shin-1さんの日記

○三人一車天草の旅・ルポ③

 食う・寝る・遊ぶは旅の三条件だといわれていますが、私たち大人から見れば何気ない旅先での出来事でも、子どもたちにとっては視点が違うのか大きな発見や驚きがあるようです。例えば旅馴れている私などはホテルに泊まることなど当たり前なのですが、孫にとってはホテルに泊まることそのものが非日常なので嬉しくて大はしゃぎでしたし、特に生きた動物と触れ合うことなど、動物園に行かない限り余りないので、講演会場となったホテルアレグリア天草の側にある天草イルカワールドなどは嬉しくて仕方がない様子でした。

 ミニ水族館の入口にあるペンギン親子の像にすり寄って写真をせがむ姿はまるで自分がペンギンの子どもになったような錯覚さえしているようでした。

 入場料のほかに300円出せばスナメリに餌をやったり握手をしたりする体験が出来るのですが、臆病な孫でさえ好奇心丸出しで挑戦していました。インストラクターの巧みな話術ですっかり打ち解け、言われるままにスナメリとのスキンシップが出来て感動の面持ちでした。

 また、インストラクターの意のままに曲芸をするイルカショーも圧巻で、シーズンオフとあって私たち以外に観客も1組だけで、サービス独り占めって感じで楽しい一日となりました。

 これは余談で天草とは関係ありませんが、帰りに孫へのサービスとして大分市高崎山の猿を見学に行きました。心配された雨もどうにか持って、穏やかな日和の中を猿見学をしました。

 別大マラソンでお馴染みの交通量の多い国道をまたぐように高崎山までは長い陸橋が架かっており、すっかりリラックスした孫は橋の上でウルトラマンに変身したり、欄干に取り付けられた猿のモニュメントを真似て悪ふざけしたりしていましたが、さすがに高崎山へ一歩足を踏み入れると猿の大群にたじろいた様子で固まって声も出ないようでした。

 運良く午後の餌やりの時間と出くわし、リヤカーに積んでばら撒くサツマイモを奪いあって取り合う弱肉強食の凄まじい姿に圧倒されてしまいました。



 今度の旅行で私たち夫婦と孫の三人で撮った唯一の写真です。孫の嬉しそうな顔より私たち夫婦の方がもっと嬉しそうです。

  「爺婆に 孫が同行 三人旅 目尻下げたる 幸せ者よ」

  「手なずけて お客サービス するイルカ 拍手と餌が 何より大好き」

  「お客なく イルカも芸当 せいがない 数人分まで 大きな拍手」

  「猿の糞 踏んで運付く 運の尽き 妻の足跡 去る者追わず」   


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○三人一車天草の旅・ルポ②

 天草の市長さんに研修かでお会いしました。まだお若いようでしたし、愛媛松山市の中村市長さんとご懇意だと聞いて親密感が湧きました。市長さんの話だと天草は2市8町が合併して誕生し、その広さは東京23区に匹敵するそうです。天草五橋を超えて上天草市から一歩足を踏み入れてみるとその広さや素晴らしさは、これでも島かと思うほど目を見張るようなものがいっぱいありました。多分天草に長く住んでいるとその価値には気付いていてもその活用方法については中々知恵が回らないものです。私は前日と当日の午前中、妻と孫を同伴で天草のあちらこちらを見て回りました。

 例えば旧天草町や旧牛深市へ通じる道の沿道にはやたらとたくさんのサザンカの花が街路樹として植えられているのです。多分ピンク色の一色単品でしょうがそれがまるで統一されているように整然と並んで美しく咲いていました。このサザンカの街路樹は数としてはおそらく日本一といってもいいのではないかという数なのです。「サザンカロードとでも名前を付けたい」と同行の妻は盛んに感心していました。サザンカには白色など数種類のはながあります。少し彩りを考えるのもいいかもしれません。花を会いする人がいる地域はいい地域であり、サザンカを生かした知恵を出せば幾らでも新しいまちづくりのアイディアが出てきます。

