人間牧場

〇愛媛大学農学部農山漁村地域マネジメント特別コースの講義(その2)

 昨日は人間牧場で、農山漁村地域マネジメント特別コースの授業があり、午前中3時間、午後3時間と合計6時間の集中講義を行ないました。その講義の内容は概ね次のとおりでした。
 1、地域づくり概論その1
   ・地域活性化論とは
   ・人間と地域の潜在能力と顕在能力
   ・年代軸的認識(過去、現在、未来)と波型軸的認識(明治維新、敗戦、全総計画)
   ・むらおこし、まちづくり、地域づくり

講義を終えて室内で記念の集合写真
講義を終えて室内で記念の集合写真

 2、地域づくり概論その2
   ・地域づくりの分類型と全国各地の実態
   (住民参加、環境、地域通貨、ツーリズム、農林漁業、起業、福祉、行革、商店街、地域経営)
 3、地域づくり概論その3
   ・地域づくり県内各地の実態
   ・旧市町村自治体のキャッチフレーズ
 4、地域づくり概論その4
   ・地域を巡る時代の流れを読む(10年前と今を比較した社会の変化)
 5、地域づくり概論その5
   ・地域を巡る地方の苦悩を知る
   ・田舎嘆きの十ヵ条

 6、人づくり論
   ・理想の地域づくり人とは
   ・理想の人づくりは水五則にある
 7、具体的事例研究その1
   ・夕日をテーマにした双海町の地域づくり
 8、具体的事例研究その2
   ・人間牧場をテーマにした地域づくり)
 9、いい企画をものにする方法

 この日は仕事の都合で何人か欠席していましたが、受講生の意識は高く、昨日の夜何人かからメールが届く等嬉しい反応がありました。6時間の講義は心地よかったものの、流石に少し喉が枯れて今朝は声が出にくかったようです。日ごろは朝4時まには起床するのに、1時間も寝過ごして朝5時の目覚めとなりました。今朝は雨脚も強く、昨日はあいにくの雨でも講義に影響のない程度だったことに胸を撫で下ろしました。

  「1時間 寝過ごしたけど 爽やかな 朝の目覚めに 雨音強く」

  「6時間 話したためか 少し喉 枯れて美声も 森進一に」

  「ああ済んだ 一つ肩の荷 降ろしたら 次の荷物が 早くも待って」

  「感想が メールで届く 早々と 私も返信 早々送る」 

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人間牧場

〇今日は雨かも?

 昨日は二十四節気のひとつ処暑でした。立秋よりも更に季節の変わり目を意味するようで、夏の暑さもいよいよ峠を越した感じです。今年の夏は日本列島が異常気象に悩まされました。私たちの住む四国ではこの一ヶ月間雨がまったく降りませんでした。かと思えば東京以北の地域を中心に日本の各地で、1時間に100ミリを越すようなゲリラ豪雨に度々見舞われ、各地で大きな被害に遭いました。

 台風常襲地域の九州、四国、近畿に住んでいれば、天災の少ない関東地方を羨ましく思っていましたが、最近は私たちの地方も台風が上陸しなくなったような感じがして、日本列島はどこへ行っても天災は起こるものだということを実感しながら、そろそろ210日が近づき台風のシーズンだと思い、毎日PCで天気図の中に台風や熱帯低気圧の居場所を探し、その行方に気を揉んで暮らしています。

今朝の本尊山
今朝の本尊山

 今朝は久しぶりに書斎の窓から見える町のシンボル本尊山に刷毛で掃いたような白い霧のような雲がかかり、雨を予感させています。普通であれば首を長くして待っているお湿りなのですが、今日は愛媛大学農学部の社会人学生が人間牧場へやって来て、現地授業をする予定なので、願わくば小降りであって欲しいと願っています。早朝親父が書斎の外にやって来て、「今日は雨模様なので水を遣らない」と言いました。

