人間牧場

〇母は海の中にあり

 余り日常的に使わない漢字をパソコンで文字変換する場合、音読みや訓読みなどで調べて使っているものの、未だ書けなかったり読めなかったりする知らない漢字は多く、変換に時間がかかることも多いのです。漢字の語源は中国にあるようですが、漢字を見ながら「何でこんな漢字ができたのだろう」と不思議に思うことがあります。例えば海という字を分解すると漢字の中に母という漢字が入っています。ある知識人は鯨のように哺乳類の祖先が海にあると説明していますが、「母は海の中にあり」という言葉も何となく分るような気がするのです。ところがフランスの諺には逆に、「海は母の中にある」というのがあるそうです。

 昨日散歩の途中で野イチゴを採って帰り、妻や若嫁、孫に大層喜ばれましたました。昨夕何げなくブログにイチゴのことを書いていると、イチゴという文字が勝手に文字変換して、「苺」と出ました。知っている漢字とはいえ、苺という漢字の中にも母という漢字がありました。草冠に母で苺と書いている語源は一体どういう意味があるのでしょう?。勿論毎日使っている毎という漢字にも母は使われていますが、その意味も知りたいものです。
 人間は誰しも母のお腹に宿って生まれてきます。私にも既に14年前亡くなってはいますが母親がいます。生きている時は余り思わなかったのに、亡くなると時々母が恋しくなり、時には夢を見たりします。

 昨晩母が夢に出てきました。昨日は仏壇に供えているシキビが少し古くなったため、人間牧場へ行ったついでに、剪定ばさみで切って持ち帰り、若嫁に替えてもらいました。夢に出てきたのはそのせいかも知れませんが、最近母の夢を見るようです。昨日は年老いた親父のことが気がかりのような夢でした。
 季節は移り随分温かくなったため、少し冬篭り気味だった親父も冬眠から覚めた動物のように、家の周りを動き回るようになりました。昨日は何を思ったのか、雑草をドラム缶焼却場で焼いたり、スイカやトウモロコシをハクビシンに食べられないよう案山子を作っていました。首をかしげるような仕草に苦笑しましたが、今年も暑い夏を乗り切って欲しいと、夢の中で母は私に言っていたようでした。

  「色々な 漢字を見つつ なるほどと 思うことあり 昨日は海を」

  「日本では 母海の中 フランスじゃ 海母の中だと 知識人言う」

  「亡くなった 母ちゃん また夢に 老いた親父の 心配してた」

  「採ってきた イチゴ漢字に 変換す 苺に母の 匂い感じる」

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人間牧場

〇風速25mの突風被害

 昨日の朝は南西の風が強く吹いていました。4月の下旬からわが家の庭で元気に泳いでいたイワシ幟(本当は鯉幟ですが、100円ショップダイソーで一匹100円で買った鯉幟を15匹連ねて泳がせている様子が、まるでイワシの群れのようだったので、若嫁が命名しました)をそろそろシーズンも終ったので、息子と二人で片付けました、息子が屋根に上り、私が電話線電柱に登って、滑車を取り外したり、ロープ類や鯉幟を片付けたりと、慌しい朝の時間を過ごしました。

 日課の散歩から帰って朝飯を終えたころから風を伴ったかなり強い横殴りの雨が降り始めました。前もって野菜の支柱縛り等をしていましたが畑の中では、折角順調に育っているスイカやトウモロコシが、右往左往して雨風に揉まれ、かわいそうな気もしましたが、どうすることもできませんでした。先日工事を終えた水タンクの囲いや蜜蜂の巣箱も気になったので、軽四トラックで人間牧場へ行きましたが、案の定心配した通り水タンクの屋根が吹き飛ばされて無残にも地上に落下していました。

 蜜蜂の巣箱も風で飛ばされそうになっていたので、立っていられないほどの雨の中、雨カッパを着て石を乗せたり補強のための縄を閉め直したりしましたが、風は益々強くなり、種蜂として頑張ってきた玄関先の巣箱が横倒しになってしまいました。行き場を失った蜜蜂たちは巣にしがみついていたので、急いで準備をしてトイレの前の畳一畳ほどの部屋の中にブルーシートを敷いて持ち込み、新しい巣箱を置いて巣を壊し追い込みました。この巣は既にスムシの被害に遭っているのをデジカメで確認していたので、仕方なしの荒治療でした。

