人間牧場

〇ドングリプロジェクト(その2)

 昨年の初冬、近所に住む大野重信さんから自分で育てたクヌギの苗を20本ほどいただきました。大野さんは自分の里山に、自分で育てたクヌギを植林していますが、私の話に同調して提供してくれました。その苗木を大きな植木鉢に裏山で集めた腐葉土を入れ植えましたが、春の訪れとともに芽吹き始めたようで、息子はカブトムシの養殖で出る糞を肥料として、植木鉢に撒くなど実験に余念がないようです。

貰ったクヌギの苗木
芽吹き始めた植木鉢のクヌギの苗木
荒れたわが家の畑
開墾した畑に植えたクヌギの苗木

その時余った7本の苗木を畑の隅に仮植えして伏せていましたが、芽が動き始めたようなので、昨日は荒れたままになっている下灘下浜の駄馬という地名の畑に、植えようと思い出かけました。かつてわが家の畑を含めて私が小さい頃は、漁師さんが休漁の日に畑仕事をして綺麗に耕していましたが、今は見る影も殆どなく荒れ放題で、たまたま隣の畑を耕している老夫婦に出会い言葉を交わしましたが、自分たちも車にも乗れず畑までの坂道を歩いて往復しなければならないため、そろそろ止めようと話しているようでした。

持参した草刈り機や鋸で、すっかり荒れた畑を整地し、とりあえず7本のクヌギの木を植える場所の草木を片付け、地堀り鍬やスコップで穴を掘り、クヌギの苗を植え、畑を貸していた人が残していた、水槽のたまり水を肥料袋に入れてたっぷりやり、苗木の植え付け作業を終えました。今年の夏は生い茂るであろう草に負けないよう、周りの下草も刈らなければなりませんが、今年は10連休もある令和の始まりなので、息子を誘って荒れた畑の雑草雑木を刈りつけ、里山再生ドングリプロジェクトを本格的にスタートさせたいと意気込んでいます。

「ドングリの 苗木7本 植えようと 荒れた畑に 出かけ汗かく」

「子ども頃 綺麗な畑 並んでた 今は作り手 あの世に行って」

「ひょっとして これが私の 最後かも? 見届け死にたい 15年後」

「植えない木 育たぬ思い 穴を掘り 植えて水遣り ひとまず終える」

 

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人間牧場

◯干ししいたけづくり

今年の春も人間牧場や家の裏山に置いているしいたけの原木にたくさんのしいたけが生えました。みんなにお裾分けをしたり、少し不揃いや傷んだしいたけはスライスしてサナに並べ、天日で乾燥させて干ししいたけを作りました。私も妻もしいたけが大好きなので、いろいろな料理に使って楽しんでいます。

季節が変わりしいたけは出なくなりましたが、昨日名残のしいたけを収穫し、今日は暖かい日差しに恵まれ、あと2〜3日もすれば干ししいたけが出来上がります。しいたけは今年自給率100%です。

この春最後の干ししいたけづくり

 

 

 

 

 

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人間牧場

〇幸せになるための4つのファクター

 3月31日をもって古い年度が終わり、今日4月1日から新しい年度が始まります。正月までの9か月間は活動の時、正月からの3か月間は一年のまとめと新しい年度の準備に追われます。私のような自由人として活動していても、おおよそこのサイクルで一年を締めくくっています。毎年のことながらこの1年を総括しないまま、あやふやな気持ちで新しい年度が始まりましたが、最近知人友人が病魔に襲われたり、他界葬儀などに参列する機会が多くなる中で、「幸せとは何か?」という問いかけを自分自身の心の中でするようになっています。

幸せを得るためには何が必要か?、そのファクター(要因)を考えてみました。1つ目は自己実現と成長です。さすがに後期高齢者と呼ばれる年齢を目前に控えたこの歳になると、急激な成長は望むべきもありませんが、「もう歳だから」と諦めてしまうと先には進めません。「もう」ではなく「まだまだこれから」と思いを新たにし「とにかくやってみよう!」と一歩を踏み出すのです。そのためには夢や目標を持ち、しっかりと日々を生きなければなりません。

