人間牧場

エミフル〇エミフル松前へ行く

 196,000㎡の広大な敷地に204もの専門店が入り、2008年4月にオープンした、西日本最大級の複合商業施設エミフル松前へ久しぶりに出かけました。日ごろは3日にあげず松山へ出かける私ですが、いつも横目で見ながら、余り立ち寄りこともなく、むしろエミフル松前の出現で周囲の国道が渋滞し、少しいぶかしい気持ちで通過するだけなのです。昨日は祭日秋分の日とあって、5000台収容の駐車場はかなり詰まっていて、少し遠い所へ車を置いて歩きました。知人から聞いた話ですが、近所のお年よりはやることがないので、冷暖房の効いた施設内を歩き回って散歩を楽しむのだそうです。

エミフル2 私のように人混みが余り好きでない人間にとっては、人混みそのもので疲れを覚えるので、むしろこれからも余り肌に合わない、若者向けショッピングモールのようです。昨日は親父の隠居へエアコンを取り付けるため、敷地内のエディオンという電器店へ品定めに行くことが目的でした。親父は冷房が嫌いで、夏の暑さ対策としてエアコンを設置しようと働きかけたものの合意に至らず、この時期にエアコンをと相談しても、ストーブや掘り炬燵があるからと、受け付けないのです。96歳の親父の日々の暮らしでストーブはディスクが大きいので、この際親父の意見を無視してつけてやろうと、長男息子とともに出かけたのです。

 親父の日ごろ暮らしている居間は6畳ですが、隣りの台所も含めて10畳対応の少し大きめのエアコンを見繕い、結局買う契約までしてしまいました。親父が特老へデイサービスに行く日に設置工事をしてもらうよう頼んでお店を出て、エミフルの中へ入りました。待ち合わせていた娘と孫に合流し昼、時ということもあってソバの専門店へ入り、美味しい新ソバを味わいました。
 その後ユニクロで私の替えズボンを2本買ってもらったり、妻や娘の買い物に付き合い2時過ぎに自宅へ帰りましたが、人混みには慣れているはずの私でも、いやはや疲れてしまい、少しばかり年齢を感じました。仕切られた空間の中でのBGMや明る過ぎるライト、人混みと騒音は、自然を相手に田舎暮らしをしている日常の私にとって、非日常でもあるのです。少しだけ脳に刺激を受けた一日でした。

  「人混みの 中に入りて 音光 非日常ゆえ 少々疲れ」

  「私には 田舎暮らしが 性に会う やはり歳だと 自分納得」

  「夏暑さ 過ぎたと思う この時期に 親にエアコン プレゼントする」

  「エミフルに 行けば何でも 一辺に 揃う便利さ ゆえに出かける」

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人間牧場

〇玄関の足拭きマット

 わが家を新築したのは今から37年前の昭和52年でした。青年の船の班長として建国200年のアメリカへ出かけたのが昭和51年でしたから、帰国後直ぐに今の場所に660坪の土地を購入し、お金もないのに自宅の新築を思いつき、親父と折半で家を建てたのです。住宅ローンを組んだこともあって、若い頃の生活はかなり苦しかったと妻は述懐していますが、今にして思えば若気の至りとでも言うのでしょうか、よくもまあやったものだと、私たち夫婦の行動に感心するのです。

37年ぶりに新調した足拭きマット
37年ぶりに新調した足拭きマット

 自宅は本宅や隠居、倉庫、塀などを次から次へと整備して現在に至っていますが、新築した折玄関先に真新しい足拭きマットを置きました。足拭きというよりは靴の泥落しといった方が正しいのかも知れませんが、足拭きマットはこの37年ほとんど毎日家族の玄関出入りの度に家族の土足で踏まれ続けて来ました。ところがつい最近錆びて傷んで来ました。少し気になってそろそろ買えど機と思っていましたが、忙しさにかまけてすっかりそのことを忘れていました。

