人間牧場

〇まるで台風の北上競争みたい

 いよいよ秋の台風シーズンです。今朝パソコンで台風情報にアクセスすると、台風19号と20号が、まるで競争するように同じ進路を辿りながら北上を続けていて、予報円がダブって見づらいほどです。19号は発達してかなり大きく、予定していた講演会が大雨や台風で2度も流れているので、22日の開催は三度目の正直になるかも知れないと気を揉んでいます。

台風19号と20号が追いかけっこしながら北上しています

 この2~3日、朝晩の気温がぐっと下がり、少し涼しく感じるようになり、うすい掛布団の温もりに、季節の変わり目を肌で感じています。暑い夏は涼しい秋や少し寒くても冬がいいと、相変わらず身勝手な考えで過ごしていますが、やはり寒いのは苦手で、少し気が重たく感じる今日この頃です。

昨日は外出したついでに、赤いガソリンタンクをトランクに積んで、耕運機や単車用のガソリンを買って帰りました。タンクに満タンのガソリン18ℓはかなり重く、息子に頼んで車から降ろしてもらい、ついでに耕運機のタンクにも給油してもらいました。いつの間にかガソリン18ℓが重たく感じる年齢になりました。

「南から 台風2つ 競争を しているように 只今北上」

 「二度あった 三度目正直 あるかもと 腹をくくって 連絡を待つ」

 「猛暑嫌 だけど寒いの もっと嫌 身勝手私 オロオロしてる」

 「ガソリンの 満タンタンク いつの間に 重いと感じ 息子手助け」

 

 

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〇ビデオレンタル「めんたいぴりり第2部」視聴

 日本に帰国し博多港で再開した俊之と千代子は博多の長洲にて、食料品店「ふくのや」を経営するようになりました。住み込みの従業員や近所の人々との暮らし、俊之が絡んで復活した博多祇園山笠の仲間たちとのやり取りも面白かったですが、博多華丸演じる海野俊之と富田靖子演じる海野千代子夫婦の泣き笑いドタバタの演技は、どこか私たち夫婦にも共通する話題があり、一緒に見ながら大いに会話を交わしました。

 「のぼせもん」の俊之は、何かにつけて夢中になり、色々と手を出すもののいつも失敗ばかりですが、明太子づくりにだけには熱中し、苦難の末「博多と言えば明太子」と言われる有名な産物をつくり上げました。主人公や明太子などと比べると、その比ではありませんが「反対や失敗に遭っても夕日に夢中になったあなたと、どこかのぼせもんは似ている」とは、一緒にテレビを見た妻の弁でした。

 過ぎてしまえば過去の出来事は、まるで笑い話のようですが、かく言う私も主人公の海野俊之に負けるとも劣らない「のぼせもん」で、今もその片鱗を覗かせつつ細々と生きています。日々の積み重ねが人生ですから、持っている夢を実現すべくこれからも悔いのな人生を送りたいと思っています。妻曰く「えっ、この歳になってまだ夢を追いかけているの?。私を巻き込まないでね」でした(大笑い)。お後が宜しいようです。

「ドラマゆえ オーバー表現 しているが わが人生も 小さなドラマだ」

 「ビデオ見て 妻の存在 気づきます 妻と息子の 狙い目ズバリ」

 「書き残す 記憶確かな 今の内 書棚埋もれた 資料を基に」

 「久方に めんたいぴりり 面白く 泣いて笑って 夫婦で視聴」

 

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〇夏の終わり・秋の始まり

 西日本豪雨の災害で止まっていた予讃線海岸周りの列車も動き始め、昨日は久しぶりに夕焼けビールトロッコ列車が、長い鉄橋の上を夕日を眺めながらのんびり走っていました。私たちの暮らしは日常の暮らしに戻りましたが、山の中に入るとあちらこちらに土砂崩れの爪跡が残っていて、「多分もう治らないのでは?」と懐疑的で、少しむなしい気分になります。私が役場に勤めていた頃は、災害が起こると役場職員総出で災害ヵ所を回って測量し、有利な災害復旧補助金を貰って復旧しようと、みんなが必死になったものでした。

