shin-1さんの日記

投稿者: | 2008年2月8日

○若いスキルを持続する

 昨晩遅くに出張先の和歌山県から帰って、今朝は今朝で早い旅立ちです。妻からはそんな無理な日程を組まないようにと言われるのですが、空いた日に予定を入れるとどうしてもこんな強行日程が出来てしまうのです。しかし不思議なもので、どんなに忙しい日程でも気分が乗っている時はそんなに疲れを感じないのですから、やはり心の持ち方は大切なのです。

 今朝は日頃より少し遅めの5時半に起床しました。妻が起きて食事の準備をしてくれました。リンキャベに餅を焼いて黄粉餅を作ってくれました。温かいホットミルクを飲みながら身支度を整え6時に家を出ました。早朝の外気は放射冷却現象で氷点下まで下がっているような肌寒さでしたが、車のヒーターがかかって、三秋の峠に差し掛かる頃には温かくなって、上着を脱いで運転し始めました。

(黎明のしまなみ海道来島大橋)

 男時とでもいうのでしょうか、今朝は信号が殆ど青でスイスイとあっという間に松山、北条、菊間、大西、波方経由で今治北インターチェンジでしまなみ海道へ出ました。来島海峡大橋付近で石鎚山の付近から輝く朝日が出るのを見ました。夕日に思いを寄せているけれど、朝日も同じ太陽なのでことさらにいとおしく見ながら橋を越えて走りました。最近は広島県へ出かけることが多くて、この橋を何度も通るため見慣れた光景ながら、やはり素晴らしい橋だと感心しつつ、来島海峡大橋、大島大橋、大三島大橋など幾つかの橋を渡り、上浦のインターチェンジで下りました。

 早く家を出たのは10年前にしまなみ海道が開通した折、歩いて渡った多々羅大橋を再び歩きたかったからなのです。時計を見れば7時30分、片道30分費やしても往復1時間だから、9時からの講演には間に合うと思い、橋の袂の駐車場に車を止めて、歩道を歩き始めました。いざ歩いてみると、直ぐ側にかかっている橋なのに人間の歩く条件に合わせているため、中々近づくことが出来ず、橋の下をくぐり、小山をぐるりと回りえらく遠いのです。片道30分の制限時間のこともあり少しあせりながら小走りに登って行きました。



(多々羅大橋を眺めながら遊歩道を登る)

 やっと橋にたどり着き橋の片側に設けられた歩道をこれまた小走りに走り、橋の中央の愛媛県と広島県の境であろう場所に到着したので、自分のカメラで自分の証拠写真を撮影して引き返しました。本当は以前に歩いた広島県瀬戸田までゆったりと、自然を親しみながら歩きたかったのですが、残念ながら時間切れで引き返さなければならなくなりました。

(県境をまたいだ橋の上で自分が撮影した記念写真)
(橋の向こうは広島県瀬戸田の島です)
(橋の下は潮流が渦巻き流れていました。足のすくむような高さです)

 橋の上は雨に濡れていてましたが、寒いといいながら早春の凛とした空気が漂い、何ともいえない引き締まった気持ちになって、「やっぱり来てよかった」と思いました。

(ひょっこりひょうたん島のモデルといわれている県境の島)
(橋の上から道の駅多々羅公園を望む)
(遊歩道のの入り口にあるいろはかるたの珍しい石柱が並んで建っていました)

 今日は金融広報委員会から頼まれて今治北高等学校の大三島分校の卒業予定者に講演をしに出かけたのですが、やはり若者の前で話すには自分のスキルを高めておかなければ、聞く相手の心に響かないと思っての行動でしたが、学校ではその余韻があるのか、いい話が出来たと自分では思っています。

 この学校へは毎年この時期に話に来ていますが、今年の卒業生も和気藹々のうちに話しを聞いてくれました。大学や専門学校に進学する人、社会人になる人、生き方は様々ながら、人生の旅立ちであることに変わりはありません。いい人生が待っているよう祈りますが、他力本願ではなく、自力本願でいい人生のスタートを切って欲しいものです。

  「話すには 話す心が 大事にて  若い心を 呼び覚ますよに」

  「広島へ 歩いて一歩 踏み込んだ 県境越えて 風を感じに」

  「十年の 時の流れを 振り返り 元来た橋を 新た旅立ち」

  「他力より 自力で生きろ 説教す どんだけー響く そんなの・・ねー?」    

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