shin-1さんの日記

投稿者: | 2006年11月15日

○野の花の美しさ

 ガーデニングブームで街中に花が溢れる平和な時代を迎えていますが、ガーデニングを楽しむ人は何故か作った花を自分の庭や塀で囲い込み、自分だけの内向きな花として鑑賞してる人が多いようです。かつて私は世界一の花の街といわれるニュージーランドクライストチャーチを海外派遣団の団長として訪ねたことがありますが、この街ではガーデニングが盛んなのですが、勿論家で花を楽しんでいますが、その花の一部を外向きにして街に暮らす人々にも見えるようにしている姿を見て、風土や人間性のの違いを思い知らされました。日本だと外向きに花を飾っていると、心無い人が植木鉢毎持って行く者もいて、中々うまくいかないのが実情のようです。

 今日は愛媛大学の講義日でそれ以外に夕方までスケジュールが空いているので、久しぶりに大根畑の大根を漬物用に引き抜いて水洗いし6本まとめてビニール紐で縛り、あらかじめ用意した竿に振り分けながら吊るして干しました。今年も大根は豊作で、仕事に出かける前に妻が抜くのは30本と言って出かけたので30本の大根を引き抜きました。葉っぱの緑、青首、土に埋まった白い肌など、まさに自然の芸術品とでもいえる大根が、晩秋の太陽と風に晒されている風情は田舎の長閑さを象徴しているようです。いつもの年だとおやじが全ての作業をやるのですが、足をひねって昨日病院へ連れて行ったばかりなので無理をさせれず、私の出番とあいなりました。

 3日前から一年収めの九州場所も始まり、いよいよ冬支度です。私が子どもの頃の昔は九州場所頃はもっと寒かったように思うのですが、今日の水仕事も全然冷たくもなくむしり爽やかな感じがするほどでした。

 流れる雲も穏やかでわが家の借景と思われる本尊山の周辺はハゼ紅葉やクヌギの木がようやく色づき始め、裏山には盛りを過ぎようとしているツワブキや野菊が名残の美しさを見せようとひっそりと咲いていました。野の花は派手さはないものの清楚でどこか気品に溢れています。一生懸命咲いているこれらの花は見られ愛でられることもなくやがては野に枯れる運命にあるのですから、せめて咲いている間でも愛でてやりたいものです。

 わが家の庭にも秋の気配が漂って、親父の作である裏庭の枯れ木や石に這わせたノキシノブが見事な紅葉を見せています。このノキシノブの紅葉が枯れて風に飛ばされ荒縄のようになったらいよいよ本格的な冬将軍がやって来るのです。

 それにしても見事でしょう。


  「野の花を 愛でる気持ちは 自由人 風流肴に 酒も飲めぬに」

  「大根の 緑と白の 色分けて 竿に吊るして しわ寄るを待つ」

  「ノキシノブ 紅葉に熟れて 彩りを そえつつ庭で 季節深まる」

  「この色を 亡き母見ては 褒めていた 俺の言葉を 誰が思いし」

[ この記事をシェアする ]