域づくり団体交流全国大会の実行委員会委員長です。これはかなり大掛かりなもので、過去3回の実行委員会が開かれ、1月に行われるプレイベントや2月の茨城で行われる全国大会へのPR参加と来年11月開催の全国大会に向けて着々と準備が進んでいるのです。えひめ地域づくり研究会議の代表運営委員をやっていることもあって、これから1年は様々な気配りが必要で、特に16予定されている分科会の一つを双海町へ誘致していることから、気を抜くことなく動きたいと思っています。

 実行委員会は全てボランティア活動だし、出かける度に妻に対し「実行委員会に行って来る」と告げるものですから、妻はどの実行委員会か区別がつかず、「なんでそんなに実行委員会が再々あるの?」と首をかしげているようです。そういえばいつの間にかボランティア活動への参加参画も長くなりました。青年時代に福祉ボランティアに参加してからですから、かれこれ40年も続いている事になります。妻が「いつまでボランティア活動に参加するの」と聞くので、「死ぬまで」と答えてやりました。ふと漏らした言葉ですがこれは私の名言で、多分死ぬまでボランティア活動に関わることでしょう。今は「本業ボランティア、副業講演活動」ってなもんです。「本業ボランティア・副業仕事」これも名言かも知れませんね。

  「出る時に いつまでやるの ボランティア 聞く妻へ言う 死ぬまでですよ」

  「気がつけば 三つも代表 務めてる オーバーワーク それでも楽し」

  「少しだが 社会の役に たってます これから先も そんな気持ちで」

  「本業は 何かと人が 問うたなら ボランティアです 胸張り答う」

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