人間牧場

〇福岡県筑紫野市に招かれて(その2)

 人とまちが輝く地域社会を目指して、公民館がまちづくりの拠点になろうと開かれた推進大会の講師として招かれた私は、「公民館とまちづくり」というテーマで、90分熱弁をふるいました。私にとって公民館は主事として13年間、教育長兼中央公民館長として2年間、合計15年もの長きに渡って携わっているし、まちづくりも産業課や企画調整室、地域振興課で20年間も心血を注いでいるので、まさに十八番の話なのです。でもその35年を90分で話すには少し時間が足らなく、話し足たりない部分が数多くあり、質問タイムも食って終ってしまいました。それでも帰宅してメールを開くと、参加した3人の方から感想のメールが届き、嬉しい反応に安堵しているところです。

周防大島大橋の下をくぐる

周防大島大橋の下をくぐる

思い出の雄由利島と雌由利島を取り持つように走る貨物船

思い出の雄由利島と雌由利島を取り持つように走る貨物船

防予汽船フェリーの甲板にて自画像

防予汽船フェリーの甲板にて自画像

 今年は何故か九州各地へ招かれる機会が多く、これから先11月には北九州市と長崎県へそれぞれ講演に行く予定です。退職して9年目の夏を迎えているというのに、未だに衰えぬ人気(笑い)に私も妻もただただ驚いているのです。今回は筑紫野市へ招かれたついでに、二日市温泉を楽しみ、隣の菅原道実ゆかりの天満宮や国立民族博物館へも足を伸ばそうと思っていましたが、あいにくの雨に見舞われ、加えて9月第1土曜日はわが町の恒例の夕焼けプラットホームコンサートの開催日でもあり、少し気を揉んだのか後ろ髪を引かれたのか、結局博多から新幹線に徳山まで飛び乗って、山陽本線を柳井港駅まで乗り継ぎ、10分間の待ち時間に間に合って、防予汽船のフェリーで瀬戸内海を渡りました。小雨に曇る周防大島大橋をくぐり、民俗学者宮本常一ゆかりの周防大島を右手に走りながら、過ぎ越し人生を感傷的に思いました。

 山口県と広島県と愛媛県の境をなす瀬戸を抜けると、左手に豊田渉さんのふるさと二神島、右手に20年間無人島キャンプで熱い心をたぎらせた由利島を見ました。由利島も今はダッシュ島として乗っ取られてしまいましたが、小雨に煙る由利島は今も私の思い出の島でもあるのです。
 旅の途中新幹線の車内など、夕焼けコンサート会場で準備をしている松本さんと、携帯電話で連絡を取り合いましたが、九州地方の雨は四国愛媛県伊予市双海町には及ばず、何とか開催できたことは嬉しい限りです。今朝メールを見ると私の友人から、「夕焼けコンサートであなたの顔を捜したが見つからなかった」と少し不満の感想が2~3寄せられていました。
 季節は移り、先日の台風崩れの温帯低気圧による長雨の影響か、残暑も余り感じることもなく、穏やかな初秋を迎えています。そろそろ秋蒔きの季節だと、雨に濡れた畑を見ながら、はやる心を抑えている今日この頃です。

  「35年 勤め骨身に 染み込んだ 公民館と まちづくり語る」

  「筑紫野市 近く道実 社あり 温泉さえも 見向きもせずに」

  「新幹線 電車に船を 乗り継いで 意外と早く わが家へ帰る」

  「今頃は 夕焼けバック コンサート しているだろう 思いながらも」

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