人間牧場

〇楽しかったじゃこ天会修学旅行同行(その2)

 兵庫県の浜坂温泉「魚と屋」というホテルは、目の前に日本海が広がる高台にありました。カニ三昧の料理もさることながら、温泉好きな私には夜も温泉・朝も温泉と、2回も温泉に浸かり存分に旅情を楽しみました。ホテルの前は港のようで、早朝から白くて大きな底引き網の漁船が出入りし、明るい照明電器が辺りを照らしていました。毎日一万歩のウォーキングをしている私は、早朝そっとホテルを抜け出し周辺を散歩しましたが、かなり大きな海産物のお店が何軒かあって、シーズンを迎えたズワイガニが水槽やトロ箱に沢山並んでいました。

ホテルの窓から見えた港の風景
ホテルの窓から見えた港の風景
日本一高い餘部鉄橋
日本一高い餘部鉄橋

 午後若しくは夕方雨になると天気予報では言っていましたが、旅先といえど午前4時に起床し、手持ちのタブレットでブログを書いたりfacebookに反応したあと、午前6時にはポツリポツリ雨が降り出した小雨の中を、急いでホテルへ引き返し朝食を取りました。ウォーキングのお蔭でしょうか、食事も美味しくいただきました。午前8時さあ出発です。目的地は日本三景の一つ天橋立です。途中日本一高い鉄橋と呼び声の高い餘部鉄橋の下を通りました。何年か前強風にあおられ、列車が落下し多くの犠牲を出した鉄橋は改修工事が行われ、昔見たような赤錆びた鉄橋の風情とは随分違っていました。

天橋立にて記念写真
天橋立にて記念写真

 「左城崎温泉」と書かれた看板を見ながら10時過ぎに天橋立に到着しました。一行は待ち構えていたみやげ物店の店員さんのガイドを聞きながら、神社の中を抜けケーブルカー駅に到着、臨時便に乗って紅葉の残る斜面をゆっくりと、3分ほどの乗車で展望台へ到着しました。私たちはさらに昔の展望台まで石段を登り股の下から、天下の景勝地天橋立を存分に楽しむことができました。何度来ても何度見ても絵になる風景でした。遠くに酒天童子で有名な大江山や日本海の島々を眺め、少し曇ってはいましたが心配された雨に合うこともなくケーブルカーで下山し、皆さんはこれでもかというほどみやげ物を買っていました。

 高齢若しくは中年のおばちゃん=爆買いといったところで、誰に差し上げるのか?箱入りお菓子類を行く先々で買い求めていました。バスの荷棚や側面の荷物トランクは自分の土産と人の土産の見分けがつかないほどでした。昼食は近くのワイナリーでバイキング料理を食べました。野菜中心の美味しい料理をついつい食べ過ぎて、みんな満腹の手合いでした。また帰りに立ち寄った土産店でも、3千円以上買うと詰め放題の人参をサービスに貰えるとあって、何人かは人参を沢山抱えてバスに戻り、みんなの笑いを誘いました。

  「日本海 港見下ろす ホテルにて 朝を迎える 朝4時起床」

  「久方に 日本三景 訪ねたり 天橋立 変らぬ美貌」

  「爆買いの 田舎おばちゃん お土産を 行く先々で 手に提げ帰る」

  「おばちゃんと 旅は道連れ 世は情け 世間話に 花を咲かせて」

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人間牧場

〇一泊二日の旅行から帰ってきました。

 昨日と今日の二日間、瀬戸内海側の双海町から、瀬戸大橋を渡り岡山、鳥取、兵庫、京都を巡って、今夜8時前やっと自宅へ帰って来ました。交通事情の悪かった昔なら、どう考えても一泊二日では無理な行程ですが、高速道路とバスのお蔭で何なく乗リ切りました。私も18人の同行おばちゃんたちも快いバスの旅ができたと喜んでいました。それでもさすがに疲れたので今日はこの辺でブログのお開きにしたいと思います。