 昨晩は警察官をしている三男息子が半年振りに帰省し、孫たちが若嫁の実家へ泊まりに行った寂しさを紛らわせてくれましたが、息子は仕事柄相変わらず仕事の話はしないので、妻はそのことが心配の種のようです。娘一人、息子三人の子宝に恵まれながら、いつの間にかそれぞれが自律の道を歩んでいるようで、6本川の字になって一つの部屋で寝た大家族の時代が無性に懐かしくなりました。いよいよ人恋しい秋の夜長の季節が始まります。

  「雨待てど 今日だけ降らぬ よう頼む 身勝手ゆえに そうもゆくまい」

  「あちこちで ゲリラ雷雨の 被害あり 季節移りて 昨日処暑」

  「いつの間に 子ども独立 いなくなり どこか寂しい 処暑の夕暮れ」

  「それぞれに 親子で違う 雨期待  私は降るな 親父降ってと」

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人間牧場

〇水滴石を穿つ(うがつ)

 猛暑・酷暑の夏もいよいよ終わりに近づき、日中は暑いもののさすがに朝晩は心地よい風が吹いて、虫の声ものどかに聞こえるようになってきました。もう一ヶ月も雨が降らないため、裏の谷から流れ出る清水も息絶え絶えといった所で、清水の出口にポリバケツを置き、少し時間はかかるものの貯まった水は毎朝晩キュウリとゴーヤにやっています。そのお陰でキュウリもゴーヤも今年の夏はわが家の食卓を豊かにしてくれました。

 瀬戸内に面したわが町では一雨欲しいこの頃ですが、日本各地では相変わらず気候が不安定で、島根や鳥取では昨日1時間に100mmを越す大雨が降ったとテレビで報じていました。時間雨量100mmを越す雨量はバケツをひっくり返すという表現がピッタリの大雨で、一生に一度か二度出会うくらいだといわれていますが、今年日本各地で起こっているゲリラ雷雨はその域を超えていて、危険を回避しながらなすすべもなく大雨が通り過ぎるのを待つしかないのです。

 それでも人間は身勝手なもので、明日愛媛大学農学部の社会人学生が多数人間牧場に来て研修会をする予定が入っているので、せめて明日だけでも雨が降らないようにと祈っているのです。しかしその願とは裏腹に、天気は少し下り坂のようで、私の願いが天に届くかどうかは降水率50パーセントの確立からすると半々で、お天気男を自認する私の運に頼るのみです。まあ屋外の研修でもないので雨が降っても左程プログラムに影響はないので、安気な気持ちで対応したいと思っています。

 昨日の夕方コンクリートで作っている清水の溜まりに、小さな穴のようなくぼみを見つけました。チョロチョロと流れ出る水の力はどういうことはありませんが、毎日毎日の積み重ねでコンクリートさえも穴を開けてしまうのですから、水の力の強さに驚くほかありません。「水滴石を穿つ」という中国南宋の文人、羅大経が言っていますが、自分の日々の精進は水の一滴のようであっても石をも穿つ、つまり続ければ大きな力となると続けることの意味を説いています。さあ私の人生も水滴になぞらえて、コツコツと生きて行きましょう。

  「チョロチョロと 落ちる水滴 コンクリに いつの間にやら 小さな穴を」

  「石穿つ 水滴のよう 根気よく 生きよと諭す 羅大経教え」

  「身勝手な 願い通じる 訳もなく 明日は雨降る 確立50」

  「継続は 力なりけり 我輩も 性根を入れて 日々の精進」

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人間牧場

〇手作りの素敵なうちわが届く

 私が役場で地域振興課長をしていた最初は、課長以外まったく課員部下のいない日本一小さな課でした。自分で考え自分で行動する気安さもあって、自分では大いに満足し、そんな課を作ってくれた町長さんに感謝したものでした。総務課長さんから「一人の課で部下を管理する必要がないので、管理職手当ては要らないのでは!!」と冗談交じりに言われましたが、「自分で自分を管理すのは難しい」と言って、管理職手当てをいただくようになりました。
 夏が来るといつも思い出すのは、「暑いといったら100円」という目標を掲げ、小さな「暑くない貯金箱」を置いて、「暑い」という言葉を発する度に100円を入れました。地域振興課長の仕事は最初は主にシーサイド公園の整備や運営の立ち上げでしたから、外へ出る機会が多く冷房の嫌いなこともあって、「暑いを連発し自己申告で入れた100円はあっという間に1万円を越えました。