 痛んでいても現役の巣なので、沢山の蜜蜂が出てきましたが、新しい巣に入ったかどうかも分らぬまま、古い巣箱と新しい巣箱を元の場所に戻し、取り出した巣を用意したナイロン袋に入れて作業を終えました。はてさて蜜蜂たちはどんな結末を迎えるのでしょうか。
 風速25mの南風は止む気配がなく夕方まで吹き続け、海も大荒れで海水を空中に舞い上げ、小さな風の渦が幾つも見えました。自然の力の凄さと、人間の無能さをあらためて知りましたが、昨日は傷心の一日となってしまいました。幸い蜜蜂に刺されることもなく人身に事故がなかったことは救いでした。今日は会議出席予定なので、帰宅後持ち帰ったミツバチの巣の片づけを行ないたいと思っています。

  「横殴り 25mの 風雨あり 畑の野菜 翻弄されて」

  「水囲い 屋根が吹っ飛び 巣箱まで 無残な姿 悲しくなりて」

  「部屋の中 右往左往の 蜜蜂を 両手ですくい 巣箱に入れる」

  「冬を越し 頑張ってきた 蜜蜂に ごくろうさんと 言いつつ作業」

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人間牧場

〇灘町一丁目の歩け歩け大会参加

 昨日は私の住んでいる灘町1丁目公民館主催の「歩け歩け大会」が行なわれました。今年はわが家へ25組の組長と公民館役目が順番で回ってきたので、息子も息子嫁も回覧を回したり、組費を集金したり何かと大忙しのようです。今年からこれらの近所付き合いは、息子たち夫婦に代替わりさせたので、私的にはご隠居さんになりましたが、それでも色々な行事への参加はしなければならないのです。昨日の大会には予め申す込んでいたので、わが家は息子家族と私を含めた5人で参加しました。

 昨日は長期天気予報だと雨でしたが、一日ずれて好天に恵まれました。10時に地域事務所前に集まった100人ほどが、町内~シーサイド公園付近の海岸国道歩道を歩き、第一の目的地である三島神社へ行きました。三島神社は200段近くの石段が続く難所ですが、子どもたちを含めた総勢100人近くの人たちが階段の数を数えたりしながら元気に登りました。三島神社でお祈りをしたり一服したあと、最終目的地は潮風ふれあい公園へ向かいました。一年生の孫希心は友だちと遊びながら歩いていましたが、4歳の孫奏心はずっと私と手をつないで歩きました。

 到着すると公園の藤棚の下にゴザやブルーシートを敷き、少し早めの昼食会が行なわれました。子どもたちには少し遅めの子どもの日のプレゼントとしてお菓子類が配られ、全員にかなり豪華なお花見弁当が配られ、思い思いの場所で楽しく会話をしながら弁当を食べました。最近は皆さん何かと忙しく、隣近所に住みながら疎遠になりがちで、約100人の参加者の中には、一年ぶりに顔を合わせたり声をかけ合う人もいて、嬉しい出会いとなりました。外は初夏真っ盛りで、海からの爽やかな風が心地よく、昼食後解散して歩いて自宅まで帰りましたが、少し汗ばむほどでした。昨日は携帯電話内蔵の万歩計が1万6千歩を記録していました。お陰様で昨晩はぐっする休むことができました。

  「一年に 一度の大会 参加する 孫の手を引き 初夏の一日」

  「元気かい? 久方ぶりに 顔合わせ 安否確認 声をかけ合う」 

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人間牧場

〇季節の贈り物

 私には全国に沢山の仲間がいます。公務員もいればお百姓さんや漁師さん、会社員等職種も様々です。また住んでいるところも違うため、その土地ならではの珍しい物が年中あちらこちらから届くのです。私も呼応してみかん類を中心に郵便局の宅配係の人が驚くほど送っていますが、物を介しての交流も楽しいものです。一昨日北海道佐呂間町に住む井田勝人さん・貴子さんご夫妻から、ホタテの稚貝が今年も送られてきました。早速塩湯でしたりバター焼きしたりして、オホーツクの海の幸を楽しませてもらいました。

水口マリ子さんから送られてきたそら豆
水口マリ子さんから送られてきたそら豆

 珍しいものが送られてくると、皆さんにお裾分けするのも楽しみの一つです。思いつくまま近所や親類に配ると、まるでわらしべ長者のようにお返しを頂きかえって恐縮してしまうのです。
 いい友人とは一体どんな人をいうのか、徒然草にそのことが書いているそうです。いい友には3つのタイプがあるそうです。①物をいただく人、②くず師(病気を治してくれる人)、③知恵のある人だそうです。そういえば②のくず師を除けば、私には①の人も③の人も指折り数え切れないほどいい友がいて、私はある意味幸せ者なのです。

