shin-1さんの日記

○岩手県一関室根の金森さんは無事でした

 今回の東北・関東大震災に出会ったであろう友人の所在確認のため、震災の混乱期を幾分過ぎたと思われる3日前から何人かに電話を入れ始めました。30数年前に総理府派遣第10回青年の船に同乗した仲間や、まちづくりで知り合った仲間とは何とか無事であることの確認が取れましたが、何度電話しても不通だったのが岩手県一関市室根公民館の金森勝利さんでした。金森さんとは東京上野の国立社会教育研修所に講義に行った時に知り合い、そのことがご縁で2006年11月27日と2007年9月1日の2回講演に招かれているのです。

 室根といえば室根山を思い出す人も多いと思います。宮城県気仙沼唐桑の漁師さんが山に木を植え、「森は海の恋人」というキャッチフレーズですっかり有名になった所です。岩手県と宮城県の県境付近にあって、宮城県の漁民が岩手県の山に木を植えるという不思議な行動ゆえに注目を集めた場所なのです。私は2回目に行った2007年9月1日に室根に行った折、金森さんにお願いして室根山に登り、漁師が植えたという雑木林を見せてもらいましたが、ゆえに強烈な印象として私の心に残っているのです。早速パソコンのブログ記事から当時の思い出の写真を見つけました。記録が私の記憶を蘇らせてくれました。

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(室根山から望む気仙沼湾)

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(2007年9月1日に登った室根山での記念写真)
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(室根山に建っていた牡蠣の森の標柱)

 宮城県気仙沼地方は入り組んだリアス式海岸の美しい所です。その海岸を利用して古くから牡蠣の養殖が行われていましたが、リアス式海岸ゆえに潮の流れが悪く、毎年夏になると酸欠とプランクトンの異常発生で赤潮が発生し、牡蠣養殖に打撃を与えていました。

 このままでは牡蠣養殖が壊滅するかも知れないと思った漁師さんは、畠山さんが中心になって海を再生することを考え、山に木を植えたのです。天から降ってくる雨は川を流れて海に注ぎますが、現代の山は杉や桧など針葉樹の人工林が殆どで、落葉樹の落ち葉腐葉土の中に含まれる鉄分やミネラルが海に流れてこないのです。落ち葉の森から流れ出る豊富な栄養分は牡蠣にとって貴重な食べ物であることは、当時余り解明されていませんでした。ゆえに色々な苦労もあったようですが、唐桑湾の牡蠣は見事に復活し今の礎となったのです。

 昨日の昼過ぎ室根公民館の金森さんと念願の通話が出来ました。聞けば今回の大震災の被害は少なかったようですが電話が通じたのは、私が電話をかけた10分前だったそうです。壊滅的被害を受けた気仙沼が近いゆえにその惨状は目を覆うばかりで、明くる日気仙沼で桜の木に引っかかった亡くなった人の亡骸を見た時は震えが止まらなかったと話していました。

 金森さんは今、ガソリン不足で自宅から公民館まで5キロの道を歩いて通勤しているそうです。震災対策本部では米とガソリンを担当していて、公用車でその確保に奔走しているようです。昨日は西国四国でも朝から小雪がぱらつきましたが、一関室根では10センチほどの雪が積んで寒さが厳しいそうです。復興への決意を金森さんから聞きながら、何はともあれ元気な声を聞いて安心し電話を切りました。


  「少し前 電話通じだ 元気です 弾んだ声が 電話の向こう」

  「木に人の 亡骸地獄 見た思い リアル証言 悲しくなりて」

  「何年か 前に訪ねた 室根山 牡蠣の打撃も ひどいと聞いて」

  「この寒さ 東北地方じゃ たまるまい 被災者思う だけしかできず」

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