shin-1さんの日記

○おふくろの味にはレシピがない

 私の母も私の妻もそうですが、家庭料理の上手い人ほど料理の達人がそうであるように「おふくろの味にはレシピがない」としみじみ思うのです。最近は料理番組が多いのですが見ていて気がつくことは、「今日の料理」なんて型どおりの番組は砂糖5グラムとか醤油大さじ1杯とか分量を細かくメモするように指示があります。ところが中華料理の番組では料理をしているシャモジを調味料の容器に直接入れて目分量かアバウトなのか分らない味付けをします。もっと驚くのはそのシャモジで味見までしてしまうのです。それを汚いとか不潔だとか思わないところに料理の凄さがあるのです。つまり彼らは腕と舌で料理を作るのです。ですから料理を作るスピードが速く、あっという間に3品や4品は出来てしまうのです。

 妻の料理、すなわちわが家のおふくろ料理も全て後者の類で、最初は辛かったり甘かったり、時には焦げ臭い料理も出ていましたが、今では妻に慣らされたのかも知れません。日本全国何処へ行ってもわが妻の料理以上の料理はないと自慢するほど、痒い所に手が届くような料理を毎日食べさせてもらっています。

 「いくらわが妻がブログを読まないからといってそこまで美辞麗句を並べ立てなくても」とおっしゃる読者の皆さん、一度わが家のわが妻の作った料理をご賞味あれと言いたいくらいなのです。

 わが家は現在私たち夫婦と学生の次男、それに別棟隠居に親父の4人家族です。特に息子は料理には目がないようで、夜遅く帰ったり私たちが不在のときは必ず自分で作って食べます。その息子をして「お母さんの料理は抜群で美味い」と言うのです。ですから息子は余程のことがない限り貧乏学生のせいでもあるのでしょうが、外食はせずに家に帰って食べるのです。妻が時々「今日は何が食べたい」なんてリクエストを聞くと、それなりの料理がちゃんと食卓に並ぶのです。

 昨日は二人で親類の方のお見舞いに出かけ、帰りにかぼちゃの苗を買うためホームセンターに立ち寄りました。妻のお目当ては小型のミルサーが欲しかったらしく、大枚5千円弱を出して購入しました。帯状疱疹などの感染で体に不安を覆えるようになった心の表れでしょうか、最近特に健康に注意をするようになりました。大学ノートにテレビや雑誌で見た健康に関する情報をメモしているのですから相当なものです。

 レシピのないおふくろの味の残念なところというか、凄いところは冷蔵庫にある余剰品が違和感なくそれとはなしに入っていることです。「えっこんなものが酢豚に入っている」なんて発見は枚挙に暇がありません。私が文句を言うと「節約第一」か「健康第一」を必ず言い訳しますが、どちらも当っているだけに文句は飲み込んで食べるのです。それでも家庭のおふくろの味が「節約」と「健康」とう大命題を解決しての味なのですから大したものです。今朝も春キャベツが食卓に並びました。息子が何を思ったのか「ロールキャベツが食べたい」と言うのです。妻は「じゃあ今晩はロールキャベツにしようかね」であっさり夕食のメイン献立は決まったようです。昨年結婚した息子が「嫁の作る料理の味はお母さんの味に近い」ことで結婚を決意した話に、「おふくろの味」の凄さを垣間見ました。

  「おふくろが 袋になった 世の中で 母の味付け 似てる結婚」

  「目分量 それでも丁度 良い味に まるで魔法の ような料理に」

  「夏みかん 皮むき冷やし それだけで おやつにどうぞ これもおふくろ」

  「美味しいね 作り方はと 訪ねたら そんなものない 嫁妻対話」 

 