 昨日私は大分県佐賀関へお邪魔しました。まちづくりに情熱を燃やす方々が中心になって関あじ関さば館を造る計画が着々と進んでいて、その設立のための研修会に招かれました。関あじ関さばといえば日本全国に名前の知れたブランド美食です。多くの人の思いと努力によって一村一品の大分発ブランドとなりましたが、何でもいいから地域を巻き込んでこうしたものを育てて情報発信すれば自信と自慢は出来るものなのです。大分へ行く途中同行する旧三崎町の塩崎さんの案内で井の浦の青石垣を見学しました。庶民が海からの風を避けるため海から運んだ青石で民家や畑を囲むように築いている石垣は風雪に耐えて神々しく見えました。天草にも同じような石垣が沢山ありました。

この写真は倉岳の石垣です。天草最高峰の倉岳から吹き降ろす風から家屋を守るために作られたそうですが、その歴史的遺産も年月とともに次第に失われようとしています。石垣を守るのは心ある地域住民の努力もさることながら石垣を文化と感じる行政の施策がなければ守ることは出来ません。素晴らしいものだけに一日も早い取り組みが必要だと痛感しました。

 天草は下田を始め多くの温泉が目に付きました。多分合併する前のそれぞれの市町村が地域振興の一助にと開発したのでしょうが、下田の湯をキーステーションに湯巡りするもいいかもしれません。愛夢里、やすらぎの湯、スパ・タラソ天草、さざ波の湯、河童ロマン館、ユメール、隣泉の湯、白鷺館などどれも素晴らしい温浴施設です。私も風呂好きなのでやすらぎの湯と河童ロマン館に入浴しました。

 孫の動きにあわせて河童ロマン館周辺をカメラで追ってみましたが、長閑で日本庭園まである素敵な湯質もよい温泉でした。

  「石垣の 一つ一つに それぞれの 汗がしみこむ 倉岳ふもと」

  「何故河童 意味も分らず 風呂に入り 孫ははしゃいで 頭にお皿」

  「のんびりと 天草散策 昼下がり 眠るお宝 探して歩く」

  「温泉が こんなにあるとは つゆ知らず 思わぬお湯に 至福のひと時」

 

 

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○三人一車天草の旅・ルポ①

 デコボココンビとでもいえばよいのでしょうか、数日前熊本県天草市へ妻と孫を同伴して2泊3日の小旅行をしました。そもそものきっかけは天草市経済同友会の招きで私の講演が予定されていました。ところが年末に重いぎっくり腰になって、一度回復し新年1月3日に今治市玉川町の成人式を無難にこなしたまではよかったのですが、その夜孫を負ぶって親父の隠居まで行って再び腰痛になり、散々な深遠となってしまいました。天草へは飛行機で行く計画を立てていましたが、腰痛を気遣った妻の配慮で車で妻の運転と方針を変更しいざ出発の前日、娘が2子の出産はまだ先のことだというのに体調を崩して入院して、孫の面倒が見れなくなり、娘婿も仕事の都合がつかず結局は三人一車天草の旅と相成ったのです。

 孫も妻も天草へ旅行が出来るとあって大はしゃぎのようでしたが、車が重たいというほどに着替えや毛布を積み込み三崎~佐賀関を渡って熊本入りしました。三日間とも冬にもかかわらず風もなく穏やかな天候に恵まれ快適な小旅行となりました。私は熊本小国の山田大蔵君が牛深の道の駅を立ち上げる時にお手伝いの形で数年前訪れているし、昨年は熊本県社会教育研究大会の講師として城南町へお邪魔しているので、すっかり慣れた道なので安心して妻と交代しながら走りました。

 天草への道はさすがに遠く、孫の機嫌をとるためあちこちの道の駅でトイレ休憩をしました。

 

 有明海を右に見て走るころリップランド四つが浜という道の駅へ立ち寄りました。目ざとい孫は「おじいちゃんタコの大きいのがいる」と高台から下の国道を見て言うのです。みるとまあ凄い大きなタコが今にもタコツボから出てきそうなリアル感溢れるモニュメントがありました。ありあけタコ海道と名付けたこのサインには度肝を抜かれてしまい、孫は今でもタコ街道のことを覚えているようです。タコ街道はタコ海道でもよいのにとも思いました。