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〇親馬鹿と馬鹿親の違い

 書斎に備え付けているパソコンと、持ち歩いているタブレットを巧みに使い分けて、最近facebookを始めていますが、いつの間にか友だち承認した人の数が643人を越え、多くの人から近況が入るようになって、結構楽しんでコメント交流をしていますが、友だちがfacebook上に投稿している記事や写真で圧倒的に多いのは、「こんな物食べた、こんな呑み会をした」で、お互いが傷をなめあうように「いいね」ボタンを押し合っているようです。そのこと自体はいいことでしょうが、最近は多少軽薄な感じがしています。

 中には家族のほほえましい記事や写真も載せられ、リアルな近況に思わず顔をほころばせています。私も孫たちの成長ぶりを記録のつもりで時々紹介し、悦に入って爺馬鹿ぶりを発揮していますが、ふと自分の愚かさに驚くことがあるのです。「親馬鹿」という言葉があります。わが子可愛さの余り、子どもの欠点に気がつかなかったり、過大な評価をすることが言葉の意味であるなら、本当は「親馬鹿」ではなく「馬鹿親」だと思うのです。「親馬鹿」はどおってことはなく、むしろほほえましい感じがしますが、「馬鹿親」は子どもの正確な評価が出来ないで、他人から見ると愚かと思える行動をするのです。

 かくいう私も過去に親馬鹿よりも馬鹿親に近いことをやっていたと思うし、今も爺馬鹿ならぬ馬鹿爺的行動をしているのでは?と、深く深く反省をするのです。先日小学二年生の孫を学童クラブへ迎えに行きました。孫はその日暖かかったので、学校へ制服を忘れて帰ったようで、私の車で取りに行ってやりました。学校に制服上着を忘れたのが2回目だったので、私は車の中で少しきつく怒ると、孫はべそをかいて私に詫びましたが、校長先生が優しい言葉をかけてくれたので、孫は感極まって大泣きしてしまいました。

 校長先生と言葉を交わしながら、古い人間の私のやったことが「怒る」であって、「叱る」でなかったことを深く反省しました。「反省だけなら猿でもできる」というコマーシャルがありましたが、「誉めてやる」ことも大切だと実感しました。孫二人はやんちゃ盛りの男の子なので色々な悪ふざけをしますが、障子を破らないことと靴を毎日きちんと揃えることは、育爺のしつけどおりきちんと守ってくれています。「親馬鹿」を論じている口の下、こんな当たり前のことを誉めること自体が「爺馬鹿」ならぬ「馬鹿爺」ですが、これは人に何と言われようと誉めてやらなければなりません。さあ今日から「馬鹿爺」にならぬよう努力しましょうか。

  「親馬鹿と 馬鹿親似てる 言葉だが 馬鹿親だけは ならぬようにと」

  「怒ったら 孫は萎縮し 叱ったら 納得心 入れ替えやれる」

  「馬鹿爺に ならぬようにと 気を配る 好かれるだけじゃ 役目果たせぬ」

  「孫同居 毎日活気 みなぎって 私に活力 与えてくれる」 

 

 

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〇これからいかに生きるか

 この2日間ほど地域教育実践交流集会に参加して、多くの人と出会う中で、色々と考えさせられたり、気が付いたことがいっぱいありました。私は今でも「若い!!」と思っているし、「まだまだ私の力だって世間に通用する」と思ってみたりもしますが、気がつけば私も早71歳になりました。これまでは人生の折々に、潮目潮時を周りの状況から推し量り、引いたり進んだりしながらそれなりに振る舞って来ましたが、今やっている活動をどこで辞めるか、そろそろ考えなければならない新たな潮目潮時が来たようです。

 宗教学者の山折哲夫さんが、人間は①身銭を切る、②権限を委譲する、③出前をすることの三つが必要だと説いています。この三つはむしろ定年を迎え第一線を退いた人への警鐘でもあるような気がするのです。世の中には金を出さず口を出し、義務をやらずに権利を主張する人が余りにも多過ぎます。第一線を退けば給料収入は断たれますが、少ないといいながら行き届いた社会保障のお蔭で年金も入り、それなりに食べていけるのですから、多少身銭を切って多少でも社会や人様のお役に立つことをするのは当然のことなのです。