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shin-1さんの日記

○やるべきことをやる

 人間牧場構想を思いついた時、二つの考えが浮かびました。一つは相談した誰もが「それは素晴らしいアイデアです。人間牧場ができたら是非行ってみたいです」と私の考えに同調してくれました。もう一つは相談した誰もが「そんな夢見たいな話、第一資金はどうするの。誰がやるの」と否定的でした。普通だとこのような場合二者択一を決めるのは私ですから、前者の同調をいいことに夢を実現するため、何のためらいもなく突っ走ったに違いありません。しかし後者の否定的な話に耳を傾けた私ははやる気持ちをぐっと押さえ一年間準備期間を持ったのです。家族への理解や資金計画、場所選びと夢を実現するためにクリアしなければならない様々な計画を入念に塗りつぶして行きました。やがて退職という適期を選び汗と知恵を出しながら計画に沿って第一期、第二期、第三期と順次着工して今日に至っているのです。いつも口にしている言葉は「やりたいことと出来ることは違う」ということですが、しかし私はあえて「やりたいことと出来ることは同じである」という夢の叶え方を実現したのです。今にして思えば「夢はドリームではなくターゲットである」というこれも私の持論を実証しました。

 イギリスの詩人ジョン・ドライデンは「はじめは私たちが習慣をつくり、それからは習慣が私たちをつくる」という名言を残しています。誰でも新しい事に挑戦する際は莫大なエネルギーを必要とします。この一年人間牧場づくりにかかわってみて、途中で挫折してしまいそうな状況が突発的に目の前に現れることが何度かありました。しかし仕事ではありましたが夕日によるまちづくりやシーサイド公園建設で体験した反対や失敗に比べたら大したことないやと思いながら事を進めたのです。多分それはジョン・ドライデンの言葉どおり私の体にいつの間にか習慣が備わり私の計画が実行されたのです。よき習慣とはやれば必ず出来るという強い信念と継続の習慣です。人は誰でも壁にぶち当たれば逃げたくもなるものですが、そこを逃げずに我慢してコツコツ努力すれば必ず道は開けてくるものなのです。

 私の周りには、私の逆で悪しき習慣を持って生きてる人がいます。周囲を省みず自分勝手に物事を進め、できなかったら人や社会のせいにして説明責任も果さぬまま逃げ出してしまう人たちです。こんな人は成功はおろか人から信用などされるはずがありません。

 自分がやると決めたことは自分との約束ですから安易に妥協せず、志を持って淡々縮々と行うことが自分自身を輝かせる事になるのです。その点私は昨年の自分より輝いています。少なくとも私の生き方の中に今までなかった「人間牧場」という智のコンテンツが増えたことは、私の大きな力になっているのです。

  「俺男 やるべきことを やることが 自分の格に 更に磨きを」

  「習慣は 怖いもんだね 信じれば 夢が実現 ほらホラでなし」

  「風呂敷を 広げて見せる 俺の夢 次は一体 何が飛び出す」

  「反対を 説き伏せぬなら 最初から なかった話と 諦めるべし」   


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shin-1さんの日記

○去年の今頃

 一年の時の流れとは早いもので、人間牧場へ入植し(入植といえるかどうか)開拓を始めたのは丁度今頃でした。自由人になって自分の行く手も見定まらないまま下灘池久保の地に入植の鍬を入れました。雑木とカズラの山を前に、少しだけおののきながら妻に買ってもらった地下足袋と麦藁帽子の出で立ちで、遠くにかすむ周防大島や由利島を見ながら、少年の頃に同じ場所で見た風景とダブらせながら、カズラを鎌で刈り、鍬でカズラの根っこを掘りおがし、チエンソーで雑木を伐採し、火をつけて焼却しながら次に進むという作業を繰り返しました。様々な作業を経て息子の設計による水平線の家が建前を迎えたのは7月29日だったと記憶しています。

 デジカメの使い方さえも分らないのに、地域振興課長を退職し教育長に就任した時仲間がお祝いにくれたデジカメを箱から取り出して、記録にと使い方も訳も分らずに撮り続けました。その写真ももう有に00枚近くになっています。その中に当時の雑木生い茂る写真がありました。

 これは現在五右衛門風呂の出来ている辺りから撮影したものでしょうが、凄い姿でした。私の人間牧場開拓史の中の貴重な一枚です。下のもう一枚の写真は現在ジャガイモ畑に変身している畑のカズラです。

?下の写真はそのカズラを刈りつけて焼却処分にしている風景です。焼却した雑木や雑草はおびただしく、何度も何度も足と手が棒になるほど運びましたし、その都度赤い炎と煙が天高く舞い上がって、まるで狼煙のような雰囲気でした。