 天草五橋が出来て四十年と聞きました。当時年に一度の青年団の研修旅行があり、仲間とバスを一台仕立てて天草五橋巡りでこの地を訪れていますが、四十年でホテルや周辺の整備もされているのでしょうが、第一印象として懐かしいほど「変わってないなあ」と実感し、むしろ橋の鮮やかなペンキの色も色あせてレトロな感じさえしました。

 私たち一行は会場となっている本渡を超えて、牛深まで足を伸ばすことにしました。かつて留まったことのある懐かしいふれあい館でひと風呂浴びて牛深に入りましたが、港をまたぐ美しい橋の直ぐ下にある海の駅へ立ち寄りました。まるでジプシーの如く仕掛けをしては去る山田君はもうこの地にはいませんが、情熱を込めて立ち上げた山田君の文字が至る所に張り出され懐かしさを感じながら広場へ行くと、丁度牛深ハイヤ節の普及講座が開けれており、地元のテレビ局のアナウンサーに話しかけられ、牛深まち巡りの番組にも急遽出演するハプニングとなり、魚のお店で食事を食べながら南海放送系列のテレビに出てしまいました。私の経歴などにテレビ局のスタッフは驚いた様子で願ってもない人に出演してもらったと大喜びでした。世の中面白いものです。

  「三人で 天草四郎の 国訪ね のんびり旅を 楽しむ余裕」

  「牛深で 声を掛けられ テレビ出る これもご縁か 内気口下手」

  「土曜日と いうのにここも 人まばら 焦りあきらめ 随所に見えて」

  「ええことと 繁栄すること 違うぞと 閑古鳥鳴く 知恵を出さねば」  

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○お金あれこれ

 日本銀行松山支店内に愛媛県金融広報委員会があります。私はそこの金融広報委員ををもう30年もやっているものですから、お金とは無縁な貧乏人でありながら長年日本銀行松山支店へ出入りを許されています。普通だとボディチェックもあるような銀行の銀行ですから、私のような得体の知れない人間は入れてもらえないのでしょうが、そこは30年余りの長い付き合いとあって、守衛さんも顔を覚えていて気軽に声を掛け、担当者との面談を許されるのです。そんな関係で詳しい金融のことは分らないのですがお金については若い頃から随分勉強することができ、生活設計や金銭教育の推進援助者として自分自身の生き方を考える上で大いに役立ってきました。

 例えば私の家にはありとあらゆる場所にそれぞれの思いで持っている貯金箱がやたらとあるのです。私の部屋だけでも三つもあって、それぞれの目的に合わせ使いこなしています。1つ目は小銭用で郵便局長さんにいただいたポストの形をしています。つり銭があれば殆どをこの中に入れるのですが、退職した時空にして始めましたが、もう殆ど一杯になっておりそろそろ郵便局長さんの所へ持って行き、お礼を言って数えてもらい普通預金にしたいと思っています。前に空けた感触だと3万円くらいは貯まっているのではないかとワクワクしています。

 二つ目は講演などに行って帰った時財布から千円を取り出して大きな缶詰風な貯金箱に八折にして入れるのです。これは私がまだ元気で若かった頃、一ヶ月に10日間お酒を止め、止めた日に千円の貯金を10日間、つまり一ヶ月で1万円貯まる計算をした健康目的貯金の名残です。その後体調を崩し酒を止めたのでこの目的貯金は止めましたが、当時が懐かしくなって始めました。昨年の年末に一杯になって入らなくなり缶切で開けてびっくりしました。何と8万5千円も貯まっていたのです。このお金は夫婦の旅行に使おうと考え妻に渡しましたが、結局妻はは年末年始の雑用費に使ってしまったようです。でも正月の費用が思った以上にいったので、妻は大助かりのようでした。ちなみに私の酒を飲まないで貯めたお金は10年で120万円も貯まって、人間牧場の建築資金になったのですから嬉しいとしかいいようがありません。

 三つ目は菓子箱ガムテープで封をしただけの手づくりした私のへそくり貯金箱です。これは私の出版した本が売れる度に入れています。そんなに多くはありませんが、それでもまとめ買いしていただいた時等は30冊も売れることもあり、大助かりで、これも緊急の出費に使います。先日長男息子があべまりあさんの絵が欲しいといってここから10万円を支出しました。実はこの貯金箱が人間牧場の建築費として大活躍してくれたのですから私にとってはまるで玉手箱のような面白い貯金箱なのです。

