人間牧場

〇餃子作りに挑戦

 昨日の夕焼け村の夕食メニューは餃子とニュー麺、それに野菜サラダでした。始業式のため少し早めに潮風ふれあいの館に帰って来た子どもたちは、接近する台風で、ひょっとしたら学校が臨時休校になるかも知れないという、何とも不思議な期待感から少し華やいだ雰囲気で、かまどご飯炊きと餃子作りに挑戦していました。

 

真っ黒焦げの餃子
楽しかった餃子作り
出来上がった餃子

 餃子の具材を練り合わせ、餃子の皮で包んで行くのですが、これが中々上手く行かず、中には具材が多過ぎてはみ出したり、皮2枚を使ってUF餃子を作ったりと様々でした。テーブル毎に卓上コンロのフライパンで焼きましたが、少し焦げ過ぎたのもお愛郷で、美味しそうに頬張っていました。

子どもの勘はよく当たるもので、まだ遥か彼方にある台風ですが、伊予市内の小中学校では、早々と臨時休校を決めたようです。最近は度重なる大雨や強風に対する反応が敏感で、「えっ、どうして」と思うような警報や避難情報が早めに出て驚きます。それはそれとして住民の安全を考えれば良いことですが、災害の度にあれこれ避難される行政の言い訳にならないよう、住民側もしっかりと対応したいものです。何はともあれ夕焼け村は一時自宅避難と相成りました。

「メニューは 自分で作る 餃子です まるで芸術 色々あって」

 「食べません 誘われたけど 食べません 見るから遠慮 早々退散」

 「焼いたけど 焼き過ぎでした 真っ黒に それでも美味い 納得手合い」

 「台風が 近づき子ども ざわついて 学校明日は お休みバンザイ」

 

[ この記事をシェアする ]

人間牧場

〇若松さんちに若松さんがやって来ました

 昨日親友の松本さんから連絡が入り、「視察研修で伊予市へ来ているメンバーの中に若松さんという人がいて、あなたのことを話すと是非会いたいというので、昼過ぎにお連れしますがご予定は?」とのことでした。「若松さんが若松さんちへやって来る」ということだったので、「是非お越し下さい」と言いました。

右前に座った人が若松さん

 昨日は通学合宿「夕焼け村」が始まっていて、私も実行委員長だし夕方には「夕日の話」を頼まれていて、何かと忙しい一日でしたが、午後3時ころ松本さんの案内で7人ほどの一行がわが家にやって来ました。名刺交換をさせてもらいましたが、若松さんという方は青森県上北郡おいらせ町まちづくり防災課の主任主査若松徹さんでした。おいらせといえば全国に名だたる景勝地奥入瀬渓谷を思い出しましたが、若松さんから頂いた名刺には、沢山の特産品や公園、イベントなどが写真で紹介されていたものの、奥入瀬渓谷の写真はありませんでした。

 色々と尋ねたいこともありましたが、先を急ぐような感じだったので、海の資料館や煙会所を案内し、思い出の記念写真を撮って引き揚げて行きました。私も全国各地を飛び回っていますが、私と同じ若松という苗字の人には中々巡り合うことはありません。若松という苗字を意識した一日でした。

「若松と いう苗字人 やって来た どんな人かと 興味津々」

 「わが苗字 普段殆ど 意識せず 暮らしているが 昨日ばかりは」

 「これも縁 青森おいらせ またいつか 訪ねてみたい そんな気がする」

 「青森と いえば奥入瀬 思い出す 二年前にも 訪ねた記憶」 

[ この記事をシェアする ]

人間牧場

〇夕焼けプラットホームコンサート(その2)

 無人駅のプラットホームをステージにするという奇抜なアイデアを思いつき、JR下灘駅で始めた夕焼けプラットホームは、今年が33回目です。33年前の6月㉗日に、多くの反対を押し切って始めたコンサートですが、多くの人たちが関わり、有難いことにバトンをつないでくれています。親友の高岡亮さんや浅野和子さんなどは、毎年のようにやって来て、一年に一度の旧交を温めています。

 