 来年のこの頃、「去年の今頃は」と再び人間牧場のことを思い出しながらブログに書くのでしょうが、デジカメで撮った写真をブログに入力するなんて出来ませんでしたから、「人間牧場の写真が見たい」とかメールで言われても「そのうち」としか言いようがありませんでした。したがってお蔵に入った写真を取り出そうとするのですが、これがまた難しく、この2枚の写真を縮小して入力するのに1時間もかかってしまいました。それでも娘婿と長男のアドバイスもあってどうにかホラこの通り写真が入りました。二人の息子が言う通り、パソコンは自分がいじって失敗した経験をしないと先には進めないものだということも実感しています。

 さてこの一年は人間牧場づくりに明け人間牧場づくりに暮れました。今年は人間牧場をどのように使うかです。せいぜい楽しく使いたいものです。

  「来年の この頃去年を 思い出す こうして毎年 歳をとるのだ」 

  「火に消えた 雑木雑草 限りなく 今では肥やしに なってジャガイモ」

  「この写真 今では大事な 貴重品 人間牧場 開拓歴史」

  「デジカメで 撮りも撮ったり 五百枚 暇が出来たら アルバム作ろう」

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○軒先を借りる

 軒先には軒の上と下があります。普通軒先を借りるというのは、軒先が雨露をしのげる空間になっているからの言葉でしょうが、ツバメの世界での軒先は天井の延長線上にある軒先なのです。わが家でも4月に入って車庫の軒先ではなく軒中に盛んに巣作りが始まっています。数年前ツバメの営巣のことで妻と大喧嘩をしました。軒先に営巣していたツバメがその年はどうしたことか軒中にし始めました。軒先なら許せるが軒中は車も汚れると思って営巣し始めた巣を壊してシャッターを閉めてしまったのです。ところがツバメはどうしても軒中に巣を作りたがって一向に止めません。私は車で出かけるのですが、ツバメは24時間家にいいます。面倒臭いのでシャッターを開けたままで出かけ、帰ってみるとまた巣を作り始めているのです。その様子を見ていた妻は「お父さん、ツバメは遠い国からはるばるやってくるのだからツバメの好きなようにしてあげたら」と言うのです。「車にウンコをいっぱして困る。車を洗うのはわしだから」と売り言葉に買い言葉の口喧嘩でした。多分あの時は3日間ぐらいお互いに口を利かなかったことを覚えています。結局は私が折れて何事もなく営巣し子育てをして秋には南の国へ飛び立って行きました。

 今年は事もあろうか車庫の中の天井にある蛍光灯の傘の上に営巣をし始めたのです。最近車の上に鳥の糞が沢山落ちているその正体はツバメだったのです。結局は私の車を外に出し車庫はツバメに占拠されてしまいました。若いツバメではありませんが、「ツバメと私とどっちが大事ぞ」と妻に詰め寄りたいのですが、妻は「そりゃあツバメが大事」と多分言われるので、逢えて喧嘩はしたくありませんので、結局は私の車は外にはじき出されました。連休前に車の糞を洗い落としワックスをかけた愛車も、昨夜来の激しい風雨でものの見事に汚れてしまい、ツバメに対して嫉妬と怒りの心持です。

 でも妻が言うようにツバメは遠い国からはるばるこの地この家、この軒中を選んで営巣するのです。これは自然の営みだと考えれば、人間の都合はツバメの都合の次の都合にすれば済むことなのです。間もなく卵を産み、雛が孵って子育てをする長閑な姿を見届ける余裕も私には必要なのかも知れません。

 昨日妻が「お父さん、車庫にツバメが巣作りをしよる。何年か前のように車庫のシャッターを閉めるような馬鹿な真似はしないようにね」と釘を刺されました。おいおい「俺は馬鹿か」と思いましたが、返す言葉もありませんでした。

 今日は朝から雨です。でもツバメは雨の中でも平気で飛び回り草や土でせっせと営巣に余念がありません。折角ワックスをかけたわが愛車もまるで形無しです。でも妻が言うように「洗えば綺麗になる」のです。その仕事は、ハイ私の仕事です。