 お金はこのように目的を持つと貯まるし、何気なく貯めると何気なく貯まるものなのです。なさそうであるのかお金、ありそうでないのがお金といわれるように、私たちの身の回りは常にお金がつきまとっています。しかし昔からお金のことをいうのは汚いことであって、余り口に出してはいけないような風潮があるようです。

 金田一秀徳さんが書いている本の中でお金の話がありました。「お金には別称が多い。ちょっと思いつくだけでも『おあし』、『おぜぜ』、『ぜに』、『お鳥目』。払うときの『お勘定』、『お愛想』、『お代』、『清算』など、日本人は何とかして『お金』という言葉を使わないように、使わないようにしているとしか思えない、更に『~代』、『~金』、『~料』、『~賃』などの接尾語がある。-中略ー、このよにして、用途が限定されているのか包括的なのか、また金額に相場があるのかあってないようなものなのか、手に入れられるものが有形なのか無形なのか、というようなことを考えて、お金について表すべきことばが決まっている。こんな複雑極まりないことを日本語にさせるのは、お金に魔力があるに違いない」と述べています。

 確かにお金には不思議な魔力があるようです。

  「貯金箱 竹で手づくり 懐かしく 思い出される 少年の頃」

  「俺の部屋 だけでも三つの 貯金箱 金がないのに いつしか貯まる」

  「金のこと 言うなと親に 教わった だけど言わずば 仕事にならぬ」

  「あいまいな 言葉で濁す 金のこと だからあいまい お金でトラブル」 

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○夕日は色即是空か空即是食か

 夕日の話をすると夜が明けるまで煙会所で話しこんだ昔が懐かしく思い出されます。夕日と朝日は同じ太陽なのに見る場所が同じでも、見る時間が違えば東の空に朝日となって見えたり、西の空に夕日となって見える不思議な物体です。同じ太陽といつも朝日と夕日という対立軸で考えるところに太陽の見方、考え方があるようです。

 私たちが考えた最初の頃の夕日はまさに般若心経の中に出てくる色即是空でした。形あるものは必ず滅びるという概念です。ですから地域再生を願うまちづくりの世界ではそのマイナスイメージから随分忌み嫌われてきました。しかし夕日の持つ包容力を考えると双海町の夕日は沈むときは色即是空かもしれないけど、沈んでも空即是食の朝日となって生まれ変わってくるのだとこじつけのような話を随分したものです。

 先日本屋の立ち読みで作家新井満の「自由訳般若心経」という本を目にして、そんなくだりを見つけ深い洞察で私たちとは比べ物にはならないけれど同じような考えだと喜びました。新井満は空即是色の世界から世界を見直してみると根本的な考え方や行き方が変わるような気がするというのです。色即是空だけの考えで生きているといつかは俺も死ぬんだ、滅びるんだという考え方になって、生きていても仕方がないとなる。生きていることの実感が薄くなったこの国で人は何かを求めているが、「人間の命のつながりの中で自分の役割を果たすべきという考えや、万物は変化して生まれるという空即是色の考えは今の世の中の再生に必要な価値観かもしれないと思えるのです。

 自分を基点にして考えると自分たちの両親は十代前には100人を超えますし、二十代前前だと100万人もの両親がいるのです。これは凄いことでこの間誰か一人欠けても自分がこの世の中に生まれてこなかったことになるのです。この運命のつながりを考えれば自分で自分の命を断つことの愚かさを考えるはずなのでしょうが、今の日本はまさに生きていることを実感出来ない国なのか一年間の自殺者が3万人を超えているというのです。

 私が考えた双海の夕日論は人間というちっぽけな存在にこだわるのではなく、地球上に存在する全ての動植物は太陽を中心とした天体メカニズムによって生かされているということなのです。365日朝日が昇り、365日同じように夕日が沈む何でもないように見える一年の四季の巡りが連続して動植物を成長させるのです。生まれたものは滅び、滅びの中からまた新たな命が生まれるのです。色即是空と同じように空即是色の世界を今一度考えてみたいものです。

