人間牧場

〇人間牧場で年輪塾恒例の餅つき大会(その2)

 10年も前、建築設計の仕事をしている息子が、かまどを造れる左官さんを見つけ、無理を頼んで水平線の家の入り口付近に小屋を建て、かまどを造ってもらいました。聞くところによるとその左官さんも亡くなったそうですが、人間牧場には似つかわしくないほどグレードの高いかまどは、その後頻繁に使ってピザ釜とともに異彩を放っています。

 昨日は年輪塾恒例の餅つき大会があり、かまどは朝から大活躍をしてくれました。二段重ねの蒸し器は羽釜に熱湯を加えながら、休む間もなく7時半から12時まで私が火の番となり火を燃やし続けました。9時過ぎに腕力の強い仲間や、手臼のできる水本さんと兵頭さんも駆けつけ、餅つきは始まりました。ついた餅は亀本さんがインターネットで買ったという餠切り器のお陰で、今年はスムーズに丸めることができました。

 浜田さんは毎年餡子の担当をしてくれていて、その餡子を丸めるのは晴美さんでした。みんなそれぞれ得意の持ち場について、15臼もの餅をつき上げました。ミカン農家である清水さんの用意したみかんを使ったみかん餅、田処の亀本さんが用意したヨモギを使ったヨモギ餅も彩を添え、松本さんが中心になって冷めた餅を順次パックに詰めて行きました。

 途中息子一心の友だちである鬼北町に住む元地域おこし協力隊の久保さんも途中から加わり、大助かりでした。私も自分のノルマだと思って2臼つきましたが、意気が上がることもなく日ごろの鍛錬のお陰だと思いました。昨日は午後から年輪塾の学習会を予定していたので、合間を縫ってみそ汁とご飯を炊きました。前もって妻が用意してくれていた具材とギノー味噌さんから頂いた味噌を使った味噌汁も、1升5合のご飯も想定内で上手く炊き上がり、「美味しい、美味い」と言いながら食べてもらいました。

「グレードの 高いかまどを 酷使して 約4時間も 火を焚き続け」

「ネットにて 買った餅切り 抜群の 力を発揮 大いに助かる」

「誰一人 暇なく忙し 餅つきを 今年も難なく 成し遂げました」

「みそ汁も かまどご飯も 想定内 美味い美味いと 言いつつ食べる」

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人間牧場

〇クリスマスツリー

 昨日、明くる日の餅つきの準備に思わぬ時間がかかり、夕やみ迫る中の帰り道、シーサイド公園付近を通ると、クリスマスツリーが見えました。遅くなったついでに東側の駐車場に車を止め、一人ながら見ることにしました。西の空にはまだほんのり夕焼けが残っていて、恋人岬のモニュメントはカクテル光線に照らされて、何とも言えない雰囲気でした。

夕焼けの残るシーサイド公園恋人岬モニュメント

特産品センターも店じまいする所でしたが、店員さんにお願いしてイベントホールに飾ったクリスマスツリーやイルミネーションを見せてもらい、写真に撮りました。予算規模の縮小で派手さはありませんでしたが、それでも肌寒いこの時期に何となく暖かい心になり、ホッコラ癒された気分でした。

12月23日はふたみの日なので、シーサイド公園では、パラグライダーに乗ったサンタクロースが空から降りて来て、子どもたちにプレゼントを渡すなど様々なイベントが予定されているようで、私も昼間ダイガラ餅つきの手臼ボランティアを頼まれています。これから年末まであれやこれやの行事があって、私も忙しい日々が待っています。

「シーサイド 恋人岬の モニュメント カクテル光線 七色変化」

「何気なく 夕暮れ時に 立ち寄った シーサイド公園 素敵な姿」

「派手さこそ ないがほのぼの 綺麗です 近々妻と デイトしようか」

 

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人間牧場

〇文字が小さ過ぎて読めない!!