  「今年また ツバメ数匹 やって来て 軒中巣作り 愛車台無し」

  「軒先を 貸した代償 糞(運)の尽き 糞(運)がついたと 思えば気楽」

  「どの国で 冬を越したか 軒ツバメ 知る由もなし 今年も飛び来」

  「妻強情 巣作り事で 口利かず 三日も無視の 苦い経験」

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shin-1さんの日記

○梅の一生

 昨晩梅畑のブログ原稿を書いたら「梅酒大好き」という人から早速メールが入りました。嬉しいものです。わが家の食卓のテーブルの上には常時小さな梅壷とラッキョウ壷が置いてあって、家族誰もが思い思いに食べています。ラッキョウはカレーを食べる時に、梅干はお茶漬けにと主食に寄り添う形で食べられて名脇役をこなしています。孫はまだ3歳なのに梅干が大好きで「シュイー」と口を酸っぱくさせて食べています。このように日本人の暮らしには梅干が上手に使われているのですが、最近は成人病が何かと心配で減塩梅などが売り出されているようです。

 もう何年か前のことでしょうが、私の友人女性が編集していた「あいり」という田舎の雑誌に「梅の一生」というのが載っていました。これは面白いと思って当時使っていたワープロに入力した記憶があるので、古いワープロを引っ張り出して、片っ端から検索してみました。なにせ100枚を越えるフロッピーの数ですから、若番で見つかるとラッキーだと思いながら、フロッピーを指し込み目次を検索し始めました。100枚のフロッピーを最後まで調べると心に誓ってやり始めたのですが、30枚目くらいで何となく不安になり、「ひょっとしたら異動の時処分したかなあ」とか、「なかったらムダ骨だなあ」なんて考えが頭をよぎり始めました。その時です。「梅の一生」という目次が目に飛び込んできました。何か宝くじにでも当ったような嬉しさがこみ上げてきました(実は私は生まれてこの方、宝くじは買ったことがありません。したがって「宝くじが当った」ような表現はものの例えなのです)

 嬉しくなって画面に出しましたが、残念ながら感熱紙がありません。カートリッジの印字用リボンも既になく、結局は感熱紙を入れていた直射日光を避ける入れ物に入っていた既に印字されている感熱紙の上に印字し、混在する文字の中から読み取って以下の文章を完成させました。苦労の末の作品ですのでとくとご覧下さい。

       梅 の 一 生

             (大正初期の国語読本より)

二月三月花ざかり

うぐいす鳴いて春の日の

楽しい時も夢のうち

五月六月実がなれば

枝からふるい落とされて

村からまいへ持ち出され

何升何合の計り売り

元より酸っぱいこの体

塩につかって辛くなり

紫蘇につかって赤くなり

七月八月暑いころ

三日三晩の土用干し

思えばつらい事ばかり

これも世のため人のため

しわが寄っても若い気で

小さい君等の仲間入り

運動会にもついて行く

まして戦のその時は

なくてはならないこの私

 いやアー、実によく表現してますねえ。当時は国民皆兵、戦争を戦(いくさ)というあたりに時代がしのばれます。私はこの文章の面白さもさることながら、文章を再生したワープロという機械にも頭が下がるのです。電子文字はペーパー化すると膨大なものですが、これを機会とばかりに検索すると出ること出ること、他の仕事をそっちのけで見入ってしまいました。でもこのフロッピーももう消え行く運命にあるのかと思うと、エネルギッシュに夜なべをして文章を打ち込んだ昔が懐かしく思い出されました。