  「その意さえ 知らず唱える 心経も 心開けば 道しるべとなる」 

  「わが命 親親親の 連なりぬ 十代前は 千人もいて」

  「生きたいと 思えど死する 人ありて 何でこの生 捨てきれようか」

  「夕日とは 色即是空と 思いきや 空即是色 生まれる源」 


 

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shin-1さんの日記

○古い看板も役に立つ

 車で遠出する時は車のメーターをゼロにして出発するのですが、今回の九州熊本県天草への旅は近年にない1000キロの長い長い旅となりました。更に追い討ちをかけるように昨日は岡山県津山というこれまた中国山地の山深い所へ瀬戸大橋を渡って走ったものですから往復600キロ、合計すると2回の旅で1600キロも走る驚異的な旅となりました。この2回は場所も遠く最初は公共交通機関を使う計画でしたが、天草は腰の具合、津山はJR津山線が落石で長期の不通とあって、結局は車の旅を選んでしまいました。

 昨日は雨後の天気に恵まれ温かく、暖冬の影響でしょうかもうあの山や峠を越したら鳥取という山深い中国山地の山々は例年なら白い雪を被っているのに、落葉樹の木々が何処までも広がる冬景色でした。

 高速道路のサービスエリアで一服し中国・四国エリアの地図を手に入れ、カーナビを相手に走るのですが、私のカーナビ情報が古いこともあって、日々更新している地図上の市町村名とは合致しない分注意をしながら走りました。知らない道を走ると合併によって「えっこんな名前の市町村あったっけ」などと首をかしげるような場面にも時々出くわし、結構楽しいものです。

 私のカーナビは前述のように情報が古いのですが、かえってその方が私にとっては古いものと新しいものを比較できて便利ですし、地域の人々に道を聞いても意外と旧市町村名で答える人が多いので助かります。

 それにしてもあちこちの合併した市町村では、その対応が追いつかないのか、それとも気付いていないのか、気付いていても予算がないのか、町内にある看板の大部分がまだそのままで、アンバランスな感じがしました。中には国道の市町村名を示す看板などは旧市町村名の名前の看板をそのまま使い、いい訳程度に「旧」という小さな文字を看板の市町村名につけて代用しているものも随分見られるようです。折角作って長年利用してきた愛着ある看板ですから勿体ないので、私的にはこの看板をこれからも長く使ってほしいと願っています。古い看板も見方によっては結構役に立つものなのです。

 しかし、これらの看板類の中には再利用のためペンキを塗って無理やりリニュアールした不自然なものや、美観を損ねるようなものまであって、何となく看板王国日本の醜い部分が見え隠れし始めました。合併を機にこの際看板を地図上に落とし、景観行政という観点から無駄な看板を一掃するような大胆見直しが必要なのかも知れません。

 いつの頃からか日本全国のあちこちでは看板に混じって安上がりなのぼり類がいっぱい立って、これも町の美観を損なう大きな原因となっています。道の駅ののぼりもパチンコ屋の「新台入れ替え」などののぼりも、これほどあっては風雨に晒され汚いのです。

 誰かが提案し、行政と住民が話し合って、このような身近な所から警官を考えて行動に移すことも地域づくりなのです。

  「そういえば 昔の名前で 出ています 町の名前を 示す看板」

  「旧と新 混合したまま 同居する 日本の十八番 曖昧模糊だ」

  「そこここに 雨に打たれて 幟立つ 客引くつもりが 客は遠のく」

  「旧看板 今ではその名 懐かしく 見上げつつつも 道を急ぎぬ」  

  


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shin-1さんの日記

○メールの山

 天草経済同友会の招きで本渡市や牛深市など2市8町村が合併した天草市へ行ってきました。腰の具合が思わしくなく、妻が運転手をかって出てくれたので車で行くことにしました。ところがそれまでは計画通りで良かったのですが、出発前日になって娘が入院してしまい、娘婿も仕事の都合がつかず結局は宙に浮いた孫の面倒を見るための最大公約数として孫を同伴するハプニングとなってしまいました。まるで家族旅行のような感じで、相手に失礼と思いながらもその道を洗濯してしまいました。その旅の結末は次回のブログで詳しく書きますが、昨日帰宅してメールを開いて驚いたのは100通を超えるメールの山です。たいがいの事には驚きませんがそのメールの殆どはとても重要で緊急なものが沢山あって、ブログを書くために座ったパソコンもブログを書くどころかメールの返信に一日を費やしました。