 でも私はそう思ってみても、私が相手にそういう人であるかどうかは分からないのです。物を差し上げるのにお金を使うことは余り好ましいことではありません。自分の家で採れた野菜を差し上げたり、お裾分けをする程度にしないと私たちのような貧乏人は、付き合いが長続きしないのです。私にどれ程の知恵があるかも疑問です。知識と知恵は違いますから、肩肘張らず自分流に生きれば、自分の知恵は必ず相手の心の扉を開くのです。さあ相手にとっていい友人と思われるような人間になるため、もう一分張り頑張りましょうか。

  「生きたまま 宅配便で オホーツク ホタテの稚貝 届き感激」

  「美味いねえ 箸を進めつ 送り主 顔思い出し 感謝の心」

  「いい友に なるため努力 するならば 相手にとって 私必要」

  「そら豆の 皮剥く孫の いじらしさ 飛び出す豆を 面白がって」 

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人間牧場

〇フレイルって何?

 私のような古い人間は、時代の進歩が余にも早過ぎて、中々ついて行けないというのが正直なところです。色々な会合に出席すると横文字言葉が多く、分ったような顔をして座ってはいますが、帰宅するとメモを取り出して、インターネットで調べたりして、一応納得はしますがそれさえも直ぐに忘れてしまうから厄介です。
 昨日テレビを見ていると、あるお医者さんが「フレイル」という言葉を盛んに使っていました。どうやらメタボリックシンドローム(肥満型成人病)、ロコモティブシンドローム(運動機能低下、アパシーシンドローム(無気力)に次ぐ第4の健康用語のようで、意味は「老化の度合い」のようでした。

 人間は年齢を一応の目安に若いとか年寄りとかを判断しますが、最近は健康状態も年齢だけでは判断がしかねるのです。年齢が若くても成人病になるし、お年寄りでもニコニコ・ピンピンしている人はいっぱいいるのです。メタボもロコモもアパシーも最近は若い人でも病んでいて、国民全てが何らかの病気にかかっているといっても、けっして過言ではない時代なのです。
 政府は国民の健康はさて置き、本音は年々膨れ上がる医療費を何とか低く抑えようと、官民上げて健康運動に取り組んでいますが、これだけ高齢化すると高齢者の医療費がタダということもあって、「長生きをしてください」という敬老思想だけではこの財政難の、難局を乗り切ることはできないのです。

 フレイルという言葉はまだ馴染みが薄く、聞いただけでは理解されませんが、老化の度合いは体力と知力のバランスが大事ですから、高齢者自身もしっかりと受け止め、老いのスピードを緩やかにするための、体力と知力の維持訓練をしなければなりません。
 かく言う私も若い若いと思っていたのに、間もなく前期高齢者です。人は確実に毎年一つずつ歳をとるし、体力も知力も老いて行くことを覚悟しなければなりません。95歳になる親父を見て、27年後の自分の姿を連想しながら、「あんなにはなりたくない」と思いながらも、「やがてあんな姿になるのか」と自覚しながら生きています。
 「フレイル」これはこれから私の、永遠のテーマとして自覚しました。

  「テレビ見る フレイル新語 メモを取る 老化の度合い 人様々に」

  「これからの 私の人生 フレイルが 死ぬまでテーマ ため息交じり」

  「親父見て あんな姿は 嫌だけど あんな姿に なるのか俺も」

  「横文字が 理解できない 歳になる  時代遅れに なってしまった」

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人間牧場

〇やっと終った水槽設置と水槽囲い工事

囲い工事を終えた水槽
囲い工事を終えた水槽

 3年越しというのでしょうか。従兄弟からステンレス製水槽を貰ったのが3年前でした。その後どう取り付けるか思案しながら昨年末まで人間牧場屋外に放置していたタンクの土台を、同じ従兄弟にステンレスで作ってプレゼントしてもらい、土台基礎工事を大栄建設にお願いしました。春先藤岡工業に吊り込み設置と水道管接続工事をしてもらい、やっと一段落しましたが、工事をして貰った藤岡工業専務さんから、天日にさらすと水温が上がるので、日除けをした方がいいと助言を受けていました。

工事を終えた記念写真
工事を終えた記念写真

私は早速その手はずを整えて製材業を営む従兄弟に頼んで端材をいただき、準備を着々進めていました。しかし人間牧場の設計をした息子から待ったがかかり、内枠をステンレスで作ると言うのです。年金暮らしで資金力の乏しい私ゆえに反対しましたが、結局息子の力に押し切られ、息子の友人である西田鉄工所にお願いして先々週工事を終えました。
 連休中息子は休みを返上して私と5月6日に工事に取り掛かりました。日差しの強い好天に恵まれ粗方の作業を終えていましたが、天井を囲う作業だけが残っていて、昨日の作業と相成りました。

