人間牧場

〇カヌーの季節がやって来ました(その2)

 一昨日、倉庫からカヌーを出したのを機に何を思ったのか息子から、「天気も良いのでカヌーツーリングをしよう」と誘われました。私は間もなく始まる夏野菜の作付け準備のため、畑の草取りをしている最中だったので断りましたが、息子の強引さに押されて参加することにしました。カヌーを逆さまにして軽四トラックに積み込み、目的地の高野川海岸まで運びました。

トラックに積んで高野川海岸まで運んだカヌー
高野川海岸から出港
高野川海岸を望む
黒磯
黒磯探索
森の海岸を望む
地滑り海岸は地層が露出して中々面白い

国道取り付けの急な車道を海岸まで計四トラックで降り、荷をほどいて二人で海岸まで運び、いざ出港です。前日の風波で海の水は濁っていました。風波はそれほどなく穏やかそうに見えましたが、海に出ると多少うねりもありましたが、ツーリングには申し分のない天気でした。目的地は黒磯海岸を経て伊予市森の海岸ですが、夏の準備のため目的地までの時間を測りながら進みました。

この時期は浅瀬にホンダワラの藻が伸びて、その中を息子が前でグラスファイバーオール、私が後ろで木製オールを持って座り、海面をすべるように漕ぎ進みました。別に急ぐこともないので、親子二人で色々な世間話に花を咲かせながら、時には地滑りで崩れ、地層の見える山肌を見て、黒磯岩などで写真を撮り、40分ほどで森海岸に到着しました。

 引き返した帰りは風も波も真逆なため、往路よりは復路の方が時間がかかり、多少疲れていることもあって1時間ほどかかりましたが、無事高野川海岸に帰着しました。水ぬるむ頃とは言いながらまだ海の水は冷たく、幸い雨合羽を着ていたので濡れることもなく、ツーリングを楽しみました。親子でこんな遊びができるのも幸せなのかも知れません。

「お父さん カヌーで遊ぼう ツーリング 誘いに乗って 海に漕ぎだす」

「高野川 出発黒磯 海岸を のんびりゆっくり カヌーツーリング」

「ゆとりない 日々をあくせく 暮らしてる 疲れたけれど 心地よい汗」

「黒磯や 森の海岸 見どころが その気になれば 沢山ありて」

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人間牧場

〇人間牧場に春が来ました

 暖冬と言いながら、北西の季節風の強く吹き付ける海沿いの町双海町に住んでいると、やはり春は待ち遠しいものですが、このところの気温上昇で人間牧場のスモモの花が、見事に咲き揃いました。他の花と違ってスモモの花の寿命は短いので、早く愛でないとあっという間に散ってしまいます。

 今年の冬に息子に手伝ってもらって、剪定をしたロケーション風呂横のスモモの木は、幾分花が薄くなりましたが、ジャガイモ畑の下のスモモは相変わらず沢山の花をつけ、下の下灘運動公園辺りからもその存在が見えるほどです。やがてこの木々に実がなり、6月末から7月初めにかけて収穫できるのですから、スモモは有難い早熟な果物です。

 吹く風も朝晩はまだ寒く、昨日はヒョウが降るなどとても花見をするような雰囲気にはなりませんが、もう4~5日すると近くに植えている枝垂桜も満開を迎えるので、今年はリクエストに応えて妻や妻の仲間を誘って、お花見会をしようと思っています。それまでに下刈りした防風垣などの処分をしなければならず、忙しい日々が続きます。

「牧場に 春が来たよと ウグイスが 鳴いてスモモの 花に集まる」

「真っ白い スモモの花が 咲き揃い 一人愛でつつ 黙々作業」

「今年も 豊作予感 しています 2か月後には スモモ鈴なり」

「桃源郷 そんな言葉を 思い出す 田舎の春は ワクワク・ジーン」

 

 

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人間牧場

〇由並小学校卒業式

 3月13日の聖カタリナ大学卒業式は案内を受けながら、国立大洲青少年交流の家の運営委員会とダブったためやむなく欠席しましたが、3月1日の松山工業高校卒業式、3月15日の双海中学校卒業式に次いで、昨日は由並小学校の卒業式に招かれ参列しました。朝方は少し肌寒かったため、妻が腰の辺りにホッカイロを張ってくれたお陰で、体育館の中ながら寒くもなく、指定された学校評議員の席に座って卒業式の一部始終を見守りました。

