人間牧場

〇2円切手の忘れ物

 私は「毎日3枚ハガキを書いたら幸せになれる」という言葉を信じて毎日毎日、もう20年を越えてハガキを3枚書いていますが、4月1日から消費税が5%から8%に値上げされたことに伴い、ハガキが2円も値上げされました。私が大量に買い込んでいるハガキは、消費税値上げ前に買ったものなので、2円ぐらいは負けてくれても良さそうなものをと思いつつ、国の取り決めなので文句を言うことも出来ず、2円切手を大量に買って帰り、切手を貼り足して出していますが、20年を越えた癖は直らないもので、時折2円切手を貼り忘れ、出したはずのハガキが自分の手元に送り返されるハプニングが何度もありました。

 前日も夕方書いたハガキを散歩のつもりで郵便局まで出かけ、玄関先のポストに投函しました。玄関先のポストはつい最近縦型のポストが雨漏りするので、都会にあるようなハガキと封書の差し出し口が別々のポストに変わりました。ちょっとお洒落かなと思い、ハガキを左側のポストに入れた瞬間、2円切手を貼るのを忘れていたことを思い出しました。しまったと思いましたが後の祭りです。〇×▲□な傷心の面持ちで歩いて帰っていると、たまたま顔見知りの郵便局員さんに出会いました。訳を言うと2円不足のハガキは基本的に差出人へ返されるようです。月曜日の朝9時までなら局に留め置いているので、2円切手を持参することで決着しました。ところが買い置きの2円切手が底をついてしまっているので、近所の切手を売っている金物店へ買いに出かけたところ、あいにく店が閉まっていて、今朝出かけましたが2円切手は置いていないとのことでした。

 骨折り損のくたびれ儲けどころか、骨折り損のくたびれ損で、何もすることができずに終ってしまいました。これから郵便局へ出かけますが、郵便局は金融機関のため9時にならないと窓口が開かないようなので、とりあえず荷物預かりの裏口へ回り2円×3枚分=6円を支払い訳を言って処理したいと思います。ああじれったいったらありゃしないです。
 今月から31日×3枚×2円=186円が私の余分な出費です。買い物を余りない私ですが、とんだところで予期せぬ消費税増税の洗礼を受けてしまいました。私の消費税貯金箱にはまた新たな収入となり、二重の出費に少し気分が落ち込んでいます。

  「ハガキ書き ポストへ投函 した後に 切手貼るのを 忘れ気がつく」

  「毎日の ことゆえ2円 一ヶ月 186円 痛い増税」

  「このところ 一円硬貨 よく使う 思わぬ場所で 思わぬことに」

  「骨折り損 くたびれ損と 2円損 損損損と 三つ損する」 

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人間牧場

〇いただいた「ぼけない5か条」のメモ紙

 昨日隣に住む叔母の家に久しぶりに立ち寄りました。散歩の途中に庭で草を引いている叔母の姿が目に留まり、声を掛けると「まあお茶でも入れるからお入りや」と誘われての談義です。叔母夫婦は傘の製造販売を長年やっていますが、最近は古布を使った粋なオンリーワンの高級な傘を考案し、そのことが受けてその道で話題となり、度々マスコミにも取り上げられていますが、夫婦揃って老域に達しつつあるため、そろそろ潮時と決めて、その道から足を洗おうとしているようで、お店の中も随分と片付きすっきりしているようでした。

 お茶を入れてもらいコタツに足を突っ込んで、近況や四方山話に花を咲かせました。叔母は親父の12人兄弟姉妹の11番目の妹ですが、妹の叔母ですら74歳ですから、いかに兄弟姉妹が歳を重ねているか推し量れるのです。話題はもっぱら親父を始め兄弟姉妹の話題が中心でした。既に鬼門に入っている兄弟姉妹もいますが、生きていても少々認知症が進んでいる兄弟姉妹もいて、自分の寄る年波とともに最近は、物覚えが悪くなったと嘆いていました。勿論私も例外ではなくその類で、認知症を防ぐにはどうしたらいいか教えて欲しいと言われました。