 私へのメールは講演先との対応、原稿依頼、えひめ地域づくり研究会議対応、人間牧場関係、交友関係など多岐に渡っていますが、特に講演先との太陽や原稿依頼などは期限付きですから相手も痺れを切らして催促のメールが届くのです。

 運の悪いことにファックスの用紙が切れ、ファックスのトナーも切れて受信待ちの赤ランプが点灯、家は私も妻も不在で電話連絡も取れないとあっては、佐賀関の渡辺さんのように「何か悪いことでもあったのか」と携帯電話を掛けて安否を気遣ってくれるほどなのです。それでも携帯は顕在だったため相変わらず車の移動中も講演中も携帯は鳴りっぱなしで、結局はマナーモードにしていなかったたため、講演中に私の携帯を鳴らしてしまうハプニングまでありました。若松ならぬお粗末です。

 娘婿のお陰で迷惑メールと普通の営業用メールを分割して受信できるようになって随分助かりましたが、それでもこのメールの多さに私のようなアナログ人間はついて行けないって感じです。

 それでも高知県馬路村の山猿こと木下君のようなほのぼの駄洒落メールはほっとして、ついぞや一番先に長々書いてしまうのです。それでも書き終わった瞬間の充実感は何ともいえませんが、早速メール返信の返信が届きまたまた返信です。

 私の暮しにとってメールと携帯は欠かせない存在になってきましたしその重要度は日増しに高まりつつあります。でも二年前の私のようにメールに無縁な人だって世の中には沢山いるのですから、アナログへの対応も忘れてはいけません。せいぜい努力してアナログとデジタルを使い分けてゆきたいものです。

  「パソコンを 開いてびっくり 玉手箱 百通越える お便り届き」

  「ブログ書く 暇もないほど バタバタと 日々を暮らせる 幸せかみしめ」

  「返事まだ 催促メール メールする メール再び メール返信」

  「今風の 風の便りは メールかも 話しているよな 錯覚とらわれ」

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shin-1さんの日記

○勘違いの間違い

 昨日はもう少しの所で勘違いの間違いをするところでした。一昨日伊予市大平保育所の園長さんから「明後日の講演会には宜しくお願いします」と電話がかかってきました。「えっ、明日じゃあなかったですか」「いえ、明後日ですよ」「いやあ電話をかけてもらって有難うございます。私はてっきり明日だとばかり思っていました。早とちりというよりは完全な勘違いの間違いでした。

 私の元にはメールや電話で講演のがあるのですが、出先で電話を受けると予定表を持っていないことが多く、「帰ってから確認します」といいながら、うろ覚えで講演を受けてしまうのです。忘れ情がよくなったのは歳のせいだと歳のせいにしていますが、前倒しの勘違いでよかったのですが、これが後倒しで気がつくと勘違いや間違いで済むものではなないのでよくよく気を付けたいと肝に銘じました。

 軽はずみな私なのでこのような間違いを一年に一回か二回は必ずやってしまいます。何年か前だったと思いますがとんでもないハプニングを引き起こしました。和歌山県から講演依頼があって予定表に入れておりましたが、すっかり忘れていたのです。確認のつもりで相手の担当者から電話があったのはその日の朝でした。「若松さんのお宅ですが」と言うなりその担当者は電話に出た私に「何で今頃お家にいるのですか?」です。「えっ私が家にいて悪いですか?」。「若松さん今日はあなたに和歌山県に来てもらうようになっているのですが?」。「えっ、そんな・・・・・」。その後は言葉にもなりませんでした。「これからだと間に合いません」。「いえ今日は500人も集めているので来てもらわないと困ります」。「ちょっと待ってください。飛行機の予約状況を調べて直ぐに折り返し・・・・」で電話を切りました。早速はやる気持ちを抑えて空港へ電話するとあいにく満席だとか、その時対応に出た女性が「アッ、只今キャンセルが一席出ました。直ぐに空港カウンターまで来てください。ところで空港まではどのくらい時間がかかりますか。もう1時間を切っていますよ」。「大丈夫です。直ぐに伺います」。

