人間牧場

〇エミフルでお買い物

 今日は、北に去った台風25号の影響でしょうか?。松山の秋祭りだというのに日中は30度と真夏のような暑さでした。それでも深まる秋の気配を感じつつ、妻に誘われて松前町のエミフルへ、コタツ布団を買いに出かけました。妻の買い物には普通余り付き合わないのですが、買う予定のコタツ布団がかなり大きいので、どうしてもと懇願されました。

主婦足る妻は新聞折り込みで届くチラシをチェックして、「20%off」とか、「ポイント10倍デー」など、一番得する買い時を心得ていて、どうやら今日がその日のようでした。広い店内のどこに目当ての商品があるかも知っていて、「お父さん、こっちこっち」と、いつ覚えたのかまあ慣れたものでした。早速店員さんと商談が成立し、私がそのコタツ布団を駐車場まで運ぶ間に、他の買い物も済ませていました。

それにしてもエミフルはとても広い商業施設です。先日友人が立体駐車場に車を止め、買い物をしたものの自分の車を置いた場所が分からなくなり、誰にも聞けず約1時間も車を探すのにかかったという話を聞いていましたが、私は屋外の駐車場だったし、難なく辿り着きましたが、妻は近くまで来て自分の車の前を通り過ぎてしまい、二人で大笑いをしてしまいました。

 松前町に住む友人から聞いた話によると、最近エミフルによくお年寄りが行くそうです。エミフルは雨が降ろうが外が寒かろうが暑かろうが、仲は空調が効いて、健康のために歩いたりベンチに腰を掛けて休んだり、たま~に買い物をしたりして、いわばエミフルが健康増進や息抜きの場所にしている人が何人もいるのだそうです。「へえ~」と感心して話を聞きましたが、私はどちらかというと人混みの中は余り好きではありません。故に今年2回目の訪問でした。

「わが妻に 懇願されて エミフルへ コタツ布団の 運び屋役で」

 「まあ広い 人も多くて 迷いそう 友人車 どこへ置いたか?」

 「雨の日も 暑さ寒さも 気にせずに 体力増進 快適空間」

 「私には 賑やか過ぎて 肌合わぬ ショッピングする 妻は活き活き」

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〇ゴミの漂着 

台風25号

今年は週末になると台風がやって来て、予定したイベントや集会が中止や延期になって、気を揉む日々が続いています。最近は気象予報の精度が高く、台風の進路も雨の状況も前もって掌握できるため、早目の対応が取れるようになりましたが、判断や決定、連絡などにはそれ相応の手間がかかり、特に飲食が伴うものについては仕入れや準備期間もあり、何かと大変なようです。

シーサイド公園の砂浜に流れ着いた大量のゴミ

昨日の朝所用で道の駅シーサイド公園へ立ち寄りましたが、450mの砂浜の渚には大量の漂着ゴミが流れ着いていました。かつて道の駅を担当していた頃は、毎朝5時に公園へ出かけ、人が来るまでにこれらのゴミを片付け、大汗をかいていましたが、今は掃除をしてもらう人を雇っているようなので、大助かりながら早い対応は望むべきもありません。

 私も時々及ばずながら熊手と一輪車で人知れずやっていますが、今年のように度々大雨が降り台風が来ると、南の肱川と東の重信川から海に流れ出た大量のゴミが、4~5日後には漂着ゴミとなって海岸に大量に流れ着くのです。最近は漂着ゴミを現場で焼却処分することを禁じられていて、折角集めたゴミが次の台風の大風で散乱してしまうこともしばしばです。台風シーズンが終わるのもつかの間、今度は北西の季節風に乗って大量の海藻やゴミが流れ着きます。ゴミと人間の闘いは半永久的に続く予定です。

「河川から 流れ出たゴミ 潮に乗り 海岸漂着 美観損ねる」

「大雨と 台風悪戯 毎週の ように続いて お疲れモード」

「この公園 誰が造った はい私 だったら掃除 やらねばならぬ」

「秋過ぎりゃ 今度は北西 季節風 ゴミは年々 その量を増す」

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人間牧場

〇トイレットペーパーの幅

 わが家には本宅1階と2階、隠居と煙会所の4カ所にそれぞれトイレがあります。田舎ゆえいずれも合併浄化槽処理の水洗トイレです。本宅2階のトイレは息子たち家族専用で、本宅1階のトイレは、私たち夫婦と孫二人が使っています。それゆえトイレの掃除は有難いことに、何と息子が週に一回程度掃除をしてくれるのです。トイレにはトイレットペーパーが備え付けられていますが、昨日孫が学校から帰ると直ぐに、我慢して帰ったのかトイレに駆け込みました。