愛媛新聞の浅野さんも駆けつけてくれました

「10年続ければ物語が生まれ、20年続けば神話になる」とは、私のけだし名言(迷言)ですが、20年はおろか33年も続いているのですから、これはもう仏話かも知れません。33年前には私も42歳の厄年真っただ中でした。町が町名変更問題で揺れ、責任を取って異動した後の失意のどん底のような時に始めたイベントだったので、他の人とは違った殊更な想いがよぎりますが、苦しい思い出は時としてより懐かしく思い出されるものです。

コンサート会場から見えた無人島由利島

昨日は下灘駅のプラットホームから見ると、沖合に由利島が赤く染まって見えました。この島に21世紀えひめニューフロンティグルーの仲間とともに渡り、20年間も「無人島に挑む少年のつどい」をやったのですから、これまた夕焼けコンサートと同じくらい思い出があるのです。今はダッシュ島として違った顔を見せていますが、過ぎてしまえば一瞬の出来事のようにも思います。夏の終わりを告げるように、昨日の夕方は少し肌寒ささえ感じる夕暮れでした。

昨日はタブレットを忘れ、加えて持参したデジカメも電源切れで途中で使えなくなり、残念ながら記録写真を撮れなくなってしまいましたが、幸い知人友人がfacebookにアップしてくれていたので、失礼ながら何枚かの画像を寸借してしました。そうそう昨日はコンサートに耳を傾けていると、いきなり前触れもなく、テレビ局のカメラマンにカメラを向けられ驚きました。また昨日司会を務めた藤田さんは古い友人ですが、終了後握手をしたり殺弾をして再会を喜び合いました。

「コンサート 会場全てが 懐かしい 沖合浮かぶ 島さえ思い出」

 「コンサート 始めた頃は 若かった 今はロートル 面影かすか」

 「よくもまあ 続いたものと 感心し 記憶辿りつ 歌に聴き入る」

 「前触れも なしにいきなり インタビュー 顔がいいのか? カメラ向けられ」 

[ この記事をシェアする ]

人間牧場

〇雨の降るのを心待ちにしている日々

 今日からいよいよ9月で、今日は私が種まきの基準日としている210日です。210日と言えば台風がよくやって来る日とされていますが、その予言通り南の海上を910hpという信じられないほど超々大型の台風が、日本列島に向って北上を続けています。

畝立てを終えた畑はお湿りを待つのみです
可憐なオクラの花
ナスも豊作です

 関東や北陸、東北ではこのところゲリラ豪雨が頻繁に降り、各地で川が氾濫し甚大な被害に見舞われているようですが、私の住んでいる四国・愛媛県・伊予市・双海町・上灘に関しては、かなり大きな被害をもたらし7月の集中豪雨以来、雨らしい雨が降らず、朝晩懸命に谷灌水しているものの、家の横の家庭菜園は完全に砂漠化して、冬野菜の種まき準備をするため耕運機を入れましたが、土煙るが立つほどの固さでした。

 遅れないようにと、とりあえず牛糞を撒いて中耕し畝を立てたので、後は雨さえ降ってくれれば大根をはじめ野菜の種を蒔こうと思っています。谷灌水には井戸の水を使っていますが、井戸の水もそろそろ枯渇するのではないかと心配しながら朝晩やっていますが、水がないと育たないサトイモは葉っぱが枯れ始めました。

 唯一元気なのは先日強剪定したナスとオクラです。ナスは紫、オクラは薄い黄色の可憐な花を咲かせていますが、オクラもナスも食べきれないほど出来て、親類や近所にお裾分けして大層喜ばれています。今年は豪雨の影響で野菜の値段が高いので、わが家は大助かりだと妻を喜ばせていますが、連日食卓にはオクラとナス料理が並べられ、文句は言えませんが・・・・・です。

「関東や 東北北陸 あちこちで 水害発生 日本沈没?」

 「こちらにも お裾分けして 水不足 まるで砂漠の 畑ため息」

 「今日9月 210日は 厄日です 大型台風 日本伺う」

 「毎日の ように食卓 オクラ・ナス 葉物野菜が 食べたいけれど」

[ この記事をシェアする ]

人間牧場

〇日本一のほら吹き男?