 権限を次なる人に委譲することも考えなければなりません。そのためには何を誰に譲るかが問題です。私は多くの人に育てられて今日まで生きてきました。今私があるのはその人のお蔭であることは言うまでもありませんが、ふと「私は一体誰を育ててきたのだろう?」と振り返れば、譲るものもないわが身と、育てた人の少なさに心が痛むのです。自分が育てたような顔をしていますが、私の近くにいる後継者と目される人たちは、自らの能力と他人の力によって育っているので、私の育てた人は皆無に等しいのです。今からでは遅きに失して間に合わず、「ああ~あ」って感じです。

 出前は私の一番得意とするところなので、体力・知力・気力を鍛えつつ、ほぼ毎日幸せのセールスマンとして、木になるカバンを持ちながら出歩いています。最近は愛大名誉教授の讃岐先生からいただいた二宮金次郎の銅像と同行二人の旅を続けて、中国の古書「大学」の本をカバン偲ばせ、大学の真髄を若輩ながら伝道しています。残された健康寿命を「これからいかに生きるか」、わが家の玄関先に飾っている種田山頭火の「何を求める風の中ゆく」という句を反芻している昨今です。

  「まだ若い もうそろそろが 喧嘩する これを潮目と 言うのだろうか?」

  「身銭切る 覚悟で人間 牧場を 造ったけれど まだまだ至らず」

  「後見りゃ バトン受け取る 人もなし 俺は一体 何をしたのか?」

  「疑問符が ???と 果てしなく 続いて首を うなだれ生きる」 

 

 

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〇地域教育実践交流集会こぼれ話(その1)

 交流集会の楽しみは何といっても夕食を兼ねた食談交流会です。国立、しかも青少年施設といえば、朝の集い・夕べの集いはあるし、時間に縛られた型にはまったものと考えがちですが、どうしてどうして最近の国立青少年の家は、頼めば食事も豪華だし、お酒だって飲めるのですから、昔の型苦しい時代を知っている人間にしてみれば、まるで天国のよな感じがするのです。人に隠れて持ち込んだお酒を暗がりで、息を凝らしたようにして仲間と呑みながら交流した昔も、懐かしく思い出されました。

セリ市1

競り市をする私
競り市をする私

 一泊二日の今回の交流集会は、一日目の分散会が終った夜、お楽しみの食談交流会が持たれました。呑むほどに酔うほどに賑やかな交流の輪が幾つもあちこちに出来て、楽しいひと時を過ごしました。興が乗ったところでお国自慢かくし芸や恒例の競り市が始まりました。呼び物は全国から集まった人たちが持ち寄った手土産を、みんながせり落とすセリ市です。松本さん、中尾さん、灘岡さんに赤石さんも加わり、私がセリ人になり、みんなに押し売りするのですが、お酒に酔った参加者は金銭感覚が完全に麻痺していて、セリ人の思う壺な術中にはまってしまうのです。

 その様子はセリ人である私からみると可笑しくて、勿論参加者も結構楽しんでくれました。お酒類、お菓子類、果物類、小物類、お土産類などなど、持参物も様々です。中には学校で廃棄処分になったスチール製の机や椅子まであり、お目当ての品を、「500円!!」「千円!!」と叫びながら寄付のような気持ちでセリ落としてくれました。その金額は積り積もって、何と4万7千円余にもなったというから驚きです。今回は食談交流会に参加した人が200人近くとなり、マイクが会場の隅々まで通らない恨みもあって、少し残念な気もしましたが、まあ余興ですので・・・。

  「酒も出て 娑婆と変らぬ 雰囲気に みんな酔い知れ 時経つ忘れ」

  「これなんぼ!! セリ人私 勇ましく 売った買ったで 活況呈す」

   「誰よりも セリ人私 悦に入る 財布と口を 大きく開けさせ」

  「毎年の ことだがこれが 楽しみと 言う人ありて 年末恒例」 

 

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人間牧場

○大洲青少年交流の家で朝を迎えました

 昨晩は夜遅くまで交流会が行われ、多くの人と交流したので持参した裏が味噌の100枚の名刺が空になりました。久しぶりの快挙?です。まあこれもご愛嬌でしょうか。昨日は県内県外の多くの人たちと一年ぶりに出会い旧交を温めました。サンデー毎日の私ですが、まだ多少賞味期限が残っているようで、今日もない知恵を絞ってインタビューダイアローグのインタビュアーをやる予定です。