2つ目は前向きで楽観的な気持ちになることです。人間は大は大なり小は小なりの悩みがあるものです。私はこれまでにも多くの悩みと闘い、その都度それらを自己受容し、「何とかなる!」と前向きに考え行動した結果、向かい風と思えた難題も解決し、むしろ向かい風を追い風に変えることができました。3つ目は自分らしい生き方です。自分らしさは案外自分では分かりにくいもので、ついつい他地域や他の人と比較するものです。そのためには人と比べ過ぎず、「ありのまま」を受け入れて生きることです。

 4つ目は繋がりと感謝です。私は幸せなことに沢山の人と関わって生きてきました。生きたというより生かされて生きてきたというのが正しいのかも知れません。しかしいつの間にかつながりや感謝の気持ちを忘れがちとなって、自分の力を過信してしまうのです。こう述べてみると心の幸せには、まるで四つ葉のクローバーのように、この4つのファクターが必要であることに気づくのです。「夢や目標を持ち、人との繋がりを大切に感謝し、前向きに自分らしく生きれば幸せになれる」ようです。頑張り過ぎず頑張ろうと年度初めの4月1日の今日思いました。

「幸せを 得るため大事な ファクターは? 凡人ゆえに 余り浮かばず」

「まだできる 伸びしろあると まず思う とにかく前へ 一歩踏み出す」

「この歳に なっても悩み 多少あり 何とかなると 思えば何とか」

「らしく生き 感謝の心 忘れずに 生きれば幸せ なるかも知れぬ」

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人間牧場

〇田舎の小さなひな祭り

 昨日は、親友の小西さんたち有志が、久保公民館を借りて小さなひな祭りをしていました。ご案内を受けていたのでお昼で仕事を終えて帰った妻と二人で、昼食がてら出かけました。県内の各地では3月3日ごろひな祭りを行っているところもありますが、こちらでは月遅れのひな祭りが一般的です。

川口さん親子と再会した久保公民館で行われていた小さなひな祭り
私たち夫婦も美味しい中華ソバを食べました
中華ソバも格別な味でした

 最近は時代を反映して、女の子のいる家庭でも雛飾りをしないところもあるので、こんな小さなひな祭りがあれば最高で、昨日も近所の人たちが親子連れで見えていました。おひな様はとにかく面倒です。ひな祭りに長く飾ると、女の子の婚期が遅くなるという言い伝えもあって、ひな祭りが終わると直ぐに片づけますが、それからず~っと1年間倉庫の中で保管しなければなりません。狭い住宅事情もあってこれも悩みの種の一つです。

飾る・終う・保管する煩わしさを思えば、ひな祭りを続けることは大変な労力で、ましてやそれをイベントにすると、食べ物のの問題もあって手放しでは語れません。小西さんたちはそんな苦労をものともせず、心ある知人友人たちと身の丈サイズのひな祭りをしていますが、そんな彼女たちに大きな拍手を送ります。地域おこし協力隊の隊員として双海町で活躍した後、今は八幡浜に住んで子育てをしている川口さんも、子どもを連れて顔を覗かせていました。

小西さんたちが作った中華ソバはとても美味しく、満腹の手合いでした。オンリーワンの小さなひな祭り、来年も続けて欲しいと願っています。

「ささやかな 田舎の小さな ひな祭り 来ないか誘われ 妻と二人で」

「元隊員 親子と出会い 懐かしく あれやこれやと 近況を聞く」

「ひな祭り 飾る・終うの その後に 一年保管 場所と手間暇」

「オンリーワン 小さいことを コツコツと 積み重ねつつ 力をつける」

 

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人間牧場

〇楽しくもかなり疲れる春の農作業

 この2日間、好天に恵まれ予定していた農作業を無事終えることができました。この時期の農作業で厄介なのは冬野菜の残材処理と生えだした雑草取りです。ブロッコリー、カリフラワー、ほうれん草などの残材は引き抜き、草は削ったり引き抜いたりしたものを丁寧に拾い集め、一輪車に積んで家庭菜園の果樹畑へ運び緑肥として処分するのですが、半端でない量なので甘夏ミカンの根元はうず高くなるほどでした。

麦わら帽子で日焼け止め?
里芋の種芋植え付け完了
ネギの植え替え
ジャガイモ畑のマルチ切り

熊手で掃除をして新地になった畑に、苦土石灰や牛糞を撒き耕運機で中耕した後、定規を当てて棒縄を張り、次に植える夏作のため畝を立てますが、親父が存命中から親父に頼まれてやっていたため、今は自分でも納得する程綺麗な畝が立つようになりました。昨日はネギ坊主が出始めたネギを半分の所から切って根の部分の袴を取り、植え替えました。ネギは成長が早いので1ヶ月もすれば切った所から新芽が伸び出し、青ネギとして使えるのです。