大分県佐賀関の東さんから送られて来たうちわ
大分県佐賀関の東さんから送られて来たうちわ

 そこで考えたのが、無地のうちわに「暑いといったら100円ですよ!!気をつけて」と書いて机の上に置いたところ効果覿面で、以来人の「今日は暑いですね」の言葉に惑わされることもなくなり、その夏を終えたのです。うちわにはそんな懐かしい思い出があるものですから、収集した訳でもないのにうちわが50本以上も貯まり今に至っているのです。
 一昨日大分県佐賀の関に住む東布紀男さんから、ゆうパック便で素敵な3枚のうちわが送られてきました。居酒屋を営む東(あずま)さんとは、招かれた佐賀関での講演会で知り合い、一度伝説の関サバ料理を食べに東さんの店へお邪魔したことがあります。聞くところによると東さんは愛媛県八幡浜の出身だそうで、初対面から気心が知れすっかり意気投合しました。しかしもう7~8年も前の出来事であり、お互い記憶の外にある人のようでしたがどうしてどうして、こうして1~2度の出会いを忘れることなく覚えていてくれたことは大感激でした。

うちわの裏面
うちわの裏面

 東さんは絵や文字が得意で、大分市と合併する以前の佐賀関町のイラストや、看板文字は一手に引き受けていた達者な方でしたが、今は老人ホーム等に出かけ、お年寄りを相手にぬりえ教室を開いたりボランティア活動に余念がないようで、旺盛なボランティア精神に頭が下がる思いです。今年はうちわ500本に絵と言葉を書いているそうで、そのうちの3本が私の元へ届けられたのです。
 私は昨日早速佐賀関の親人である渡邊又計さんに電話を入れ、東さんの近況等を詳しく聞きましたが、一度東さんのお店に覗きたいものだと思っています。
 届いたうちわにはお地蔵様の絵と言葉が添えられていました。妻が「お父さん、使うのが勿体ない」というほど立派な出来栄えです。3枚の中の一つに「あなたの腹の中」という意味ありげな言葉が書かれていました。自分さえも分らない自分の腹の中は一体どうなっているのでしょうか。自分の腹の中も頭の中も所詮一生分らないのでしょうが、「悪いことは辞める」「良いことはする」という二者択一の「良いこと」を実践し続ければ、腹の中にどんどんいいことが貯まってくるのかも知れません。東さんから送られて来たうちわでそっとあおいで見ました。心地よい風が起こりました。「風を起こす」ことの意味を考えました。

「関サバで その名を馳せた 佐賀関 ウチワ届いて 活き(粋)がいいわい」

  「扇子(センス)より うちわ庶民の 風のよう 浴衣背中に 差して絵になる」

  「絵に書いた お地蔵様の ありがたや 両手合わせて 片手であおぐ」

  「私には 分らぬ自分の 腹の中 何を溜めるか 生き方大事」 

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人間牧場

〇この町の子育てを考える研修会

 昨日は午前中と夜に研修会があり、少し気忙しい一日でした。朝食時に毎朝妻にその日の予定を話すのが日課となっていますが、夜の研修会の講演に軸足が向いていたのか、出番のない参加するだけの午前中の研修会は、書斎で原稿書きに熱中し過ぎて時間ギリギリとなり、急いで車を走らせたものの2~3分時間に遅れてしまい、会場となっているコミセンについた時には、失礼ながら研修会は始まっていました。

アンケートの説明
アンケートの説明

 昨日午前中の研修会は「この町の子育てを考える」という研修会でした。座談会に先立って6月に実施した子育てアンケートの結果が、主催者である地域おこし協力隊の富田さんによって、パワーポイントで詳しく説明がありました。回収率は37パーセント(115通)だったそうですが、その中にはわが家の若嫁も回答していていたので、興味を持ちながら聞きました。富田さんはこうしたアンケートの分析についてはその道のプロなので、いい分析結果を得ていました。