 私も最近人の名前を思い出す速度が鈍り始めました。街中で出会った人から「若松さんお元気ですか!!」と声をかけられても、「えっ?、誰だっけ?」ということがしょっちゅうです。勿論不特定多数の人の前で講演等をしている私が、全ての人を覚えること等できる訳がないので、相手の人には失礼ながら、適当に思い出しながら話していますが、今後講演等の依頼がなくなり人と出会う機会が少なくなると、益々人の顔と名前を思い出せなくなるきらいがあるのです。まあこれも歳をとった勲章だと、諦めて生きて行かねばならないようです。

 先日友人から頂いていた「ぼけない5か条」というA4四つ切の小さな紙切れをポケットに入れて持ち歩いていたので、その話をしてお暇しました。久しぶりに叔母と二人きりでのんびり話ができていい一日でした。帰り際叔母が、「ぼけない5か条はあんたの生き方みたいだね」と声を掛けてくれ、「あっはっは!!」と笑いながら納得しました。
   「ぼけない5か条」
  一、仲間がいて気持ちの若い人
  二、人の世話をよくし感謝のできる人
  三、ものをよく読みよく書く人
  四、よく笑い感動を忘れない人
  五、趣味の楽しみを持ち、旅の好きな人」

仲間からもらった「ぼけない5か条」
仲間からもらった「ぼけない5か条」
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人間牧場

〇人間牧場の一番草を刈る

 このところの上天気続きで日増しに山が萌え、新緑眩しい季節を迎えていますが、私にとっては人間牧場も家の周辺も草刈りのシーズン到来で、草刈り作業の難儀さを思うと少し憂鬱になります。それでもやらなければならない雑草との戦いを前に、二台の草刈機の手入れをしたり、刈り払い用の替刃を購入したり、また50:1の割合で混合ガソリンを作ったりしてして準備をしています。私が毎年毎月毎日付けているWriting Calendarや二本のブログ記事によると、例年一番草の草刈りは4月の中旬のようですが、草は早目に刈ると楽なことを長年の経験で知っているので、今年も「草は早目に」をモットーにしようと思っています。

P1060932 昨日人間牧場の畑に植えたジャガイモの手入れに出かけましたが、農道から人間牧場へ入る私道の周辺の草が伸び始めていることに気付き、少し早いかなと思いつつ進入路は沢山の人がやって来て草が伸びると見苦しいので、急な思いつきで一番草を刈ることにしました。倉庫から草刈機を取り出し、混合ガソリンをを満タンに入れてチョークを引き、3~4回始動縄を引っ張ると、一シーズンぶりにエンジンの軽やかな音が聞こえました。昨日は草刈り用の作業着でもなかったので、余り作業をし過ぎると、青草の汁がズボンや服に付着して、洗濯をしても取れず妻に文句を言われるので、軽くやる程度にしました。

P1060933 近くの畑で農作業をしていた人が、「はや草刈りですか?、勢が出ますねえ」と声をかけてくれました。お陰様で私道の両側の草は一気に刈ってスッキリしました。そろそろ草刈りも息子に教えなければなりませんが、急斜面の多い草刈り作業は危険を伴うためひょっとしたら、やったことのない息子の手には負えないかも知れないと思ったりしています。推し量るに私もまだ10年くらいはできるかも知れないので、その後はシルバー人材にでも頼んでやってもらわなければならないかも知れません。とりあえず今年も怪我をしないように草刈りを楽しもうと、決意を新たにした一番草の草刈りでした。

  「山萌える 家や牧場 周辺も 草萌え始め 草刈りシーズン」

  「草刈りの 作業息子にゃ ムリかもと 何時までできる あてもないまま」

  「モットーは 草は早目に 言い聞かせ 今年も一番 草を早速」

  「植えもせず 手入れもしない 雑草は 今年も元気 負けてはならぬ」

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人間牧場

〇巣箱のかさ上げ

 季節の巡りは早いもので、このところの陽気に誘われ野山は一辺に芽吹きの頃を迎えています。夜明けが早くなった書斎の窓越しには、秋分から春分まで山の端に隠れていた朝日が差し込み始め、本尊山の山並みの柔らかい萌木が見え、すっかり上手になったウグイスも鳴き声とともに、春を思い切り体感しています。しかし家の周囲や人間牧場へ目を転じると、早くも雑草といわれる草が伸び始め、ある意味厄介な時期の始まりも予感するのです。

