人間牧場

◯ビニールハウスへトマトの苗植え

 畑の隅に小さなビニールハウスを作って1年が過ぎました。これまで春先にトウモロコシの種を蒔いて苗を育てたり、トマトの苗を植えてそれなりの成果を収めてきましたが、まだその使い方が分からないというのが正直なところです。それでも秋に植えたケールは今日まで葉を茂らせて、毎朝妻が作るスムージーの原料となって、健康増進に大いに役に立ったのですから良しとしなければなりません。

名残のケール

植えたトマトの苗

 昨日は寸暇を利用して、ハウス内の小松菜の新芽を収穫し、残野菜を引き抜き抜いて苦土石灰を撒いて鍬で耕し、畝を立ててホームセンターで買ってきたトマトの苗を植えました。ハウス内は日中温度が高く汗ばみましたが、種を蒔いて育てているトウモロコシの芽も発芽し始め、差し当たりいいスタートが切れました。花芽の出始めたケールはもう少し収穫したいと思っています。

 野菜を作ってしみじみ思うのは、季節の移ろいを旧暦でしっかりと先取りして農作業しないと、いい成果は望めないということです。また作物にとって太陽・水・土・肥料に加え、愛情や手間暇、それに技も必要です。もう既に季節のサイコロは振られています。体と心の健康のため、今年も大いに頑張ろうと思っています。

 「ハウスにて 育てたケール 冬間 スムージーにて 健康増進」

 「昨年の 記録によると この頃に トマトの苗を 植えたと記載」

 「ハウス内 まるで真夏の ような気が 汗ばみながら農作業する」

 「もう既に 季節サイコロ 振られてる 心と体 もっと鍛える」

 

Posted in 人間牧場 | コメントはこちらから

人間牧場

〇アジサイの植栽

 人間牧場に13回目の春がやって来ました。桜の蕾も、スモモの蕾もようやく膨らみ、どうやら今日当たりが開花宣言のようです。これから10日ほどは人間牧場へ行くのが俄然楽しみなってきました。昨日はたまたま軽トラ市にやって来ていた年輪塾筆頭塾生浜田さんを誘い、人間牧場でジュニアリーダー研修会のプログラムをこなしながら、一昨年挿し木をして自宅で育てていたアジサイの苗を、浜田さんと2人で植えました。

植えたアジサイの苗

プランターで育てたアジサイの苗

 全部で20本の20cmほどの苗木を掘った穴に順次植えて行きました。人間牧場のウッドデッキ下の斜面に3年前に植えたアジサイは、草刈機の餌食に遭って2~3本は刈り飛ばしましたが、残りは順調に育ち昨年も立派な花を咲かせてくれました。花が終わると花柄を剪定ハサミで切り取ったりした肥培管理も順調で、冬の寒さに耐えた新芽も大きく膨らんでいるようです。

 冬の梅、春の桜・スモモ、初夏のアジサイと人間牧場の四季は花に彩られますが、春のヤブツバキや秋のツワブキといった野生の花も加わり、中々いい風情を醸しています。昨日植えたアジサイが花をつけるのは順調に行けば来年の初夏です。これで私が人間牧場を造る時夢見ていた花の植栽も終り、これからはそれらの花を大いに楽しみたいと思っています。昨日は幸いなことにアジサイの植栽が終ったころから小雨が降り出し、水をやることもなくいい塩梅でした。

  「挿し木して 育てたアジサイ 順調に 育って苗木 植え込みました」

  「研修会 合間を縫って アジサイの 苗を植栽 花時期楽しみ」

  「初夏の頃 アジサイの花 牧場を 彩る姿 想像しつつ」

  「植え終る 小雨パラツキ 水をやる 手間が省けて これも幸運」

Posted in 人間牧場 | コメントはこちらから

人間牧場

◯庭の花々

 冬から春へ、季節は動いています。植物たちはそれぞれの本能で、芽や根を伸ばし始めています。木々には名残の花が艶やかに咲いています。とりわけツバキ類は今が盛りで、自然の中で咲くヤブツバキは見る人もなく咲き、見る人ともなく散ってどこか哀れを誘いますが、これも自然の成り行きでしょう。せめて私だけでも愛でてやりたい心境です。