トイレットペーパーの横幅

 孫2は小学校3年と5年ゆえ、まだ恥も外聞もなくトイレのドアを開けたまま平気で用を足しています。時々見る気もなしに見ると、トイレットペーパーを遊び半分で引っ張り出して手にグルグル巻きをして使っています。聞けば2階のトイレのペーパーは2重になっているのに、1階のペーパーは1重だからと小理屈を並べていました。トイレットペーパーの使い方に目くじらを立てるほどのことではありませんが、勿体ない世代の私たち夫婦は何かにつけて、ついつい教育的指導とばかりに注意をしてうるさがられるのです。

 毎日使うのに余り考えたこともないトイレットペーパーについて調べてみると、幅は114㎜のようです。これはアメリカの4.5インチを基本に決められているようですが、最近トイレットペーパーの原料である古紙が不足気味で、107㎜と少々短めのペーパーもあるようで、僅か7㎜しか違わないのに、使用時にトラブルで手が汚れることもあるようだという話を聞きました。新聞紙の切ったものやちり紙を、落とし紙として使った経験のある私たち世代にとっては、ウォッシュレットも含め隔世の感がしますが、114㎜を頭に入れて用を足すと、また違った趣があります。

 落語ではありませんが、公衆トイレに「備え付けのもの以外流さないで下さい」と注意書きをされているのを見て、じゃあ大便はどう処理すればいいのか迷ったという、笑い話にも納得しきりです。それにしてもわが家のトイレは、トイレに入れば自動的に蓋が開き、終わって立てば自動的にセンサーが働き流して蓋が閉まる優れものです。「トイレは文化」というそんなキャッチフレーズも最近は当たり前になってしまいました。

「孫たちが トイレットペーパー よく使う 勿体ないと 注意何度も」

「何気なく 使っているが 幅いくら? 知らないままで 使ってました」

「ペーパーの 幅はどれでも 114 アメリカ真似て お尻清潔」

「わがトイレ 蓋の開き閉め 自動です 便利な世の中 人間退化」 

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〇私は自分にメールを入れる馬鹿な男です

 私は退職した時、職場で使っていたパソコンを手放すに当たって、もうパソコンは使うまいと心に決めましたが、自分の体内の記憶装置が傷みかけたことと、講演依頼や会議の通知の殆どがメールのやり取りに変わったこともあって、再びパソコンを使うようになりました。しかしパソコン嫌いの癖は治らず、できれば使いたくない後ろ向きな気持ちが先に立ち、未だに得意になれていません。

退職して間もなく、パソコンでメールのやり取りを始めましたが、時々相手に送るはずのメールを間違って自分宛てに送りました。その時ハタと思いついて、毎月1回程度遊びのつもりで、自分が自分のメールアドレスに想いを書いて送るようになりました。例えば旅先のホテルのロビーに置いているお客さん用のパソコンを使ったり、今では手持ちのタブレットを使って、思い出した忘れてはいけないメモも送るようになりました。

お陰様で帰宅後その処理をし、失態・失敗を逃れることもしばしばです。昨日は自分の74歳の誕生日でした。毎年のことながら沢山のfacebook仲間からお祝いのメッセージをいただきましたが、その中に自分が自分に宛てて送ったメールも一通ありました。記憶力の悪い私ゆえ、覚えやすいwakamatsu@yuuhi.jpというアドレスにしていますが、自分で自分にメールするなんて馬鹿な男は、そんじょそこらを探してもそんなにいないのではないかと、自分自身の愚かさに呆れています。

人間は物心ついてから多分死ぬまで、自分の体内に、自分というもう一人の自分がいて、いつも対話しながら生きています。こんなことがしたいと思うと、それがいいことなのか悪いことなのか、やるべきかやらざるべきか、常に二者択一の中から一つを選んで進みます。結果が良かったり悪かったりするのも凡人ゆえの苦悩ですが、人生を豊かにするには体内にいるもう一人の自分を強くすること以外ないのかも知れません。