 

 その後前田眞さんをファシリテータにして二宮さん、橋本さん、酒井さんの3人が、子育てに関する意見を述べてくれました。3人とも自分の日ごろの活動や過ぎ越し子育てを述懐し、とても参考になる話でした。日本全体が少子高齢化へと進む中で、田舎の少子化は深刻で、学校が統廃合されたり、保育園さえも存亡の危機に貧しています。でも子どもが少ないことは幾ら考えても、変えようがない悩みなので、そこからどんな手を打つかについても話されました。

発表する3人の女性
発表する3人の女性
ファシリテーターの前田眞さん
ファシリテーターの前田眞さん

 行政への要望や不満は沢山あり、改善して欲しいと思いますが、合併後行政サービスをこれ以上求めることには限界があります。幸い公共施設は空き部屋が沢山あったり、暇と金と技を持った高齢者も利用しようと思えば沢山います。田舎で普通の子どもを育てるには、知恵と汗を出し子育てをする普通の親になることです。わが家も4人の子どもを心だけは豊かな普通の子どもに育てましたが、ふるさとが好き、人が好きという本来人間が持つべき持ち物は持っているようです。

 地域おこし協力隊のメンバーはいわばよそ者です。多分彼らがいなかったら、地域づくりと子育てを結びつけて考えるような、柔軟な発想は浮かばなかったものと思われます。田舎のしがらみや田舎だからと諦めていたことが、田舎の発展を阻害しているのです。今後も枯れ木も山の賑わいゆえ、何のお役にも立ちませんが、彼らの活動に注目し、田舎の良さをもっともっと理想郷に近付けられるようにしたいものです。

  「子育てを 地域づくりと 結びつけ 勉強するは さすがよそ者」

  「発表も 調査結果も 首縦の 納得でした 次が楽しみ」

  「枯れ木ゆえ 頭数しか 役割は ないかも知れぬ それでも出かけ」

  「孫二人 私育爺 子育てに 関わる幸せ これから先も」

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人間牧場

〇ゴボウの健康効果

 私のインターネット歴は意外と短く、インターネットを使い始めてまだ10年近くにしかなりません。誰の手ほどきもなく、うろ覚えで始めたため基本がしっかりしていないので、様々な応用が効かないばかりか、トラブルに巻き込まれるともうお手上げで、何度長男息子や娘婿に助け船を出したことか分りません。その都度息子と娘婿の手ほどきによって、何とかここまで使いこなせるようになってきました。
 元々は講演先から「プロフィールや講演資料をメール便で送って下さい」という、要望に対応するための手段として使う程度の軽い気持ちでしたが、娘婿に勧められてブログを書くようになったり、原稿を書くワープロ程度の手段として使うようになって、PCの前に座る時間が長くなり始めました。今では暇を見つけて人のブログを読んだり、調べ物をしたりしています。

 先日パソコンをいじっていると、「ごぼうの健康効果」という文字がPC画面に現れました。興味を持って読み進めてみると、ゴボウの話が次々と書かれていました。私は元々ごぼうが大好きで、妻も時々ゴボウを買ってきて料理を作ってくれるのです。そんなこともあって家庭菜園でゴボウを作ろうと思い立ち、今年の春先ゴボウ作りに挑戦しました。以前母が存命中はゴボウを作っていましたが、頼まれて畑でゴボウを掘らされました。ゴボウは土中深く根を下ろしているため、穴を掘るほど土を掘らないとゴボウは途中で切れてしまいました。母に「根性が足らないと途中で切れる」などと散々悪口を言われながら、あの重労働だけは嫌だと悪夢を思い出し、一ヶ所は畑の土を深耕してゴボウの種をまき、もう一ヶ所は工事用の幕板を組んでかさ上げした土に蒔きました。両方とも春から初夏の雨を受けて順調に育ちましたが、この頃になるともう一ヶ月以上もまったく雨が降らないため、青々していた葉っぱは萎れて枯れたような状態になりました。

