人間牧場

〇県立松山工業高校の運動会

 私は愛媛県商工会連合会発行の、縦に細長いWritingCalendarを使いスケジュール管理を行っています。書棚にしまっている30冊を超える、同じようなタイプのスケジュール表をめくると、所狭しと書き込まれた一つひとつの出来事が、つい昨日のように思い出されますが、ピーク時から見ると忙しそうには見えるものの、書き込む量は随分減ってきました。

 一昨日の夕方スケジュール表を見ると、明くる日の昨日は「県立松山工業高校の運動会」と小さい文字で書き込まれていました。同校の学校評議員をしていることもあって、既に出席通知を出していたので、妻や息子夫婦にそのことを告げると、息子「お父さん、いつまで行くの?、僕が建築科を卒業して30年近くになるというのに」でした。妻「お父さん、いつまで行くの?、そろそろにしないと」でした。

そう言われてみれば、3人の息子が全て松山工業高校の建築科・機械科・機械科へ入学したため、PTAの常任理事1年・副会長1年・会長6年と役員を8年間もやりました。その後PTAOB会の会長や学校評議員とつなぎ、30年近くも学校へ通っているのですから、息子や妻の呆れ返るのも分かるような気がするのです。

 息子・妻「お父さんいつまで行くの?」、私「死ぬまで」、息子・妻「いつ死ぬの?」と、まるで漫才のようなボケとツッコミの会話に大笑いの朝でした。このところの改修工事や新築で学校も見違えるようになりました。来賓席で校長先生の隣の席を得て、校長先生と雑談をしながら、生徒たちのエネルギッシュな演技に大きな声援を送りました。

学校の玄関先
運動会風景
半身裸の1年生の伝統的松工体操

来賓席の前で、伊方町瀬戸の緒方二三子さんご夫妻に今年も出会いました。ご主人に出会うのは初めてなので、立ち話で近況を報告し合いましたが、息子さんは土木科2年で、部活はボクシングをしているようでした。全校生徒が千人近くいる大きな学校なので、自分の子どもの演技などどこでやっているのか探すのが一苦労だと話していました。かつての私もそうでした。

「高校の 運動会に 行くという 話をすると 親子が茶化す」

「そういえば 指折り数え 通い年 長くなったと しみじみ思う」

「いつまで?と 尋ねる親子 死ぬまでじゃ いつ死ぬ聞かれ 待っているのか」

「学校も 随分立派に なりました 母校じゃないけど 関わり嬉し」

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