 俳優渡辺謙さんが出演している、今話題のハズキルーペのコマーシャルではありませんが、多分受け取った人からは「文字が小さ過ぎて読めない!!」と、お叱りを受けるほど小さな文字を書き込んで作る私の年賀状を、今年も作り始めました。

年賀状印刷の原稿

 私の年賀状のスタイルは、今年一年に起こった私の身の回りの話題出来事を、10大ニュースとして列記するのです。74歳になった私の身の回りに起こったことなど、人様には何の関係もないことなのですが、私は青春とは程遠いこの歳になっても「今やれる青春」を追い求め、「青春の履歴書」として記録し続けているのですから、馬鹿げているとしか言いようがありません。

 74歳になったゆえ、若い頃のようなハラハラ・ドキドキ・ジーンとするような出来事はさすがになくなりましたが、それでも自分の過ぎし一年間の日々に書き込んだ予定表をめくると、それなりの出来事が書かれていて、思いつくまま10項目をより出して説明を書きました。

 メールで毎年お願いしている岡田印刷の大見さんに送り、昨日校正用のゲラ原稿が送られてきました。私はまだ裸眼で新聞が読めるほど目がいいので読めますが、多分差し上げた人の殆どは老眼に虫眼鏡が必要なほど小さいコメ粒ほどの文字なので、「文字が小さ過ぎて読めない!!」と言われそうです。

「今年も 私の青春 履歴書に 10大ニュース 書き込みました」

「米粒の ような小さい文字並ぶ 多分日本で 一番かもね」

「謙さんの CMのよう 思いつつ ほくそえみつつ 校正終わる」

「年賀状 年末までに プリントし 投函するは 至難の業か」

 

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人間牧場

〇「進ちゃん」あんた誰?

 昨日の夕方ウォーキングに出かけました。エンゼル薬局の前を通りかかると、一人の女性が薬局前のベンチに座っていました。私と目が合ったその女性は「進ちゃんお元気。あなたは誰?」と、私に質問され一瞬ドキッとしました。確かに私の愛称である「進ちゃん元気!!」と言った口の下なのに、「あんたは誰?」と聞き返すのです。「私は役場に勤めていた進ちゃんよ」と話すと、「ああ若松の進ちゃんかい。歳を取ったら顔は覚えているのに名前が思い出せんのよ、つまらんかい」と嘆き節を聞きました。

 その人の心に傷つけないように、「私も同じでこの頃は物忘れしていけません」と返せば、「まだあんたは役場へ行きよるの?」、私「もう役場を辞めて14年になります」、「あんたが若い頃は地域の公民館によく足を運んでくれて楽しかったわい。夕日やシーサイド公園もあんたのお陰ですっかり有名になりました」と述懐してくれました。私の顔と名前が一致して、もつれていた記憶の糸がほぐれたのか、昔のことを懐かしく思い出しながら話されました。

私はかつて35年も役場に勤め、公民館活動やまちづくり活動に深く長く関わり、今もボランティアとして活動をしています。私の名前は若松進一ですが、愛称は「進ちゃん」で通っています。このおばあちゃんや大人ならまだしも、地元の小・中学校の児童生徒までもが私のことを、「進ちゃん」と愛情を込めて呼んでくれています。町中を歩いて出会う人の殆どは、かつて活動を共にした人たちですが、私と同じようにみんな歳を取り、体の不調を訴えながら昔の思い出を懐かしんでいます。過疎や高齢化の波が、まるで津波のように押し寄せています。

「進ちゃんと 枕詞を 言ったのに あんたは誰?と 認知のマダム」

「認知症 発症してるが 昔日の ことは鮮明 覚えて話す」

「町歩く 会う人毎に 立ち話 みんな年寄り 足腰弱る」

「年寄りと イノシシの数 都会並み お悔やみ欄は 連日盛況」

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人間牧場

〇太陽と月と一緒に暮らす喜び

 私たち人間は、1年365日太陽や月の恩恵を受けながら、その存在に殆ど気づくこともなく、当たり前の日々として暮らしています。時折夕日を見たり夜空に浮かぶ月を見て、「綺麗だなあ!!」と思うことはあっても、引力や恵みまで考える人は私を含めて殆どないようです。