 1ヶ月前に植え、黒いマルチをかけていたジャガイモの芽が芽吹いたことを知らせるように、黒いマルチの所々がツンと盛り上がってきました。その場所を手で触りながらカッターナイフでマルチを切って、芽を地上に出す作業をしました。この時期急に気温が上昇しはじめたので、注意をしないとマルチ内の温度が上がって折角芽吹いた芽を焼いてしまうので、注意をしなければなりません。この2日間の農作業でやっと一段落と言ったところです。4月20日頃には夏野菜の苗も植えなければなりません。忙しくも楽しい、そして楽しくもかなり疲れる、無農薬で安心安全な農業を、せいぜいこれからも楽しみたいと思っています。

「好天に 恵まれ菜園 農作業 疲れるけれど 楽しみながら」

「麦わらの 帽子を被って 日焼け止め? 気にはしないが 被らないより」

「黒マルチ 所々が 盛り上がり 芽吹きましたと 言ってるようだ」

「苦土石灰 牛糞撒いて 土づくり 耕運機かけ 安心安全」 

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人間牧場

〇掃除から学ぶことは多かった

 私は双海町役場に勤めていた現職の頃、自分が中心になって整備したシーサイド公園の掃除を、毎日朝5時から8時までの3時間、12年間もやりました。ある高名な人から「掃除もできない奴は大口を叩くな」と言われてこと、議会で「赤字になったらどうするのか」と質問され、「赤字になったら黒いボールペンで書きます」と答弁し議員に激怒され、「赤字になったらクビだ」と言われたことなどなど、向かい風への反骨からでした。

 

 一日3時間の掃除はかなりきつく、特に雪のちらつく冬の暗い夜明けは想像を絶する厳しいものでしたが、その苦労が報われ赤字どころか担当した10年間は黒字経営が続き、出資してくれた団体へ5%の配当までしたのですから、嬉しい業績でした。掃除の名人鍵山秀三郎さんが掃除から学べることを、①気づく人になれる。②謙虚な人になれる。③感動の心が育まれる。④感謝の心が芽生える。⑤心が磨かれる。と述べていますが、私も掃除で同じことを学びました。

 私は掃除を12年間したことが認められて、観光カリスマ百選に選ばれました。観光カリスマ百選に選ばれた人たちの殆どは、名だたる観光地を作り上げた人が沢山選ばれていますが、掃除で選ばれたのはひょっとしたら私一人かも知れません。観光カリスマに選ばれてから15年の歳月が流れました。先日ジュニアリーダーの皆さんと、灘町海岸で久しぶりに海岸清掃をしました。人数が少ないのでそれほどのゴミは拾えませんでしたが、拾ったゴミは確実になくなり美しくなりました。ゴミを掃除しながら子どもたちに鍵山さんが言っている5つのことを話してやりました。掃除は向かい風を追い風に変えてくれるのです。

「気づく人 謙虚な人に なれるから これから先も 掃除をしようと」

「感動の 心育む 第一歩 掃除しながら 子どもに伝え」

「12年 毎朝ずっと 3時間 お陰様にて 観光カリスマ」

「少なくも 拾ったゴミは 確実に なくなることを 肝に命じる」

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人間牧場

〇そう言われてみれば・・・

 昨日私のWord Pressブログに、匿名「ゆきだるま」さんから「生きているワカメやヒジキをみたことがありません」とコメント書き込みがありました。そう言えば私たちの日常の暮らしの中で、ヒジキやワカメはよく食べますが、そのヒジキやワカメがどんなところに生えどんな処理をして食卓に上るのかは、知らない人が多いようだと、納得しました。

 私のように、子どもの頃から海沿いの町に暮らしていて、漁家ゆえ春になると磯に出てヒジキやワカメを採集したり加工する手伝いをした経験を持っていると、ヒジキやワカメがどんな場所で、どんな状態で生えているのかよく分かりますが、知らない人にとっては疑問さえもわかないのは当然かもしれません。