 ツバキの花は、花が首から落ちるので縁起が悪いという人もいますが、裏を返せば潔いとも取れます。このごろ山道を歩くと、ツバキの花が大量に道に落ちている姿に出会い、余りの美しさにハッととすることがあります。椿の花の散った姿もまた魅力的です。

 家の裏にアセビの花が咲き始めました。まるでスズランやドウダンツツジのように袋状の花をつけて咲く花も綺麗です。アセビは別名馬酔木と書く毒花ですが、花はとても上品です。梅や桜など一斉に咲く花の蔭に隠れて目立ちはしませんが、花に癒される今日この頃です。

  「庭の隅 人知れず咲く 花々に 心癒され 今日も生きてる」

  「いつの日か ヤブツバキの実 寄せ集め 椿油を 作ってみたい」

  「馬酔木 これでアセビと 言うそうな 毒花なれど 気品溢れて」

  「昔から 顔に似合わず 花が好き ゆえに今でも 花に心を」

綺麗に咲いた庭のツバキ

馬酔木の花

 

ヤブツバキの花

Posted in 人間牧場 | コメントはこちらから

人間牧場

◯今日は病院へ  今日は娘の手術のため松山の病院へ来ています。自分の病院なら慣れていますが、娘の付き添いとなると慣れていないため、ソワソワして小心者の心をさらけ出しています。娘婿と孫と3人で手術が終わるのを待っています。

孫尚樹と病室にて

病室の窓から見える愛媛大学の
正門、今日は卒業式です

Posted in 人間牧場 | コメントはこちらから

人間牧場

〇嬉しい春の便り

 「毎日3枚ハガキを書いたら幸せになれる」という言葉を信じて、毎日3枚のハガキを25年を越えて書いていますが、字の汚いことを自認している私ながら、ハガキを書くことによって25年前よりは文字も少しだけ上達し、書くスピードも早くなってきたようです。何といっても幸せはハガキを出すとお便りが届くという副産物で、幸せな気分で毎日を過しています。

 最近はデジタルなメールのやり取りが主流で、手間暇かかるアナログなハガキや手紙は敬遠されがちですが、一方で絵手紙・絵葉書をいただくことも多く、写真にはない温かさに思わずホッコリ・にっこり・ジーンとしたりします。昨日長浜町豊茂に住む菊地さと子さんから、菜の花を画いたハガキが一通届きました。先日お彼岸に、妻と2人で6年前に亡くなったご主人のお墓参りに出かけたことへのお礼状でした。

 私は日常自分の住所を「伊予市双海町上灘甲5391-2」と書きますが、菊地さんは合併前双海町時代の小字まで覚えていて、「伊予市双海町樋の本5391-2」まで書いてくれました。「沿線の菜の花を見ると、若松さんの若かりし頃を想い出します」という嬉しい添え書きに、亡くなったご主人とのあれやこれやの思い出を重ねながら、過去を振り返りました。菜の花に留まったてんとう虫が、なんともほのぼのとした温かさを感じさせてくれました。

  「花便り あちこち届く 春分に 友人奥さん 絵手紙画いて」

  「菜の花に てんとう虫が 画いてある ジーンときました 添え書きもまた」

  「こんな絵が 画けたらいいね 妻が言う 羨ましいが 無理無理無理と」

  「デジタルで 用事を済ます 人多し だけどアナログ ホッコリします」

 

Posted in 人間牧場 | コメントはこちらから

人間牧場

〇翠笑というお店

 双海町の少し奥まった所に、翠小学校という現役木造校舎では愛媛県内で最も古い、小さな小学校があります。県内には「みどり」と呼ぶ小学校が3つありますが、愛南町は「緑小学校」、松山市は「みどり小学校」、伊予市双海町は「翠小学校」と書きます。ノスタルジックな木造校舎に視線が集まり、また翠地区の人の熱心な地域づくりで何かと話題の多い所です。

 その翠小学校の直ぐ前に、田舎にしては飛び切り上品な翠笑という料理どころが何年か前オープンしました。傍で観光イチゴ園を開いている大畑さんの息子さんが、京都で板前修業をして帰り開いていますが、こんな田舎ながらこだわりの料理が人気を呼んで、かなり繁盛しているようです。私も一度は訪ねたいと思っていましたが、時機を逸して残念ながらまだ一度も訪ねたことはありませんでした。

