人間牧場

〇庭先に忍び寄る秋の気配

 このところ深まり行く秋の気配を実感するように、朝晩はめっきり冷え込み始めました。寒さが苦手な妻は早々とコタツを用意し、低温設定した石油ストーブに火を入れ始めました。戸外で過ごすことの多い私なので、部屋に入ると温かさを感じますが、小学生の孫たち2人もコタツが大好きで、私たちの居間へ来て過ごす時間が日に日に多くなり始めました。

眉刷毛オモトの花

 庭先を歩くとそこここに秋の気配が漂っています。宮栄元公民館長さんから何年か前いただいた、眉刷毛オモトが今年は3輪花をつけました。南アフリカ原産で正式学名はアルビフローラと言うのだそうですが、その名の通り女性が化粧塗道具として使っている眉刷毛によく似た珍しい花で、家族みんながそれぞれに見つけて「面白い花だ」とコメントしています。

真っ赤に色づいた南天の実

庭の水場の近くの南天が今年も沢山の赤い実をつけました。毎年のことながらたわわについた赤い実は圧巻で、重さを感じさせるほど垂れ下がっています。もう間もなく小鳥の餌が不足し始めると、どこからともなく沢山の小鳥がやって来て啄み、一日か二日であっという間食べられてしまう運命にありますが、これも自然の成り行きと諦めています。

榎の輪切りに生えたヒラタケキノコ

裏庭に置いた榎の切り株に、ヒラタケというキノコが沢山生え始めました。大洲市田処で酪農を営む親友亀本さんから、ヒラタケの植菌をした榎の輪切りを貰って置いていますが、朝晩の気温に反応して生えてきました。そろそろ食べごろなので今日か明日にでも収穫し、鍋物にして食べようと思っています。わが家の庭も秋が次第に深まっています。

「冬間近 今にはコタツ ストーブも 朝晩妻は 早くも火入れ」

「孫二人 コタツ大好き やって来る あれこれ雑談 ほのぼの家族」

「眉刷毛と 名前の付いた オモト花 珍しいねと それぞれ見つけ」

「榎の木 輪切りに生えた ヒラタケを 今日にも収穫 鍋物具材」

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人間牧場

〇霜降のころ

 先日10月23日は二十四節気のひとつ霜降でした。私の住んでいる四国愛媛県伊予地方は、瀬戸内海気候で一年中暖かいため、そろそろ霜が降り始める霜降と言っても余りピンときませんが、北国のfacebook仲間からは、朝晩ぐっと気温が下がり、紅葉の便りが届いています。家庭菜園程度ながら野菜を作っていると、新暦Clendarよりも旧暦の二十四節気の方が農作業にはぴったりで、今は亡き祖母や母から日々の暮らしの中で教わった、言い得て妙なる気象メモとも思える言い伝えに、納得しながら作業を進めています。

紅葉し始めた家の入口の枝垂れモミジ
夜露に濡れて、水滴が朝日に輝きイルミネーションのようです

一昨日は地方祭でしたがあいにく雨が降りました。昨日は一転雲一つない秋晴れとなったものの、家の周りや畑は昨日の朝、過ぎ去った二十四節気の白露・寒露を思わせるようにしっとり濡れ、特に家の入り口にあるそろそろ紅葉の始まった枝垂れモミジの葉っぱに着いた水滴が、まるでイルミネーションのように朝日に輝き、思わず立ち止まって見惚れてしまいました。最近は超多忙で季節の移ろいなどに想いを寄せる暇もありませんが、せめて季節の移ろいを感じるような余裕を持ちたいものです。

 もうそろそろやらねばならない懸案の秋の仕事が残っています。それは飼っている蜜蜂の蜂蜜採取です。このところ巣箱の前で、盛んに蜜蜂を狙っていたスズメバチもいなくなって、多少安心していますが、7月初めに分蜂入居したため本来は終わっているはずの作業が大幅に遅れているのです。まだ日中は沢山のミツバチが飛び交っているものの、野菊やツワブキといった秋の花の時期が来ると、いよいよ冬ごもりの時期なので、天候を見計らいながら細密を楽しみに待っています。