 天井に使う材木を積み込んで、保育園に孫奏心を送ってから人間牧場へ出かけ、一人黙々と作業を行いました。設計士の息子に文句を言われないようするのは容易なことではありませんが、何とか半日ほどで仕上げることができました。思ったより時間も労力も費用もかかりましたが、これで一件落着であとは屋根の部分の防水をどうするか、息子と相談して仕上げようと持っています。人間牧場はこれまで利用者が多いと再三水不足を生じて、時にはトイレや風呂が使えないハプニングに見舞われましたが、これで多分水不足は解消することでしょう。
 水は文化です。水は大事に節水して使うことは勿論ですが、水がなければ活動もできないのです。さあ水を使ってしっかりと活動をしましょう。

  「従兄弟から 貰った水槽 三年を かけて念願 やっと実りて」

  「さあこれで 水の心配 せずに済む 心配の種 また一つ消え」

  「親子にて 共同作業 水囲い これもささやか 幸せ一つ」

  「水槽の 工事を終えて デジカメで 記念写真を 自動シャッター」

目の覚めるような緑の山々
目の覚めるような緑の山々
海岸線の眺望も抜群でした
海岸線の眺望も抜群でした
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人間牧場

〇只今デジカメ修理中

 昨日の夕方、少し早目に孫たちと一緒に風呂に入り、火照った体の汗を引かそうと玄関先の庭に出ました。すると陽が沈んだ西の空が真っ赤に焼けて、これぞサーモンピンクの小焼けだと思って、車庫の屋上へ上がり、デジカメで撮ってみました。
 私はコンパクトなパナソニックのPANAというデジカメを2台持っています。一台は誤って地上に落とし接触が今一なので、私の父の日のプレゼントに子どもたちから貰った物ですが、先月何の前触れもなくズームが動かなくなり、撮影不能になってしまいました。このデジカメはよく故障するようで、これまでにも画面に何やら黒い点が写るようになり修理に出しましたが、保証期間ということもあってタダで修理を終えました。

綺麗な昨日の夕焼け
綺麗な昨日の夕焼け

 今回も前2回と同じく仕事に出かける若嫁に頼んで修理に出しましたが、保証期間なので無料で修理できるかも知れないとのことでした。昨日使ったデジカメはその古い方なので恐る恐る大事に使っていますが、昨日は機嫌もよく何とか写すことができました。
 夕日や夕焼けは季節や時間、見る場所キャ角度によって色々な表情を見せてくれます。しかし見た目に綺麗だっても、写真に撮ると余り満足のいくものでなかったりします。写真にこだわらないし腕もない私なので、芸術写真のような作品は望むべくもないので、まさに「〇年〇月〇日〇〇時間にこんな夕日や夕やけが見えた」という記録としての役割で十分なのです。

 私の友人たちは何十万円もする立派な一眼レフデジタルカメラを持っています。少し大きめのカメラケースに入れて大事小事に使っている姿を見ながら、私にはそれ程の余裕もないし趣味もないので、今使っているカメラで十分過ぎるほど十分なのです。
 アメーバブログにアップしている写真の点数が、画面に表示されているカウントが1万枚を越えたようです。この10年間にデジカメで撮影した写真はその何万倍もの点数です。どこにどんな写真が保管されたり残っているのかさえも知る由もありません。時々必要に駆られて探すのですが、これはもう私の記憶装置では至難の技のようです。せめて夕日夕やけだけでもまとめて保存したいと思っている今日この頃です。

  「車庫の上 真っ赤の染まる 空を見て デジカメ一枚 撮ってはみたが」

  「ああこれが サーモンピンクの 小焼けかと 納得しつつ ブログにアップ」

  「また故障 手持ちデジカメ 修理出す 気分が滅入り 古いカメラで」

  「アップした ブログの写真 一万枚 感心しつつ カウントを見る」

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人間牧場

〇ゴールデンウィークは孫たちと

 楽しみにしていた今年のゴールデンウィークも、まずまずの好天に恵まれやっと終りました。遠出した人、近場で過ごした人それぞれですが、わが家は内孫2人と外孫2人の子どもたちを中心に、遠出もせず近場へも行かず、もっぱら自宅を中心に過ごしたため、妻、若嫁、娘の女3人はゴールデンウィークどころか、食事の世話もあっていつもより忙しい日々を過ごしたようです。特に妻は買出しやら料理やら出費全般やらに主役を務め、青色吐息といったところでした。

 