卒業式を祝福するように玄関先に咲いる花
今年はステージを使った式典でした
今年も11人が巣立ちました

由並小学校の今年の卒業生は11人で、殆どの子どもが子ども教室のメンバーなので、一人一人の成長の後を思い出しましたが、もう2週間もするとみんな中学校へ進学するのです。在校生の中には5年生と3年生の内孫もいて、それぞれが元気に役目をこなしていました。

 聞くところによると由並小学校の来年度の新入学児童は1人だそうで、容赦なく押し寄せて来る少子化の波は、学校の存続すら危ぶむほど危機的な状況に置かれています。さてこれからどうするか、思い悩む日々は続きますが、統合し廃校にすればいいというような愚策だけはとって欲しくありません。

「高・中・小 卒業式に 招かれて 末席汚し 思い巡らす」

「少子化の 波はここにも 押し寄せて 来年入学 1人と聞いて!!」

「11人 二週間後には 中学生 みんな頑張れ ささやか応援」

「来年は 入学一人 うそ?・本当? この国どこへ 行くのだろうか」

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人間牧場

〇美しく老いる10訓(その7)

 ⑦老いていちばん嬉しいことは、話し合える友だちがたくさんいることである

 私は18歳で地元の青年団に入団してから、様々な人に出会って来ました。水産高校ゆえ高校時代の友人との交遊こそありませんが、青年団もその後務めた役場も、まちづくりで知り合った仲間も、近所も親類も、まあ仲間の多いことこの上なく、青年団で駆け出しの頃「話し合える仲間は一生の宝」と習った教えそのままに生きています。

いつの間にか生き方のためにならない、悪友と呼ぶ人たちとは離れてしまいましたが、心底話し合える友だちは町内、県内、日本国中にちらばっています。自分の年齢が間もなく後期高齢者となるため、残念ながら黄泉の国へ旅立つ人も出始めているし、若い頃のように遠心的な移動もしなくなると、話し合える場所と機会も次第に減ってきつつあるようです。

 しかし文明の進歩著しい世の中ゆえに、ネットで結ばれた話し合うにふさわしい友だちが沢山出来て、facebookなどで小まめに情報発信さえすれば、メールで毎日のように音信と意見を戦わせることができるのですから、こんな有難いことはありません。私のネットお友だちも千人を越えていますが、やはり心から話し合える友だちは100人を切っているようです。

 私は21世紀えひめニューフロンティアグループ代表、年輪塾塾長、双海史談会会長、地域教育実践交流ネットワークえひめ代表、双海子ども教室実行委員長、公友会会長、県公連専門委員長などなど、ささやかながら大小団体・グループのお世話をさせてもらっていますが、そこここに心を許し合って話せる仲間が沢山います。これは長年かかって培ってきた、私の大きな大きな宝物です。

「指折って 数えてみても 足りぬほど いるいるいます 話し合える友」

「古き友 新しい友 入り交じり 日々の暮らしに 彩り添えて」

「高齢に なった自分の 歳ゆえに 頻繁とまで 行かない交遊」

「文明の 進歩ネットで 大話し 友だち沢山 老いも若きも」 

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◯人事異動の季節です

3月末のこの頃は人事異動の季節です。既に現職を退職して、異動に無縁なサンデー毎日の私には、人事異動など何の関係もありませんが、知人友人のことや、ボランティア活動、社会活動のことを思うと、少し気になる今日この頃で、既に何人かの知人友人から、異動、栄転、退職などの情報が入っています。多分明日には大半の移動内示が出揃うため新聞にその情報が載るものと思われますが、異動する人も残った人も頑張って仕事をして欲しいと願っています。

私は現職の頃、教育委員会から産業課へ、産業課から企画調整室へ、企画調整室から地域振興課へ、地域振興課から特別職の教育長へ、35年間の地方公務員生活で、僅か4回しか異動をしていません。しかもその職場は同一敷地内にあったため、そんなに違う世界ではありませんでした。それでも年度末が来ると期待と不安が交錯して、自分の心の弱さを感じたものでした。