「旧暦の 二十四節気 早霜降 南国四国じゃ 日中二十度」

「忙しく 季節の移ろい 楽しめず 思わずハッと 白露輝き」

「旧暦は 古い時代の 遺物だが 農作業には とても便利で」

「ツワブキの 蕾ふくらみ そこここに 秋を感じる いい季節です」

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人間牧場

〇雨に濡れながら神輿を担ぐ孫たち

 昨日は年に一度の秋祭りでした。息子も若嫁も職場が松山市内なので休むこともできず、平常どおり仕事に出かけましたが、妻と孫たちは地方祭がお休みなので、孫たちは前夜の宵宮から神輿を担ぎに法被を着て出かけ、妻もおご馳走の仕込みや調理に忙しそうでした。

わが家へやって来た子ども神輿
玄関に角付けされた子ども神輿に健康と安全を祈りました

 前日の雲一つない好天なら良かったのに、天気は悪戯なもので朝から曇り空でした。しかし昼過ぎまではどうにか雨も降らず、午前6時に宮出しした神輿や獅子舞が町内に繰り出して、あちらこちらから神輿守のワッショイワッショイという掛け声や、小気味よい太鼓の音が遠く近くなりながら、一日中聞こえていました。

ところが午後2時ころになって雨が降り始め、わが家へお神輿が来る頃には少し雨脚が強くなり始めました。孫2人も神輿の後ろについて、ワッショイワッショイと掛け声をかけていましたが、雨に濡れて少し寒そうでした。それでもみんなの勢いで神輿の運航は続けたようでした。

 幸いなことに雨も小康状態で神輿を無事宮入りさせたようで、5年生の孫希心は2千円、3年生の孫奏心は1400円のお祝儀義分配に多少顔をほころばせて午後6時ころ帰って来ました。妻の沸かしていたお風呂に入りすっかり温まり、心配していた風邪を引くこともなく、多少筋肉痛の足に湿布を貼って寝たようで、今朝は元気を回復して「おはよう」の元気なあいさつができました。

「秋祭り 二人の孫は 二日間 お神輿担ぎ ワッショイワッショイ」

「折からの 雨で法被も 濡れネズミ 風邪を引かぬか 心配したが」

「お祝儀を 貰い疲れも 吹き飛んで 鼻歌交じり 風呂から聞こえ」

「少子化の 影響どこか 寂しそう 隣集落 神輿途絶えて」

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人間牧場

〇広島から親友がやって来ました(その2)

 逆手塾の事務局長を長年にわたって務める宮崎さんは、広島県を代表する地域づくりのスペシャリストで、私が双海町役場でまちづくりを担当していたころ講演に来てもらったり、人間牧場を利用して私が代表を務める21世紀えひめニューフロンティアグループが中心になって移動逆手塾を開いたり、また私も過疎逆の聖地広島県総領町で開かれた逆手塾の講師として2~3度招かれている、親密な親友なのです。

人間牧場にて

 総領の和田さんは私と同じような経歴の持ち主で、役場の職員を経て私と同じ時期にお互いが教育長をやりました。風の噂によると和田さんは病気で体調を崩されているようで心配していましたが、宮崎さんの話では快方に向かっているようで、かつての地域づくり人の多くは、若い頃の無理がたたったのか、私も含めて病気で体調を崩す人が多いようです。その点宮崎さんは相変わらず元気で走り回っているようでした。

 私たち地域づくり人は、幾つになっても人から見れば他愛のない夢を捨て切れず、相変わらず夢を追いかけながら生きています。「抱きしめてハイズカ」というダム湖の周囲を手でつなぎ合わせる運動を全国に広げたいと熱っぽく話してくれました。私も気がつけば宮崎さんと同じように大小様々な夢を持って日々生きていますが、余り無理の効かない74歳という年齢になりました。お手伝いできることはそんなに多く望めませんが、少しなりとも手助けをしたいものです。

近くの灘という食堂で日替わりランチを食べ、翠小学校やわが家の煙会所、海舟館などを私の車で案内し、午後4時過ぎシーサイドで熱々のじゃこ天をいただきお別れしましたが、久し振りにのんびりゆっくり地域づくりについて語り合い、充電ができたような気がします。話の途中で考えた「もう一人の自分と手をつなぐ」という面白い妙案も、私自身少し整理をして地域づくりに生かして行きたいと思いました。

