人間牧場

〇ドクダミは雑草?
 昨日私の住む四国は梅雨に入りました。今年は冬から春にかけて雨の降る日が少なく、夏の渇水期の水不足が心配されますが、雨が降る日を「天気が悪い」と表現するように、殆どの人が雨が降ると「天気が悪い」とあいさつ代わりに天気を悪者にして暮らしています。

 私のように菜園で野菜を作ったり、人間牧場を管理していると、水の有難さを実感するので、雨が降ると「恵みの雨」ととらえ雨に感謝をしていますが、雨が降り続くと妻や若嫁は、「洗濯物が乾かない」とうそぶき、また何年か前の西日本集中豪雨災害などを思い出すと、適当なお湿りを期待するのも無理からぬことのようです。

畑や庭の隅にドクダミがはびこり始めました。ドクダミの根は繁殖力が強く、しっかり根まで抜かないと、増え続けて行きます。それでも白い花を咲かせるドクダミの花は可憐で、抜いたり刈ったすることをためらうことがしばしばです。近所の人は強烈な臭いのあるドクダミを、この時期刈り取って乾燥させ、ドクダミ茶として利用しているようだし、松山の温泉では薬草としてドクダミ湯のサービスをしています。

 ドクダミの花びらは4片ですが、突然変異で5片若しくは6片のもあるようで、4つ葉のクローバーと同じく、5片・6片を見つけるとラッキーだと、facebook仲間が、見つけたドクダミに花を自慢しています。「ドクダミは雑草?」、そんな疑問を感じる梅雨入りです。

「今年も 昨日四国は 梅雨に入る 妻や若嫁 洗濯嘆く」
「私には 雨も恵みと 受け取るが 集中豪富 被害は怖い」
「家回り あちらこちらに ドクダミが はびこり雑草 処分対象」
「ドクダミの 花可憐にて 癒される 雨傘さして しゃがんで見入る」

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人間牧場

〇受話器の故障
 私は77年生きててただいま喜寿の77歳です。妻は76年生きてて、今年喜寿を迎えます。長年生きていると体調も変化し、あちらこちらに不具合が見つかり、その都度病院に出かけて対処法で、薬を飲みながらしたたかに生きています。

故障したような電話

 幸い私は昨年の二度にわたる手術で外反母趾と前立腺肥大も完治し、今のところお薬ゼロの状態ですが、妻は相変わらず2~3粒の薬を朝晩服用しています。先月は私が感染した目のウイルスが妻にうつって、二人で同じ眼科へ通い、目薬をもらってさしています。

 左様に体調異変が加齢とともに起こるであろうことを予測し、健康保持のため毎日1(1日1回のお通じ)・10(1日10人の人と出会って会話をする)・100(1日に100文字肉文字を書く)・1000(1日に1000字読む)・10000(1日に10000歩歩く)を目指して頑張っていますが、これも中々です。

 私たち夫婦が45年前に建てた家も長年住み続けているとあちこちが傷み出し、あちらこちらを補修して暮らしています。昨晩Faxと兼用の電話機の調子がおかしくなり、夜の間中異音がしました。固定電話は家族それぞれの携帯電話に座を奪われていますが、それでも故障は直さなければなりません。NTTに電話して今日にでも対応する予定です。朝からあ~あ~です。

「夫婦とも 気が付きゃ喜寿を 迎えてる あちこちガタ来て 薬のお世話」
「あれこれと 言いつつ何とか 年のわり 元気に生きて 神仏感謝」
「家建てて 45年が 経ちました あちこち不具合 時の流れか」
「昨晩は 電話の異音 気になって 寝不足気味で 今日にも修理」

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人間牧場

〇それなりに300件
 自宅の敷地内に倉庫を改造して「海の資料館「海舟館」を作って20年以上が経ちました。この施設は漁師をしていた、今は亡き親父の記念館のようなもので、70歳で漁師をやめ陸に上がってから趣味で作った和船模型や、海から網にかかって揚がった戦争遺物などが展示されていています。親父の晩年は趣味も同じ私も協力して手助けし、親父が亡くなってからは私一人があれこれ活動しています。