 昨日は人間牧場へ蜜蜂の巣箱の修正に出かけました。それというのも2~3日前、農場に植えているジャガイモの様子を見に行った折、冬を越した種蜂の巣箱の掃除をしようと思って、巣箱の中をそっと見てみると、巣箱はまだ春浅いこの時期だというのに、もう蜂球が巣箱いっぱいになっているようでした。これまで経験したことのない早さに驚き、このままほおっておくと折角の巣箱が台無しになるかも知れない思い、急いで巣箱の寸法を計りました。計ったといってもメジャーを持ち合わせていなかったので、紙切れに印をつけた程度でした。

 帰宅後自宅の倉庫から端材板を見繕い、30cm四方程度の箱を作りました。人間牧場は風の強いところなので、これまでにも何度か巣箱を風で吹き飛ばされた、苦い経験を持っているので、巣箱と巣箱の繋ぎ目にハマのような算木を打ちつけて仕上げましたが、果たして巣箱に下に上手く結合できるか心配でした。
 まず白い防虫ネットを頭顔にスッポリ被せ、手には軍手をはめて刺されないようにしました。次に蜂がブンブン飛んでいる巣箱をそっと持ち上げて草むらに置き、急いでかさ上げ用の巣箱を底板の上に置き、その上に蜜蜂でいっぱいの巣箱を慎重に重ねました。しかし採寸はピッタリ合っていたものの、ハマ算木が一ヶ所だけ窮屈でどうしても入らず、余り動かすと蜂が驚きとんでもない騒動になるので、結局一箇所だけ算木を抜いて収めることができました。

巣箱をかさ上げしました
巣箱をかさ上げしました

案の定蜂たちは大騒動で、私の体中にまとわりついてそれはもう大変でしたが、こんなことはしょっちゅう経験しているので、慌てず急がず時の過ぎるのを待っていると、やがて蜂たちも落ち着いて巣箱の中へ収まってくれました。今回作った重箱型のかさ上げ箱は新しい板を使っているため、鉢にとっては住みにくいものと思われます。聞く所によると蜂は新しい巣箱には中々入らないとのことでした。もしこの状態が上手くいくようだと、わが家の裏山に設置している種蜂の巣箱も、そろそろ蜂球が底板につきそうなので、今日辺り作ろうと思っています。ネットで調べると長崎県壱岐地方では、この方法で好成績を挙げているという蜜蜂情報もあるので、今年は積極的にこの方法を試してみようと思っています。

  「越冬の 種蜂早くも いっぱいに 急いでかさ上げ 重箱作る」

  「アバウトな 採寸元に 作ったが 腕前上々 ぴったしカンカン」

  「蜂たちが 私めがけて 大暴れ 時の経つのを 肝を冷やして」

  「もしこれが 成功すると 面白い ワクワクしつつ 今年も養蜂」

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人間牧場

〇虹を見ていると幸せ気分

私が自宅から撮影した虹
私が自宅から撮影した虹

 私は子どものころから、虹を見ると何だか夢を見ているような幸せな気分になります。それは下灘小学校に通っていた少年のころ、図書室で「虹を掴んだ男」という一冊の本を読んだからでした。その本によるとある日何をしても長続きしない飽き易な男が、寝ていて夢をみたお話です。夢に神様が現れ「虹を見たら急いで虹の付け根まで行き、虹が消えぬ間にそこを掘ったら莫大な財宝が眠っている」というのです。男はその話を信じ、雨上がりの空に虹が出ると、仕事をほったらかして、虹の根元を目指して一目散に走りましたが、いつも途中で虹は消えてしまいました。近所の人は仕事もせずに虹ばかりを追いかけ、田畑は荒れ放題になっているその人のことを、いつしか「虹ボケさん」と呼んであざ笑っていました。夢で見た虹のことなどすっかり忘れかけていたある日のこと、一人の男が息せき切ってやって来ました。実はその男も同じような夢を見ていて、今日その虹の根元が虹ボケさんの畑であることを突き止めたそうです。