  「思い出し ワープロ取り出し 文字を出す 出た出た欲しい 梅の一生」

  「へえ凄い 昔の子ども こんなこと 習っていたのか 暮らしの知恵が」

  「戦など なくなり世の中 平和です 兵隊さんに ならなく済んで」

  「一粒の 梅にもあった 物語 教え伝えて やりたし孫に」

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shin-1さんの日記

○梅畑を買うことにしました

 人間牧場の周辺は果樹産地らしく農家の方々が伊予柑や温州みかんを植え丹精込めて作っていますが、最近は高齢化であちらこちらに放任園が目立ってきました。ひと頃は伐採した後に杉や桧を植える人もいましたが、木材不況のあおりか今は殆ど荒らしたままなのです。人間牧場の直ぐ下に梅の植わった畑があります。ご主人が若くして亡くなったためこの畑も荒れ気味で、年に一度梅の収穫のときに来るぐらいで殆ど地主さんの顔も見ることがなかったのですが、先日顔を合わせて雑談していたら、売ってもよいとのことでした。私は農地は持っていますが農業者ではないし、5反以上の農地を持っていないので買えないそうですが、もう少し足せば買えるとのことなので、思い切って譲ってもらう事にしました。

 梅の木が10本、栗の木が一本、しきみの木3本、お茶の木2本に土地が800㎡余りなので、金額が幾らになるか双方とも想像が付きません。評価額でといわれてもこれまた安過ぎて話にならないので、結局は私の言い値で決まりましたが農地なので登記はまだ先のこと、とりあえずお金を払い、小作をすることにな

りました。これがその梅畑の全景です。

 眼下に下灘の漁港が一望できる水平線の家と同じロケーションを楽しむことが出来るのです。既に10本の梅の木はこの春隣の畑ながら梅の花と香りをご相伴させてもらいましたし、その花が沢山の実をつけています。今年の6月はこの実で梅酒を作りたいものです。

 今日の人間牧場の作業はわが家の家庭菜園で残った枝豆ととうもろこしの種を蒔くための畑の草取り菜のですが、今年の冬に丁寧に草の根をや木の根を取り除いた畑にハコベがいっぱい広がっていました。はこべは別名ひよこ草ともいう柔らかい春の雑草です。これを取り除くのに半日もかかってしまいましたが、やっとの思い出完了し、折から降り出した小雨の中を播種しました。低気圧の接近でやまぜ(南西の風)も強くなって、梅の木に覆いかぶさった雑木が梅の実を落としそうなので、急遽はしごをかけてチエンソーを取り出し、登って枝を切り落としました。雨風ともに強くなったので作業を断念し荷物をまとめて5時に下山しました。それでも今日は早朝より弁当を持って出かけていましたので随分仕事がはかどり、人間牧場の草刈も全て完了しました。

 今年のゴールデンウィークは明日一日を残すのみとなりましたが、実に充実した日々でした。そのことを妻に話すと、「自分のやりたいことをやっているのだから満足でしょうね」と少し水を掛けられました。それもそのはず妻は帯状疱疹に悩まされ、今日も明日も午前中仕事なのですから分るような気もします。慰めの気持ちもあって昨日の結婚記念日に出来なかったプレゼントを、なけなしの懐財布をはたいてしました。妻の喜びは半分半分といったところでしょうか。いつも思うのですが結婚記念日は二人の記念日なのに何故に私が妻にプレゼントするのでしょう。要求する妻と、要求に応える私の関係は、もう今年で終わりにしたいものです。でも「世話をかけているという思いが大事」と妻は来年もあてにすることでしょう。まあいいか。

  「厳寒に 咲いた梅の木 実をつけて 間もなく収穫 梅干梅酒」

  「連休は 晴れのち曇 少し雨 お陰で仕事 はかどりました」

  「蒔いた種 この雨吸って 芽吹くはず 実のなる頃を 思い出しつつ」

  「ただ一人 ただ黙々と 鍬振るい 時おり背筋 伸ばし沖見ゆ」

  

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shin-1さんの日記

○自生のフキ

 人間牧場の周りはやはり人の手が入るとすっかり綺麗になって、人が来て案内しても何とか原風景を邪魔しないで楽しめるまでにこぎつけました。しかしもっと大変はこの美しさを保つことだろうと思っています。しかし妻も息子もこのことには否定的で、特に妻などは人間牧場の自慢をして友人をつれては来るるけど「お父さん私を巻き込まないで」何て釘を刺されています。それもそのはず今まで散々巻き込んで、無人島キャンプなどの最初は留守本部長などを押し付けたりしたこともあったのですから仕方のないことと諦めています。また長男も人間牧場に深くは関わってはいますが、草刈などの維持管理はこれまた期待できない状態なのです。でもいいんです私自身の力で出来る年齢の間はとにかく頑張りたいと思っています。