300ページになった綴りの一冊

 1年前ふと海の資料館「海舟館」にはどれ程の資料があるのだろう?と疑問を持ち、早速一日1点を目安にほんの軽い気持ちでわがfacebookに写真とコメントをつけアップすることにしました。最初は100点ぐらいが目安でしたが、あっという間に100点を超え、200点も越えました。やれば際限もないことからとりあえず300点を最終にしようと決めましたが、このほど無事最終の300点に到着しました。

紹介したものは、その日のうちにプリントアウトして表紙をつけて綴り続けましたが、机の横に置いた1冊の綴りは300ページにもなる分厚いもので、まさにコツコツを積み重ねる「積小偉(為)大」です。人から見れば「何が面白いの?」とか、「それゴミじゃない?」と言われそうですが、まあ本人が自己満足していることなので、人はどうであれ納得の手合いです。

 さてこれからどうする?です。おそらくまだ自分の余命はまだ少し残っているので、一つ一つ丁寧に手入れをしながら写真に撮ってデジタル化し、デジタル海の資料館にしようと思っています。海の町でありながら海や漁業に関する資料が少なく、語り部たる漁師の古老も次第に黄泉の国へ旅立っている昨今ですが、せめて宇和島水産高校漁業科を卒業している縁を大事に、「遺し伝える」伝道師になろうと馬鹿げた決意をしています。

「ちょっとした 思いつきながら 始めたが あっという間に 一年となる」
「100点の 次の目標 200点 ついには大台 300点となる」
「デジタルを 使って展示 品々を facebookで 紹介しました」
「一日に 一点ずつと 心決め 積小偉大 300ページに」 

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人間牧場

〇有害鳥獣除けの網張り
 4月に植えたトマトやスイカ、トウモロコシ、ピーマン、オクラが順調に育ち、ピーマンやオクラは収穫して食卓に上るようになりました。例年毎年のことですが、この時期になるとハクビシンやカラスが農作物を食べにやって来るのです。そのため味を占められないよう早めに対策を打つべく、昨日は網張を行いました。

 長くて丈夫な鋼管パイプを脚立の上に上がり、大きな鉄ハンマーで地面に打ち込みました。8本も打ち込むと腕が少々疲れましたが、何とか打ち込むことが出来ました。その後倉庫にしまっている漁網を取り出し、スイカとトマトの周囲に張り巡らせました。毎年のことなので寸法もぴったり収まり、これで一安心です。

 裏山にカラスが10羽ほど住み着いていて、毎日のように頭上を「カアーカアー」と鳴きながら飛び交い様子を窺っているようです。「食われて泣くより食われない前の防護」をとやっていますが、サンデー毎日の有害鳥獣との知恵比べは、こちらの体力の衰えもあり、年々激しさを増しています。

「夏野菜 実りの季節 やって来た 有害鳥獣 早くも出没」
「杭を打ち 周囲に網の 防護柵 どちらに軍配 来るなら来いと」
「当面は 空のカラスに対応し そのうち地上 ハクビシン相手」

 

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人間牧場

〇ホタルの飛ぶ季節
 昨日の夜、外出先から帰宅し車を車庫に入れて玄関先を歩いていると、何やら点滅の光が見えました。「あっ、ホタルだ!!」と思い、光の行方を追いました。その光は上に下に左に右にと移動しましたが、私が近づいて手を差し伸べると、何と手に留まってくれたではありませんか。

わが家は上灘川の本流から少し離れているため、ホタルはそれほど見ることはできませんが、あぜ道沿いの水路に水が流れ、田んぼに水が張られて田植えが終わるこの時期になると、毎年迷いホタルを見ることができるのです。手に留まったホタルをそっと草むらに返してやりましたが、短くてはないホタルの一生を思うと、数奇な運命の出会いでした。

 先週の土曜日には地元限定のほたる祭りが行われたようでした。まちづくりとしてホタルにかかわるようになってこの方、一度も欠かさずほたる祭りに参加していましたが、今年は夜間の集会と重なったため、参加することができませんでした。翠小学校の子どもたちがほたる祭りに先立ち、ガードレールを磨いたという話題が新聞に載ったりして、ほっこりしています。まもなく双海町にも暑い夏がやってきます。今年こそ元気で夏を乗り切りたいものです。