 昨日の夕方仕事から帰った妻が、翠笑で知人と2人で食事会を予定していたのに、その知人が直前になって外せない仕事が入りキャンセルとなったため、私に行かないかと誘いがありました。一瞬考えましたが妻と2人で夕食をするのも悪くないなと思いついて出かけました。お店は大工さんの腕と木材料、それに大将のこだわりで、かなり手の混んだ造りになっていて、驚きを隠せませんでした。

 大将もご両親もよく知っている人なので、リラックスして3千円の懐石料理をいただきましたが、味も盛りつけもピカイチで、存分に春の食味を味わい満腹満足の手合いでした。お魚は勿論山菜も旬の物ばかりで、土鍋で炊いたご飯も最後の締めでいただいたデザートも、妻の心を揺さぶったようです。「また来るね」と玄関先まで見送ってくれた大将と大将のお母さんにお礼をいい、春の心地よい風を感じながら帰って来ました。

  「予定した 人が急用 来なくなり 妻に誘われ 懐石食べに」

  「翠小 前に小粋な お店でき 行ってみたいと 思っていたが」

  「海山の 旬の食材 ふんだんに 味や盛り付け 中々でした」

  「土鍋にて 炊いたご飯も 最高で ついつい食べ過ぎ 満腹手合い」

Posted in 人間牧場 | コメント数 1

人間牧場

◯ジャガイモの芽が出始めました。

 昨日は朝から春の雨が降っていました。東京では日本で一番先に桜が開花したそうです。いよいよ春本番で心がウキウキします。雨上がりの午後、しっとり濡れた畑を眺めると、黒いマルチが盛り上がっていました。土の中でジャガイモが芽を出し始めたようです。早速包丁でマルチを切るとジャガイモの新しい芽がお目見えしました。まだ全てではありませんが、嬉しい植物の目覚めです。

マルチから顔を覗かせたジャガイモの新しい芽

Posted in 人間牧場 | コメント数 1

人間牧場

〇妻は天国へ行けるかも~

 今日は3月21日です。毎月21日は自宅の敷地内にあるお地蔵様の縁日なので、妻はもう30年間1回も休むことなく、毎月21日の朝お赤飯を炊いて、お接待と称し近所や親類に配って喜ばれています。年に1~2度ならどおってことはありませんが、毎月30年は中々できることではないと、わが妻ながらその様子に感心したり感謝したりしています。

お接待用の赤飯パック詰め

 今朝も5時30分に起き、昨晩米を研ぎ、小豆を茹でて準備していた食材を、ガス釜に入れてスイッチを入れました。6時には炊き上がり、私が外の調理場からダイニングに運んだ赤飯を、まず妻は仏様・神様・お地蔵様用のお皿に盛り、私がそれぞれの場所へお祈りしながらお供えをします。その間妻は30個のパックに慣れた手つきでつぎ分け、湯気が消えて冷めると、輪ゴムバンドで止めて一丁上がりです。私はそれらを荷造りバンドで編んだ手提げバッグに入れて、まず近所へ配りました。

我が家の入り口にあるお地蔵様

 その後少し遠い所は下灘の親類まで車で配って回り、行った先々で、それぞれの人の近況を確かめながらお勉めを終えるのです。自宅へ帰ると妻は既に職場へ出勤して留守でしたが、昼食に帰った妻に食事をしながら近況を報告してやりました。妻は5期15年間地元の民生委員をしていた頃も、自分の受け持ち地区の独居老人にも配って喜ばれていました。退任後は後任の人の手前もあるので止めましたが、その人たちの殆どは既に他界してしまいました。

今日は3月21日です

 死後のことは行った事がないので分りませんが、前世での行いがえん魔大王様に評価されるのであれば、私は別として妻は確実に天国へ行けるだろうと、内心思っています。はてさて30年を越えて続いている妻のお接待は、いつまで続けれるのでしょうか?。「まあ元気な内は」と言っていますが、何はともあれ今月も元気で無事お接待を終えることができました。感謝感謝です。

  「毎月の 21日は 地蔵さん 縁日赤飯 お接待する」

  「30年 毎月欠かさず お接待 たいしたもんだ わが妻ながら」

  「もしあの世 行ったら妻は 天国へ 比較にならぬ 私は地獄?」

  「今月も 21日 健康で 無事お勉めの 接待終える」 

 