 数日前、その足拭きマットが真新しくなっていることに気がつきました。そのことを若嫁に話すと若嫁が、「お父さん気がついた!!」と説明してくれました。若嫁も私と同じように足拭きマットが傷んでいることに気がついて早速ホームセンターで買って帰り置いてくれたようでした。わが家では今年から近所付き合いの全てを私から息子に代替わりさせました。勿論全てといっても要所要所お金に要るところや臨時の出費はまだまだ私たちですが、足拭きマットは息子たち夫婦の出費で取り替えられました。多分これからも築37年のわが家はあちらこちらに故障や修理が出始めていて、息子たちの苦悩も始まろうとしています。

 家を修理しながら持ち堪えるのは容易なことではありません。ましてやお金がかさむとなお更二の足を踏むものです。年金暮らしの私たち夫婦と、安月給な息子たち夫婦が寄り添ってきて行くには、子育てを終えて少しばかり余裕のありそうな老夫婦が負担をしてやらなければ暮らしが成り立たないのです。さりとて息子は長男ゆえに私たちの持ち家をこれから引継ぎ、家主となったのですから、私たちが若い頃苦労したように少しでもお金を貯めてこの家を守って行かなければならないのです。奮起を促しながら足拭きマットというささやかな負担をしてくれた息子たち夫婦に、少しだけ感謝しました。

  「玄関の 足拭きマット 若嫁が 取り替えてくれ 何処か清しい」

  「出入りの 度に足拭き マット踏む 37年 ご苦労さんと」

  「わが家では 世代交代 順調に 進んでいます だけどお金は」

  「この家に 住んで久しい そこここが 傷み始めて 直し必要」

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〇孫朋樹の運動会

 土曜日開催予定だった孫朋樹の運動会が雨で順延されたため、昨日の日曜日に妻と二人で参観に出かけました。孫朋樹は6年生なので、今年が最後の小学校運動会です。田舎では考えられませんが、松山では1年生の弟の尚樹が付属小学校に入学したため、同じ校区に住みながら別々の学校へ通っているのです。孫朋樹が通っている小学校は、道後にある湯築小学校で、住んでいるマンションの目と鼻の先にあるため、マンション駐車場に車を置き、歩いて学校運動場へ入りました。

孫朋樹小学校最後の運動会
孫朋樹小学校最後の運動会
孫朋樹はいつも土台
孫朋樹はいつも土台

 通用門付近のテントの下にゴザを敷いて、場所取りしている所を目敏く見つけ座って観戦しましたが、田舎の学校と違って児童数が多いため、出場する種目は3種目程度で、またどの子が孫朋樹なのか識別困難といったところです。この日朋樹は準備係となっていたので、何度もテント近く付近に姿を見せ、一生懸命働いていました。11時30分に昼休みとなり、体育館へ入って6人で昼食弁当を食べました。孫朋樹もすっかり逞しくなって、食欲も旺盛な食べっぷりに目を細めました。

 運動会最後の種目はイメージ組体操で、6年生全員が1m四方の自作旗を持ち、組体操する様は圧巻でした。体格的に大きいため、組体操のあれやこれやは、全て台座の役割でしたが、練習の成果を発揮して作り上げたピラミッドは見事な出来栄えで、会場から大きな拍手が沸き起こりました。14時30分に閉会したため、孫たちと別れ私たち夫婦は久しぶりに温泉を楽しもうと、行きつけの星ヶ岡温泉へ出かけ、ひと風呂浴びてさっぱりした気分で帰りました。

 昨日は翠小学校の運動会も案内を受けていましたが、残念ながら孫の最後の運動会を優先したため、見に行くことができませんでした。見に行った仲間がfacebookに写真をアップしてくれたり、メールでの報告が届いています。さあ次は孫奏心の保育園の運動会、松山工業高校の運動会、孫希心の運動会とまだ三つの運動会が目白押しです。せいぜい楽しむために足を運びたいと思っています。そうそうその間市民体育祭もあるようです。秋は大した役目もないのに何かと忙しい毎日です。