本多さんが撮影した日輪の虹
本多さんが撮影した日輪の虹

二人は虹が消えぬ間に急いでそこら辺を掘り返しましたが、結局財宝は出てきませんでした。疲れ果ててあぜ道にしゃがみ込んだ二人の前の、荒れ放題だった田畑は掘り返されていつの間にか立派な田畑に生まれ変わっていました。男は神様が言った言葉が「田畑をしっかり耕せば稔がやって来て暮らしが豊かになる」ことに気付き、それ以来一生懸命働き、長者になったというお話でした。
 私もご多聞に漏れずお金持ちになりたいし、もし虹の根元に財宝が埋まっているのなら、追いかけてありつきたいものですが、平凡な田舎の暮らしに満足しているので、男のような人生は歩みたくないと思うのです。でも何故か虹を見るとこの本のことを思い出し、何とも不思議な七色の虹を見ながら、その話を思い返すのです。

 何日か前、夕日が沈むころ西の空に小さな虹のような虹が見えました。「虹のような虹」と表現したのは、それが虹であるかどうか疑問だからです。ところが双海町地域おこし協力隊の本多さんが偶然にもその虹を写真に収めて、Facebookにアップしていました。私が撮影したのは自宅からだったので、半分しか写っていませんでしたが、本多さんは全てを写していたので、拝借することにしました。それにしても虹は見る場所によって違って見えるのです。今回の虹は日輪で、水滴の虹とは少し様子は違っていましたが、目には虹に見えました。
 虹は光の織り成す虚像です。七色に見える姿はまさにメルヘンです。虹を見ていると何だか幸せな気分になれるのです。私は感動人間を自負しているから・・・・かも。

  「ある本で 虹の根元に お宝が 眠っていると 読んだ思い出」

  「虹は何故 七色なのと 孫が聞く 答えられらい 粗末なお爺」

  「七色の 虹を見てると 何となく 幸せ気分 だから大好き」

  「同じ虹 見ている人が 一人いた 多分その人 幸せ男」

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人間牧場

〇昨晩は楽しいひと時でした

 昨日は午後から久しぶりに所用で県庁を訪ねました。人事異動のあった部署も沢山あって、持ち合わせた名刺が足らなくなるほどでしたが、短い時間に10課ほどを回り、あいさつを済ませました。もうこの歳になると私を必要とする部署等殆どないはずなのに、色々な仕事の絡みもあって、必要最小限度外せない所もあるようでした。
 午後5時に年輪塾の浜田さんと待ち合わせして、和楽笑明神という居酒屋へ行きました。このお店は愛媛新聞カルチャースクールで今年3月までの2年間、私が講師を務めた街中の移動年輪塾の受講生だった明神紋子さんがお母さん、お姉さんの3人でこの日松山2番町にオープンした店なのです。座敷と止まり木のあるこじんまりとしたお店でした。

 14年前から酒を飲まなくなった私は、会合の後の食談や懇親会を除けば、飲み屋へは殆ど覗いていないため、久しぶりの居酒屋は新鮮な感じがしました。実は明神さんのお母さんは、私が23歳の時、NHK青年の主張に応募して原稿審査をパスした折、一緒に原稿審査をパスしていたことを、浜田さんを通じて知らされていました。もう40年を越えた半世紀も前の出来事なので、お失礼ながら顔も名前も覚えていませんでした。ひょんなことからカルチャースクールで娘さんの紋子さんと知り合いましたが、人の縁の不思議と世の中の狭さを感じたものでした。
 昨日46年ぶりに居酒屋でお母さんと出会いました。少しだけ心がときめき感激の面持ちでしたが、厨房で忙しく調理をしていたため、会釈程度のあいさつで言葉も交わすことは叶いませんでした。

 私はお品書きの中から、カツオのたたき、きんぴらごぼう、冷奴を頼み、生ビールや冷酒を飲む浜田さんを他所に、ノンアルコールのビールを飲みながら1時間余り歓談してお店を出ました。普通であればここで帰るところですが、少し気分が高まっていたのか、昔馴染みの六五呂という昔私が行き付けだった居酒屋へ立ち寄りました。10年ぶりだというのにママさんもお客さんの中の一人も、私の顔と名前を覚えてくれていて、昔話に花を咲かせました。過去は時として蘇ります。この店に足繁く通っていたころは、私が最も輝いて生きた時代だったため、多くの人と連れ立って立ち寄り、時にはカラオケを歌い、大いに飲みながら夢も語りました。もうあんな時代は望むべきもありませんが、私の良き思い出として心の中に、これからもずっとずっと終っておこうと思っています。昨晩はとても良い一夜でした。