 昨日パソコンでfacebookを開くと、3年前の8月30日にアップした写真が、「3年前の思い出」というタイトルで、いきなり画面に現れビックリしました。私本人さえ3年前はおろか昨日のことさえ忘れてしまうのに、記憶して再現するのですからパソコンのメカニズムはどうなっているのだろう?と、驚くやら感心するやらでした。

角笛を吹く私

 さてその再現された1枚の写真は、私が人間牧場の水平線の家でほら貝ならぬ角笛を吹いている姿でした。東南アジアから人間牧場へ研修にやって来た人が、お土産にくれた水牛の角を加工して作った角笛ですが、ほら貝と同じ要領で吹くと大きな音が、人間牧場の向こうの谷や山に木霊して、存在を示してくれるのです。

 3年前角笛を吹く私の姿を、居合わせた仲間が写真に撮りメールに添付して送ってくれましたが、facebookにアップしたその写真を見て、友人の一人が「よっ!!、日本一のほら吹き男」と、書き込んでくれました。ほら貝ではなく角笛なので、正式にはほら吹き男ではないと反論メールを、一人ニヤニヤしながら送ったことを思い出しました。「ほら吹き」とはまるで夢のようなことを吹聴して言う人のことですが、ある分当たっていて、ある分間違っていると、一枚の自分の写真を見て納得の手合いでした。

「3年も 前にアップの 一枚の 写真出て来て 思わずビックリ」

 「そういえば ブログに書いた その記事に 仲間書き込み 大ぼら吹きと」

 「自分では ほら吹きだとは 思わない 過ぎ越し日々を 思い納得」

 「昨日さえ 忘れてしまう こと多い パソコン記憶 偉いと納得」

[ この記事をシェアする ]

人間牧場

〇今年の夕日も見納め

 わが家は上灘川の左岸に位置した高台にあります。水深の浅い瀬戸内ゆえ大きな津波災害は高台故に余り心配していませんが、一番の難点はこれから春先まで日照の欲しい時期なのに、日当たりが良くないのです。故に冬野菜などは少し早めに種を蒔いたり植え付けたりの工夫が必要です。

山の端に沈むようになった夕日
夕焼けコンサートと鱧祭りのジョイントポスター

このところ残暑が厳しく、日中は30度を超えていますが、日没も日脚も早くなり、昨日の日没は私の作った夕日の時刻表によると18時36分で、夏の間海に沈む夕日を楽しんでいましたが、昨日頃から西の山の端に沈むようになりました。少し寂しい夕暮れの風景ですが、これも自然現象と諦めて、名残の夕日を写真に収めました。

暑かった8月も明日で終わりです。9月は第一土曜日が今年は1日で、恒例の夕焼けコンサートと鱧祭りが開かれます。いずれのイベントもそれぞれに皆さんが力を入れてやってくれているので、私は楽しめばいいので、毎年やって来る親しい仲間と一緒に、枯れ木も山の賑わいに徹しようと思っています。お天気がちょっと心配ですが・・・。

「この時期に なると夕日は 西の端に 沈んでしまう 来年春まで」

 「見納めと ばかりに写真 撮りました 毎日おおよそ 1分早く」

 「コンサート ポスター33 懐かしい 始めた逸話 昔話に」

 「お天気が 気になるけれど これもまた 仕方ないこと 一喜一憂」

[ この記事をシェアする ]

人間牧場

〇夏の名残の入道雲

 「今年の冬は寒かった」。「今年の夏は暑かった」。そんな印象の記憶が残った今年も早8ヶ月が過ぎようとしています。寒さも暑さも寄る年波に堪えることは、4年前に亡くなった親父の姿を思い出せば容易に想像できますが、今年の8月の暑さは尋常ではなく、8月だけでも台風が8個も発生し、連日続いた猛暑日に、嫌というほど汗をかき、嫌というほど水分を体内に取り込みました。