わが家の裏から見える夕日もそろそろ山の端に隠れます
双海中学校に通じる長い一本道の道路の向こうに沈む夕日

 今は合併して自治体の規模が大きくなり、総合支所と名前はついていますが支所に配属されている人の数も激減し、日々の職務をこなすのが精いっぱいで、とても突発的な災害に手が回らないため、本庁に報告するのが精いっぱいというところです。これも致し方のない時代の流れでしょうが、このまま災害復旧が遅れたり放置されると、次の大雨が二次災害を起こし、壊滅的になってしまうと、限界集落と呼ばれる地域に住む人たちは、誰もが心配しています。

 今年は台風が2つも本土に上陸し、前日発生した19号も変な動きをして北上を続け、本土上陸を伺っています。稲の穂が垂れるこの時期は台風のシーズンです。今年の210日は9月1日のようですが、このところの雨の降り方は、1時間に100㎜などと、常識では考えられないような雨量で、心配の種は尽きません。昨日から急に秋めいてきました。やけっぱちに鳴いていたセミの声も心なしか、最後のあがき声のようにも聞こえます。夜明けが遅くなり日暮れも足早になってきました。昨日は散歩の途中、双海中学校に通じる長い一本道の向こうに夕日が沈む姿が見えました。

「夏終わる 秋が始める 今頃が 季節の変わり目 肌で実感」

 「今年の 夏はあれこれ あったなあ 思い出しつつ 机を整理」

 「西日本 豪雨災害 あちこちで 山崩れあり 治るか懐疑」

 「一日に 一分程度 早くなる 日没寂し 初秋夕暮れ」

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〇カミキリムシは1匹10円でした

 私たちは人間の目で見える世界の中に生きています。私の身長は167㎝なので、150㎝そこそこの高さで見ていますが、空を飛ぶ鳥たちはまるでドローンのように、空中から下界を見下ろし、時には地上に降りて上空から見つけた獲物を食べて生きています。

ゴマダラカミキリと思われるカミキリムシ

 一方虫には蜂のように羽根のついた飛ぶ虫と、アリのように飛べない虫に大別されますが、虫たちは地上を自分たちの目的に沿って這いずり回って暮らしています。人間が害虫と思っている虫たちも、それなりに知らない部分で地球の環境を守るために貢献していることを思うと、やたらと殺すことはできず、「一寸の虫にも五分の魂」だと思うのです。

 昨日庭先で綺麗な色のカミキリムシを見つけました。私が子どもの頃は、このカミキリムシがミカンの木の根っこを食い荒らし、木を枯らしてしまうことから、1匹10円の賞金が懸けられ、子どもたちはミカン園を這いずり回ってカミキリ虫を捕まえ、農協に持って行って換金し小遣いを稼いでいました。今はそんな動物虐待をすることもなくなったため、庭先でしょっちゅう見かけるようになりました。

カブト虫は子どもたちに人気がありますが、私に言わせるとカミキリムシも独特の模様があって、カブト虫より素敵な昆虫だと思うものの、子どもたちはカミキリムシなどには目にもくれず、カミキリムシから言わせるとまるで天国のような生活を送っているようです。インターネットで調べてみると、カミキリムシには種類が沢山あって、まさにワンダーランドです。面白い世界です。カミキリムシはどんな世界を見て暮らしているのでしょうか?。