  「順延の 孫運動会 参観す 今年最後と 親子張り切る」

  「はや二つ 後に四つも 運動会 役目ないけど 何かと忙し」

  「穏やかな 秋の日差しを 浴びながら 大きくなった 孫に満足」

  「運動会 春よりやはり 秋がいい 古いやつだと お思いでしょうが」

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〇ミョウガの酢漬け

 わが家の裏は直ぐ山が迫っていて杉林です。小さな谷になっているので一年中清水が流れています。ゆえに自然のミョウガが生えていて、この時期には秋ミョウガ、白い花を咲かせて出てきます。わが家では毎年このミョウガを採集して、冥加の酢漬けを作ります。まず採集したミョウガを清水水場で綺麗に洗いながら、花を抜き取りザルに揚げて水気を取ります。妻はそれを用意したガラス瓶に入れて下準備ができたら、砂糖を入れて調味し二杯酢を沸かします。

P1000736P1000737 沸かした二杯酢の熱湯をミョウガの上から思い切りかけて、余熱が収まったら蓋をして一昼夜寝かせます。二日目になるとミョウガのカリカリ酢漬けが出来上がるのです。これがまた熱々のご飯によく合うのです。今年の夏は雨が多かったためキューリのできもよく、キューリのからし付けも作りました。塩と砂糖と鬼からしを程よく調合して、冷蔵庫に寝かせたピリ辛カリカリ漬けもご飯のお供にすれば、食欲が増進し、夏の食卓が大いに賑わいました。

 ミョウガといいキューリといい、ちょっとした工夫と一手間で、田舎ならではの食べ物がお金をかけることなく存分に楽しめるのです。高脂肪、過塩分、過糖分は健康にとって大敵です。特に私たちのような年齢になると、運動量が不足しがちなので、せめて食べるものでコントロールをしなければなりません。幸い料理が得意で大好きな妻は、魚と野菜をふんだんに使った手料理を、手間暇かけて作ってくれます。お陰ですこぶる元気に暮らせています。忘れていましたが、ミョウガを食べると忘れ状がよくなるという、昔からの言い伝えをすっかり忘れていました。

  「裏山に 自生のミョウガ 採集し 酢漬け作って 楽しみ食べる」

  「田舎ゆえ 自給自足に 近付いて 食べる楽しみ 工夫次第で」

  「ミョウガ食べ 忘れたことを せいにする これもパロディ 楽しみひとつ」

  「食欲の 秋を満喫 あれやこれ 妻は少々 体重気にして」

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〇岡山での講演会(その2)

 西川アイプラザでの講演会が終って壇上から降りようとすると、講演した私にそれは立派な花束が贈られました。きらびやかな世界に縁の少ない、田舎のおじさんである私には似ても似つかぬもので、穴があったら入りたいような気恥ずかしさでしたが、甘んじていただきました。控室を出る時担当の方が「この花束はいかが致しましょうか?」と気遣ってくれたので、「折角いただいたのですから明日の朝持って帰ります」と言ったら、「分かりました。大切に宿舎のホテルの方へお持ちしておきます」と気配りされました。

いただいた花束は三つに分け、玄関先、ダイニングなどに飾りました
いただいた花束は三つに分け、玄関先、ダイニングなどに飾りました

 私はその後閉会のあいさつをしている田辺さんを置き去りにして、「鯉の群」という田辺さんのお店へタクシーで店長さん・従業員さんと向かいました。程なく到着したお店はその日休みのため、店長さんたちが電器のスイッチを入れ店の内外を案内してくれました。炭焼の店らしく満席40人が座れる店内は和風民芸調で、綺麗に片付いて清潔感がありました。何よりも驚いたのは店の入口に盲人用の点字ブロックが張られ、軒先庇も雨の日には長く伸びるようなお客様本位のアイディアが施され、カウンター席には盲導犬も入れるように工夫がされていました。またメニュー帳は点字のものもあって、「ここまでやるか」と大いに驚きました。