「馬鹿じゃねえ 自分にメール するなんて いやいやこれが 効き目抜群」

「旅先で はっと気がつく あれやこれ メモのつもりで 自分に送る」

「人間は 自分の体内 もう一人 自分がおって 対話しながら」

「誕生日 自分アドレス 呼び出して 面白いこと 考え送る」

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〇双海史談会定例会

 昨晩は私が会長を務めている双海史談会の2月に1回の定例会でした。双海地域事務所2階の図書室をお借りしてやっていますが、今回で3回目となる「方言学習」は、予想以上の盛り上がりを見せ、2回で終わるはずだったのに、3回目の昨晩も盛り上がり過ぎて、また積み残しが出来てしまいました。

 今年は11月3日と10日に行われる予定の、上・下灘公民館まつりに方言の幾つかを展示するコーナーを予定しているので、事務局の中尾先生は取りまとめたり、展示の準備に追われていますが、私たちは言いっぱなしで、方言学習をを大いに楽しんでいます。

方言はその地域に住んでいる人にとっては、日常生活で当たり前に使っていますが、会員として参加している、標準語を語る東京出身の冨田さんや本多さん、それに北九州市出身の赤石さん、また同じ伊予弁でも松山と微妙に違うと指摘する萬井さんなどの指摘意見が、大いに役に立ちました。

 私は昭和19年生まれの古い人間ゆえ、まるで方言の塊のような人間ですが、自分の町のの人が話す言葉から、方言が随分減ったことを実感しています。特に同居している孫が、「おじいちゃんの言葉は分からん」と、説明を求められることもしばしばです。言葉は文化です。標準語万能な現代ながら、方言を遺し伝えることは私たちの大事な役目でもあるのです。「むずい」や「ちょう格好いい」などの現代流行語に「何か変?」と首を傾げる私も随分古くなりました。

「方言の 学習大いに 盛り上がる 生き字引人 喋るは喋る」

「おじいちゃん 何を言ってる 孫言われ 説明せねば 言葉通じず」

「方言を 遺し伝える どうすれば まずは展示で 訴えてみる」

「二ヶ月に 一度の集会 楽しみで 昨日は沢山 集まりました」

 

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〇五省

 パソコンの余り好きでないことを自認する私ですが、毎日2本のブログを書いたり、パソコンでfacebook仲間と交信したり、メールのやり取りなどで、結構パソコンに向かい合う時間は多くなっています。有難いことに今のところ目の状態も、裸眼で新聞を読めるほど良好だし、パソコンにもこれといったトラブルや不具合もなく、落ち着いた日々です。

五省の教え

 今年から聖カタリナ大学で非常勤講師を務めることになり、後期の毎週水曜日が講義日なので、講義のシラバスやレジメを作る事前学習があって、いつもより少し多めの時間をパソコンに費やしていますが、時々パソコン嫌いが頭を持ち上げて長続きせず、天気予報やニュースを読んだりして息抜きをしています。

 当てもなく色々とヒットする画面を見ていると、「海軍五省」が出てきました。先日松山市八坂公民館に招かれて、二宮金次郎の至誠・勤労・分度・推譲という4つの教えを話したばかりだったので、五省の一番目に出てくる至誠が五省にヒットしたようでした。海軍五省は昭和7年、当時の海軍兵学校長松下元少将が、兵学校生徒に日々の各自の行為を反省させて、明日の修養に備えさせるため創始したものです。

一、姿勢に悖るなかりしか・二、言行に恥ずるなかりしか・三、気力に缺くるなかりしか・四、努力に憾みなかりしか・五、不精に亘るなかりしかを読みながら、一日を反省しないままうかうか過ごす自分の疎かさを思いました。至誠=誠実さや真心と人の道、言行=発言や行動、気力=物事を成し遂げようとする精神力、努力=目的を達成しようとする意志と行動、不精=怠けたり面倒くさがるなど、自分とどう向き合って生きるのか、今の生き方に通じる教えでした。悖る=もとる、恥づる=はずる、缺くる=かくる、憾み=うらみ、亘る=わたるという中でも、悖ると缺く、憾みは読みにくく書きにくいです。

「パソコンを 相手に気晴らし ゲームなど しない私は あれこれ学ぶ」

「もし私 身近所に パソコンが なければ何を してただろうか」

「毎日を 反省もせず ただ生きる これでよいのか 猛省しきり」

「スマートで 目先が利いて 几帳面 負けじ魂 船乗りモデル」

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〇読書のすすめ(心ゆたかに障がい読書)