沖合の水平線上にわいた真っ白な入道雲
昨日は上天気で道後平野もくっきり見えました

 もう8月も終わりだというのに、朝晩多少しのぎやすくなったとは言いながら、日中は今も猛暑日に近い気温が続き、秋野菜の植え付け準備のため連日畑に出て、大汗をかいていますが、東京あたりではあちらこちらで、かなり激しいにわか雨が降ったというのに、こちらではお湿りもなく、畑は鍬も立たぬほど完全に砂漠化していて、恨めしく雨乞いでもしたい眩しい太陽の天を見上げています。

 昨日は沖合の水平線上に、真夏を思わせる真っ白い大きな入道雲が見えました。海も空も抜けるように青く、白い入道雲と点在する瀬戸内の島々が見事な風景を醸していました。もう夏も終わりです。入居が遅かったため、まだ蜂蜜の彩密作業をしていませんが、家の裏に置いている2箱の巣箱は今のところ活発に蜜蜂が動いているようですが、そろそろ思い腰を上げないと・・・。

「寒かった 暑かったなあ 8ヶ月 過ぎ越し日々を 思い出しつつ」

 「沖合に それは見事な 真っ白い 入道雲見え 暑さため息」

 「お湿りも ない菜園は 鍬立たず まるで砂漠の ように土煙り」

 「汗をかく 熱中症に 気をつけて 水分補給 連日続く」

[ この記事をシェアする ]

人間牧場

〇方言が話せれば一人前(その2)

 私はシティボーイではなく、見るからに風貌も話す言葉もカントリーロートルボーイです。若い頃からそのことを意識して生きて来たので、方言に興味を持ち若い頃には方言集でも出そうかと思い、沢山メモをして持っていましたが、いつの間にか資料に埋もれてどこへ行ったか分からなくなりました。双海町の方言については双海町誌と、合併時に改定した双海町誌に詳しく収録されているので、そのページをコピーして手元に置いていますが、このほど双海史談会の学習会で方言がテーマに取り上げられました。

 史談会の話し合いで、秋の公民館祭りの折、コーナーの一角を借りて方言の展示をしようという話がまとまり、前2回の例会はアイウエオ順にみんなで読み解きましたが、懐かしさの余り大爆笑で、中々前へ進んでいません。間に合うかどうか分かりませんが、とりあえず事務局長の中尾先生を中心にして、その作業を進めています。「雨が降らんなあ~」「今朝はボロでネジた程度だった」なんて会話を聞くと、「ボロでネジる」ってどいう意味?と聞き返されます。雨がポロっと降った程度でしたという意味です。

「よもだ」も「じゅるい」も、「ごうたいな」も、「こんまい」も、「きやいくそ」も、「きょろまつ」も、「ぐずまつ」も、「いなげな」も、「いらばかす」も・・・・・・・・。ああ面白いです。先日80歳を過ぎた昔若かったおばあさんたち数人と、話す機会がありました。おばあさんたちはさも長生きをしたことが何か悪いことをしているような風潮で居場所がなく、やがてもう少し歳をとると特老へ入れられるかも知れないとため息をついていました。そうだこのおばあさんたちこそ方言博士だ。もうひと踏ん張りして方言を語ってもらいたいと思いました。

「カントリー ボーイ自認の 私ゆえ 方言などは 朝飯前だ」

 「すたれ行く 方言文化 残したい おばあさんたち 方言博士」

 「史談会 シティボーイも 加わって ワイワイガヤガヤ まるで漫才」

 「標準語 話していると 思うけど 人から見れば 英語と同じ」

[ この記事をシェアする ]

人間牧場

〇去りがたし魚島(その4)

 私たち公友会のメンバーは午後4時から2班に分かれて中西さんの運転する軽四バンに乗せてもらい、島内視察に出かけました。細い山道の両側のあちこちには島四国のお地蔵さんがありましたが、先日の大雨や台風で土砂が流れ落ち、また島だというのにイノシシが畦畔を乱雑に崩していました。途中魚島小中学校に立寄りましたが、立派な学校なのに児童生徒は5~6人だそうで、運動場の片隅には立派な備前焼の二宮金次郎の像が建っていました。亀居八幡神社も、境内に芝居舞台まであって、信仰の厚さを伺わせました。