 妻を同乗させ、猛スピードで空港まで裏道を走り空港に着いたのは出発5分前でした。当時は携帯電話などなく妻に「伊丹空港まで迎えに来てもらうよう」担当者に電話連絡を入れさせ、その結果も分らぬまま飛行機に乗り込みました。僅か1時間弱の飛行機の旅は長く長く感じられました。伊丹に着いた飛行機を担当者は待ち構え高速道路をひた走り、湯浅町の会場へ着いたのか講演5分前、何事もなかったように90分の講演を終え、万雷の拍手を背に花束までいただいて湯浅町を後に再びキャンセル待ちの飛行機で松山まで日帰りで帰って来たのです。まさにラッキー、まさに綱渡りとかいいようのない、今思い出してもまるで映画のシーンでも見ているような悪い心地の思い出です。

 勘違いの間違いは日々の暮しの中でも沢山あります。歳を取ると頑固になるのか自分の勘違いな間違いに気付いても、それが自分の責任ではないような言い方をするものです。89歳になる親父などと衝突する意見も元はといえば勘違いな間違いが多いようなのですが、余りそのことを追求すると本人はプライドを傷つけられたような気分になるのか不機嫌になります。まあ人間には勘違いと間違いはあるものだと心がけておきましょう。

  「勘違い 間違い気付かす 電話入り 事なき得たり ホッと一息」

  「ああ俺も ボケたかこんな へまをする 昨日と今日は 一日違う」

  「勘違い するものなんです 人間は 気休め言葉 心にずしり」

  「勘違い だよと相手を たしなめる 相手の立場 自分だったら」

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shin-1さんの日記

○男は女によって出世する

 「えっ本当?」と耳を疑うような話がテレビで語られていました。その話によると男性の成功の半分以上は今も昔も女性の内助の功だというのです。昨年のNHK大河ドラマは司馬遼太郎の「功名が辻」で、山内一豊の妻千代の奮闘ぶりが描かれていましたが、あの話も豊臣秀吉も歴史上の人物の成功の裏には女性の大きな役割があったようです。かくいう私でも出世こそしてはいませんが、やはり私の人生も妻なしでは語れないのです。

 しかし年末から年始にかけて、男性の殺人死体バラバラ事件が起こり、「男は女によって出世する」という神話も崩れそうな雲行きなのです。その殺された男性と妻たる女性は結婚以来今で言うDVの被害に悩まされ、決していい仲の夫婦ではありませんでした。結局は憎悪が殺人と死体バラバラ事件に発展し、夫婦の結末は悲しいものとなったようです。「妻と言えども決して女を信じてはいけない」なんてコメントがテレビではバラエティ風に紹介されていましたが、家庭の基本である夫婦の妻を夫が信じられなくなったらこの世の中は誰を信じて生きてゆけばよいのでしょう。

 しかし、「男は女によって出世する」という話にはこれを上の句とするなら下の句があって「女は男によって幸せになれる」のだそうです。確かに男女同権の世の中にはなったけれど、男性次第で女性が幸せになるという言葉も当たっているのです。かくいうわが妻の幸せそうな姿を見ると、やはり夫たる私の功績だと思わずにはいられないのです。男が稼いで女が家を守るかつてのような古い時代はなくなり、女も男と同じように働く現代ですから男が大黒柱のような存在はすっかり影を潜めてしまいました。でも男女同権といいながらやはり男性には男性の、女性には女性しか出来ない役割があるのですから、お互いいたわり合い信じあい、愛し合いながら生きることが何よりも大切なことなのです。特に日本人は世界一の長寿国に生きています。長生きはいいに越したことはないのですが、お互い長生きをすると年齢から来る体力や気力の衰えが気になるのです。つまり夫婦介護という新たな問題に男女の差などはありませんから、お互いがお互いを介護しなければならないのです。

 世の中の人間は男と女という極めて単純な2種類に分類されます。最近は限りなく女に近いが女でもなく、限りなく男に近いが男でもない、あるいは男が女化し女が男化する人も見られ性差のない社会や同性愛が増えつつあるようです。同性どうしの結婚が話題になるなど、私などのような古い人間には考えられない社会になりつつありますが、それでも私たちのような普通の夫婦であれば、結婚というきっかけから始まる二人三脚ならぬ二人四脚で人生の大半を過ごすのですから、お互いがお互いを理解し合い助け合って生きて行かねばなりません。出世や幸せは目的ではなく結果なのですから、親や子どもを含めた家族という小さな集団をしっかりとしたものにして、結婚して良かったといえるよう努力したいものです。