  「県庁の 各課を回り ポケットの 名刺を配り 近況報告」

  「居酒屋の 開店誘われ 客となる いささかなりの 祝い届けて」

  「若い頃 青年の主張 選ばれた 少しのご縁 顔も名前も」

  「酒止めて とんとご無沙汰 居酒屋に 10年ぶりに 訪ねてあいさつ」

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人間牧場

〇マッチ箱のような列車が走る風景

 私が住んでいる双海町には、町の中心部に上灘川をまたぐように架かる長い鉄橋があります。市役所地域事務所裏の堰堤を含めると500メートルもあって、上灘保育園から潮風ふれあい公園へ通じる裏道から登る道から見える、町の中心部の光景はまさに絵になり、度々色々な資料の表紙に使われてきました。
 最近は車社会となり列車に乗る人も少なくなったため、本数も少なく行き交う列車も朝夕の通勤通学時を除けば全て一両のワンマン列車ですが、ゆえに海沿いを長閑に走るローカル線として、度々旅番組などでも紹介されているのです。

長い鉄橋を渡るマッチ箱のような一両の列車
長い鉄橋を渡るマッチ箱のような一両の列車

わが家がこの地に引っ越してから40年余が経ちましたが、引っ越した当時はまだ周囲に家の数が少なかったため、鉄橋を渡る列車が一望でき、そのころは内山線が開通していない頃だったので、予讃線の本線として特急宇和海も走っていました。ゆえに4両仕立ての長めの列車が夜走る姿は、まるで列車が空中を走っているようで、「銀河鉄道」と勝手に呼んで、私の家の私設公民館煙会所の窓から、居ながらにしてその様子を楽しみながらみんなでお酒を飲んでいました。「まるで銀河鉄道みたい」と評した愛媛県副知事だった松友孟さんも既に他界し、一緒にお酒を飲んだ面々も老域に達しているようですが、思い出は時として蘇り、出合う度に「あの光景が忘れられない」と話すのです。

長いJR鉄橋
町の中心に架かる長いJR鉄橋

昨日の夕方、家の裏庭に登って蜜蜂の巣箱の手入れをしていると、ガタゴトと音を立てて鉄橋を渡る、一両の上り列車が目に留まりました。思わず持っていたデジカメで一枚撮りましたが、アップにすることができず、列車の姿は余り捉えることはできませんでした。多分あの列車は17時43分上灘駅発の松山行き上り各駅停車の普通列車だと思われます。
 そういえば列車にも随分乗っていないようで、列車の存在すらすっかり忘れていました。今夜松山へ出る機会がありますが、県庁やあちらこちらへ立ち寄る所用があるため、自家用車で行かねばなりません。それでも私はまだ講演などで遠出する時は、列車に乗ることが多いようですが、近所の人などはもう10年間も列車に乗っていないと言っていました。「暇ができたら列車に乗って駅弁を食べながら旅をしたい」とは、妻のささやかな夢です。下灘駅や上灘駅は今までも今も、これからも私にとって始、発駅であると同時に終着駅でもあるのです。

  「裏庭で ふと見返ると 鉄橋を 列車が一両 長閑に走る」

  「四十年 前は四両 特急が 銀河鉄道 髣髴するよう」

  「マッチ箱 形容するよな 一両の 列車長閑に 海沿い走る」

  「わが町の 駅は私の 始発駅 これから先も 終着駅かも」

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人間牧場

〇妻の心配

 幾つになっても心配の種は尽きぬものだとしみじみ思います。結婚して子どもが産まれそうになると、「元気な子どもを産んで欲しい」と思うし、学校に入学すると「早く走れて勉強ができて」と、また学校を卒業するといい会社に」なんてその都度その都度、まるでいつ果てるとも知れないハードル競争のような、子育ての悩みを持って生き続けているのです。
 子どもがそれなりに成長すると、今度は子どもの結婚について考えます。結婚には社会通念として適齢期のようなものがありますが、私たち夫婦が結婚したのは私が26歳の時でした。ゆえにそのことを基準として妻は考えているようです。