磯に生えているワカメ
磯に生えているヒジキ

 ヒジキやワカメは石や岩がある、しかも満潮の時は海の中、干潮の時は陸になる場所に春先生えてきます。冬の寒い北西の季節風の波が容赦なく磯を洗うのに、そんな劣悪な環境をむしろ好んで、次第に長く大きく伸びてきます。一年中で最も干満の差の大きい旧暦の新月や満月の日前後の大潮には、生えたヒジキやワカメが陸地になった磯にお目見えするのです。

この時とばかりに磯に出て、草刈り鎌で根元から刈り取って持ち帰り、ヒジキは約4時間茹で続け、ワカメは熱湯にくぐらせて下処理をして、食べれるようになるのですが、茶色だったヒジキやワカメが濃い緑色に化学反応するのも驚きで、それを天日干しすると黒く変色するのを見るのも楽しみで、最近はワカメのしゃぶしゃぶなどで、その変化に驚いたふりをしながら風流を楽しんでいます。

「ブログにて コメント書き込み ありました 言われてみれば ワカメ・ヒジキは?」

「よく食べる ワカメ・ヒジキは どこに生え どんな姿か 知る由もなし」

「石や岩 磯に生えてる 海藻を 新月満月 大潮に 鎌で刈り取り 下処理加工」

「食べている ワカメやヒジキ 疑いも 疑問もなしに 食べる愚かさ」

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人間牧場

〇終活や断捨離のお手伝い

 自分がそんな歳になったためでしょうか、最近やたらと私の身の回りの人が終活や断捨離をするのを手伝わされています。終活や断捨離の相談をする人は、「あんただったら私の大事にしていたものを受け継いでくれるから・・・」と言うのですが、その人たちの殆どが終活や断捨離で、惜しそうに「これはどう?」と言う物の殆どはガラクタで、「要らない」と思いながらついつい、「捨てるのには勿体ない」という心が働き貰って帰ってしまうのです。

私が作った羽釜の蓋

 そんな私の行動と、私の持ち帰ったガラクタを見て、同居している息子はいつも、「お父さん、使いもしない物を貰ってこないようにしないと、お父さんが死んだら僕が困る」と、やんわり諭されるのですが、私は昭和19年生まれの古臭い人間ゆえ、ついつい手が出てしまうのです。先日90歳になったのを機に漁師を廃業した叔父から、「倉庫を片付けるので手伝って欲しい」と相談を受けました。私の欲しい物もいっぱいありましたが、息子の顔を思い出し、「これどう。これも持ち帰ってはどうか」という叔父の言葉を遮りました。

その折新品のようなアルミの羽釜を勧められました。蓋は朽ちていましたが羽釜はまだ十分使えそうだったので、帰宅後倉庫の端材の中から適当な分厚い板を見つけ、蓋を作ることにしました。親父が存命中「お前は不器用だ」とレッテルを張られていますが、最近は親父の遺した道具類を使って結構日曜大工を試みて、自分でもそれほど不器用ではなく、器用だった親父に似ていると過信して、色々なことに挑戦しています。

今回は羽釜の蓋を作りましたが、普通羽釜の蓋は取っ手が2つついていますが、私は1つでもいいのではと思い、変わった蓋を作ってみました。出来栄えはまあまあといったところですが、自分では内心よくできたと思っています。妻もできあがった羽釜の蓋を見て、「お父さんも器用ねえ」と褒めてくれました。してやったりの心境です。ただ息子は「お父さんも暇じゃねえ」でした。相変わらずの減らず口です。「お父さんが死んだら・・・」と言った息子の言葉を気にしながら、さあこの羽釜で近々ご飯を炊いてみましょう。

「終活や 断捨離多く なりにけり ハッと気がつく わが身もそろそろ」

「これはどう 貰って欲しいと 言われるが 殆どガラクタ 困ってしまう」

「まあいいか 貰って来れば わが息子 冷たい目線 冷たい言葉」

「不器用の レッテル貼られた わが身だが 近頃何かと 手作り凝って」

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人間牧場

〇少しだけのお裾分け

 私には沢山の知人友人、隣近所、親類がいます。今年の誕生日には生きていたら、後期高齢者となる予定なので、そろそろ社会から忘れ去られても可笑しくない年齢なのです。ところが不思議なことに多くの人が声をかけてくれたり、様々な重過ぎるほどの役割を与えて貰い、毎日楽しく生きています。