魚島小中学校
校庭の二宮金次郎像
亀居八幡神社境内
郷土資料館のカワウソジオラマ
郷土資料館内部展示

 2班が島内視察に出た後、私たちは離島センター4階に移動して郷土資料館を見学しました。資料館の入り口にはかつて住んでいたと思われる、日本カワウソのジオラマが飾られていました。資料館の中はご多分に漏れず収集はしたものの整理が出来ていない状態で、多分このままだと活用もされず風化するのではないかと危惧しました。民俗資料はその地域の生きた人の文化です。活用しないとゴキブリの巣となり、悲しいことですがやがてはゴミの運命を辿ります。これこそ行政の力で残し伝えることをやって欲しいと思うのです。

暮れなずむ弓削大橋

僅か半日ほどの滞在でしたが、魅力ある島だと実感しました。遠いゆえ何度も足を運ぶことはできませんが、必ずやもう一度訪れたいものです。私たちは夕方の便で弓削島まで戻り、暮れなずむ瀬戸内の島々や、ライトを点灯した来島海峡大橋などを窓越しに見ながら、午後8時に今治港に到着、皆さんと別れた後、奥道後経由で同乗の神東さん赤石さんをそれぞれ送り届け、午後9時半ころ自宅へ帰りました。本来なら1泊2日の行程ですが、皆さん忙しいためあえて日帰りの強行軍となったものの、実り多い研修小旅行でした。

「軽四で 島内半周 あれやこれ イノシシ汚す 山道通り」

 「5~6人 児童生徒が 学んでる 立派な学校 いずれは閉校」

 「資料館 整理もできず 置いている 島民生きた 証や歴史」

 「去りがたし 後ろ髪引く 思いにて 手を振りながら 魚島後に」

[ この記事をシェアする ]

人間牧場

〇魚島目指して(その2)

 今治港を9時20分に出港した高速船は途中宮窪木浦港に立寄り、合流した吉海町の矢野さんを乗せ、伯方島、岩城島を経由して、1時間ばかりで弓削港に着き、松本さんや地元生名島の浜田さん、それに教育委員会の中西さんと合流し、魚島行きの船に乗り継ぎました。弓削島と佐島の間には弓削大橋が、佐島と生名島の間には生名橋が架けられていて、3年後に開通する予定の岩城橋も着工していいますが、一番狭い海峡の生名島と因島の間は、県境ゆえでしょうか、何故か橋の架かる気配はないようです。

伯方島のコンクリート擁壁の上に建つ中世城郭風展望台
宮窪宮裏から合流した矢野さん
途中寄港した高井神島
民家に画かれた絵
こんな絵もありました

 海は穏やかで、途中噂に聞いていた民家の外壁に沢山の絵が画かれた高井神島を船の窓越しに見ましたが、離島とは思えないロマンチックな感じがしました。今回の魚島での公友会開催の思い付きは、私の前任会長である佐伯さんが高齢となり、元気な内に魚島でやりたいという願いからでした。1時間弱で魚島港に到着しましたが、佐伯さんは暑いのに桟橋まで出迎えに来てくれていました。桟橋で30年も会っていない大西さんという漁師さんに偶然出会い、お互いビックリ仰天で握手を交わしました。

平成の合併前愛媛県には70市町村がありましたが、私は70市町村すべてを訪れているものの、小さくて遠い島ゆえ、今回のな仲間も魚島を訪ねたことのある人はまばらで、港付近に建つ5階建ての建物や町営住宅などモダンな建物にみんな驚いていました。かつては下水道普及率100パーセントの島、ケーブルテレビ普及の島、交通事故ゼロの島、むらの4役はみんな通信教育で大学卒業と、名だたる知名度を誇っていましたが、今は人口も150人ほどになり、将来への不安をのぞかせていました。

「今治を でた高速船は 津々浦に 寄港しながら 弓削島目指す」

 「弓削島は 二つの橋で 結ばれて 三年後には 新しい橋も」

 「大声で 呼べば聞こえる 水道も 県境またぐ ゆえに橋なし」

 「立ち寄った 高い上島 あちこちの 民家外壁 お洒落な絵画」

[ この記事をシェアする ]