今になって思えば、どこかで人事権を持った誰かが、様々な想いや経歴を勘案して異動人事案を作成していたのでしょうが、教育委員会から産業替え異動を命じられた一枚の辞令に涙したり、課長以外部下のいない地域振興課の課長に抜擢され、大きな夢を膨らませた一枚の異動辞令は思い出に残るものでした。

異動は自分の人生に大きな影響を与えます。それまでの仕事を後任に引き継ぎ、新しい職場で前任者から新しい仕事を引き継がなければなりません。不安と期待の交錯する中で、自分らしさを発揮するのは容易ではありませんが、想いを持てば新しい境地が開けてくるものです。

「この時期は 人事異動の 季節です 栄転・左遷 退職などなど」

「異動案 どこかで誰かが 策を練る 一枚辞令 変る人生」

「この時期が 来る度思う 過去のこと 懐かしきかな あの日あの頃」

 

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人間牧場

〇第19回夕焼け村実施報告書

 昨日双海地区公民館から一冊の報告書が届きました。封を切ると中から綺麗なカラー刷りの夕焼け村実施報告書が出てきました。早いもので19回を重ねていて、私もその殆どに深く関わっているだけに思い入れも一入で、ページをめくりながらつい昨日のことのように振り返りながら読みました。

届いた有掛村の報告書表紙

(報告書の裏表紙)

 担当した隅田公民館主事さんが報告書の中で、「今年も非常に濃い一週間でした。朝の日差しを受けて子どもたちが登校していき姿や、夕方長い坂道を登ってやっとの思いでふれあいの館に帰って来たときの表情、そして慣れない調理に頑張って取り組む様子など、色々な場面を昨日のことのように思い出します。子どもたちは夕焼け村の期間中どれほど成長できたでしょうか。できることが増えた子や、自分が色々できることに気づいた子どもなど様々だと思います。夕焼け村は、うまくできないことに何度も挑戦し、安心して失敗ができる場所でありたちと思います。子どもたちの「できた!」の声と表情はとても嬉しいものでした。~後略」と述懐していました。

一週間、心血を注いで共同生活を共にし担当者の喜びの声が文章からリアルに伝わって嬉しい限りです。子どもを送り出した家族、一週間食事の世話をしてもらったボランティアの皆さん、陰陽にサポートしてくれた各学校、そして指導してくれた大学生やジュニアリーダーの皆さんの支えが大きな力となりました。

 来年度もみんなの知恵を出し合って、合併前の双海町時代から受け継いでいる伝統の夕焼け村で、この町に住む子どもたちをしっかり育てたいと思っています。来年度はいよいよ20周年の節目です。ワクワク・ドキドキ・ジ~ンとするような、どんなドラマが生まれることでしょう。

「一冊の 夕焼け村の 報告書 子ども活き活き ワクワク・ジ~ン」

「夕日見る 子どもの写真 シルエット 双海いい町 みんなで実感」

「恒例の 通学合宿 20年 続けることの 大事さ思う」

「子どもらに ふるさと教育 誰がする 小さな力 私にだって」

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人間牧場

〇今年もツバメがやって来た

 昨日の昼頃、外出先から自宅に帰ると、車庫の中へ勢いよく鳥が一羽飛び込んで来ました。よーく見るとツバメでした。昨日は彼岸の入りなので、もうそんな時期かと春の来たことを実感して嬉しくなりましたが、どうやらこのツバメは斥候のようで、古いツバメの巣の辺りを見届けた後、足早に何処かへ飛び去りました。

 聞くところによるとツバメは冬越しのため昨年の秋彼岸の頃、南の方へ旅立ちますが、どこら辺りまで飛んで、どの辺りで過ごしたのかは知る由もありませんが、毎年こうして古巣に帰って来る動物の本能的行動は、凄いものだと感心するばかりですが、これからまた半年わが家の車庫は、わがままなツバメに占領されるようです。