 人間牧場のみかんの木が自然枯死して久のですが、悪いことばかりではなく隣の畑の山フキがわが家の畑に入り込んで増え、今ではかなり沢山増えています。一昨日苦汁菜と一緒に引き抜いてきて、昨日丁寧に皮をむき茹でて冷水でさらし佃煮に仕上げました。製法はブログで紹介した苦汁菜のレシピと同じなのですが、これがまたお茶漬けの供に最高で、かなりの量だったので妻は子袋に入れて冷凍保存食にしてしまいました。苦渋菜といい山フキといい苦味のある食べ物は何処か野趣に富んでいいものです。

 草刈はだいたい7割程度終わって、あとは旧道周辺の赤道くらいになったのですが、山フキの自生地は草を刈らずに残そうと思っています。でも雑草と混在では可愛そうなので山フキ周辺は狭いので手刈りをしようかと思っています。

 山フキは大きな葉っぱを広げまるで植物が傘を差しているような雰囲気です。子どもの頃急に降り出した雨をよけようと山フキの大きなのを撰んで傘にして家へ帰ったり、大変汚い話ですが野糞の時いは紙の代役にも使いましたし、葉っぱを親指と人差し指の間に入れて指で手の穴に差し込み上からその空間を叩くとポンという音がして、遊び道具に使ったものでした。子どもの頃は遊びが自然の中にいっぱいあって、フキの思い出もこのようにいっぱいあるのです。そうそうフキの葉っぱは上戸のように丸くして枝木で止めれば野イチゴの収穫用の容器にも早代わりしましたし、母はこの葉っぱを自家製味噌の上に乗せると虫が来ないといって使っていました。人間牧場の周辺には野イチゴが白い花をいっぱいつけています。田植えが始まる頃には赤く熟れるでしょうから今年は収穫し生食用とホワイトリカーに漬け込んで野イチゴ酒を造りたいと密かに考えています。苦汁菜の佃煮が第1号なら山フキの佃煮は第2号、野イチゴ酒はさしずめ第3号といったところでしょうが、人間牧場のバリエーションもどんどん増やしたいと思っています。

 今日はこれから弁当を持って人間牧場へ種まきに出かけます。昨日自宅の菜園に蒔いたスイートコーンと枝豆の種が残っているので鳩に食べられないような工夫をして芽だしまで何とか漕ぎ着けたいものです。

 昨日親父から「鳩対策はテグスに限る」と教わりました。種を蒔いた上へテグスを張ると鳩は近づかないというアイディアです。さあ私と鳩の知恵比べ、どっちが上でしょうか。楽しみです。

  「山フキの 苦き香りが 食欲を そそるお茶漬け 俺も歳だな」

  「山フキの 葉っぱに摘みし 野イチゴを 美味い美味いと 食った思い出」

  「もよおして あわててフキの 野糞かな 時折踏みて 顔を歪める」

  「山フキの 葉っぱ叩いて 音を出し 遊んだ昔 友がら思う」

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shin-1さんの日記

○私の似顔絵の名刺が好評です

 私は長年慣れ親しんだ役場の名刺台紙を昨年の夏から使わなくなりました。使わなくなったというよりは役場に関係のない人間が役場の名刺台紙を使うのは気が引けたし、役場へ電話して台紙はと注文しても色よい返事が返ってこなかったからです。そこで思い切ってわたなべえつこさんに書いてもらった似顔絵色紙を利用することになったのです。最初は退職した私にとって名刺など必要かどうかも考えました。私には金融広報委員会のアドバイザーや、えひめ地域づくり研究会議代表運営委員などの名刺を作っていますが、使う場所が限られており、この図案を思いついたのです。最初えひめ地域政策研究センター研究員の清水さんの紹介で500枚を刷りましたが、あっという間に売切れてしまいました。