「鳥の目や 虫の目人の目 色々な 世界広がり 楽しそうです」

 「庭先で カミキリムシを 見つけたり 自然の造形 思わず見とれ」

 「その昔 カミキリムシに 賞金が 懸けられ子ども 小遣い稼ぎ」

 「カブト虫 夢中になるが カミキリも 結構種類 多くて楽しい」

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〇知らなんだ「お盆玉」

 子どもの頃私たちは、お正月に「お年玉」を貰って育ちました。そのうち子どたちに「お年玉」を渡すようになり、年老いた今は孫たちに「お年玉」を差し上げています。貰う方も渡す方も満足していますが、最近「お盆玉」なるものが巷で流行り始めているそうです。「お盆玉」って何?」と初めて聞いた時は驚きましたが、どうやらお盆に帰省した子どもたちに、おじいちゃんやおばあちゃんが渡すお小遣いのようで、商魂たくましいデパートなどでは「お盆玉袋」なるものを店頭に置いているそうですが、よく売れているようです。

お年玉に加えお盆玉となると、年金暮らしの高齢者には有難くない出費増ですが、お盆玉を貰って喜ぶのは貰う子どもだけではなく、渡すおじいちゃんやおばあちゃんも同じなので、新手の良い風習かも知れません。この話を妻にすると、妻は何を思ったのか早速小さな袋を手作りして4人の孫たちに、「お盆玉」を渡していたようです。わが家の財布持ちは妻なので、お礼の言葉には「おばあちゃんありがとう」と枕詞がつき、私にはついでに「おじいちゃんありがとう」でした。

 最近の子どもは「6つのポケット」と言われているように、父方の祖父や祖母、母方の祖父や祖母、両方の叔父か叔母を加えて、誕生日、子どもの日、お年玉などなど、お小遣いを貰うことが多く、小銭を握りしめ駄菓子屋通いをした私たちの子ども頃とは大違いで金持ちです。殆どの親がそれらのお金を貯金管理しているようですが、家庭の事情もあってお小遣いの使い方には一筋縄では行かないようです。お小遣いの使い方から子どもは経済の世界へ一歩足を踏み入れますが、正しい経済と道徳の関係を親が知って導くと、経済トラブルに巻き込まれにくい、いい大人に成長することも確かです。

「お年玉 知ってはいるが お盆玉? 最近流行 初めて聞いた」

 「最近の 子ども6つの ポケットを 持って金持ち 親より資産家」

 「子ども頃 小銭を握り 駄菓子屋へ 貧しかったが 懐かしい日々」

 「小遣いの 使い方から 経済の 世界へ一歩 足を踏み入れ」 

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〇童心を忘れないDNA

 今年の夏は格別の暑さで、連日の猛暑で熱中症が多発し救急車の出動も記録更新でした。熱中症で亡くなった人も沢山いて、その殆どが冷房があっても使わない、勿体ない精神の高齢者だと聞けば、他人ごとではないと胸が痛みます。察するに国民年金で細々と爪に火を灯すように暮らしている高齢者にとって、冷房を使うと電気代が跳ね上がり生活費を圧迫するため、使いたくても使えないという人も沢山いるようです。

今年は長男息子がカブト虫を空港で無償配布するという、イベントの準備に巻き込まれ、連日人間牧場へ通ってカブト虫の捕獲手伝いを余儀なくされたため、例年にない忙しさでした。いい大人がカブト虫を飼い、しかもそのカブト虫を虫かごに入れて無償配布するなんて、正気とは思えないことだと、最初は呆れてものが言えませんでした。今も多少その疑問は心の奥底に残っていますが、妻が「息子もあなたと一緒でまるで少年のよう」と言うように、私も若い頃見ず知らずの子どもたちを無人島に運び、20年間も活動しているのですから、妻の一言には返す言葉もありません。

昨日、息子は夏休みだったので、自分の子ども2人の自由研究に付き合っていました。3年生の次男は海の生き物調べ、5年生の長男は上灘川の源流を探るだそうで、この2日間私の軽四トラックに乗って3人で出かけたようでした。3人とも水に濡れたり泥んこになって帰ってきましたが、台所の机の上にメモや収集物を広げて、楽しそうにやっていました。発光ダイオードを発明した学者が、ふるさとの展望台に、自分の思いを書いているのを、先日芋づるを取りに行った折、伊方町瀬戸で見つけました。

