人間牧場

〇花づくりの思い出

寒かった今年の冬もやっと峠を越し、いよいよ針がやって来そうな雲行きです。雪が3mも積もった地方では、暖かい風が吹くと雪崩や落雪による事故も多発するので、くれぐれも安全に気をつけて欲しいと願っています。さて双海を代表する水仙のシーズンが終われば今度は菜の花です。菜の花で思い出すのは草を刈った初秋の頃、連作障害を防ぐために野焼きをした後へ種を蒔きますが、生えた菜の花は蕾の頃菜の花漬けやおひたしにすれば、春の香りがして食が進みますが、折角植えた菜の花を心無い人に摘み取られました。目敏く見つけた花を育てている人が、その現場を見つけ「その花は植えているので取らないで欲しい」と注意をしたら、「何処に書いているのか」と文句を言われ、帰り際、注意したおばさんに「この糞ババア」と暴言を吐いて摘んでいた菜の花を地面に叩きつけました。そのおばさんはやるせない気持ちを私に涙声で涙を流しながら電話で話しました。そして「盗まれない妙案はないものか」と私に尋ねました。私は考えた挙句3枚の看板を用意しました。「消毒中につき食べられません」と書きました。そのシーズンはお陰でいいお花を見ることができました。「さすが、あんたは知恵者じゃなあ」と褒めてくれました。そのおばさんも既に亡くなりましたが、花が咲く度思い出しています。(大笑い)

 

 

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〇寝たっきりになった同級生

今日は史談会の事務局長さんと2人で、「終戦80年この人に聞きたい」というタイトルで始めた古老の話を聞くため、9時から11時まで本郷の亀岡さん宅を訪問し2時間の予定で収録を終えました。その後自宅まで送ってもらい昼食を食べてから急な思い付きで冨岡の久保さんに取材を申し込むため久しぶりに冨岡の集落へ向かいました。久保さん宅には何度か電話を入れて接触を試みましたが、なぜか電話が繋がりませんでした。久保さん宅へ着くと在宅で、聞けば電話が故障していて通じないとのことでした。収録予定を快く引き受けていただいた帰り道、同級生の大藤さんのことを思い出し、火災で焼失しお寺の山門だけが残る山門を横目に久しぶりに訪ねました。大藤さんは脳梗塞などにより体が不自由で、ベットに寝たまま奥さんと二人で出迎えてくれました。積る話をいっぱいして喜んでくれました。同級生の音信を話す度に懐かしい元気なころの思い出話に花を咲かせました。帰り際不自由な手を差し伸べて涙を浮かべていました。幸いなことに私は今のところ元気です。でもいつどうなることかも分かりません。「元気で進ちゃんが羨ましい」と言ってくれました。

 

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〇小さな読書会

岡田由利子さんは筆まめな方で良くハガキをいただきます。外反母趾でリハビリ入院していた時もお見舞いのハガキをいただき勇気づけられました。今日ベンチ作りや下灘駅下の設置予定ヶ所清掃をやった帰りに、同行した前公民館主事の出海さんから岡田さんが地域事務所で読書会をしていることを聞きつけ、仕事も終わったので立ち寄りました。20人ほどの人が集まっていました。そ~っと会場の図書室へ入り、皆さんの様子を聞くことにしました。子どもを含めた皆さんがタイムキーパーしながら岡田さんのコーディネートで会話も弾んでいました。最後に人形作家林さんのお話でしたが、帰るに帰れず結局最後は私までご指名を受け話をする羽目になりました。お恥ずかしい話でした。

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〇毎日のように積る雪

今年は例年に比べ降る雪の量が半端ではなく、特に東北や日本海側では3mを越すような雪が積もっているところがあるようです。雪の縁のない私たちの地方でも、先週関門海峡を越えた雪雲で、八幡浜を中心に雪が積もり、農業用ハウスに甚大な被害が出たようで、一般国道夜昼トンネルも一時通行止めになるほどでした。雪が降ると殆ど凍結しない海岸国道に車が集中し、いつになく車の通行量が多いようです。それにしても積雪の多い地方は雪かきに疲れ果てて疲労困憊の姿がテレビに映し出され、他人事ながら屋根の雪下ろし中の事故で亡くなる人も出て大変のようです。「もう雪は要らない」と雪かきで疲れた姿の人から悲鳴が聞こえていました。

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〇今年もバレンタインデーに5個のチョコレートが届きました