直播のゴボウ畑
直播のゴボウ畑

 このままでは食用になるまいと思っていましたが、ゴボウの健康効果を思い出し、昨日は妻に頼まれたこともあって、日中の暑さの中で深掘りして植えた畑のゴボウを掘りました。いやはや土は固くて地堀り鍬で掘るものの、大汗をかいてしまいました。それでも細いゴボウに混じって見事なゴボウができていました。妻も大喜びで早速昨日の夕食にはジャガイモとゴボウとニンジンを鶏肉で煮込んだ料理が一品出ました。いやはやその美味しいことは抜群で、大いに食が進みました。
 ゴボウは悪の強い野菜と考えられています。それもそのはずゴボウを削っていると手の指は真っ黒になるのです。このアクの正体はポリフェノールだそうです。だとしたら通常水で晒してアク抜きをしていたのは、栄養と美味しさを捨てていたことになるのです。ゴボウの抗酸化能は野菜の中でもトップクラスで、過熱や焙煎した抗酸化能は更にアップするのだそうです。

 私たち現代日本人の食生活は脂肪過多で、腸内環境は悪化の一途を辿り、生活習慣病や老化を引き起こす大きな原因になっているようです。ゴボウに含まれる豊富な食物繊維やポリフェノールは、腸内環境を整え、便通を良くするだけでなく、免疫力を活性化させたり腸内毒素を減少させるようですが、毎日ゴボウばかりを食べれる訳ではないので、全てをゴボウに依存することはできませんが、せめて自家製で安全なゴボウをこれからも極力食べたいと思っています。
 最近友人からゴボウ茶をいただきました。「ゴボウのお茶?」とその時は余り飲む気にもならずほおっておきましたが、よくよくネット資料を読んでみると中々面白く、自分でも簡単に作れそうなので一度試しに作って、飲んでみようと思っています。いやはやまた私の好奇心に火がつきそうです。

  「今年春 美味しいゴボウ 食べたくて 二ヶ所作付け 順調育つ」

  「昨日昼 地中深くに 根を下ろす ゴボウ汗だく 10本ほど掘る」

  「食卓に ニンジンジャガイモ ゴボウ入れ ごった煮一品 美味い美味いと」

  「健康に すこぶる良いと 書いてある どこまで信じ どこまで食べる?」

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人間牧場

〇夕やけこやけ

わが家の裏山から見える初秋の夕日
わが家の裏山から見える初秋の夕日

太陽が一番北寄りのコースを通るのは6月21日の夏至の日です。そのころはまだ盛夏に向かっている時期なので、一日の中で一番昼が長く夜が短いとは余り気がつきませんが、夏至の日から2ヶ月が過ぎると、流石に朝の来るのが幾分遅く、日の入りも早くなったと暦の確かさを実感し、「秋来ぬと目にはさやかに見えねども、風の音にも~」の言葉を実感するのです。
 このところの日課となっている夕暮れ時、家庭菜園への水やり作業をしていると、毎日のように西の彼方に夕日が綺麗に落ちる姿が見られます。水遣りの途中なのですが、水を遣りながら夕日の美しさについつい見とれて、カメラで夕景を撮りたいと思いながら作業を続けています。

中学校の体育館の窓に映った夕景
中学校の体育館の窓に映った夕景

  昨日は運よく少し早めの水遣りも終ったので、今年の夏の夕日も見納めとばかりに、裏山に登って夕日を一枚撮りました。夏はわが家から自慢の夕日が日常的に見えますが、これから秋に向かうと急速に夕日は西よりのコースを取りはじめ、残念ながらもう一ヶ月も過ぎると、西の端に隠れてしまうのです。

見返り坂から眺めた小焼け
見返り坂から眺めた小焼け

 夕日の写真を撮ったついでにカメラをポケットに入れたまま、散歩に出かけました。私のウォーキングパラダイスを少し歩くと双海中学校へ出ました。少し遅かったのでしゅっターチャンスは逸しましたが、体育館のガラス戸に、それは綺麗な茜色の夕景が映っていました。直接夕景を見るのも綺麗ですが、二次元的に見る夕景もおつなものでした。

