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〇大学の先生たちが調査にやって来ました

 昨日は午後からあいにくの雨が降り出しましたが、年輪塾の松本子番頭さんの口利きで、大学の先生たち3人と全国町村会の職員2人が、双海町へ調査にやって来ました。午後3時ころから支所の応接室をお借りして、まちづくりについて聞かれるままに、表話や裏話を佐礼谷の北岡さんも混じえて、お話しをさせてもらい、その後わが家の海の資料館海舟館にチョイ寄りしてもらいました。

宮口先生たちを囲んでの食談会

その後翠小学校前の料理店翠笑に場を移し、夕食を兼ねた食談会が開かれ、私もお酒を飲めないながらも同席をさせてもらいました。全国町村会の調査で久しぶりに来られた宮口先生も、少し足は不自由ながらお元気そうで、現在は富山に住んでいるようで、旧交を温めながら積もる話を沢山することができました。

長年社会教育や地域づくりの世界に身を置いていると、色々な学者さんと出会い交流を重ねながら、時流に沿った教えを乞うてきましたが、既に鬼門に入っている人も何人かいるものの、実践派を自称する私のような田舎者にも先生たちは、対等な立場で接して導いてもらうのですから、こんな嬉しいことはありません。翠笑で2時間ほど楽しいひと時を過ごし、一行はマイクロバスタクシーで雨の中を宇和島へ向かわれました。私は軽四トラックで松本さんを乗せ、帰路に就きました。意義ある楽し出会いの一日でした。

「大学の 先生3人 やって来た 聞かれるままに 想いを話す」

「手指では 数えきれない 大学の 先生たちの 導き受けて」

「わが家にも チョイ寄り見学 海舟館 短いながら 興味深々」

「食材の 美味さ抜群 舌鼓 美味いうまいと 言いつつ食べる」 

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〇舞たうん143号届く

 三日ほど前、愛媛地域政策研究センターから舞たうん143号が手元に届きました。私も連載寄稿しているので、柳原あやこさんの表紙絵を見ながらページをめくりました。今号の編集担当した砥部町からセンターへ出向している上本研究員は、「はじめに」で特集のテーマ「田舎の田舎で育ち、暮らす選択」について、「今号では、『田舎の田舎で育ち、暮らす選択』と題して、各地で展開される過疎地の強みを生かし、楽しみながら持続可能な地域社会に繋がる取り組みを紹介することで、人口減少社会を迎えている日本の中で、田舎の田舎(過疎地)の進むべき姿について考える機会を提供します」と述べています。

 アングルでは、持続可能な地域社会総合研究所の藤山所長さんの「田舎に田舎から持続可能な未来へ、~循環型社会への先着~」、特集/田舎の田舎で育ち暮らす選択、~田園回帰・循環型社会・コミュニティの再構築~」では7事例など、読み応えのある記事が載っていました。さて私の連載記事は「特選ブログ/shin-1さんの日記、田舎嘆きの10ヶ条から田舎楽しみの10ヶ条へ」というタイトルで書いています。元々の出所は、2000年末に刊行した「昇る夕日でまちづくり」という自著本に書いた記事なのです。当時は少しショッキングでしたが、あれから早くも30年が経っているのですから驚きです

 自分という人間の単位は人間誰しも1ですが、日本全体では1億2618万人分の1、愛媛県では134万分の1、伊予市では3万5千人分の1、双海町では3429人分の1、日本の中心東京じゃ1394万分の1、一人の濃度は様々ですが、自分の行動が確実に地域のコミュニティに影響を与え、それが生きているという実感と直結する、これはとてつもなく大きな田舎に生きる価値なのです。振り返ればこの田舎嘆きの10ヶ条の問いかけが、双海町のまちづくりの原点だったように思うのです。公麿ではありませんが、あれから30年・・・です。時の流れは早いですね~え。

 

 

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〇初春水仙まつりも無事終わりました

 冬のイベントは気温が低く、冷たくて中々大変です。ましてや昨日のように雨を伴うと最悪で、人出を当て込んで売り物や食べ物を準備すると、儲けるどころか余って処分に困ることだってあるので注意が必要です。