「あっホタル わが家の玄関 先を飛ぶ 迷いホタルの 光懐かし」
「指先に ホタルが留まる  こんなこと あるのだろうか 嬉しくなって」
「今年は 3年ぶりに 開かれた ほたる祭りに 参加もできず」
「小学生 ガードレールを ピカピカに 磨いた話題 新聞紹介」

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人間牧場

〇菜花の種取り
 今年の冬は、新居浜に住む野本さんから頂いた菜花の種を蒔いて、おいしく食べました。私はこれまで野菜の種などエンドウ豆を除けば取りませんでしたが、野鳥が沢山やって来て菜花の種を啄むのを見て、自分でも種を取ろうと思い立ち、カマで刈り取り木陰で乾燥させました。

団扇を使った手動の脱稿作業
こんなに沢山菜花の種が取れました

先日それらをビニールシートの上に置き、足で何度も踏み潰して柄を外しました。昨日ころ合いになったところで、団扇を用意して種を仰ぐと面白いように荒ごみが飛び散り、手動で種の脱穀作業を終えました。菜花の種は茶褐色の小粒なので、今日にでもよ~く乾燥させたら、大きめの封筒に入れて保存したいと思います。

 今年食べた菜花の味を思い出し、今年の晩秋には菜園に種を蒔こうと思っています。それにしても菜花の種の脱穀に団扇を使うなんて、私の暮らしの知恵も中々のものだと、妻が褒めてくれ、有頂天になりました。少しアホがかっています。

「友人に 種をもらって 菜花植え 美味しく食べた 来年も是非」
「野鳥来る 種を啄む 様子見て 種取りしようと 思いついたが」
「団扇にて 手動の脱穀 作業する 中々やるね 妻に褒められ」

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〇宇和島市立城南中学校を訪問しました
 私は愛媛県金融広報委員会から委嘱を受けて、長年金融広報アドバイザーをしています。毎年この時期になると委員会からの指示で、その年に担当する指定校へ出かけて、今年度の進め方についてアドバイスをすることになっています。昨日はその日なので、新しく指定校となった宇和島市立城南中学校へ、事務局の大森さん、木原アドバイザーさん、県教委の森野さん、教育事務所の河野課長さんとともに出かけました。

私は若いころ宇和島水産高校に遊学して、この学校のすぐ近く桝形町に3年間住んでいたので、おおよその場所は分かりますが、学校のある文京町には、宇和島東高校、明倫小学校、宇和島南高校、城南中学と4つの学校が隣接していて、どこが入口なのかさえ分からぬほど入り組んでいる場所なので、多少戸惑いましたが、何とか時間通りに学校へ到着しました。

 協議は1時間半に及びましたが、何とかスタートが切れそうで安心しました。私は学校に来る前、宇和島地方局に立ち寄り、今年中尾所長さんに代わって所長さんとなられた藤原さんを、地域教育実践ネットワークえひめの代表として表敬訪問をさせてもらいました。事前にアポイントも取らず失礼とは思いましたが、運よく地域教育推進課の職員さんたちもいて、ご挨拶を交わすことができました。あれやこれやと忙しくも充実した一日でした。

「60年 前に住んでた 界隈に ある学校を 久方訪ね」
「思い出と 随分違った 街並みに 戸惑いながら やっとたどり着く」
「この時を 使って表敬 訪問す アポも取らずに 失礼お許し」
「ああ今日も 忙しかったと 思いつつ 夕暮れの道 車で走る」

 

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人間牧場

〇いきなり「ドサッ」と倒木
 今朝も毎朝の日課であるウォーキングに出かけました。中学校前を通って山道に入りました。昼なお暗いスギ林に差し掛かった午前6時11分、何の前触れもなくいきなり大きな杉の木が目の前に「ドサッ」と音を立てて倒れてきました。

いきなり目の前に倒れてきた杉の木の倒木

まるでスローモーションの映像を見ているようなシーンに大いに驚きました。もし1分1秒早かったら、多分私はこの倒木の下敷きになったであろう事を思うと、寒気がするほどでした。倒れた杉の木は山藤のつるが巻き付き、既に枯れていました。おそらく巻き付いた山藤が杉の木を動けなくして生気を吸った結果枯れたようでした。