上灘川橋の街路灯とお月様
上灘川橋の街路灯とお月様

 県道に出てふと振り返ると、真っ直ぐな一本道が続く逆さ八の字の谷間の向こうに、綺麗な小焼けが印象的に見えました。上灘川にかかる橋まで来ると橋の街路灯のオレンジ色の光の向うに真ん丸に近い旧歴12日のお月様が見えました。これも一興です。このところ一ヶ月も雨が降らず、猛暑好天の影響でしょうか、道沿いの田圃では稲穂が頭を垂れ、早くも黄色く色づいていました。少し急ぎ足で高村電気店まで歩き引き返しましたが、少しの散歩でも体中すっかり汗をかいてしまいました。
 日々の雑事に追われ、移り行く季節の移ろいを感じないまま何げなく過ごしていますが、立秋を過ぎ、お盆を過ぎると、日中は暑いものの少し秋の気配を感じるこの頃となりました。

 

  「菜園の 向うに綺麗 夕日見え 急いでカメラ シャッターチャンス」

  「体育館 窓に綺麗な 夕景が 二次元景色 これも一興」

  「街路灯 向うに綺麗な お月様 周りの田圃 早くも色づき」

  「何げなく 過ぎ行く日々の 速さかな 回りすっかり 秋の気配が」

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人間牧場

〇収穫したプルーンを使ってジャム作り

 人間牧場の農場に植えたプルーンの木が、今年初めて実をつけました。スモモやプラムと一緒に植えたため、スモモと一緒ぐらいな時期に実をつけて、一緒のころに熟すのだろうと思っていましたが、プルーンの実はスモモやプラムより2年も遅く初なりを迎えたのです。ところが今年初めて実をつけたものの、スモモの時期が終っても一向に熟さず、8月になってやっと表面に白い粉を吹き濃い紫色になりましたが、実は食べても美味しくありませんでした。木の品種を選ぶのを失敗したと失望し、とりあえずなった実を少し収穫して帰ろうと、駄目もとで採果袋に半分程度収穫したのです。

 

水洗いした約1キロのプルーンの実
水洗いした約1キロのプルーンの実

 妻はそのプルーンの実を見て、今年の初夏酸っぱい梅の実でジャムを作ったところ、思わぬ出来栄えと私の太鼓判に味を占めたのか、「ジャムにしたら」と提案がありましたが、その無愛想な姿から私も妻も半信半疑でした。昨日は妻が仕事で家を留守にしていることをいいことに、私一人でプルーンの実を水洗いして包丁で半分に割り、中からアーモンドに似た種を取り出す作業をしました。割った実を卓上計で1キロずつ計り4キロを、妻の用意してくれていた大鍋に入れました。あらかじめインターネットでプルーンのジャム作りを検索して調べていたので、プルーンの実の上に砂糖を1キロ当たり400g入れ、指示通り約2時間半寝かせました。11時30分になったころガスコンロに乗せて少し弱火で炊き始めると、水も入れていないのにプルーンの実から出た水分が鍋一杯になりました。

種を取り鍋に入れたプルーンの実
種を取り鍋に入れたプルーンの実

 更に火を弱めて灰汁を取りながらグツグツ煮ると、皮は少し硬いものの実がほぐれて程好い具合に進みました。昼休みに帰った妻の指導を受け、更に弱火で1時間ばかり焦がさないようにかき混ぜ続けると、まああれほど茶紫だったプルーンの実が、鮮やかな赤色に変身したのです。その後私と息子がペンキ塗りに出かけるため、若嫁にバトンタッチしてレモンを4個入れて煮詰めると更に赤色が増し、イチゴジャムより綺麗な赤いジャムとなりました。今朝は昨晩時間切れで冷ましていたジャムの水分を、もう少し飛ばすため火を入れ、完成させたいと思っていますが、防腐剤を入れない自然食品のため、大量にできたジャムはカキ氷用に若嫁にお裾分けしてやり、冷凍保存して食べたいと思っています。

 