 妻曰く、「お父さん名刺もタダじゃあないのですからもっと大切に使ったら」のアドバイスを聞き入れてましたが、時既に遅しで全部なくなりました。そこで今度は少しいらって1,000枚印刷しました。原価計算してみると何と何と一枚21円もかかるそうで、これは大切に使わなければならないと、妻の忠告を肝に銘じました。何気なく差し出す名刺、何気なく頂く名刺、原価計算などしたこともなく使っていた名刺もこれからは有料にしてはどうかと思うのです。ちなみに一枚50円いただくと、1,000枚で5万円で29,000円の儲けとなります。多分日本全国何処へ行っても名刺を販売している人など見たことも聞いたこともないので、これは新しい商売になるかも知れません。「日本初・名刺を売る男」ってな具合です。ただしこの商売、名刺を刈ってくれる人がいることが儲けの条件ですから、そんな人を探したいものです。ちなみにこの収益金は人間牧場の運営資金に当てるというアイディアも使ってみたいですね。

 それにしてもこの似顔絵凄く特徴をつかんでいますよね。今日一ヶ月ぶりに散髪に行き男前を上げてきましたが、散髪屋の鏡に映った姿を見て、わたなべえつこさんはよく私の特徴を捉えているなあと感心しました。似顔絵を書く人に聞いた話ですが、人の特徴はその場でのインスピレーションで決まるのだそうです。私の場合もそんなひらめきから夕日をバックに書いたのかも知れませんね。

  「肩書きは 人間牧場 主と書く 名刺人気で 底をついたよ」

  「選挙にも 出ぬに名刺が 売れてます えー有料名刺 如何でしょうか」

  「似顔より 本物落ちる 男前 誰が言ったの 本気で怒るぞ」

  「俺の顔 絵になる人と 褒めました 座布団一枚 差し上げましょう」

 

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shin-1さんの日記

○コインランドリー

 今年の春は何時まででも寒さが残り、朝晩は最近までストーブを焚いていましたが、ここにきてやっと春を越して初夏の陽気となりました。人間とはほとほと勝手なもので、寒い時に重宝していた暖房器具や毛布類もいよいよ邪魔者扱いです。さてわが家のように広い家ならまだしも、都会の狭い家だと収納スペースにも限りがあるのでどうするのだろうと、他人事ながら心配しています。

 今日は午後から妻のお供でコインランドリーという場所へ行きました。店番も誰もいない店内には5台づつの大潟洗濯機と乾燥機が周りを取り囲み、さながらクリーニング屋さんのような雰囲気です。洗う量によって12キロ、17キロ、25キロなど容量が決められた洗濯浴槽を選び洗濯物を入れて蓋をし、コインを投入すると約40分のタイマーが動き始めるのです。外から中の洗う様子が一目瞭然分る仕組みになっています。左に右にまるで目が回るように回って洗い、すすぎ、脱水を繰り返し、重い毛布も除菌までしてしまうのです。洗い終わったら乾燥機で10分ほど乾燥して出来上がるのですが、僅か1時間で出来上がるのですから金額もそこそこなので、これは重宝だと思いました。

 私が2台の洗濯機と乾燥機の番をしている間に妻はちゃっかり所用に出かけ、終わった頃に帰るという離れ業ですが、私も備え付けの本を読みながらやって来るお客さんの行動を見ながら過ごすのですが、若い女性は家で洗濯した下着や衣類を持ち込んで乾燥機だけ使っています。恥ずかしくもないのでしょうが、カラフルな下着類が惜しげもなく目の前で回り、乾燥が終わると人前だというのに何のためらいもなくたたんでいました。この若者は独身だとおぼしき人は沢山の洗濯物を入れて、携帯電話で「今コインランドリーで選択してます」と恋人と大きな声で話していました。ああここにも小さな社会があるのかと思いながら約1時間の時を過ごしましたが、毛布4枚、敷きマット2枚の洗濯と乾燥で寒かった今年の冬ともおさらばしました。

 妻は2日間もこのランドリーにやって来て冬物手入れをしましたが、これらの毛布類は2、3日自然乾燥して今年の秋まで押し入れにしまうのです。妻はこれまで毛布類は風呂の残り湯で洗濯していました。その重労働もコインランドリーを利用するようになった昨年からは開放され、少々お金は要るものの楽になったと喜んでいます。妻の仕事ぶりを見ながら日々の暮らしも何かと大変だとしみじみ思いました。