 ここ大洲青少年交流の家は思い出の多い場所で、私が愛媛県青年団連合会長の時、この場所へ青年の家を誘致したり、今も運営委員会の末席を汚していたり、丸木舟事件、切り株事件など思い出はつきません。さあ今日も腕まくりして頑張りましょうか。
 今朝は午前4時過ぎに目を覚まし、ブログを2本書いたあと、思い切って戸外へ出て青少年交流の家の下にある結婚式場マリエールまで往復1時間、たった一人でウォーキングを楽しみました。お陰様で一日一万歩の目標を今日も達成することが出来ました。
 (国立大洲青少年交流の家にて)

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〇突風が吹き水瓶割れる被害

 「日本の将来はどうなるのだろう?」と、最近の政情や世情を見て思うのは私ひとりではないと思います。「そんなことは私の責任ではなく、そんな暇があったらもっとやるべきことがあるだろう」と言われそうですが、それでも私たちの住んでいる地方に押し寄せて来る過疎化や高齢化、少子化、産業衰退などの現状を見ると、とても他人事とは思えず、自治体の反応の鈍さも気になりながら、苛立っているというのが正直なところです。

壊れた傘立て用の水瓶
壊れた傘立て用の水瓶

 さらに輪をかけて心配なのは、近頃の天候不順です。3・11の東日本大震災が起こって以来、地震・雷・火事・親父ならぬ地震・津波に加えて火山・風水害の度重なる発生は、地球温暖化やエルニーニョ現象の結果であると、科学的には解明されていても、身近に迫る不安がいつも黒い影となってつきまとって、不安に駆られています。そんな折、この2日間は北西の季節風くらいに思っていたのに、かなり激しい雨風に見舞われました。

 昨日の朝方大風が雨戸を叩き、その内何かが倒れたような「ドシャーン」という大きな物音に、家族全員が飛び起きました。また夜が明けきらず危険だし、強い風雨のため日課のウォーキングにも出かけられず、確認しないままにしていましたが、夜が明けて玄関先に出てみると、傘立てに使っていた大きな水瓶が、強風でひっくり返り無残にも粉々に割れていました。私と親父が大事にしていた水瓶だけに、傘立てに使っていた罰が当たったのだと深く深く反省しました。

 雨風が止むのを待って割れた水瓶の欠片を片付けましたが、昨日は今日から二日間の日程で始まる愛媛地域教育実践交流集会の準備のため、海岸国道を走った折、海は大時化で存分に潮水を被ってしまいました。低気圧が発達し大雪や大風の被害が出た東北や北海道ほどではありませんが、今年の晩秋は暖かい穏やか日が続いていただけに、本格的な冬の到来や時ならぬ気象異変に、身も心も縮みっぱなしです。まだまだ季節は冬の入口です。春は遠いなあと思った水瓶壊れ事件でした。

  「夜が明けて 玄関先に 出てみると 傘立て水瓶 木っ端微塵に」

  「水瓶を 傘立てなどに 使うから 罰が当たった 深く反省」

  「海岸の 国道走り 潮水を シャワーの如く 浴びて潮抜き」

  「歳のせい? 何やかにやが 気になって ウトウトしたり 思いにふける」

 

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人間牧場

〇コンニャクの芋掘り

 昨日は人間牧場へ韓国から視察団がやって来るというので、少し早めに人間牧場へ出かけました。掃除や薪ストーブに火入れしたあと、時間があって手持ち無佐多だったので、落ち葉ストッカー横の畑に植えている、コンニャク芋の芋掘りをしました。夏場かなり茂っていたコンニャク芋の茎は跡形もなく枯れ、既に下草が生えているので、下草や落ち葉を綺麗に掃除して、鍬で掘り始めました。畑は夜来の雨で多少ぬかるんでいましたが、気にも留めず芋の在り処を示すため立てていた竹棒を頼りに、芋に傷をつけぬよう注意をしながら掘り進みました。