もうバレンタインデーにチョコレートを貰っても、ウキウキなどしないと思っていたのに、今年も義理チョコにせよ5個も届いて少しだけ嬉しくなりました。今年小学校1年生になっている孫娘花菜からは、「私が選んだチョコレートの味はどうだった」とライン電話で聞かれ、飛び切り美味しかったと答えました。遠くは広島からもチョコレートが届き、義理チョコにせよ幾つになっても贈り物はうれしいものです。貰ったチョコレートは家族にお裾分けして少しだけ自慢しながらみんなで分け合って食べました。

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〇ついに手に入った紙芝居用の手振りの鐘

わが家には宇和島水産高校の実習船えひめ丸事故の慰霊碑を作る作業に企画段階で携わった、玉井恭介さんから譲り受けた平和の鐘が海の資料館に展示されています。いただいた玉井恭介さん私の元に届いたのか、またどこにあったものなのかは知り由もありませんが、「あなただったらえひめ丸のことを忘れないで語り継いでくれるに違いないから」と頂いたものです。私が欲しかった鐘にはもう一つ、それは自転車でどこからともなくやって来て紙芝居をしていたおじさんが手振りの鐘を鳴らして子どもを集めていた鐘鐘がどうしても欲しくて探していましたが、昨日とある場所で見つけ譲り受けて持ち帰りました。今は埃にまみれて見すぼらしい恰好をしていますが、その内磨いて綺麗にして、紙芝居とともにお披露目したいと思っています。

 

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〇何となく双海町という農山漁村に生きている私

ふと気がつくと私は双海町という農山漁村で暮らしています。合併当時1万人もいた人口は、この60年間で3500人にまで減り、5軒あったガソリンスタンドも次々に消えてなくなり、ガソリン難民という暮らしを強いられています。道は県道から国道に昇格してすこぶる便利になりましたが、1年に100人づつ人口が減り続けていて、小学校はかろうじて3校残っているものの、中学校は1校に統合され、その中学校も部活に支障を来す程になりました。かろうじて私が関わった夕日によるまちづくりのお陰で、交流人口はある意味増えています。恐らくこのままだと消滅するのではないかと心配しています。それでも地球上で一番大好きな町だし、この町で誰が何と言おうとたとえ一人になっても、一生を終えようと思っています。過去年齢を80年生きてきた私には100歳まで生きると仮定して、あと20年の未来年齢があります。明日のことは分かりませんが、さりげなく生きて行きましょう。ないものはないこの町で・・・。

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〇風呂が広過ぎて寒い

わが家の風呂場は畳3畳敷もある広さです。家を大家族だったため「風呂くらいは大きくしよう」と親父と私の相談がまとまり大きくしました。夏などはのんびりゆったりして良いのですが、家族が一人減り2人減りと少なくなってくると天井も高く広過ぎて、浴室が中々温まらないのです。最近は浴室の通じる脱衣場にストーブを持ち込んで温めないと寒くて叶わなくなりました。一番風呂は私が入り2番風呂は受験生の中3の孫が入り、遅く帰っても息子。高2の孫、若嫁とは入り最後の終い風呂は妻が入ってお湯を抜き掃除をして一件落着です。風呂に入る順番が狂うと少しざわつきますが、孫などは鼻歌交じりで賑やかな入浴です。

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〇私の自給自足の勧め

我が国は資源の乏しい四方を海に囲まれた国です。世界中には食べたくても食べれず飢餓や戦争に苦しむ人も沢山います。また病気にかかり将来を悲観して生きる人もいます。わが国では金さえ出せば何でも揃い、別に苦労をしなくても貧富の差はあっても何とか暮らして行けるのです。ふと私たちにもしものことがあって暮らしが立ち行かなくなったらどうすればいいのでしょうか。主食であるお米の問題に端を発したことも他人事では済まされないのです。さて自給率が40%を切った日本で暮らす私に出来る自給とは、一体何が出来るのでしょうか。約1反の畑でジャガイモや玉ネギその他無農薬野菜を作ること、果樹園で甘夏柑やスモモ、ブルーベリーを作り、余剰品を加工してマーマレードや切り干し大根を作ること、蜜蜂を飼って蜂蜜を自給すること、ヒジキ・天草・ワカメを採って保存食を作ること、魚は物々交換による新鮮魚介類を手に入れることなどなどですが、元気だからこそ出来る自給の数々です。やってみたいことはいっぱいありますが、これが今の自分には限界のようです。

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〇今年は選挙の年

早いもので合併して20年が経ちました。その間わが市でも無投票も含め市長や市会議員の選挙が行われ、4年ごとの市民の審判を受けるためと誘われました。私にその気はなく、又それほどの人物でもないので、丁重にお断りをしてきました。ある時「あなたは何故選挙に何故出ないのか」と尋ねられたことがあります。「選挙に出たら妻に離婚される」と笑い話で雲に巻き

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