昨日は朝から一日中雨でした。暗いどんよりした初冬の寒い一日は、歳を重ねた私たちの体には堪え、寒さのピークもこれからが本番だというのに、早くも春の来るのを待ち遠しく思いながら、ストーブの前やや炬燵の中で暖をとりました。

私と一緒に歩いたお月様

 今朝は天気も回復し、昨日の朝のように長靴を履いて傘を差すこともなく、運動靴でウォーキングに出かけましたが、夜明け前の朝星とともに綺麗なお月様が見え、お月様とランデブーしながら、ほぼ1時間歩きました。この月の引力で潮の満ち引きができる不思議も、磯に出てヒジキやワカメを採る春先にならなければ実感しないのも、凡人の悲しさです。

一昨日の美しい双海町の夕日

一昨日夕やみ迫る借景の本尊山が夕日で赤く色づきました。「夕日が見たい」という衝動に駆られて車を走らせ、シーサイド公園に出かけました。夕日が一番西寄りのコースである九州大分辺りに沈む冬至の頃が近づいているため、夕日は西の端に沈んでいましたが、とても美しい夕日夕焼けを見ることができ、幸せ感に浸りました。

「月・太陽 存在さえも 忘れてる 自分本位で 一年が過ぎ」

「月・太陽 恩恵貰い 人生を 74年も ただただ生きる」

「月・太陽 比べりゃ俺の パワーなど 目くそ鼻くそ 何の役にも」

「月・太陽 海の水まで ごっそりと 動かす力 凡人俺には?」 

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人間牧場

〇紅マドンナをいただきました

 このところの冷え込みで、鍋物の恋しい季節となりました。妻もそんなことを意識してか、わが家ではおでんや鍋物が2日に一回食卓に出るようになりました。おでんの具材には勿論わが家の菜園で採れた、大根や自家製シイタケ、メークインなどが入りますが、鍋物にも白菜や春菊などが沢山入って、野菜三昧です。

小西さんから頂いた紅マドンナ

 昨日も夕方妻が、「今日は味噌仕立ての鍋物にするので、白菜と春菊、ネギを畑から採って来て」と頼まれました。白菜は植えて間もない頃害虫に食べられて、外葉は網目のようになっていますが、中は十分食べられるので、外葉を剥がして収穫しました。春菊は豊作で包丁で新芽を摘み取りました。

そこへ親友の小西さんが、自分で栽培している紅マドンナを、段ボール箱に入れて持って来てくれました。紅マドンナといえば高級品種なので、産地といっても私たち庶民の口には中々入らない代物です。先日も贈答用として贈った人から、「まるでゼリーのような食感だった」とお礼のお便りが届きましたが、私たちの口には中々入らず、農家から頂いた訳ありハネものを味見する程度です。

私も何も差し上げるものもないので、先日息子が精製し瓶詰めし終えたばかりの蜂蜜を一瓶差し上げましたが、今日にでも同居の息子たちの食卓にも、紅マドンナをお裾分けしてやりたいと思っています。田舎に住む喜びは人と人との暖かい気遣いの会話や、お裾分けの気配りです。昨日も幸せ感に浸りました。そうそう昨日はじゃこ天のおばちゃんからもつみれをいただきました。

「鍋物の 具材菜園 調達し 連日妻は 腕を振るって」

「住む人の 少ない過疎の 町だけど 気遣い気配り てんこ盛りです」

「食感が ゼリーに似ている 柑橘を いただき賞味 田舎ならでは」

「じゃこ天の おばちゃんつみれ パック入れ いただきました 早速鍋物」

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人間牧場

〇ストーブの恋しい季節です

 いよいよ冬将軍の到来です。1週間前までは「暖冬?」なんて感じるほどの20度越えの温かさでしたが、昨日からは一転し日中でも気温が10度を下回る寒さでした。暖かかったり寒かったりの気温の変化は、寄る年波を感じるような私には体に堪えるようで、少し前風邪を引いたこともあって気をつけなければなりません。