「童心を忘れたら終わりだと思っている」のその次に、「何でも不思議だなあと感動する心」「何でも見てやろうと思う好奇心」「一体どうなっているんだろうと首を傾げてくなる心」「自分の周りは知らないことだらけだと呆れ返る心」の大切さを述べていました。無人島に夢中になった私、カブト虫を育て空港で無償で配布している息子、海や川を探し回る孫と、わが家の同居3代は取り組こそ違え、「童心」そのものです。今迎え火を焚いてわが家へ帰省している4年前に亡くなった親父も、小さな僅か5トンの漁船で伊豆半島まで出漁しています。どうやら若松家には「童心を忘れない」DNAがあるようです。

「童心を 忘れず今も 生きている 元気の源 どうやらこれだ」

 「わが息子 まるで少年 妻が言う 私も孫も みんな低能」

 「迎え火を 焚いて只今 里帰り してる親父も 同じでした」

 「わが家には 童心忘れぬ DNA 笑って生きよう これから先も」

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〇夕方五時ころ綺麗な虹が見えました

 「五時だのに虹(二時)」なんて駄洒落にもなりませんが、昨日の夕方霧雨程度の夕立がありました。「雨らしくもう少し降って欲しい」と願いながら天を仰ぐと、西日を受けた東の空に綺麗な虹が架かっていました。居合わせた妻に「綺麗な虹が出ている」と話すと、あいにく電話中だったので、私一人でタブレットを持ちだし、双海中学校の体育館の上に弧を画いたに虹の、証拠写真撮影と相成りました。

綺麗な虹でした

 虹は水滴に太陽の光が反射して見える自然現象ですが、七色の虹を見ると何かいいことがありそうな気持になります。多分それは子どもの頃に読んだ虹がテーマの童話本の影響だとも思うのです。一人の男が虹の根元を掘ったら財宝が見つかるという話を信じて旅に出ました。男はいくつもの虹に出会う度、必死になって根元を探そうとするのですが、虹は直ぐに消えて思うように根元をに行き着きませんでした。

 ある晩旅に疲れてついウトウトしていると、夢の中に一人の老人が出てきました。その老人は虹の滝があることを教えてくれました。その日から虹の滝を探し、やっとの思いで虹の滝を見つけました。見上げると滝つぼに落ちる水滴が綺麗な七色の虹を作っていました。その足元に何やらキラリ光る石を見つけました。金の石でした。よく見るとそこには金の鉱脈が帯状に露出していました。

 男はその後まじめに働いてお金をため、その土地を買って鉱山を造り、地域の人を沢山雇って地域の発展に貢献しました。まあこんな筋書きだったようですが、私は虹の根元を探すことなどしないから、相変わらずの貧乏暮らしですが、それでも虹を見る度にどこか幸せになるような気持ちになるのです。私の見た虹はその後はかなく消え去りましたが、タブレット内蔵のカメラで撮影した写真は手元に残っているから不思議です。

「あっ虹だ!! 昨日五時ころ 東空 七色アーチ それは綺麗に」

 「虹見ると どこか幸せ なる気分 自然は偉い ホスピタリティ」

 「子ども頃 虹の本読み インプット この歳なっても 未だ忘れず」

 「消えたのに 写真の記録 残ってる これも文明 凄いことです」

 

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〇帰り道でのお参り立寄り尾道千光寺(その4)

 真夏ながら夏至や立秋もとうに過ぎ、随分日の暮れが早くなってきました。宮島や錦帯橋の見学に時間を取られ、加えて事故による渋滞に巻き込まれて、予定していた尾道の街並み散策は時間切れでできませんでしたが、せめて千光寺だけでもお参りしようと、高速道路を尾道インターで一旦降り、カーナビとタブレットの案内を頼りに、千光寺に通じる細い道を走りました。