 壁に一枚の墨書き板を見つけました。「両親を失うと過去を失い、連れ添いを失うと今を失い、わが子を失うと未来を失う」と書かれていました。私は早速ポケットから名刺入れを取り出し、名刺の裏にメモさせてもらいました。この言葉が今も頭の先にこびりついているようです。その後板前料理よしみというお店で、講演会に参加した20人と交流会を持ちました。酒屋、玉子屋、苗屋、ペンキ屋、会社員と職種は様々で、美味しい料理を食べながら大いに盛り上がりました。

 田辺さんが私と出会ったきっかけは、大島塗研という会社の蒲武士さんです。蒲さんが田辺さんのお店で「愛媛に若松さんという面白い人がいる」という、話を聞いた田辺さんが行動を起こし、蒲さんも地元瀬戸内市商工会青年部の研修会で双海町とわが家を訪ね、今回の講演会となったのですから世の中は分からないものです。私の横に座った蒲さんとも夜のふけるのも忘れて11時まで大いに人生を語り合いました。その後宿舎のシティホテルまで送ってもらいましたが、余韻覚めやらず中々寝付かれませんでした。

 明くる日はいただいた大きな花束を抱えて、岡山駅から特急しおかぜに乗り、昼前に松山へ着いて県庁で何事もなかったような顔をして会議をこなし、夕方自宅へ帰って来ました。大きな花束を見て居合わせた妻は大いに驚き、「岡山で何があったの?」と根堀り葉掘り聞くので、田辺さんのことや講演の様子、交流会での出来事を話してやりました。私にとって昨日までの二日間はまるで夢のような出来事でした。名刺の整理をし、ハガキを出して一件落着でしたが、よしみというお店でいただいた吉田さんの名刺の裏にも「人の道」という次の言葉が書かれていました。

 「忘れてならぬものは恩義・捨ててならぬものは義理・人に与えるものは人情・繰り返してならぬものは過失・通してならぬものは我意・笑ってならぬものは他人の失敗・聞いてならぬものは人の秘密・お金で買えぬものは信用」と8項目に及んでいました。「恩義・義理・人情・過失・我意・失敗・秘密・信用」、どれも納得のいく人の道でした。ああ今回も反面教師でいい事を学んだ旅でした。

  「花束を 顔に似合わず 持ち歩く 会う人毎に 首かしげられ」

  「いい人に 出会いご縁を 深めたる 小さな旅を 妻に説明」

  「定休日 飲み屋の中を 見渡して 壁に掛けたる 板に目が行く」

  「人の道 名刺の裏に 書いている なるほど納得 ブログに遺す」

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〇彼岸花の咲く頃

今年もあぜ道彼岸花咲く
今年もあぜ道彼岸花咲く

 汗疹のできるほどの残暑もいつしか遠のいて、朝晩は少し肌寒ささえ覚えるようになりました。北海道の友人たちから、早くも朝晩ストーブを入れていると、風の便りが届いて、北と南では気温が随分違うものだと南北に細長い日本列島を垣間見ています。昨日列車で愛媛・香川・岡山を旅しましたが、沿線田圃の周りには、それは鮮やかな真っ赤な彼岸花が、今が盛りとばかりに咲き誇って、田舎の風情を醸していました。

 彼岸花はその名の通り、彼岸頃に咲きますが、今年の彼岸の入りは9月20日、彼岸明けは9月26日なので、まさに今が一番見ごろな時期です。最近は白い彼岸花、黄色い彼岸花、ピンクの彼岸花もあちらこちらでよく見かけるようになりましたが、やはり彼岸花の代表格は何といっても、燃えるように真っ赤な色をしたもののようです。彼岸花は別名が千を越えるといわれるほどあり、曼珠沙華、死人花、幽霊花、キツネノタイマツなどがよく知られていて、そのけばけばしさがゆえに、また毒性があったり、墓地に咲くことから必ずしもいいイメージの花ではないようです。