 晩婚化や一生独身の傾向が著しい時代だとは言いながら、やはり動物は子孫を残さなければ持続可能な社会はできないので、妻は絶えずそのことを口にします。娘が始めて結婚した時の嬉しさは口では言えないほどの嬉しさでしたし、跡取り長男の結婚もそれに変わらぬ嬉しさでしたが、近頃になって適齢期を過ぎようとしている次男と三男のことが気になって、妻は知人友人に縁談を頼んでいるようですが、当の本人たちはまるで人事のようにわれ関せずを貫いて、妻の苛立ちをより深刻にしているようです。私も気にならない訳ではありませんが、妻ほど深刻に考えず行動しないため、そのことも妻の機嫌を損ねる原因になって、時々口喧嘩もしています。

 さて次男と三男の相手となる女性はどこに住み、どんな暮らしをしているのでしょう。そんな折の昨年末、次男に縁談の話が持ち上がりました。まだブログで公表するようなところまでは行っていませんが、私が始めての見合いで結婚を決意した26歳の時から比べれば10歳も遅いデビューです。願わくばいい方向に向かい今年の秋ごろにゴールインして欲しいと、妻も私も淡い期待を抱いていますが、どうなることやらです。
 私たち夫婦には息子二人の結婚問題に加え、新たな悩み生まれています。それは95歳になった親父のことです。つい最近急速に体力と気力、記憶が衰え始め、日々の暮らしがおぼつかなくなりつつあることです。今のところ私たち夫婦の健康状態はいいものの、そろそろ体の異常が出ても可笑しくない年齢になってきました。親父の老いの悩みは解決することはなく、むしろ深刻になる傾向にあるので、妻の悩みはもし次男の縁談がいい方向に進んでも、まだまだ解決することはないようです。

  「わが息子 一人良縁 兆しあり 妻の悩みは まだまだ先も」

  「結婚が 全てじゃないと 思うけど 親の願いは そちらに向いて」 

  「また一つ 峠の向うに 峠あり 多分死ぬまで 峠は続く」

  「いい人に 巡り合わせて やりたいと 思うが思う 通りに行かぬ」

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人間牧場

〇すっかり男前になりました

 このところ火急の用もなく、ハレの場所へ出かけることもなかったのか、普段は1ヶ月に一度行くはずの散髪を、することをすっかり忘れていました。歳をとると身だしなみに無頓着になるのはどうやら本当のようで、妻から「お父さん、髪が伸びたようだから散髪に行ったら・・・。歳をとると余計身だしなみをきちんとしないと、人に嫌われるよ!!」ときつく言われてしまいました。「わしも忙しいんじゃ」「どこへも行かんのだからまだかまわん」「消費税が3%上がったんだから少し勘弁しようと思って」などなど、意味不明な小理屈を並べて抵抗していましたが、毎朝鏡を見たり、風呂に入る度に妻から指摘を受けるので、お節句だというのに一昨日近所の理髪店に行きました。

2014年4月4日の散発を終えた男前の自画像
2014年4月4日の散発を終えた男前の自画像

 「今回は少し伸びましたね!!」と、理髪店のご主人と奥さんにさりげなく散髪が遅れたことを指摘されましたが、それもそのはず今回は2ヶ月も髪が伸びたままになっていたようです。私の頭はまるで丸刈りのような髪形です。3つある椅子の真ん中に座り、まず髪を濡れタオルで拭いてからバリカンで襟足を刈り上げます。その後は頭の側面や天辺をクシと鋏で刈り上げて行くのです。鏡に写る時計でおおよその時間を毎回見ていますが、刈り上げるのに25分、髭剃りに25分、合計50分が過ぎると、さっきとは打って変わった男前の私が出来上がるのです。費用は3400円です。最近は千円散髪の理髪店が市内のあちこちにできて、そちらの方へ客足が流れているようですが、私としては少々高いと思いつつ、馴染みの理髪店を変えるつもりはなく、これからも死ぬまでこの理髪店に通うつもりです。