千光寺境内

尾道の街並み

千光寺は尾道の街並みや尾道水道、恩道大橋を一望できる小高い場所にあります。西に傾いた夕日に照らされた尾道の眺望もどこか懐かしい雰囲気でした。坂道を歩いて上ったり下ったりしながら千光寺に到着し、とりあえずお参りを済ませました。私は願い事など「家族がみんな健康で過ごせますように」程度ですが、妻は軒先に吊るした珍しい数珠を繰りながら、色々なお願いをしていたようです。多分「宝くじに当たりますように」も付け加えたことでしょう。

名刹千光寺はまるで花崗岩の石の上に建っているようで、奇岩のあちこちには、歴史上に生きた有名な人々の言葉があちらこちらに刻まれていますが、興味はあっても無学な私には中々読めないし、意味も分からず難解でした。やけっぱちに鳴いていたセミの声もいつしか弱まる中を、尾道を後に帰路に着きましたが、久し振りの予定のないのんびりした夫婦だけの小さな旅は、思い出を残して終わりました。

「一日に 一分程度 日没が 早くなってる 今日のこの頃」

 「千光寺 名刹らしい 風情あり 数珠を繰りつつ 妻手を合わせ」

 「尾道の 街並み一望 指を差し あれが大橋 あれが水道」

 「喰い忘れ 尾道ラーメン また次と 妻に謝り 尾道後に」

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◯往復650キロ・13000歩の小さな日帰り旅(その2)

 急な思いつきで夫婦で出かけた広島への旅は、まず天下の名勝安芸の宮島です。汗をかきながら社殿を見学した後、紅葉谷からロープウェイで弥山に登りましたが絶景でした。これまで何度も宮島を訪れていますが、弥山は初めてであり妻も私も感激の面持ちでした。宮島は歴史ある厳島神社と島の殆どの自然林が世界遺産に登録されていて、ロープウェイで上空から眺める景色はまるで空中散歩をしているようでした。

宮島ロープウェイ
宮島山頂付近
宮島山頂弥山

 下山し商店街を歩き、食堂に入って私は名物のアナゴ飯、妻は牡蠣鍋丼を食べましたが絶品でした。それにしても暑い一日で、午前中にもかかわらず大汗をかいてしまいました。食事の後フェリーで宮島故口まで戻り、妻のたっての希望で岩国の錦帯橋を訪ねることにしました。帰省客の影響であちらこちら車が混んでいる旨の情報が流れ、その都度逃げ道を1時間ほど走って迷うことなく錦帯橋へ到着しました。

 河川敷に車を止め、錦帯橋の下を流れる鏡川の清らかな流れを見ながら橋を渡り、武家屋敷通りも散策しました。私にとっても錦帯橋は思い出の場所でもあります。錦帯橋の近くのホテルで開かれた全国大会の講演会で、名人に描いてもらった似顔絵は、その後大きな反響を呼び、私の裏が味噌の似顔絵名刺誕生のきっかけとなりました。宮島は広島県、錦帯橋は山口県ですが、錦川に架かった四重連の太鼓橋も天下の名勝です。

「宮島は 何度か訪ねた 場所なれど 弥山山頂 今度初めて」

 「ロープウェイ 乗って宮島 空の上 下界見降ろす これも趣」

 「妻は牡蠣 私アナゴを 注文し 二つの味を 楽しみました」

 「錦帯橋 宮島県は それぞれに 違うけれども 近くにありて」 

 

 

 

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〇わくわく生活体験夕焼け村が間もなく始まります

今年も夏休みが終わった9月2日から9月8日までの一週間、「わくわく生活体験夕焼け村」が始まります。一昨日の夜参加者・保護者に対する事前説明会が行われました。今年は36人の申し込みがありました。東雲大学の学生さん10人と、ジュニアリーダー10人、実行委員なども集まり賑やかでした。

参加者

大学生スタッフ

ジュニアリーダー

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