砂糖を降りかけて2時間半寝かせたプルーンの実
砂糖を降りかけて2時間半寝かせたプルーンの実

 まだ人間牧場のプルーンの木には実が残っているので、それも急いで収穫して加工したいと思っています。いやはや降って湧いたような出来事に、来年からの実りの季節が楽しみになってきました。「無知によって生ずる不幸は知ることによって避けられる」ほどではありませんが、捨てるはずだったプルーンの実は意外なところで活用の道が開けたようです。
 息子は私のプルーンジャムづくりなどまるで無関心で、傍でせっせと蜂蜜の精製作業をしていますが、家族全員が何らかの方法で自給率を高めるために関わっていて、ほのぼのとした家族の姿にホッと一息ついた感じの夏休みの一日でした。

 

 

 

出来上がった真っ赤なプルーンジャム
出来上がった真っ赤なプルーンジャム

 

  「茶紫 プルーンの木の実 種取りて 砂糖ふりかけ コンロにかける」

  「驚いた 真っ赤なジャムに 大変身 凡人私 理解もできず」

  「調理場に 殆ど立たない 私だが ジャムの加工で 面白さ知る」

  「来年は プルーンなるのが 楽しみに なってきました 牧場界隈」

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人間牧場

〇どうやらプルーンらしい

 プラムやプルーンという果物が何かも分らず、とりあえず実のなる木を植えようとホームセンターの店頭で、5年前にスモモやブルーベリーなどの苗を買って人間牧場の狭い農場に植えました。気の成長は早くスモモとブルーベリーは3年目から実をつけ、特に今年のスモモは大豊作でした。ところがプルーンの木はかなり大きく育ったのに、一向に実をつけず気を揉んでいましたが、今年の春花が咲いて今年初めて3本の木の2本に実がなりました。
 一緒に植えたスモモ感覚で実の成長と熟すのを待ちましたが、どういう訳か実は余り太らず熟しもせず、インターネットで調べた結果、この程度だということが分かりました。

採果袋で収穫したプルーンの実
採果袋で収穫したプルーンの実

 白い粉が実全体を覆い、紫がかった色はいかにも美味しそうですが、生食で食べても甘味が殆どないためどうしようか迷っていましたが、とりあえず採果袋に半分ほどをトゲのある木に梯子をかけて登り収穫して持ち帰りました。妻と相談し今日にでもネットで調べたプルーンジャムの作り方を参考にして作って見たいと思っていますが、はてさてどんなジャムができることでしょう。
 今年は梅が大豊作だったため、妻は梅の実を使って梅ジャム作りに挑戦しました。あの酸っぱい青梅が果たしてジャムになるかどうか心配しましたが、どうしてどうしてこれが結構な味のジャムに仕上がり、この2ヶ月間毎朝の食卓に出てくる食パンにつけて食べましたが、風味がとても爽やかで昨日までに比較的大きな一瓶を食べきってしまい、妻を喜ばせました。妻もジャム作りについてその気になっていて、ジャムを収納する冷蔵庫が欲しいと自給率向上を目指しているようです。

プラムのような実がなった木
プルーンの実が沢山なった木

 プルーンは別名西洋スモモというのだそうですが果肉の実離れがよく、実の中にはアーモンドのような種があっていとも簡単に取り出せるのです。果皮の表面にまるでグラニュー糖をふりかけたように白い粉がふいているのも特徴らしく、食べても無害だと知りました。もし美味くプルーンのジャムができると、樹上に諦めて残している実も収穫したいと思っています。
 5年前までまったく知らなかったブルーベリーやスモモや梅を使ったジャム作りに今年新たにプルーンジャムが加わりそうです。果物を使ったジャム作りの仕上げに欠かせないのはレモン果汁です。今年の春植えたレモンの木も今のところ枯れもせず順調に育っているので、しっかりと有機肥料を施して早く収穫できるようにしたいと思っています。

 

 