「聞こえ来る 風の噂じゃ あの人も この人さえも 元気今一」

「健康が 一番ですと 家の横 恥ずかしながら 畑を見せる」

「朝何時? 起きる時間を 問われたが 4時に起きると 答えてしまう」

「久方に 親友出逢い あれやこれ 元気充電 ファイト一発」 

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人間牧場

〇リバイバルブームの固形石鹸

わが家は息子家族4人と私たち夫婦2人が同居する6人家族です。台所は別々ですがお風呂は一緒です。風呂はステンレスバスで、田舎らしくかなり広いので、息子家族と私たち夫婦別々のバス道具が置かれていますが、息子たち家族はボディシャンプー派、昭和生まれの古臭い私たち夫婦は固形石鹸を使っていて、微妙ですが時代の差を感じています。

リバイバルブームの赤箱固形石鹸

いつ頃から固形石鹸に変わってボディシャンプーが使われるようになったのか、そんなに遠いことでもないのに記憶は定かではありません。最近の若い人は固形石鹸を余り使わないらしく、わが家へは何かにつけて使わなくなった石鹸を沢山貰うので、重宝しながら贅沢にもふんだんに固形石鹸を使っています。

固形石鹸は香りも良いので、押し入れなどに入れておくと、防臭の効果もあっていい香りが漂います。何故牛乳石鹸と言うのか分からぬまま、赤い箱・青い箱の牛のマークの石鹸を使っていますが、聞くところによると最近赤箱の固形牛乳石鹸がリバイバルブームで、よく使われているそうです。ブーム=流行ですから移り気な現代人ゆえ、そんなに長続きはしないかも・・・です。

私が水産高校の実習船愛媛丸で遠洋航海に出た時、船のお風呂はエンジン冷却水を引き込んだだけの海水風呂でした。故に海水で泡立つ洗濯用の固形石鹸しか使えず、勿論シャンプーなど世の中に出回っていなかったので、頭も身体も洗濯も全て洗濯用固形石鹸でしたが、お洒落など気にしても仕方のない男だけの船内生活なので、使っている内いつしか洗濯石鹸に慣れた強い体になっていました。固形石鹸を見る度に懐かしい青春時代を思い出しています。

「リバイバル ブームで固形 石鹸が 使われ始め 移り気感じる」

「わが家では 私と妻は 固形です 息子家族は ボディシャンプー」

「若い頃 実習船に 乗った時 塩風呂ゆえに 洗濯石鹸」

「何故牛乳 石鹸と言う 意味不明 分からず無意識 長年使う」

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〇4Kテレビを買いました

 この1ヶ月ほど、自宅居間に置いているテレビの内臓ビデオの調子が悪く、毎晩のように見ている妻の不満を囲っていました。妻はそのことを松山に住む娘に相談したようでしたが、娘は母親である妻に、4人の子どもたちからテレビのプレゼンする旨の申し出があったと喜んでいました。早速私私が埼玉へ講演に出かけて留守中の先週日曜日、息子と一緒に松山の大型量販電器店へ出かけ、お目当てのテレビを購入する手続きを終えたようでした。

(10年間見続けたお世話になったテレビ)

 購入予定のテレビはこれまでと同じ50インチの大型画面ですが、在庫がなく取り寄せるため一週間後の昨日の夕方6時に、荷物を積んだトラックで店員さん2人がやって来て、慣れた手つきで荷を開き、取り付けたり調節したりして帰りました。居合わせた孫二人や息子夫婦も一緒に使い方の説明を受けたようですが、あいにく外出して私だけ留守だったので、得意顔の孫たちは、私にあれやこれやと使用方法を教えてくれました。

夕方7時からのNHKニュースしか殆どテレビを見ない私と違って、妻は毎日録画したテレビ番組を夕食の後片付けが終われば視聴するので、このテレビは妻専用と言っても過言ではありません。取り外した古いテレビも50インチなので、別の部屋に移し取り付ければ見れるので、私専用として使おうと思っていますが、今回買ったテレビは間もなく放映が始まる今流行りの4kだそうです。それにしても枠のない50インチの薄型テレビは迫力があります。