 昨日わが家の裏山の斜面に彼岸花の一株を見つけました。毎年この時期に咲きますが「葉見ず花見ず」という別名もあって、花の咲く時期には葉っぱがなく、葉の時期には花がない不思議な花です。彼岸花をよく見ると、到底人間では作れないほど精巧にできていて、自然が作り上げた最高の傑作だと、いつも感心をしつつしゃがみ込んで見ます。まるで夏の夜の線香花火にも似ているような気もするのです。

  「彼岸花 車窓あちこち あぜ道に 真っ赤に咲いて 季節移ろう」

  「彼岸花 毒花ゆえに いい名前 貰いもせずに 片身を狭く」

  「彼岸花 色々あるが やはり赤 存在誇示し 彼岸中日」

  「人間じゃ この傑作は 作れない 思えるほどに 精巧模様」

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〇腹が痛い

 「片腹痛い」なんて言葉がありますが、昨日の夕方農作業を終える頃から、正真正銘自分の腹が痛くなりました。私の体は貧乏育ちゆえにいたって元気で、少々の物を食べても腹が痛くなることも、風邪で熱が出ることも殆どない、「元気印のおじさん」です。その私が珍しく「腹が痛い」と言うものですから、妻は大いに心配し、夕方だったので「近くの病院へ診てもらいに行ったら」と勧めてくれましたが、病院へ行くほどではないと断わり、夕食を少し軽めにとって、妻の用意してくれた整腸剤を一粒飲み、様子を見ることにしました。

 昨日は埼玉県北本市の親友工藤さんから美味しい秋取れ秋刀魚が届き、長野県南牧村の親友今井さんから届いたこれまた絵に書いたような、立派なブロッコリーが届き、食卓は秋の美食満載でしたが、それを横目に梅干し程度で夕食を終えました。明くる日の今日は岡山県へ出張が予定されているので、妻も私も少し気がかりでしたが、妻が用意してくれ服用した薬が効いたのか、痛みはすっかり治まり、農作業で疲れていたこともあって昨夜はぐっする寝込み、すこぶる元気な朝を迎えることができました。

 私は注射も薬も大嫌いで、余程のことがない限りは薬も飲まないので、薬を飲んだと暗示のせいなのでしょうか、妻も驚くほど本当によく効くのです。「お父さんは小麦の粉をオブラートに包んで飲ませても効くのだから」と笑われましたが、何事もなく腹の痛みが治まってホッとしています。今朝は大事を取って妻がお粥を炊いてくれたようなので、早速いただきたいと思います。妻は「もう若くはないのだから無茶をしないように」と、最近口癖のように言います。かく言う妻も年齢は私より一つ年下だけなので、妻にだけは言われたくないと思っていますが、お互いいい年になったことを自覚し、健康第一をモットーに暮らさなければと、自覚した一騒動でした。

  「腹うずく 薬一錠 飲んだだけ 痛み収まり 朝を迎える」

  「いい歳に なったと自覚 して日々を 元気に生きる 手立て考え」

  「若くない いえ私は 老いてなお 若松ですと 笑い飛ばして」

  「胃がどこに あるか分からず 日々生きる これもある意味 健康証拠」

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〇研究員たちの座談会(その2)