 この連休の3日間、最初の一日はお寺参り、二日目と三日目は家の掃除や雑事に追われた私たち夫婦ですが、お陰さまで家rの中も随分片付き、明日からの英気を養うまでとは行かなかったのですが、いい骨休めの連休でした。

  「洗濯を 機械に任せ 本を読む 終わったブザー 俺を呼んでる」

  「人前で カラフル下着 見せるよに 恥ずかしもなく 若い人妻」

  「運転と 洗濯番で 付いて行く 俺も優しい 夫になった」

  「布団さえ 靴さえ洗える ランドリー 人間そのうち 手足要らなく」  

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shin-1さんの日記

○野菜と花の苗植え付け

 わが家の庭には妻が丹精込めて作っているプランターが10個ばかり並べられていますが、忙しいのか手入れが行き届かなくいつも季節遅れで雑草に覆われています。自分でも気になっているらしく昨日は花の苗を買ってきました。日々草や金魚草、ペチュニアなど様々でです。妻が買うのは安い苗らしく少しくたびれているのもありますが、少し手が空いたので妻が仕事に行っている間に植え替えてやろうと、殊勝な考えで挑戦しました。ビニールの広識にプランターの土を取り出し、丁寧に雑草や花の古くなった根を取り出し、新しい土と混ぜ合わせて再びプランターに戻し苗を植えるのですが、この作業がかなりかかり、植え受け終わったのは妻が帰る7時前になってしまいました。それでもそれなりの配置で植え付け水をやって一件落着のところに妻が帰り「まあ嬉しい。花を植えてくれたの。ありがとう」で、「チュー」まではありませんでしたがとても嬉しそうでした。わが家の庭もこれでガーデニングらしき風情が当分の間楽しめそうですが、朝晩の水やりは大変だろうと要らぬ心配もしてしまいました。(下の写真は私が植えたガーデニング)

 ところが何やら妻の両手にビニール袋のようなものが見えました。てっきり今晩の夕食の買い物かと思ったのですが、あにはからんや「お父さん、野菜の苗を買ってきたからこれも植えといてね」です。中を見るとピーマン、唐辛子、オクラ、モロヘイアなどがびっしり入っています。ピーマンなどは今流行の赤・青・黄色とまるで信号のような色付きのポットに植えられています。「疲れたし、今日は遅いから明日にする」と多少ぶっきらぼうに言いました。

 さて、わが家の菜園は家の敷地内にあってかなりの広さです。管理者は親父なので植える場合は親父の承諾が必要です。几帳面な親父は植え方が少しゆがんでいると直ぐに引っこ抜かれたり植え替えさされるのです。「じいちゃん、野菜の苗を買ってきたから何処へ植えようか」と相談すると「あれは何処、これは何処」と指図されたとおりの場所へ植える事にしました。植える場所はもう既に耕運機で綺麗に耕され、畝を切って植えるだけなのですが、畝切りも親父専用の紐があって、間隔も尺棒で測って植えろというのです。苗の植え付けが終わると裏山の竹を切って添え木を作り、土中に差し込んで水をたっぷりやり作業は終了です。まだ植えてない苗のキューリやかぼちゃも植えると、夏は収穫の季節を迎えれるのです。

(下の写真は私が植えた畑)

 それにしても私の植え方は親父の植え方に比べ、まだまだ修行が足りないようです。ご覧のように親父の菜園は草も生えないの?と見る人に言わせるほど草は小さい間に引いたり削ったりします。「親父は毎日が休みだからこんなに綺麗に出来るのだ」と思っていましたが、いざ自分が毎日休みになってもこのように美しくは出来ません。多分性分でしょうね。(下の写真は親父の作っているジャガイモの畑)

  「私でも ガーデニングの 真似をして ほらこんなにも 綺麗な花を」

  「褒める人 いないけれども 妻が褒め 嬉しいもので まるで子どもだ」

  「信号の 如きピーマン 植えつけて さてどの苗が 赤青黄色?」

  「竹を立て 竹に勝とうと する苗に 頑張れ声を 掛けつつ水を」


 

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