書斎の時代遅れな反射型ストーブ

私の書斎にはエアコンがありますが、エアコン風の嫌いな私は、もっぱら暖を取る手段として、少し時代遅れな反射型ストーブを使っています。このストーブだと上に置いたやかんでお湯が沸き、適当な湿気が喉にもいいようだし、北海道の友人市川恵子さんが送ってくれたハーブ茶や、私手造りの紅茶を楽しむこともできるのです。

 わが家では、台所はプロパンガス、風呂とストーブは灯油です。10年前息子と同居する時、電気代は息子、ガスと灯油は私たちという取り決めを親子で行いました。水ぬるむ夏は良いのですが、冬は上灘地区内に石油店がなくなったため、いわゆるガソリン難民ゆえ、ポリタンクを軽四トラックに積んで足繁く、伊予市街まで買い出しに出かけなければならないのです。

 最近はガソリンも灯油もかなり高値で推移していて、年金暮らしの妻の財布が気になるところです。勿論電気代も敷地内には本宅、隠居、海の資料館海舟館、私設公民館煙会所と4棟も建物があって、かなりの金額となります。エネルギー費もデジタル使用料も家計を直撃しています。10年ほど前までわが家はお風呂や給湯は薪のボイラーでした。煙突から煙が立ち登っていたあの頃が懐かしいこの頃です。

「昼と夜 週間毎の 気温差が 激しく体 堪えて大風邪」

「風呂灯油 ガソリン難民 ゆえポリタン トラック積んで 中々大変」

「電気代 むすこの家計 灯油ガス 私が負担 どっちが得か」

「10年前 薪でお風呂を 沸かしてた 懐かしきかな のんびり過ぎし日」

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人間牧場

〇ブロッコリーの収穫

 普通の年であれば、晩秋に植えたブロッコリーの苗は、正月ごろに食べごろとなるのですが、今年は4~5日前の時ならぬ陽気で一気に成長して、早く食べないと花芽が開きそうになりました。早速包丁で切り取って、息子や娘にお裾分けしてやりました。わが家がこの手合いですから、市場の野菜もダブついて大根や白菜などは安値になっているようで、庶民にとっては有難いことですが、生産者にとっては思わぬ天候不順に翻弄され、豊作貧乏のようです。

立派にできたブロッコリー

ブロッコリーもカリフラワーも一本の苗から1個しか収穫できないため、何故か収穫は心が痛みますが、脇芽を伸ばして小さいながら春まで楽しみたいと思っています。今年は植えて直ぐに防虫ネットを被せて育てたため、青虫に葉っぱを食べられることもなく、順調に育って大豊作なので、当分の間ブロッコリーを使った料理が食卓に上ります。昨晩はさっと茹でてゴマダレで食べましたが、緑濃いブロッコリーを美味しくいただきました。

 虫に食われ育ちが遅れていた大根や白菜も、その後回復してそれなりに育ったので、このところは食卓に野菜料理が沢山出て、私の風邪はすっかり治りました。妻はまだ咳が少し残っているものの快方に向かっています。先日知人から貰ったユズと私が作った赤トウガラシを使い、大根を短冊に切った浅漬けを作りました。少しピリリと辛い歯ごたえの良い大根の浅漬けは、白い熱々のご飯やお茶漬け、それにお茶請けにも最適で、夫婦でポリポリ音を立てながら楽しんでいます。

「このところ 陽気誘われ ブロッコリー 成長促進 今が食べごろ」

「食卓に 手作り野菜 毎日の ように並んで すこぶる満悦」

「無農薬 安心安全 第一と 多少虫食い 納得食べる」

「ユズ大根 浅漬け作り 朝昼晩 三度の食事 夫婦ポリポリ」

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人間牧場

〇この人誰~れ!!