  「実がなった けれどもこれが 何なのか 訳も分らず ネット手助け」

  「プルーンの実 採果袋に 詰め込んで 持ち帰りさて ジャムにしようか」

  「また一つ 新た食べ物 加わりて 来年からの 楽しみ増える」

  「包丁で 実を切り種を 取り出して 砂糖で煮込み ジャムを作りぬ」

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人間牧場

〇でっかい鯛が届く

 わが家は代々漁師の家で、私が子どものころは親父が主に鯛網を営んでいたし、私自身も若い頃漁師をしていたので、大きな鯛を見ても別に驚くことはありませんが、親父が70歳を機に漁師を廃業して漁船・漁具を全て処分した25年前から、魚は買うもの・貰うものとなりました。それでも親類に漁師さんが多いののと、私が魚が大好きなこともあって、魚が食卓に上らない日は殆どないくらい、魚を沢山食べて元気に暮らしているのです。
 そんなわが家へお盆の時期でもあるのか、親類から鱧が一箱届いたのを皮切りに、鱧の骨切りしたものや、鯛が2度にわたって届きました。従兄弟の組合長から貰った鱧の骨切りしたものは別として、鯛はその都度私の手を煩わせて捌きましたが、一昨日息子の友人から届いた鯛は別格で、7キロ以上もある大きなものゆえに、流石の私もその処理に悪戦苦闘する羽目となりました。

 

息子の友人から届いた大きな鯛
息子の友人から届いた大きな鯛

 大きな鯛の皮目にはとても大きな鱗が、まるで鎧のようにびっしりついています。その鱗を取るのは一苦労で、市販の鱗取りで丁寧に鱗を引くのですが、鱗は容赦なく四方八方に飛び散り、肌の露出した部分や流し台のあちこちにへばりついて、乾くと中々取りにくいのです。そのため鱗を引き終わると一度丹念にそこら辺や肌の掃除をして水で流さなければなりません。その後腹に包丁を入れて内臓を取り出し、あらかじめ用意していた捨ててもいい買い物袋に入れるのです。sらにエラを取り除き終わると軽く水洗いしてまな板に乗せ、首の部分に出刃包丁を入れ、頭と胴体を切り離すのですが、背骨はでっかくて、余程力を入れないと切り取るのは難しいようです。更に難しいのは頭を半分に割ることです。これ程の鯛になると頭はでっかくて、おいそれとは割れないため、まるで日曜大工のように入れた包丁の上を、専用の少し大きめの金槌で叩くのですが、手がしびれるほど力を入れなければなりません。

 次に身の部分を3枚に下ろし、ヒハラを切り離して骨も出刃包丁を打ち下ろして、食べやすく煮やすいように小切りし、最後は尾びれを切り離します。昔は鯛を料理した証として鯛の尾びれを台所の柱に貼り付けたものですが、今は不衛生なのでその名残もなくなったようです。頭や腹身や骨は通称あらと呼んでいますが、鯛のあら煮は最高です。しかし3板に下ろす調理もすっかり上手くなったため、背骨には身が殆どついてないと、若嫁や妻が嘆く始末です。あらと身を水洗いしてタッパに入れると表面をサランラップでラップしできるだけ空気と冷風に触れないようにして、冷蔵庫を片付けて入れ、残飯を片付けたり流し台や使った包丁等の道具をタワシで水洗いして一段落ですが、いやはや魚の調理には時間と力が要るものです。
 一昨日の夕方は家族全員が美味しい鯛の刺身を「美味しい、美味しい」といって、堪能するほど食べました。今夜はチルドに保管した残りの片身をづけにして、づけ丼でいただきます。熱いご飯にづけを乗せ、その上にもみ海苔と薬味をかけ、産みたて卵を落とし、山葵を溶いたづけタレをかけてかき混ぜながら食べます。づけ丼は漁師さんのまかないご飯ですが、南予では鯛飯とも日向飯ともいわれる郷土料理です。ああ田舎の暮らしは幸せな日々です。

  「手がしなる 程の大きさ 鯛届く 三枚おろす 私の仕事」

  「包丁と 金槌使い 頭割る 兜煮にして コラーゲン食う」

  「づけ丼は 漁師まかない 料理にて 荒々しいが これまた美味い」

  「鯛調理 身は勿論で 骨までも 猫食べたよう 美味い美味いと」

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