コンニャク畑
コンニャク畑
収獲したコンニャク芋
収獲したコンニャク芋
こんな大きい芋がありました
こんな大きい芋がありました

 コンニャクイモは早くも春の足音を聞いているのか、芋の天辺には新芽が吹いて、かすかに地上に顔を出していました。掘り上げたコンニャク芋は丁寧に土を払い、用意した横長のキャリーに順次並べて行きましたが、今年は昨年以上に芋の出来がよく、豊作のようでした。1時間余りの作業でキャリーいっぱいのコンニャク芋を掘り上げましたが、腰を痛めないよう慎重に持ち上げ、無事倉庫の中に収納することができました。倉庫の中で冬越しをさせたコンニャク芋は、今年こそ自分で納得するようなコンニャクを作ってみたいと、リベンジに燃えています。

 私は子どものころからコンニャクが好きではありません。グニャグニャしている姿もさることながら、祖母が木灰の上澄みを凝固材に使ってコンニャクを作っていたのを、少し汚らしいと思って見ていたからかも知れません。コンニャクはダイエット食品だし、体内の掃除屋とも呼ばれているから、食べるよういつも妻から勧められていますが、言い訳程度にしか食べないのです。食べない人間が何でコンニャク芋を栽培するのか、これも摩訶不思議なことですが、人間牧場のプログラムにはなくてはならないのでやっています。

 人間牧場の畑は半日蔭の場所が多く、また痩せた赤土がコンニャク栽培に適しているのでしょうか、6~7年前種物屋で買ったピンポン玉大の種芋20個が次第に増えて、今では狭いながら3枚もの畑にまで広がっています。これ以上増やす理由もないのですが、親友西岡さんにも少し芋のお裾分けをしたいと思っているので、暇を見つけて早々に後2枚の畑のコンニャク芋を掘り上げたいと思っています。掘り上げたコンニャク芋は大きいのを使い、小さい子芋は再び地中に植えて増産したいと思っています。

  「コンニャクの 嫌いな私 何故なのか? コンニャク芋を 今年も栽培」

  「土の中 丸々太った 芋が出る 頭にまるで 鬼角のよう」

  「コンニャクの 芋を親友 お裾分け 代わりにもち米 物々交換」

  「この冬は 自分でコンニャク 作りたい 思っているが 不安も多い」

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人間牧場

〇今月の五行歌

 昨日松山五行歌の見山あつこさんから、11月歌会の結果が送られてきました。封を開けると細かい文字がびっしり書かれた報告書が出てきました。私は71歳になりますが目はいい方で、まだ生まれて一度もメガネのお世話になったことがなく、裸眼で新聞が読めるのですからこんな嬉しいことはなく、「顔は悪いが目はいい」などとふざけたことを言って、いつも周囲を笑わせています。さて今月の私の駄作は次のとおりでした。

  ワクワク
  ドキドキ
  ジーン
  ああ
  いい感じ

 講評欄には次のようなことが書かれていました。
 ☆わあっ、どんないいことがあったんでしょう。「ワクワク ドキドキ ジーン」をひっくるめれば、当然「ああ いい感じ」となるのでしょうね。心の動きが素直に出ていて、「いい感じというところがいい感じ」という感想も。こんな感動をいつまでも持っていたいというのが皆の願望です。 言い得て妙なる講評に納得しました。

 ちなみに出席歌一席は永井純子さんの次の歌でした。
  「もういいかい?」
  「まあだだよ」
  遊びも生き方も
  まだまだ
  途中

 ちなみに欠席歌の一席は葵空さんの次の歌でした。 
  いつのまにか
  自分のもののように
  胸を張って
  母の言葉を
  使いこなしている

  「また駄作 にわかに作って メール便 結果は無残 だけど満足」

  「いいじゃない こんな歌でも 思いつき 頭使えば ボケずにすんで」

  「五行歌と いう名の 文芸 嗜んで 人の作品 出会う幸せ」

  「督促の メール驚き 今回も 思いつくまま 指折りつくる」

 

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人間牧場

○柿たわわ

 今年は柿のなり年です。町内のあちこちを歩くと、鈴なりの柿の木に出会います。昔はこれらの柿も全て収穫して食べられていましたが、今は取る人もなく、カラスの餌食となっているようです。

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