お裾分け①茹でたワカメ
お裾分け②皮を剥いたツワブキ
お裾分け③天草で作ったフルーツゼリー

私は自称貧乏人なので、お金をかけた遊びや贈り物は余りしません。また何年か前体調を崩してから、あれほど湯水のように飲んでいたお酒も20年前にきっぱり止めたため、会議についている呑み会程度のお付き合いはしますが、プライベートな呑み会も殆どお誘いがなくなりました。

「じゃあ暇か?」と尋ねられたら、そうではなく結構忙しい日々を送っています。この1ヶ月は、年度末のあれこれの会議の合間を縫い、畑の大根で切り干しを作ったり、春の大潮を選んで磯に出てヒジキとワカメを採集し、茹でたり干したりしたものを、お裾分けをしています。そのことを知ってる人はこの時期が来ると、嬉しいことに私が作ったり加工した切り干し大根やヒジキ、ワカメを届けてくれるのを心待ちにしている人もいるのです。

材料は殆どタダですが、手間暇は相当かけていて、特に足繁く降る春の雨は厄介で、庭の干し場に出したり、東屋に取り込んだり、天気に一喜一憂しながらやっています。私のことをわらしべ長者というのでしょうか、家庭菜園の野菜を届けると、漁師さんはお礼にとお魚を届けてくれます。お百姓さんはヒジキやワカメのお礼にみかんを食べきれないほどくれます。

 少しだけのお裾分けで、会話をしながらお互いが存在を確認できる幸せは田舎に住む者の特権のような気がするのです。体が動くうちは自分にできるお裾分けをしようと、今日は最後のワカメを配り終えました。マルチをかけたジャガイモも、地中から芽を出し、黒いマルチを持ち上げ始めました。カッターナイフでマルチを切り始めていますが、あと2ヶ月もすると美味しいジャガイモが沢山採れるので、妻と二人でコロッケを作ったりしながらせっせとお裾分けをしたいと思っています。

「この頃は ヒジキ天草 手間暇を かけて加工し お裾分けする」

「お裾分け わらしべ長者と 同じです 昨日はビックリ 大きな大根」

「田舎では 金をかけずに 手間をかけ お付き合いする ほのぼの嬉し」

「この歳に なると普通は 忘れられ 相手にされず 寂しいはずが」

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人間牧場

〇カヌーの季節がやって来ました(その2)

 一昨日、倉庫からカヌーを出したのを機に何を思ったのか息子から、「天気も良いのでカヌーツーリングをしよう」と誘われました。私は間もなく始まる夏野菜の作付け準備のため、畑の草取りをしている最中だったので断りましたが、息子の強引さに押されて参加することにしました。カヌーを逆さまにして軽四トラックに積み込み、目的地の高野川海岸まで運びました。

トラックに積んで高野川海岸まで運んだカヌー
高野川海岸から出港
高野川海岸を望む
黒磯
黒磯探索
森の海岸を望む
地滑り海岸は地層が露出して中々面白い

国道取り付けの急な車道を海岸まで計四トラックで降り、荷をほどいて二人で海岸まで運び、いざ出港です。前日の風波で海の水は濁っていました。風波はそれほどなく穏やかそうに見えましたが、海に出ると多少うねりもありましたが、ツーリングには申し分のない天気でした。目的地は黒磯海岸を経て伊予市森の海岸ですが、夏の準備のため目的地までの時間を測りながら進みました。

この時期は浅瀬にホンダワラの藻が伸びて、その中を息子が前でグラスファイバーオール、私が後ろで木製オールを持って座り、海面をすべるように漕ぎ進みました。別に急ぐこともないので、親子二人で色々な世間話に花を咲かせながら、時には地滑りで崩れ、地層の見える山肌を見て、黒磯岩などで写真を撮り、40分ほどで森海岸に到着しました。

 引き返した帰りは風も波も真逆なため、往路よりは復路の方が時間がかかり、多少疲れていることもあって1時間ほどかかりましたが、無事高野川海岸に帰着しました。水ぬるむ頃とは言いながらまだ海の水は冷たく、幸い雨合羽を着ていたので濡れることもなく、ツーリングを楽しみました。親子でこんな遊びができるのも幸せなのかも知れません。

「お父さん カヌーで遊ぼう ツーリング 誘いに乗って 海に漕ぎだす」

「高野川 出発黒磯 海岸を のんびりゆっくり カヌーツーリング」

「ゆとりない 日々をあくせく 暮らしてる 疲れたけれど 心地よい汗」

「黒磯や 森の海岸 見どころが その気になれば 沢山ありて」

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