 何日か目の敬老の日、私の机の上に「敬老の日2018読書のすすめ」という小さなパンフレットが置かれていました。自分の記憶にないものですが、どうやら長男が私のために置いてくれたようなのです。「本を読んでみませんか?」と書いたリード文に、「本を読むと若くなるといわれています。読書が心の健康に役立つからです。本を読むことが、頭の体操になるからです。本を読むと美しくなるともいわれます。すぐれた本といっしょに呼吸し、心を豊かに働かせている人は、自然に目の輝きが増して、自信のある顔立ちになるのでしょう」と書いていました。

 私は本を買うのに直接本屋へ行きますが、時間や暇がなかったり急に欲しい時は息子に頼んで、アマゾンで注文します。私はパソコンで買い物をしないので、全て息子に頼みます。先日新聞広告で見た「菜根譚×呻吟語」という本も、息子に頼んでアマゾン注文で購入しましたが、便利な世の中になったもので、注文すれば2~3日で自分の手元に届くのです。先日今年から聖カタリナ大学の非常勤講師をすることになり、推薦図書として自著本「昇る夕日でまちづくり」と「今やれる青春」の2冊をシラバスに記入したところ、大学から市販購入ができないとの連絡でした。

 私の手持ちの本をそれぞれ35冊送って欲しいと頼まれ、事務局長の上田さんを通じてそれぞれ35冊届けました。若者が本を読まなくなったという話をよく聞きますが、本を読まなくてもパソコンやスマホがあれば、即座に欲しい知識や情報が手に入る世の中です。でも色々な空想を巡らせて読む本には勝てるべきもないのです。今朝小学校3年生の孫が朝のあいさつにわが書斎へやって来ました。書斎の書棚に並べている私の何冊かの自著本を見つけ、「おじいちゃんが書いた本なんて凄い。今度読ませて」と言いました。自分で本を読み本を心の肥やしにすることも大切ですが、息子が敬老の日に読書のすすめのパンフレットをさりげなく置いてくれたように、私も育爺として本大好きな孫に育ててやりたいと思いました。

「わが机 敬老の日の プレゼント 読書のすすめ パンフレットだけ」

「最近は ネット注文 すぐ届く 本屋行く暇 手間が省ける」

「便利だが 本屋図書館 巡るのも これまた楽しい 夢が膨らむ」

「育爺の 仕事は孫を 本好きに してやることも 忘れないよう」

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〇小さい秋見~つけた!!

 暑かった9月ももう今日で終わりです。明日月が開けて10月になるといよいよ秋祭りの季節で、松山市の至る所では早くも、しめ縄に白い半紙を切った御幣があちこちに飾られはじめ、祭りが近いことを実感しています。

青草の上に落ちていた一枚の紅葉した柿の葉っぱ

いつの間にか、いつも寝ている布団はタオルケット⇒毛布⇒布団に変わっていて、朝晩は少し肌寒さを感じるほどになりましたが、近づいている台風24号が通り過ぎれば、吹き戻しの北東や北西の強い風が吹いて、一気に秋が訪れるものと思われます。

昨日柿の木の下に、何枚か色づいた柿の葉っぱが落ちていました。いつものことながら桐一葉ならぬ、柿一葉の落ち葉で秋の気配感じました。落ちた柿の葉っぱは見事な色合いをしていました。持ち帰って早速夕食の食卓の上に飾り、顔に似合わぬディスプレイをしてみました。

早くも北国からは紅葉の便りが届き始めたものの、南国四国の紅葉はまだ1か月以上も先のことですが、今年はどこの紅葉を見に行こうかと、食卓の上の柿の葉っぱを見ながら、妻と二人で他愛のない話しました。去年は面河渓でした。

「早9月 終わり明日から 10月だ 月日の経つの 早過ぎ戸惑う」

「暑かった いつの間にやら わが布団 季節の変化 合わせて用意」

「緑草 上に落ちたる 柿の葉に 目にはさやかに 見えぬ秋の訪れ」

「食卓に 真っ赤に熟れた 柿の葉を 置いただけでも どこかお洒落に」

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〇ニンニクの植え付け(その2)