「10年が 寿命と聞いて いたけれど やっぱり納得 買い換えました」

「わが妻の 唯一趣味は テレビです 昨日の夜は あれこれテスト」

「古テレビ 私専用 別の部屋 心置きなく どうぞと移動」

「4kと 言われてピンと こないけど 最新テレビ 言われてみれば」

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〇オンブバッタ

 間近に迫った子ども体験塾の準備をするため、一昨日人間牧場へ出かけ、とりあえずサツマイモ畑周辺の草を刈りました。気温も下がり草刈りをしてもそれほど汗をかきませんでしたが、草むらに潜む縞模様の藪蚊が沢山体にまとわりつきました。また大臣クモがやたらとクモの巣を張り巡らせていて、目に見えにくいこともあり草刈りに夢中になっていると、クモの巣に顔を突っ込んでしまい草刈りを中断する一幕もありました。

 草むらには蚊の他にバッタ類も沢山いて、草刈り機の前を右往左往して逃げ惑っていました。その中には私たちが子どものころ「親子バッタ」と呼んでいた「オンブバッタ」もいました。草の色と見まがうほど緑色の保護色なので、よ~く見ないとその姿を見失ってしまいます。バッタの背中に小さなバッタが乗っている愛くるしい姿に、てっきり「親子」だと思っていましたが、実は親子ではなく雄と雌らしく「オンブバッタ」と言うのだそうです。

私はこれまで何度も畑や空き地で、子どもの頃からこのバッタを見てきましたが、「親亀の背中に子亀を乗せて」のイメージで、親子とばかり思っていました。ところがこのバッタは「オンブバッタ」と呼んで、下にいるのがメス、上に乗っているのがオスだというのです。言わばバッタは子孫繁栄のため交尾をするための姿でした。勿論交尾をしなくてもその行動が身について、仲良く暮らしているようです。

私たちの身の回りには知らないことが余りにも多く、このままだと知らず知らずに一生を終わります。知っていなくても別に困る訳ではありませんが、少年の頃のように、「何故?」「どうして?」と疑問を持って知る努力をすれば、もっともっと日々の暮らしが楽しくなるものと思われます。今は疑問に思えば、居ながらにしてインターネットで調べることもできるのですから、便利な世の中になったものです。

「子ども頃 二匹のバッタ 重なるを 見て親子だと 思ってました」

「背に乗せて 飛び交う姿 微笑まし オンブバッタと 言う名相応し」

「七十四年 生きているのに まだ知らぬ ことが多いと 浅学恥じる」

「便利だね 疑問の館 すぐネット 随分色々 学ぶことあり」 

 

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人間牧場

〇下灘保育園へ出かけました

 下灘の町はずれの谷筋に、下灘保育園があります。傍の下灘中学校が統合で廃校となったため、最近は人通りも少ないようですが、人間牧場へ来客を案内する時はこの県道を通るものの、保育園の存在には余り気づかないほど小さな、園児数25人の保育園なのです。わが長女はこの保育園でお世話になりましたが、わが家が上灘にへ引っ越したため、後の3人の子どもは上灘保育園でした。

久しぶりに下灘保育園を訪ねました。

 下灘保育園の園長は成本先生ですが、お父さんが小学校時代の恩師だし、前々任が上灘保育園の園長だったこともあって、何かと懇意にしていて、11月には園児のおじいちゃんやおばあちゃんを集めた遊びの講座が開かれるので、その手助けを頼まれていて、昨日は人間牧場へ草刈りに行くついでに打ち合わせに伺いました。園長さんはこの日は遅出出勤らしく、私の携帯を知らせてひとまずお暇しました。

 人間牧場で作業をしていると電話がかかり、昼前に再び出会うことでアポイントが取れました。再び保育園を訪ねるとお昼ご飯の準備中で、3歳児は早くも戸外にしつらえた食卓を囲んで、賑やかに食べ始めていました。職員室に入り園長さんとあれやこれや思いを巡らせ相談した結果、ドングリ駒、竹を使ったポックリ下駄、焼き芋をすることに決まりました。私は早速自宅近くのクヌギの木の近くまで出かけ、ドングリを拾い集め、袋に入れて持ち帰りました。

 暇を見つけて竹藪でから竹を切り出し、人数分の竹を用意しなければなりません。来週はスケジュールが滅茶苦茶立て込んでいて忙しく、竹を準備する時間は殆どありませんが、それでも朝晩の散歩時間を削ってでも用意したいと思っています。ドングリを拾いながら、いつしか少年の頃の懐かしい思い出が蘇ってきました。