  「出世など しなかったけど 満足だ 妻の功績 認めています」

  「幸せと 言わない妻に 幸せか 聞いてみたいが 言わぬが花か」

  「これからが 老いの坂道 下り未知(道) 支え必要 死ぬその日まで」

  「腰痛や のどの痛みの その度に 妻の手厚い 優しい看護」   

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shin-1さんの日記

○間違っていた名前

 私の所へは妻もびっくり、郵便局もびっくりするほど毎日沢山の郵便物が届きます。リタイアした私に何でこんなに郵便物が届くのか私本人もびっくりするのですから、家族や郵便局が不思議がるのもうなずけます。郵便物の中にはダイレクトメールで様々な商品の勧誘も来ます。個人じょうほと言われて久しい私の名前が勝手に独り歩きしているのです。このことによって不利益をこうむる訳でもないので、受け手たるこちらさえしっかりしていればいいと思い、別に気にも留めずやり過ごしています。

 ところがつい最近私の名前が少し違って来るようになった郵便物があります。私の名前は若松進一ですのに若松新一や真一などと書かれています。これくらいの間違いはよくある話ですからいいのですが、岩松新一とか若林新一とかになると存在しない名前なので郵便局に返すことも出来ず処分することにしています。こんな名前は一度入力すると一年間ぐらいは続けてくるようで、困ったものだと思いつつやり過ごしています。

 一昨年末ちょっとしたトラブルがありました。私宛に友人が送った宅配のお歳暮が届かないのです。普通はお歳暮を贈られても年末の慌しさゆえ送られたことの確認やお礼はやり過ごすことが多いのですが、その方は丁寧な方で電話で「○月○日○時頃、○○便で○○の品を送った。生ものなので早めにお召し上がりください」と連絡があったのです。でも待てど暮らせどその宅配物は届かず、○○便に電話をかけたら、確かに届けたというのです。留守中家族の誰かが受け取ったかも知れないと確認しても受け取っていないとのこと、もう一度宅配業者に何処へ送り誰が受け取ったか確認したところ、まったく別の家に届けられていたのです。実は双海町内に若松進一という私の名前と同姓同名だが漢字文字が一字違う若松新一という従兄弟が住んでいるのです。住所は私が正しい、名前はあちらが正しいので、大岡越前だとどんな捌きをするだろうと苦笑しました。従兄弟に問い合わせたところ、受け取った子どもが既に開封し、不思議な送り主だと思いつつもご相伴に預かったと重々詫びられました。従兄弟の家でもありお互い大いに笑って一件落着しましたが面白いエピソードです。

 先日松山のパレットという新しいタイプのリビングルームでの講演会に招かれて出かけたことは紹介しましたが、その模様をビデオで収録編集しDVDに入力して菅本達雄さんが送ってくれました。元NTTの方らしく技術は相当なものでDVDに直接私の写真を焼き付けるなど、保存バントしても価値が高いもののように思いました。再生して見たのですが、私の名前が新一になっていました。でも別に人に見せるわけでもないので気にも留めていませんでしたが、このDVDを見られた方から菅本さんに名前が違っているとご指摘があったそうで、ご丁重にも作り直して送ってくれたのです。早速お礼のメールを送りましたがこちらが恐縮するほどの丁寧さでした。

 62年間も使っていると名前の持つ重さを時々感じます。私のような田舎者で何の学歴もない名前でもインターネットで検索すると出るわ出るわです。自分が驚くほどの量です。62歳を機にそろそろ自分の名前の重さを感じて行動せねばと少しだけ思いました。名前の重さに気付かせてくれた菅本達雄さんありがとうございました。

  「名前など どうでもいいと 思いきや わざわざ訂正 送る人あり」 

  「同名の 宅配開ける ハプニング 大岡越前 裁きやいかに」

  「新一も 悪くはないな 思いつつ 同姓同名 いるから使えず」

  「ええ加減 親父進で 長男一字 加えただけと 馬鹿にしていた」

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