〇私は自分にメールを入れる馬鹿な男です
私は退職した時、職場で使っていたパソコンを手放すに当たって、もうパソコンは使うまいと心に決めましたが、自分の体内の記憶装置が傷みかけたことと、講演依頼や会議の通知の殆どがメールのやり取りに変わったこともあって、再びパソコンを使うようになりました。しかしパソコン嫌いの癖は治らず、できれば使いたくない後ろ向きな気持ちが先に立ち、未だに得意になれていません。
退職して間もなく、パソコンでメールのやり取りを始めましたが、時々相手に送るはずのメールを間違って自分宛てに送りました。その時ハタと思いついて、毎月1回程度遊びのつもりで、自分が自分のメールアドレスに想いを書いて送るようになりました。例えば旅先のホテルのロビーに置いているお客さん用のパソコンを使ったり、今では手持ちのタブレットを使って、思い出した忘れてはいけないメモも送るようになりました。
お陰様で帰宅後その処理をし、失態・失敗を逃れることもしばしばです。昨日は自分の74歳の誕生日でした。毎年のことながら沢山のfacebook仲間からお祝いのメッセージをいただきましたが、その中に自分が自分に宛てて送ったメールも一通ありました。記憶力の悪い私ゆえ、覚えやすいwakamatsu@yuuhi.jpというアドレスにしていますが、自分で自分にメールするなんて馬鹿な男は、そんじょそこらを探してもそんなにいないのではないかと、自分自身の愚かさに呆れています。
人間は物心ついてから多分死ぬまで、自分の体内に、自分というもう一人の自分がいて、いつも対話しながら生きています。こんなことがしたいと思うと、それがいいことなのか悪いことなのか、やるべきかやらざるべきか、常に二者択一の中から一つを選んで進みます。結果が良かったり悪かったりするのも凡人ゆえの苦悩ですが、人生を豊かにするには体内にいるもう一人の自分を強くすること以外ないのかも知れません。
「馬鹿じゃねえ 自分にメール するなんて いやいやこれが 効き目抜群」
「旅先で はっと気がつく あれやこれ メモのつもりで 自分に送る」
「人間は 自分の体内 もう一人 自分がおって 対話しながら」
「誕生日 自分アドレス 呼び出して 面白いこと 考え送る」

今年は11月3日と10日に行われる予定の、上・下灘公民館まつりに方言の幾つかを展示するコーナーを予定しているので、事務局の中尾先生は取りまとめたり、展示の準備に追われていますが、私たちは言いっぱなしで、方言学習をを大いに楽しんでいます。
私は本を買うのに直接本屋へ行きますが、時間や暇がなかったり急に欲しい時は息子に頼んで、アマゾンで注文します。私はパソコンで買い物をしないので、全て息子に頼みます。先日新聞広告で見た「菜根譚×呻吟語」という本も、息子に頼んでアマゾン注文で購入しましたが、便利な世の中になったもので、注文すれば2~3日で自分の手元に届くのです。先日今年から聖カタリナ大学の非常勤講師をすることになり、推薦図書として自著本「昇る夕日でまちづくり」と「今やれる青春」の2冊をシラバスに記入したところ、大学から市販購入ができないとの連絡でした。









