shin-1さんの日記

投稿者: | 2008年2月10日

○自由人の仲間入り

 「夢工房」という聞きなれないグループを20人ほどで作って活動を始めてからもう20年余りが過ぎました。20年といえば私が40代の始めですからその当時は意気盛んで、2ヶ月に1度のペースで大いに飲み大いに語ったものでした。会員は県庁の職員と市町村や団体の職員なので、ある意味組織の意識改革や自らの自己変革を目標にして、多くの人に「お酒を一緒に飲もう」などと頼んで30分から1時間程度の卓話を聞いてからお酒を飲んでいたのです。

 「夢工房」の常宿はJR松山駅前にある「四十雀」という縄暖簾のかかった店でした。5千円ポッキリで3時間以上飲み放題という余り儲けにならない客なのに、皿鉢料理が沢山出してくれてとても食べきれないほどでしたが、二次会には行かないという完結型の飲み会に誰もが満足して大いに楽しみました。

 3年前にこの会に異変が起こり始めました。私のリタイアの送別会でした。当時はまだ会員の年長者一人のリタイアくらいな軽い気持ちだったから、そんなに深刻に考えることもなく人のことだと笑って楽しんだものです。あれから3年の月日が流れ、昔ほど頻繁開催ではなくなったものの相変わらず「夢工房」は続いているのです。

 先日「夢工房」の通知がファックスで送られてきました。会員の高田さん・塩崎さん・原田さんの3人がこの春目出度くリタイアするというのです。そして一昨日人数が多くてか会場が取れなかったのか共済会館で開かれました。しかも宴会の会場は共済会館の9階という、野球に例えれば9回の裏で後がないという、たまたまの偶然でしょうが私流に考えれば面白い設定でした。

 高田さんは県庁森林行政のスペシャリストで、広島県出身の技術屋さんなので林業行政一筋といったところでしょうが、よく本を読む読書家で凄い知識の持ち主です。塩崎さんは言わずと知れた私の親友で三崎町から合併して伊方町になったものの役場職員として活躍された方です。原田さんは旧明浜町の企画課長を長らくやられ、今は西予市役所野村支所に勤務していますが小説を書くなど変わった男なのです。いずれも個性派、いずれも情熱派でそれぞれの場所に埋没することなく輝いて生きてきた尊敬できる人たちなのです。

 3人の挨拶を聞きながら、これからの豊富も聞きました。退職が近づいたといってもまだ実感も湧かず慌しい残務整理の最中のようでしたが、期待と不安が入り混じり複雑な気持ちを垣間見たようでした。既に仲間の中には旧野村町の藤本さんや旧松野町の芝さんが私と同じリタイア組みとなっていいますが、夫婦でゴルフ三昧の藤本さんや、無職を貫いている芝さんとは全く違った生き方をしている私なので、彼らの生き方にも興味があって、色々な話しを聞くことが出来ました。

 挨拶をした高岡さんや乾杯の音頭を取った鶴井さんが言うようにこのグループもいよいよ高齢化です。組織は新陳代謝しないと活性化しませんが、明らかに斜陽です。それはメンバー一人一人の世界が小さくなっているからに他なりません。つまり進化のスピードが退化のスピードを上回れないのです。変わらないのはいいことかも知れません。でも変わらないと良くない部分もあるのです。その事に気付かないと傷をなめあうグループになって「夢工房」という看板は下さなければならないと思いました。

 せめて私だけでもと、この3年間夢を紡いで会員のお荷物にならぬよう、そして「夢工房」の看板に恥じぬよう進化を念頭に頑張ってきました。お陰で充実した日々を今も生きているのです。

 人には進化の寿命はないと思っています。松下幸之助さんがPHPの創刊号に「青春とは心の若さである。心に望みを持ち日々新たな行動をすれば青春は永遠にその人のものである」と書いています。心の青春こそ「夢工房」の看板です。これからがいよいよその正念場かもしれません。いい生き方をしようと、3人の話しを聞いてしみじみ思いました。

  「次々と リタイア組が 仲間入り 見本示して 青春語る」

  「先頭を 常に走って 二十年 これから先も 歳は先頭」

  「人は皆 自由に憧れ いるものの 不自由なこと 誰も気付かず」

  「登り切る こともないのに 下り坂 気付く坂道 転げ落ちるぞ」