 私の簡単な農作業メモによると、昨年は10月3日にニンニクを植えているようです。早速先日出張の帰りに松前の園芸店に立寄り、お店の顔見知り人に「ニンニクはいつ頃植えればいいですか?」と訪ねると、「今が適期です」と教えてもらいました。店先には既にポットで芽を出した今流行りの「無臭ニンニク」の苗も並んでいました。また店内にはホワイト六片などの種もありましたが、私は安い中国産のニンニクを一袋千円に消費税80円を加え、買って帰りました。

台風24号が近づいています
分割したニンニクの種
ニンニクを植えた畑

早速袋から取り出して皮を剥きながら一片ずつにして準備をしました。天気予報によると大型の台風24号が、沖縄付近をゆっくりした速度で北上を続けていて、土・日は暴風雨の大しけになるようなので、それまでに植えようと決意し、予定している空いた畑の草を取り、牛糞を万遍なく降った後を耕運機を出して丹念に中耕しました。さあ出来上がりです。木で作った定規を使い、一畝に2列、万遍なく種を置き、深々の土の中へ指で軽く押し込み土をかけました。

 自分としては上手く植えたつもりですが、今朝は予想通り小ぶりの雨が降って、植えた畑を優しく濡らしています。ニンニクを植えたことを妻に告げると、「今年も上手くできたらいいね」と喜んでくれました。今年は夏の暑さや残暑が厳しく、折角植えた葉物野菜も虫が発生してかなりの被害に遭いました。無農薬ゆえの難儀ですが、畑に露が降りるこの頃になると、蒔かない雑草の芽が早くも芽を出し始めていて、昨日は草削りで削ったりしながら、農作業を楽しみ?ました。

「昨年に 続き今年も ニンニクを 植えてみました 妻が歓ぶ」

「千円の ニンニク種で いかほどの 成果上がるか 収穫楽しみ」

「最近は まるで百姓 なったよう 作業効率 スピードアップ」

「蒔かぬのに 雑草早くも 芽を出して 植えた種より 成長早い?」

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〇県立松山工業高校の運動会

 私は愛媛県商工会連合会発行の、縦に細長いWritingCalendarを使いスケジュール管理を行っています。書棚にしまっている30冊を超える、同じようなタイプのスケジュール表をめくると、所狭しと書き込まれた一つひとつの出来事が、つい昨日のように思い出されますが、ピーク時から見ると忙しそうには見えるものの、書き込む量は随分減ってきました。

 一昨日の夕方スケジュール表を見ると、明くる日の昨日は「県立松山工業高校の運動会」と小さい文字で書き込まれていました。同校の学校評議員をしていることもあって、既に出席通知を出していたので、妻や息子夫婦にそのことを告げると、息子「お父さん、いつまで行くの?、僕が建築科を卒業して30年近くになるというのに」でした。妻「お父さん、いつまで行くの?、そろそろにしないと」でした。

そう言われてみれば、3人の息子が全て松山工業高校の建築科・機械科・機械科へ入学したため、PTAの常任理事1年・副会長1年・会長6年と役員を8年間もやりました。その後PTAOB会の会長や学校評議員とつなぎ、30年近くも学校へ通っているのですから、息子や妻の呆れ返るのも分かるような気がするのです。

 息子・妻「お父さんいつまで行くの?」、私「死ぬまで」、息子・妻「いつ死ぬの?」と、まるで漫才のようなボケとツッコミの会話に大笑いの朝でした。このところの改修工事や新築で学校も見違えるようになりました。来賓席で校長先生の隣の席を得て、校長先生と雑談をしながら、生徒たちのエネルギッシュな演技に大きな声援を送りました。

学校の玄関先
運動会風景
半身裸の1年生の伝統的松工体操

来賓席の前で、伊方町瀬戸の緒方二三子さんご夫妻に今年も出会いました。ご主人に出会うのは初めてなので、立ち話で近況を報告し合いましたが、息子さんは土木科2年で、部活はボクシングをしているようでした。全校生徒が千人近くいる大きな学校なので、自分の子どもの演技などどこでやっているのか探すのが一苦労だと話していました。かつての私もそうでした。

「高校の 運動会に 行くという 話をすると 親子が茶化す」

「そういえば 指折り数え 通い年 長くなったと しみじみ思う」

「いつまで?と 尋ねる親子 死ぬまでじゃ いつ死ぬ聞かれ 待っているのか」

「学校も 随分立派に なりました 母校じゃないけど 関わり嬉し」

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