shin-1さんの日記

投稿者: | 2006年11月2日

○忙しい日々

 昨年4月1日からサンデー毎日になった私にとって、あれ程憧れていた「自由な日々」が遠のいてしまい、今は「自由な日々」どころか「忙しい日々」に変わっているのです。特に10月などは大変なもので、島根県西ノ島町(隠岐の島)はじめ、鳥取県北栄町、高知大学、山梨県笛吹市、高知県四万十市、愛知県名古屋市、群馬県玉村町、熊本県城南町、東京都三宅島、東京都白山と、まあ日本全国を木になるカバンを提げて縦横無尽に動き回りました。その間自治会長として秋祭りの世話をしたり地域づくりの県内のお手伝いなど、目の回るような忙しさでした。一昨日も同じ敷地内に住むおやじが「お前元気か」と一週間ぶりに話すほどですから察して余りあります。

 でも、日本全国あちらこちらを回って思うのは、そこここに人の暮しがあり、住んでいる町を何とかしたいと思って頑張る人の多さです。隠岐の島では伝統的な牧畑農業で島おこしを、北栄町ではコナンという漫画でまちおこしを、高知大学では大学の公開講座で地域支援を、笛吹市では青年会議所の若者が待ちの夢づくりを、四万十市西土佐ではまちづくりの基本である集落づくり

を、名古屋市では3県の知恵者が農業の未来を、玉村町では県下町村の議員さんがおらがまちやむらの政策を、城南町では社会教育委員さんが生涯学習によるまちづくりを、三宅島ではPTAの皆さんが子育てや地域づくりを、白山では地域資源を学問にと、それぞれの思いを胸に議論をしていました。

 「忙しい日々」の裏には、私の持っている論理と知恵に対する期待があるのですが、多分それは主催者が主催者に代わってその思いを参加者に伝えて欲しいという願いがあるのです。いくら高慢な理論でもいつも聞いている人の話しよりは部外者の話に耳を傾ける群集の弱みがあるから、それを私に託しているのでしょう。私もそのことを察知し様々な実践事例を元に熱弁をふるうのです。私はどの会場へ行っても壇上で話しながら、私に視線が釘付けになったり相槌を打って聞いてくれる人を探します。私のような者の話でも会場には手の指の数ほど、そうした意思を示す人がいるのです。私はチャンスとばかりにその人を視線の中心にして話します。するとその人の求めていることが少しずつテレパシーとしてこちらへ跳ね返ってきます。私の話はさしずめシンパシー(進一の意思)ですが、その目に見えないやり取りが続き試合は終了します。終わった時の質問や帰ってからの手紙が届くのは殆どこの人たちであることに気付くには相当時間がかかりましたが、大多数の中の少数を選んで話することは、集会の成功には絶対必要なことなのです。

 この人たちは不思議なものでむしろ成功経験より失敗経験を聞きたがります。私も出来るだけ失敗談をくり返しながら「ああ若松さんも私たちと同じ悩みからスタートしているんだ」と納得させるのです。

 今日はこれから県内の県立高校へ話しに行きます。半世紀も年齢の離れている若い高校生に私のような賞味期限の切れた人間の話など馬事欧風、何の役にも立たないかも知れませんが、「今やれる青春」を標榜する私としては、昨晩愛媛大学の大学生相手に講義したように、彼らの心の扉を開くような話をしたいと思っています。さりとてどんな話をするか、壇上に上がらないとイメージがわかない悲しい癖を持った男ですのでさてどんな話になるか心配です。

  「この会は 眠る人あり 不平言う 眠る話を した人悪い」

  「自由日々 楽しむはずが 忙しく 声がかかりて これも人生」

  「文届く 話を聞いて 感動と 逆に感動 こちらの方が」

  「銭湯で 見覚えある顔 人が言う テレビで見たよ おちおちできぬ」 

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