ツバメの欠点は糞をどここことなく落とすことです。車庫には私の愛車を置いていますが、屋外に置いている軽四トラックを日常的に使うため、ツバメが落とした糞に1週間も気づかずにいると、糞は固まり中々落ちず、糞害に憤慨とダジャレにもならない被害に遭うのです。

妻は「ツバメが戻ると縁起がいい」と信じ込んでいて、何度か車庫のシャッターを閉めて追い出そうとしたものの、「ツバメの糞は洗えば落ちるのだから」と妻の猛反対にあって、あえなく頓挫してしまいました。「洗えば落ちる」と言う妻は車を洗うこともなく、結局は私の骨折り損になるのです。まあそんなに目くじらを立てて妻と反目することもないので、今年も諦めの心境で、ツバメに「お帰りなさい」と言葉をかけてやりました。

「彼岸入り 車庫にツバメが 飛び込んで 春が来たよと 言ってるようだ」

「このツバメ どこでどうして 冬越した? 今年もわが家 選んで帰る」

「車庫愛車 これから半年 糞害に 会わねばならぬ 憤慨しつつも」

「ツバメの巣 中古住宅 土運び 修理おさおさ 子育てまでに」

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人間牧場

〇GNPとGNH

 最近は横文字が日常的に使われるため、聞いても分からないまま分かったようなふりをしてやり過ごしていることが多いようです。GNP(国民総生産)とGDP(国内総生産)と聞いても、どう違うのかさえ説明できぬ愚かさです。辞書で調べれば分かるのでしょうが、今は優れもののネットで調べれば、GDPが国民総生産から一年間の中間生産物の額を引いたものだと分かりますが、「じゃあ~」と更に深い意味を追及されると「●✖÷?・・・・」で諦めてしまうのです。

 最近GNHなる横文字が何かと話題になっています。人口僅か64万人のブータン国首相が国際会議で演説してから、GNHという言葉はすっかり有名になりました。「国民総幸福量」と訳しますが、GNPやGDPがその国の経済的豊かさを表す経済的指標であるのに対し、GNHは心の豊かさを表すのに使う指標なのです。日本はGNP世界第二位の経済大国にまでなりましたが、経済的に豊かになってもなお物質的欲が強く、児童虐待や事件事故など様々な問題が表面化しています。

平成になって早くも30年が経ちました。昭和天皇の大位を皇太子が継承することから、平成もあと僅かで終わりですが、多発する自然災害などを自助・共助で乗り越えながら、GNHの豊かな国になって欲しいと願っています。GNHには①精神的な幸せ、②健康、③時間の使い方、④教育、⑤文化の多様性、⑥ガバナンスの質、⑦地域コミュニティーの活力、⑧環境の多様性、⑨生活水準という9つの指標があるようです。

①精神的な幸せ(生活満足度・ポジティブな感情・ネガティブな感情・精神性)
②健康(自己健康認識・健康な生活・身体・精神の不自由)
③時間の使い方(仕事・睡眠)
④教育(識字・学校教育・一般教養・価値観)
⑤文化の多様性(手仕事の技術・文化的行事への参加・母国語の使用・伝統的な作法)
⑥ガバナンスの質(政治参加・行政サービス・政府の遂行能力・基本的権利)
⑦地域コミュニティの活力(寄付=時間とお金・安全・コミュニティのつながり・家族)
⑧環境の多様性(野生動物被害・都市問題・環境に対する責任・環境に関する問題)
⑨生活水準(所得・資産・住まい)

「GNP 追い求めたが 豊かさの 裏に隠れた GNH疎か」

「これからは GNHが大事だと ブータン首相 日本に向けて」

「平成が 間もなく終わる この時期に 深く反省 よい国目指そう」

「まず自分 そこから始める 第一歩 9つ指標 納得しつつ」

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〇土砂災害警戒区域の説明会

 一昨日の午後7時から市役所地域事務所の3階で、県と市による土砂災害防止法に基づく土砂災害警戒区域の指定についての説明会があり出かけました。土砂災害については度重なる自然災害発生に心を痛めているため関心も高く、予想以上の人が集まっていました。