「久方に 小さい保育園 伺うと ちびっ子たちが 駆け寄ってくれ」

「来月に 祖母と祖父母が 集まって 遊びの講座 開く予定だ」

「早速に ドングリ拾い 出かけたが 少年のころ 思い出しつつ」

「竹切って ポックリ下駄を 作ります 竹の準備を 引き受け難儀」 

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人間牧場

〇海は広いな大きいな

 私は子どもの頃から今に続いて、海が大好きな人間です。ゆえに海と深い繋がりのある人生を送ってきました。生まれた場所が下灘という漁村で、少年時代は海が遊び場でした。高校は宇和島水産高校に遊学し、実習船愛媛丸で赤道を越えてオーストラリア近くの珊瑚海まで、遠洋航海に出かけました。親父がガンを患ったこともあって家業である漁業を継ぎ、7年間漁師をしました。30歳の時ジョン万次郎の影響を受けて、総理府派遣の青年の船の班長として太平洋を渡り、建国200年のアメリカやメキシコ、ハワイを訪ねました。双海町役場に入庁後4年間産業課で水産という仕事に関わり沿岸漁業振興を担当、水産物荷捌き所や漁村センターをつくりました。

伊予灘ブルーの海原
岩場のさざ波も冬になると・・・

その後企画調整室でまちづくりを担当し、「通過する町から立ち止まる町へ」を合言葉に、道の駅シーサイド公園整備や、下灘漁港の埋め立て事業にも深く関わり、海の拠点を造りました。JR下灘駅での夕焼けプラットホームコンサートもある意味、海にしずむ夕日がテーマでした。また30歳ころから21世紀えひめニューフロンティアグループを主宰し、仲間たちとともに続けた、無人島に挑む少年のつどいや丸木舟瀬戸内海航海など、こうして述べてみると私の人生は、海なしでは語れないようです。ゆえに海の恐ろしさと同時に海の魅力も存分に知り尽くしていて、これからも海とともに生きることでしょう。

 先日飛行機に乗って東京や埼玉へ出かけました。講演を終えて再び飛行機に乗り、由利島やふたみシーサイド公園周辺に広がる穏やかな海を上空から見ました。帰路つづら折りの三秋峠を下って、高野川に差し掛かると急に視界が開け、伊予灘の海と夕日夕焼けが私を出迎えてくれました。これぞ私が愛してやまないふるさとの海だと、顔に似合わず多少センチメンタルな気持ちになりました。そろそろ終活をしなければならない人生の最終章に入りつつある私ですが、これからも海を愛し海とともに生きて行きたいと思いました。

「この海は 産まれる前から ありました 産まれてからも 何かにつけて」

「海なしで 私の人生 語れない 海は私の 大恩人です」

「どの海も つながっていた 世界中 怖い思い出 楽し思い出」

「旅帰る 度に私に 気づかせる 母なる海と 父なる海を」 

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人間牧場

〇介護サービス事業者及び介護支援専門員連絡会

 私の得意分野は地域づくりや社会教育ですが、私が歳をとったせいでしょうか、それとも超高齢化社会を迎えた社会のせいでしょうか、最近は福祉関係のお声がかりが多く、多少戸惑いながらも快く引き受けて出かけています。昨日は松山市上野にある愛媛県生涯教育センターで、介護サービス事業者及び会議支援専門員の連絡研修会があり出かけました。

介護サービス事業者及び介護支援専門員連絡会
グループ討議
意見発表の集約板書

 福祉関係の人は人なつっこく、センター4階の大会議室に入ると、知人友人や顔見知りもいて、立ち話に花が咲きました。私の話を約1時間、皆さんのグループディスカッションを約1時間というプログラムでしたが、日ごろの悩みやこれからやりたいことを各班毎に発表してもらい、その意見をホワイトボードに書き出して参加者で共有しました。

この人たちが超高齢化社会といわれる社会の第一線で働いているからこそ、世の中は上手く回っていることを実感しました。昨日は協働と参画の地域づくりがテーマでしたが、地域づくりは福祉も教育も目指すところは住民の幸せ実現が目標ですから、これからはもっと連携し、いい社会の実現に向けて努力したいものです。昨日は沢山のヒントをいただきました。

「いつの間に 福祉スタイル 人となる あちらこちらへ 頼まれ出かけ」

「第一線 みんな悩みを 持っている ねえ聞いて 言わんばかりに」

「集まって 六六討議 するうちに あれやこれやと アイディアが出る」

「嬉しいね 自宅帰ると 早速に お礼や意見の メール早々」

 

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