shin-1さんの日記

投稿者: | 2008年2月26日

○丸刈りの思い出

 わが家には3人の男の子がいます。既に3人とも建築士、看護師、警察官とそれぞれの道を親元から離れた県内で働いていますが、この3人の子どもは義務教育の中学校を出るまで全て頭は丸刈りでした。思春期の子どもにとって仲間の存在やお洒落が気になる時期なのに、親の教育方針とかを子どもに押し付け、自宅で電動バリカンを使い逃げ惑う子どもを座らせては妻と二人で丸刈りにしたものでした。バリカンの調子が良い時は結構スムースに刈れるのですが、少し調子が悪いとまるで寅皮、縞模様のようになって「格好悪いから学校へ行くのが嫌だ」とダダをこねられたことも何度かありました。 その頃の学校はまだ丸刈りの子どもが沢山いて、長髪の子どもと半々くらいでしたから、子どもの反発も散髪の時だけだったように思いました。

 子どもたちがたまの休暇で家に揃うと、たまにその丸刈りの話が出てきます。「丸刈りは嫌だった」「長髪にしたかった」「バリカンで虎刈りにされた時は学校を休みたかった」「丸刈りだったのでもてなかった」などなど述懐は様々ですが、今振り返ると懐かしいと、母親や父親に散髪されたことを懐かしがっていたようです。

 そういえばいつの間にか子どもの丸刈りした姿を周りで見なくなりました。「丸刈りに詰襟の学生服は凛々しい日本男児の理想の姿」と未だに思い込んでいる私のような古い人間はもう世の中では賞味期限が切れているのです。でも子どもの頭を親の手で丸刈りにする行為は、月に一度にせよ親子にとっていい向き合いだったように思うのです。今は子どもの何から何まで既製品や人の作ったものでまかなうような時代になって、親が子どもにしてやれる親らしい子育ての分野が相当減っています。靴下だって破れれば継ぎ接ぎ繕いなどせず直ぐに捨てるし、弁当だってコンビニの弁当で代用する親が相当いるのです。時間と効率からいえばそれが便利なことは分っていて格好いいのでしょうが、母親が別の仕事をしながら焼いた焦げた玉子焼きだって子どもにとってはかけがえのないお袋の味なのです。

 昨日妻と二人で夕餉の膳を囲んでいると、妻がしみじみ大家族だった何年か前までの食卓の事を話しました。家を建てたり、子どもが進学をしたりした時代は安月給ゆえそんなに贅沢も出来ず、粗末な食事しか出来なかったのですが、それでも妻は手づくりにこだわって食事を作り続け、子どもも美味しいといって食べてくれました。今は親父の分を含めて3人分、あの頃から比べるとまるでメジロの餌のような少なさです。

 先日久しぶりに帰省した三男の姿を見てハッと気がつきました。三男は警察官という仕事柄、丸坊主に近い丸刈りなのです。もう30歳になる息子ですが丸刈りの姿は中々凛々しいものです。時代の進んだ世の中にあってまだこんな職場があるのかと内心驚きますが、私にとっては子どもの頃から終始一貫したように見える息子の姿に心の中で惜しみない拍手を送るのです。

 バリカンという言葉さえもう死語になりつつある現代ですが、私にも親父に頭を刈ってもらった苦い思い出が一杯あります。今の電動のようなものではなく、手動でやるものですから早過ぎず遅過ぎず動かさなければなりません。早過ぎると食いついて痛い思いを何度も経験しました。また虎刈りなどはしょっちゅうで恥かしい思いも何度かしました。でもその度に親父は「髪型くらいで女に持てない奴は所詮もてる訳がない」などと小理屈を並べ立て、自分の正当性を主張していました。でもこれも過ぎてしまえば親父のいい思い出なのです。残念ながら今の子どもたちにはそんな親父の思い出は残るべきもないのです。

  「丸刈りは 日本子どもの 代名詞 そんな時代に 生きれ幸せ」

  「バリカンと いう道具など 家にない それは何です? 答え飲み込む」

  「マルコメの 味噌のCM 一休さん 全て丸刈り 格好いいよね」

  「親父から 俺に受け継ぐ 丸刈りも 息子途絶える これも世流れ」

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