Posted in 人間牧場 | 人間牧場 はコメントを受け付けていません。

人間牧場

〇連休は家庭菜園で農作業

 退職して12年が終ろうとしています。私はサンデー毎日ゆえ、連休など関係ないのですが、同居している息子家族やパートで働く妻にとって、連休は楽しみの一つのようで、今度のような3連休前になると何となく浮き浮きしている姿が見て取れるようです。

中耕した菜園

 この連休中私は、家庭菜園の手入れに汗を流しました。菜園には食べ切れなかった冬野菜の名残の作物が沢山あって、大根や白菜、チンゲンサイ、小松菜などは春の訪れを告げるように、花が咲き始めています。昨日近くに住む姉が散歩の途中やって来て、チンゲンサイや小松菜の菜の花をちぎって持ち帰りました。

 そのついでにわが家へも、摘んだチンゲンサイの菜の花を置いて帰りました。お裾分けしたのにこちらがお裾分けしてもらったような雰囲気でしたが、茹でてゴマドレッシングをつけて食べると、これが軟らかく絶品で、春の味を存分に楽しみました。今日は白菜の菜の花を摘んだので、多分今夜の食卓に乗るものと思われます。

 残菜を引き抜いて雑草を取り、新地になった所へ苦土石灰と牛糞を振り撒き、耕運機で中耕して一丁上がりです。畝を立てて人参やゴボウ、ネギの種を播き、食べずに土の中で保管していた里芋の種を等間隔で植えました。間もなく1ヵ月後には夏野菜の苗物を植えたり、インゲン豆の種を播きます。あれはこれやと思いを巡らせる、今が一番楽しい時期かも知れません。

  「連休で 家族みんなが 楽しそう サンデー毎日 私蚊帳外」

  「冬野菜 食べ切れなくて 処分する 菜の花摘んで ゴマドレ食べる」

  「寒かった 冬も終わりて 春本番 忙しそうに あれやこれやと」

  「気がつけば 私一番 歳が上 思いのままに できるけれども」

 

Posted in 人間牧場 | コメントはこちらから

人間牧場

〇親友菊地邦求さんが亡くなって早6年が経ちました

 私は若い頃青年団活動をしていました。ゆえにその頃の知人友人も何人かいますが、半世紀50年も前のことなので、音信が途絶えたり既に亡くなっている人も多く、自分の加齢による記憶の曖昧さも手伝って、思い出は遠くなりにけりってところです。それでもあの頃、西宇和郡連合青年団長だった現伊方町三崎の塩崎満雄さんとは、その後共に地域づくり活動をしたお陰で、今も兄弟のような付き合いをしています。

 もう一人同じく兄弟のような付き合いをしていた菊地邦求さんがいましたが、6年前不慮の事故で亡くなりました。現大洲市長浜町豊茂出身の菊地邦求さんは、私が伊予郡連合青年団長になると、同じように喜多郡連合青年団長となり、私が転職して双海町役場に入ると菊地さんも長浜町役場に、私がNHK青年の主張の県代表になると菊地さんも県代表になるなど、まるで私と生き写しのような人生を経てきました。

 忘れもしませんが、菊地さんは今から6年前の2011年12月20日に裏の畑を耕していた時、耕運機の下敷きになって天国へ旅立ちました。私の元へ友人から彼の訃報が届いたのは、大分県大山町響の郷へ講演に出かけた帰り道のフェリーの中でした。12月24日の告別式には親友を代表して弔辞を手向けたりしましたが、早いものであれから6年があっという間に過ぎました。

別格霊場金山出石寺

 昨日奇しくも昨年末の同じ頃に葬儀をした八幡浜の義兄の新彼岸見舞いに、妻と2人で出かける途中、長浜豊茂の菊地さんの家を訪ねようと相談し、何の前触れもなく訪問しました。あいにく奥さんは留守でしたが、運よく顔見知りの93歳になるお母さんが在宅で、短い時間ではありましたが、思い出話に花を咲かせました。長浜町豊茂は、名刹金山出石寺の麓にあるので、出石寺にお参りをして日土を経由して八幡浜へ向いました。

  「親友が 6年前に 亡くなりて 時の流れの 早さ驚く」

  「今ごろは あの世のどこに いるのやら 何年か先 先輩面して」

  「何年か ぶり友人の 家訪ね 老いた母親 思い出話」

  「あれやこれ 思い出話 する度に 懐かしい日々 昨日のように」   

Posted in 人間牧場 | コメントはこちらから
« Older