 昨日私の元へ一枚の写真が送られてきました。11月24日に開催された市町村職員年金者連盟伊予支部双海分会総会の時、撮影した記念写真でした。私は同席していたし長年一緒に仕事をしていたので、20人ほどの写真に写った人の顔と名前は一致していましたが、一緒に見た妻は小さい写真なので、天眼鏡を取り出して「この人は誰?」と盛んに質問し、私が「○○さん」という度に、「へえ~」と少し驚いた様子で見入っていました。

妻は写真い写っている人たちの名前は知っていても、私が役場を退職してからは殆ど出会いも交遊もなく、既に14年間も過ぎているのですから、名前と顔が一致しないのは当然と言えば当然です。自分がこの14年間、写真に写っている人たちと同じように歳を取っていることもすっかり忘れて、私の話すそれぞれの人の近況を興味深く聞いていましたが、歳相応な人、歳より若く見える人、年より老けて見える人などなど、14年の歳月は人の姿にも大きな変化をもたらしているようです。

 人は必ず歳を取り必ず老いて、やがては嫌でも死にます。また人は誰しも年齢より若く見て欲しいという願望もあります。自分では若いつもりでも、傍目から見ればそれなりに歳に見えるのですが、せめて身だしなみをきちんと整えていれば、だらしない格好をしているよりは2つか3つは若く見えるものです。毎日のように妻から「歳を通ったら身だしなみくらいはきちんとしてね」と言われていますが、私の同級生でも既に杖がなければ歩けない人もいるのですから、これからも健康寿命を既に過ぎている自分の年齢を意識して、せめて身だしなみを整えてしっかりと生きて行きたいと思っています。

「1枚の 写真見ながら この人は 誰と訪ねて 聞く度へえ~と」

「人は皆 白髪か禿に なるものだ 私はどっち? 何とも言えず」

「はい私 健康寿命を 過ぎました 伸ばすつもりで 毎日運動」

「さあ今日も それなりしゃんと やりましょう 自分にできる 最大限を」

送られてきた写真
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人間牧場

〇漁師を辞めることを決意した叔父

 数日前、下灘で漁師をしている叔父からわが家へ電話がかかってきました。91歳ゆえ電話をしてきた叔父は耳が遠く、電話に出た妻も一方的に話すだけの叔父と、会話を交わすこともなく一夫的に電話を切ったようでした。断片的でしたが、「91歳になってわしももう歳なので、医者の勧めもあって、ここが潮時と思い漁師を辞める」「網やロープが沢山あるので、畑に使うようだったら取りに来い」とのことでした。

叔父から貰った網やロープ

このところ私のスケジュールが立て込んでいて、その暇もなかったのですが、幸い2~3時間取れたので、叔父の家に行きました。叔父は耳が遠いためかなり大きな音量で、居間に座ってテレビを見ていましたが、私の来訪を心待ちにしていたようで、色々な話をしてくれました。3年前わが親父の妹である連れ添い叔母に先立たれ、同居の息子(60歳)も独身ながら病気がちで入退院を繰り返していて、底引き網漁を続けることができなくなったようでした。

 医者の勧めもあって91歳まで頑張ってきたけど、ついに漁師を廃業する決意をしたようでした。聞けば16歳から漁師をしていたのですから75年間もの長い間、この道一筋の漁師人生でした。これから乗っていた漁船のや大量の漁具類の始末など、沢山の残務処理をしなければならないようですが、海に生きた日々日に悔いはないけれど、船に乗れなくなることの寂しさはつのるばかりだと、涙ながらに話してくれました。

 帰り際、家庭菜園の野菜作りに使うようにと、沢山の網やロープをいただきました。早速今年の冬はいただいた網類をほどいて、菜園に使う算段をしなければなりません。叔父が漁師を辞めると私の親類ではもう漁協組合長をしている従兄弟一人しかいないため、私事ですがいつも沢山の魚を貰っていた補給源を断たれてしまい、わが家にとっても大打撃ですが、これも時代の流れと諦めます。帰り際「お前には世話になった。とくに母ちゃんが生きていた頃『ナミ子姉さんの詩(うた)』を編集してくれたことは感謝しても感謝しきれない」と喜んでくれました。人間はみんな歳をとります。やがて私も悲しいかなそのような日が来ることでしょう。

「電話にて 漁師廃業 すると聞く 早速出かけ 色々話す」

「凄いなあ 正業一筋 70年余 俺の年程 船乗り漁師」

「もう魚 くれる人なく 寂しいな 私の健康 どうすりゃいいの?」

「沢山の 網やロープを 持ち帰る 今度は俺が 野菜恩返し」

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