 えひめ地域政策研究センターの研究員たちの座談会テーマは「まちづくりにおけるセンターの役割と自分のやりたいこと」でした。一人ひとりが約3分間想いを話し、後付けで私がショートなコメントでするという手合いで話は進みましたが、話すことが多いため3分どころか5分以上話す人もいて、中々の白熱でした。最初のクジを引いた銀行マン出身のWさんは自分が関わった上島町魚島地域元気アッププロジェクトの光と影を話しました。人間牧場からは周防大島・由利島・青島などの島々が一望できます。周防大島出身の民俗学者宮本常一の話や日本一激高齢化の旧東和町の話、20年間私たちが無人島に挑む少年のつどいをやり、今はダッシュ島となっている由利島の話、また島民15人ながら最近猫の島として大フィーバーしている青島の話などを織り交ぜながら、島おこしの難しさややり方によっては面白いことを、エールを込めて話しました。

車座の懇親会
車座の懇親会(松本さん撮影)

 その後双海町の海岸線の国道沿い景観や花づくりの話題、県内の消え行く運命にあると思われる激限界集落の実情と手助けの話、移住促進の下等競争と新しい価値の創造の話、重信川干潟の観察で感じる自然環境の変化と今後の環境活動の話、経済を考えずにやっている地域づくりの実態の危うい話、若い女性たちの職場における諸活動や意識と実態の話、近代化遺産の仕事に携わって感じる遺し伝えることの意味の話、移住促進活動における研究員の役割の話などなどに加え、所長さんもシンクタンクを実践的知的専門家集団と位置づけて、どうすればセンターが活性化するか想いを語りました。
 地域政策研究センターの前進であるまちづくりセンターの草創の時代から20年を越えて深く関わってきている私なので、少し苦言も含めてお話をしましたが、2時間近くに及んだ皆さんの座談はかなり密度が濃くて、今後の活動のテーマが幾つも柱立てされた感じがしました。

杉木立の中へ吸い込まれるように沈む昨日の夕日
杉木立の中へ吸い込まれるように沈む昨日の夕日

 そのうち日没が6時15分の時を迎えたのでみんなで夕日を見に外へ出ました。この時期は太陽が山の端を通るので、ロケ風呂付近に出ないと夕日は見れません。杉林の中へ吸い込まれるように沈んでい行く夕日もまた印象的でした。
 そのうち松本さんが料理を持って到着しました。料理を真ん中に置いて一度解けた車座を再び結び懇親会が始まりました。観音開きの窓を全開しているため、刻々と変化する夕景や夜景、それに秋の賑やかな虫の声も全て人間牧場の道具立てでした。飲むほどに酔うほどに、また美味しい料理に舌鼓を打ちながら懇親会は8時過ぎまで続き、いい交流会となりました。一通り片づけを終えて灯を落とし、松本さんと私は人間牧場を後に帰宅しました。

  「車座に なって色々 話たる 言葉にショート コメント沿えて」

  「西の端に 綺麗な夕日 沈みたる 一日の終わり 少し安堵し」

  「酒はいい みんなの心 解きほぐし 勇気と元気 与えてくれる」

  「明るいと 見え過ぎ見えぬ こともある 暗いがゆえに 見えることあり」  

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人間牧場

〇次男の結婚式迫る

 私たち夫婦には4人の子どもがいます。長女・長男は既に結婚して家庭を持っていますが、次男と三男はまだ良縁に恵まれず未婚です。妻はこのことが一番の悩みの種のようです。知人や友人からお見合いの話もあるのですが、忙しいいいことを理由に耳を貸す気配がまったくないのです。そんな次男に昨年の年末見合いの話があって、知人と親の顔を立てるように義理の見合いをしました。ところが世の中は分からないもので、初めてした見合いでトントン拍子で話が進み、結納などを済ませ11月に挙式の運びとなったのです。妻はひつつ悩みが減ったと喜んでいますが、当の本人たちは結納や結婚式・披露宴・・新婚旅行・新居の準備等に、何かと忙しい日々を過ごして楽しんでいるようです。