説明会
配布された資料

愛媛県や伊予市の担当者から土砂災害防止法に基づく土砂災害警戒区域等の指定について、スライドを見せながら説明がありましたが、関心は同時に配られた自分の家の周辺の区域指定のことのようで、少し分厚い防災マップから始まる地図をめくりながら、土石流や急傾斜地の崩壊の順に地図と航空写真で示された、イエローゾーン、レッドゾーンを目で追いました。

わが家も裏山が急傾斜地で、イエローゾーンに敷地の殆どが入っていて、レッドゾーンもすぐ近くまで迫っています。これまで水害に遭って2度も土砂崩れを起こし、砂防擁壁工事もしているので、それ相応の覚悟はしているつもりですが、改めて自分の家の危険度を感じました。

 区域に指定されると、様々な制限が付きまとうため、不動産としての価値は下がりますが、参加者の何人から懸念の意見や資産税への優遇を求める声は当然のことでしょうが、これも仕方がないことなので、 価値の最大は人命であることを思えば、指定を受けてしっかりと備えをしなければなりません。

 帰宅して妻や息子に資料を見せながら、わが家の置かれている危険度を話し、これから雨が降る度、台風が来る度しっかりと備えようと話をしました。地震など予測不可能な災害は仕方がありませんが、自然災害は備えをしたり避難をすれば人災だけは免れることができるのだと、しっかり心に刻み指定を受け入れることにしました。

「説明会 土砂災害の 危険性 イエローゾーン スッポリわが家」

「指定され 資産の価値は 下がるけど 人命価値が 一番だから」

「わが資産 引き継ぐ息子に 資料見せ 説明しつつ 備えするよう」

「改めて 災害多い 日本に 住んでいることを 実感しつつ」

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人間牧場

〇美しく老いる10訓(その6)

⑥老いていちばん幸せなことは健康で三度の飯の美味いことである

 私たち夫婦には子どもが4人いますが、大きくなってそれぞれ独立しています。今は息子家族4人と同じ屋根の下で暮らしているものの、同居する時年齢的に食の好みの違う息子たちと、食べることで気を使ったりいさかいのないよう、私たちが使っていた広いダイニングキッチンをリフォームして明け渡し、私たちは祖母が使っていた小さなダイニングキッチンを改造して、毎日の食事は私たち夫婦2人です。

 ゆえに、朝はリンキャベ若しくはスムージーとパン、昼と夜はご飯と妻手作りのおかずを食べています。私は外食と肉が余り好きでないため、副食のおかずは家の横の家庭菜園で、私が無農薬で作った野菜と魚を中心に献立してもらい、何不自由なく3度3度の食事を、ダイニングから見える外庭の景色を眺めながら、毎日二人で楽しんでいます。妻は料理が上手で、電子レンジでチンするような料理は殆どなく、だからでしょうか、二人ともすこぶる体調もよく毎日を過ごしています。

健康の源は快食・快眠・快便と言われていますが、とりわけ食事は大事で、台所の椅子に座れば美味しい三度の飯にありつける幸せを噛み締めていますが、こんなありふれた幸せがこれからもず~っと続くことを願っています。時々妻が作った料理が息子家族へ、若嫁が作った料理が私たち夫婦へ、まるで隣近所のようにお裾分けされるのも楽しみで、若嫁も毎日得意な手料理で家族の健康を守っています。

畑で採れた野菜も、漁師さんから時折いただくお魚も、若嫁に分配してやりますが、先日磯から採集して茹でたヒジキも、妻は煮物に、若嫁は玉ネギのスライスと和えてドレッシングでサラダ風にして物々交換し、その味を楽しみました。今朝も間もなく妻が「ご飯ですよ~」と、私の書斎へ呼びにやって来ます。今朝はいただいたみかんを生ジュースに絞り、呑みながらパンを食べます。勿論リンゴとキャベツ、通称リンキャベを添えて・・・・・。

「老いてなお 幸せなこと 三度飯 平凡ながら これが一番」

「健康の 源食事 妻作る 準備片付け 頭が下がる」

「若嫁と 妻のタッグも 抜群で 時々違う メニュー裾分け」

「何よりも 上手いと褒める 一言が 妻のやる気を 奮い立たせる」

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