山を開いてスギやヒノキを植林するのはよくある話です。苗気が幼木の時は下刈りを、少し大きくなると枝打ちをして、間伐を繰り返しながら森を作るのですが、現代は過疎や高齢化でそうした林や森の世話も行き届かず、せっかく成長した木も、大きく太ることなく短い生涯を倒木という形で終えるのです。

 森は緑のダムと言われていて、健全な森は保水してくれますが、間伐や枝打ちなどの世話を怠ると土や岩を食んだ根が弱くなって、雨が降ると土砂災害や土石流を引き起こすのです。道を塞いだ今朝の倒木は、山の持ち主も知らぬことゆえ、しばらくの間は道を塞ぎます。

 森林浴などと悠長に考えていましたが、森とていつ何時、何が起こるか分かりません。昨日関東地方は九州や四国に先んじて梅雨入りをしたようですが、間もなく私たちの地方も梅雨入りです。しっかりと気を引き締めて暮らしたいものです。

「ウォーキング 途中いきなり 目の前に ドサッと倒木 わが目疑う」 

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〇ハーモニカで吹いた「ああ上野駅」
先日50人ほどの小さな講演会に講師として招かれました。「心豊かに生きる」と題した生活設計に関する内容だったので、「氷山の一角」のパワーポイントを使い、木になるカバンに忍ばせていたハーモニカを下手糞ながら即興で吹きました。

 するとどうでしょう、参加者の年齢相応に合わせて見繕って私の吹いた、井沢八郎の「ああ上野駅」やペギー葉山の「南国土佐を後にして」、それに舟木一夫の「高校3年生」が心の中の青春時代の思い出を呼び起こしたのか大うけで、みんなの大合唱となり、大いに盛り上がりました。

人にはそれぞれ過ぎ越し人生があります。多分そのつれづれに巷に流れたであろう思い出の歌があるはずです。かく言う私もこの3曲には思い出があり、特に「ああ上野駅」は、集団就職列車で就職する同級生を、国鉄下灘駅へ見送りに出かけた、涙の別れのワンカットシーンが心に残っているのです。

 その見送った同級生も都会の雑踏の中に吸い込まれ、消えて久しく時の流れを感じずにはいられませんが、私は幸せなことに生まれたこの町に住み、多分この町で死んで行くことでしょうが、もの悲しいハーモニカの音色は、そんな昔の物語を思い出させてくれるので、時々吹いて当時の見送った同級生の顔を思い出しながら吹いています。

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〇バカ?息子の挑戦
 間もなく50歳に手が届くわが長男息子は家族4人とともに、同じ屋根の下で暮らしています。時々息子が「今時親と同居をしてくれる息子なんてそんなに多くはない。僕は親父夫婦に感謝されてもおかしくない孝行息子だ」と言うのです。

車庫の屋上も占領されました

確かに息子の言うのも一理はあって、一緒に暮らせる安心と、特に孫たち二人から有形無形の元気をいただいていることも事実です。しかし、しかしです。息子はもう間もなく50歳になるというのに、カブトムシを養殖して他人に無償で配ったり、昨年からは朝顔やホオズキを育てて、商業施設町屋に展示したりと、まあやりたい放題でとどまるところを知らぬバカ?息子ぶりを発揮しています。

今年もその時期がやって来て、家の庭先にはそこら中朝顔とホオズキが並び、まるで花屋さんの軒先のような手合いです。最近は種を蒔いて育てた苗を化粧鉢に植え替え作業していて、車庫の上まで占領されてしまいました。プーチン以上の小さな侵略です。バカ?息子の挑戦は今後カブトムシへとまだまだ続きそうです。

「バカ?息子 ひまわり・朝顔 ホオズキと とどまるどころか 庭を占領」
「間もなくに 今度は小さな カブトムシ 7月いっぱい 挑戦続く」
「誰に似た あなたに似たと 妻が言う そうかもしれぬ きっとそうかも」
「まあいいか 幸せならば それもいい 仕事はきっちり やってるのだから」

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