庭でのバーベキュー
庭でのバーベキュー

 いつもは勤めている大学の仕事が忙しくて殆どやってこない娘婿も4日にはわが家へやって来て、長男息子が庭に用意してくれた屋外テントの下で焼肉パーティをしました。私は余り肉を食べないため、私のために妻は刺身などを用意してくれましたが、特に小学校6年生になった孫朋樹はまあ育ち盛り食べ盛りで、私用の刺身もペロリ平らげて頼もしい限りでした。孫希心も孫尚樹も今年から1年生になったので聞き分けも随分よくなり、ルールが幾分分ってきたようです。

 ただ一番下の孫奏心はまだ4歳なので、上3人のお兄ちゃんと何かと行き違いが生じ、泣いたりわめいたりしていましたが、遊び用として息子が外に張ったテントの中で、まるで犬小屋のような格好で楽しく遊んでいました。今年のゴールデンウィークには家庭菜園に孫たちの畑も作ってやることができて、孫たちも大満足の手合いでした。
 看護師をしている次男と警察官をしている三男は、仕事の都合で今年も帰れませんでしたが、私たち夫婦にとっては孫の成長が何よりの楽しみです。

 ふと気がつくと、家族のために働く妻に比べ、さしたる用事もなく誰からも当てにされずただ自分でやりたいことを決め、自由に過ごしていたようでした。勿論この連休で書き溜めていた原稿書きも随分仕上がり、また念願の水槽を木枠で囲う工事も片付いてすっかりすっきりしましたが、リフレッシュという点では今一でした。もう高い・遠い・長い旅など望むべきもありませんが、妻が退職するであろう来年からは、せめて月並み世間並みな安・近・短くらいは選んで楽しみたいものです。

  「誰からも 当てにもされず 伸び伸びと 過ごしたけれど どこかモヤモヤ」

  「折角の 休みいそいそ 妻だけが 女に生まれ なくて良かった」

  「ゴールデン ウィーク終わり 日常に 戻って静か 今日から平常」 

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人間牧場

〇5月5日は私たち夫婦の結婚記念日でした

 昨日は日付が替わったころから雨が降り始めましたが、その雨も午前中で止み、連休後半3日目は午後お出かけ日和となりました。楽しみにしていたゴールデンウィークも今日が最終日で、国内外へ旅を目論んだり、ふるさとへ帰省した人たちは元の古巣へ帰り始め、昨日は多い所では40kmに及ぶ交通渋滞が発生したようで、ゆっくりのんびりのはずが、中にはイライラが募った人も多かったようです。

 昨日5月5日は子どもの日なので、わが家でも妻は帰省してた孫と内孫たちを連れて近くのレストランへお食事に出かけたようです。私は人間牧場で蜜蜂の師匠井上登さんと会う約束をしていたので、仕事に出かけた輪居目とともに一人別行動を取りました。井上さんとの約束時間は午後2時だったので田舎のオープンカーで到着すると、井上さんは既に到着して蜜蜂の巣箱周辺の草刈りをしてくれていました。

 井上さんは昨日自分が作ったという立派なバラの花束を二つ持参して、私にくれました。花束を見てふと、それまで忘れていた私たち夫婦の結婚記念日が、昨日5月5日であることを思い出しました。記念日を忘れるなんて情ない夫です。でもその花を自宅へ持ち帰り、「井上さんから結婚記念に花束を貰った」と言いながら手渡すと、「井上さんは何て優しい人でしょう」と感慨深げに受け取り、早速私たちのダイニングの机の上に飾りました。

井上さんが届けてくれた日本ラン・キンリョウヘンの花
井上さんが届けてくれた日本ラン・キンリョウヘンの花

 井上さんは前日電話で予約した通り、たくさんの日本ラン・キンリョウヘンを持参してくれました。一度きりしか入った事のない井上さん製作の観察巣箱を諦めて、私が作った巣箱に替えたり、蜜蜂がまだ入居していない巣箱にキンリョウヘンを取り付けたりしましたが、蜜蜂の分蜂もそろそろ終わりに近づくころなので、これで一気に勝負に出て一発逆転を図れるかどうか、また悶々の日々が続きそうです。早くも人間牧場周辺ではミカンの花が咲き始め、甘い香りに包まれ始めています。

  「バラの花 貰ってハタと 気がついた お粗末私 記念日忘れ」

  「結婚後 43年 早過ぎた 金婚までは 何としてでも」

  「キンリョウヘン 一発逆転 期待して 空き家の巣箱 取り付け終える」

  「連休も この歳なると 期待なく いつもどおりの 早寝早起き」 

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