結婚披露宴会場の内見
結婚披露宴会場の内見
結婚披露宴の料理
結婚披露宴の料理

 先週末挙式と披露宴が予定されている松山市の迎賓館というブライダル会場で、お食事会があるというので、両家の両親が息子とちとともに出席しました。結婚式や披露宴の案内や手配・席順なども全て二人がやってくれるので、私たちは費用を出せばいいだけなので助かっていますが、この食事会は当日来賓に出す料理の試食のようでした。本番さながらの綺麗に飾られた披露宴会場で、次々と出される料理に舌鼓を打ちながら、和洋のどちらにするかアンケートに答えるのですが、料理人が腕によりをかけて作った料理はどれも美味しく、満足のいくものでした。2時間で全ての料理を完食しましたが、両方の親は年齢的にはこれが限界で、食べ過ぎた感じがしました。

 かつてわが町では生活改善運動の一環として、「1万円の会費で結婚式を挙げよう」などというキャッチフレーズを掲げ、公民館に勤めていた私が先導して、大いに盛り上がった時期がありました。そんなこともあって私はこれまでに、何と537組もの結婚披露宴の司会をしているのですから驚きです。その当時と比べると現代のブライダルは隔世の感がありますが、若い二人が自分たちの結婚式と受け止め、主体的に動く姿はとても頼もしく思っています。
 わが家には末っ子の三男がまだ未婚のままなので、この勢いで結婚して欲しいと願っていますが、世の中は中々上手く行かないものです。

 

  「初めとの 見合いで 話トントンと 決まりこの秋 一つ片付く」

  「内見の 食事誘われ 出かけたが 美味しいものの 食腸気味で」

  「変わったと 実感するよな ブライダル 昔懐かし 思いで比較」

  「あと一人 妻の悩みは まだ続く 何とか早く ならないものか」

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〇いよいよ運動会のシーズンです

地元双海中学校の運動会
地元双海中学校の運動会

 サンデー毎日の私なので、3連休と言われても余りピンときませんが、連休中日の昨日は地元双海中学校の運動会でした。私は由並小学校、双海中学校、松山工業高校のの学校評議員をしています。加えて孫が保育園に通っているので、その気になれば幼・小・中・高と運動会に出かける機会があるのです。最近は運動会開催の時期が段々早くなって、中には残暑厳しいこの時期を避けて5月頃にやっているところもあるようですが、長年慣れ親しんだ運動会=秋というイメージは中々崩れないようです。

 午前9時開会なので目と鼻の先にある双海中学校へは歩いて出かけました。5年前に下灘中学校と上灘中学校が統合して双海中学校が誕生しましたが、それでも生徒の数は80人程の小さな学校です。小さな学校にしては180mトラックが取れる広い運動場を持っていて、生徒数の少なさ余計感じましたが、この春新らしく赴任して来た校長先生もやる気満々で、顔馴染みの多い生徒たちにもその影響は伝わっていて、夏休みの終りころから練習を積んできた成果でしょうか、みんなはつらつとプレーをしていました。

 昨年はテントが吹き飛ばされるほどの雨や突風に見舞われ散々でしたが、ゆえに思いでも多かったようで、来賓として見られていた前校長先生も会う人ごってにそのことを言われ、恐縮しているようでした。私は所用があって30分ほど観覧しただけでお暇しましたが、昨日は雲ひとつない絶好の運動会日和で、秋特有の東寄りの風が吹いて、テントの下では少し肌寒さを感じるほどでした。昨日と今日は町内のあちらこちらで敬老会が行なわれるようです。私の住む灘町は敬老会対象者が75歳以上となっているため、私へのお誘いはまだまだ先のようですが、私も来月には70歳、いよいよ高齢者への仲間入りの日が近づいて来ました。

  「秋晴れの 好天高き 運動会 牛の峰山 背後に聳え」

  「統合を したとはいえど 80人 小さな学校 みんなが主役」

  「昨年は テント吹き飛ぶ 大風で 今年は一転 天を味方に」

  「無位無官 なのに来賓 席座り 何処かこそばい 感じがしつつ」

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