 それにしても3400円×12ヶ月=40800円は、年金暮らしの私には少々高い出費です。いっそのことバリカンを買って妻にやってもらおうかと思ったこともありましたが、人前で話すことの多い身だしなみを大事にしなければならない商売柄それもできず、結局は諦めています。
 散髪をして自宅に帰ると妻が、「まあ男前になって、惚れ直したわ」と歯の浮くようなお世辞を言ってくれました。その気になってこの顔で、鏡に写った自分の顔を「まんざらでもないな」と思う私は、「誉めれば豚も木に登る」大馬鹿者です。私は最近デジカメ自画像をやっていて、1年に数回自動シャッターを操作して、自分の顔写真を撮っています。もう4~5年になりますが、たった4~5年でも自分の姿が、少しずつ老いの方向に向かっていることを感じます。多分昨日撮った自分の顔写真がこれからでは一番若い頃の写真となるはずです。自分の顔に自信を持ってこれからも、時々撮り続けようと思っています、「よう、男前!!」

  「二ヶ月も 散髪せずに 髪伸ばす 何ぼの勘弁 電卓計算」

  「巷には 千円一枚 理髪店 私は三倍 出すのですから」

  「散髪を 終えた私の 姿見て 誉めてくれるは 妻ばかりなり」

  「一年に 四万円も 金を出す 年金暮らし かなりの出費」 

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人間牧場

〇昨日の夕日は抜群でした

 慣れてきたからでしょうか、私の身の回りには、夕日の話をする人が最近めっきり減ったような気がします。夕日に思いを寄せてきた私としては、折角夕日の町として情報を発信してきただけに、少し残念な気もしますが、まあそれも時の流れだと思いながら、また少し夕日にまつわる様々な仕掛けをしようと思っています。その際たるものは何と言っても、自分自身が夕日を見る機会を多くし、スキルをアップしなければなりません。

昨日の夕景
昨日の夕景

その手始めに昨日は久しぶりに急な思いつきで、夕方5時過ぎに西の端に傾いた夕日に染まった本尊山の姿にハッと気付かされ、単車を走らせて夕日のメッカふたみシーサイド公園へ一人出かけました。この時期の夕日は北西の沖合いに浮かぶ台形をした八島辺りに沈みます。八島の台形に丸い夕日が乗るような姿も一興でした。シーサイド公園の恋人岬辺りではウエディングドレスとタキシードの若いカップルが、寒い北東の風が吹く中、結婚写真の前撮りをしていました。朝からの大風で漂流ごみが少し流れ着いて美観を損ねていて少し心が痛みました。

モニュメントの上に
モニュメントの上に

 この時期の夕日は何といっても、恋人岬のモニュメントの穴にスッポリ入る夕日が見えることです。本当は春分の日が一番ベストなのですが、今でも砂浜からは十分この天体ショーがを見ることができるのです。昨日も何人かのカメラマンが美しい夕日を、様々な角度から狙っていたようですが、知ってか知らずでかラッキーポイントで狙ったのは私一人でした。
 昨日は北東のかなり強い風が吹き、海もかなり荒れていましたが、その分空気が澄み切っていたのか、綺麗な夕日が見えました。モニュメントの上に夕日を置いたり、穴の中に入れたり、横に配置して、何枚かの写真をゲットすることができました。 幸い私はブログとFace Bookという情報発信手段を持っています。ブログの愛読者やFece Bookの仲間にこれからも折に触れ、夕日を自慢しようと思っています。残念ながらブログもface Bookも地元に住んでいる人には伝わりにくい恨みがあります。何よりも大事なことは地域の人がこの美しい夕日を見て感動することです。観光の原点はまず内なる自分、次に地域、そして外なる人であることを認識しなければなりません。
 さあ、また新しい挑戦を始めましょうか!!。

 

 

 

 

  「そういえば 最近夕日 話題にも のぼらなくなり 少し心配」

  「本尊の 山が真っ赤に なるを見て 一目散に 単車走らせ」

  「わあ綺麗 これこそ日本 一だなと 自分自身で 納得しつつ」

  「結婚の 前撮り若い カップルを 優しく包む 夕日暖か」

モニュメントの穴の中に
モニュメントの穴の中に

 

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