 昨日までの2日間ふたみシーサイド公園で初春水仙まつりが行われました。初日は風もなく冬とは思えぬ穏やかな日和でしたが2日目は一転、一日中雨の降るあいにくの天気となりましたが、予定していたダイガラ餅つきは準備をしていたので中止することもできず、天を見上げながら準備を進めました。

 幸い雨が小康状態だったため、屋外で実行することにしました。昨日は白餅、みかん餅、ヨモギ餅の3臼でしたが、松本、大森、浜田、米湊、それに私が加わるいつものメンバーで、1時間ほどでつき上げ、ついたお餅は全て完売という離れ業をやりました。

 餅つきの後片付けが終わると、ぜんざいが振舞われ、つきたてのお餅を焼いて入れた美味しいぜんざいで心も体もほっこりしました。この2日間、水仙まつりの会場で町外からやって来た懐かしい人たちに沢山出会い、会話を交わしました。地域づくりに深く関わったり、講演などで知り合った人の数は数え切れず、この人儲けこそ私の財産なのです。

 これからも、時間と体の許す限りボランティア活動に精を出し、恩返しをしようと思っています。ある人が、「双海に行ったら若松さんに会うのが楽しみでと思って来ました」と嬉しい言葉をかけてくれました。そんな知人や友人がいて幸せです。

「二日間 餅つき手伝い ボランティア いつものように 仲間が揃い」

「あいにくの 天気でしたが 雨止んで ダイガラ餅つき 何とか無事に」

「ついた餅 長蛇の列出来 完売で ホッと一息 賄いぜんざい」

「イベントの 会場来た人 声かけて 旧交温め 出会いの約束」

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〇鉢巻き姿はやる気です

 私は若い頃水産高校漁業科を卒業してから7年間、家業であった漁業を継ぎ、若吉丸の船長として漁師をしました。当時の漁師の出で立ちはゴムの合羽にゴム長靴、それに頭は何故かタオルで鉢巻きを締めていました。

鉢巻き姿の私

そんな記憶が懐かしいのか、毎年餅つきとなる鉢巻き姿を思い出して、タオルで鉢巻きをするのです。昨日は水仙まつりのイベントがあり、ダイガラ餅つきの手臼を頼まれたので、好みのタオルで鉢巻きをして臨みました。

 私が子どもの頃は、鉢巻をして仕事をするお百姓さんや漁師さんをあちこちで見かけたものですが、作業帽が普及してからはいつの間にか姿を消したため、私が鉢巻をして登場すると、「やる気だね」とか「格好いい」とか言われました。また何人かの人から「写真に撮らせて」と頼まれ、別に顔がいい訳でもないのに請われるまま、「ハイポーズ」でした。

 高校生が駅伝を走るのに鉢巻きをしめたり、受験勉強や政治家の選挙戦など、少なくはなったとはいえ、鉢巻き姿はどこかキリリとして、「腕により、頭にねじり鉢巻き」は、やっている自分もそうですが、周りの人に良い印象を与えるようです。さあ今日も鉢巻きをしめ張り切ってやりましょう。「ファイト・一~発!!」です。単純ですね。

「餅つきの 手臼頼まれ 鉢巻を しめてみました 昔懐かし」

「そういえば 鉢巻している 人見えず 高校駅伝 選挙くらいだ」

「格好いい 誉められその気 なり写真 インスタ映えの 古風演出」

「鉢巻きは やる気に見える した私 勿論やる気 今日もやります」

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◯みかんの収穫

わが家に隣接する家庭菜園の横に、甘夏柑を中心とした果樹園があります。その中に母が生前中に植え残したみかんやレモン、カブスなどの木がありますが、いずれも長年病害虫防除の消毒をせず、草刈りはするものの、自然に任せているため、生きているのがやっとといったところです。

ところが今年はどういう訳か普通温州みかんの木に一本だけ、実が鈴なりとなりました。年末の忙しさにかまけてそのまま放置していましたが、美味しいのか野鳥がついばみ始めたので、昨日の夕方思い切って収穫することにしました。菜果ハサミで菜果袋に摘んだみかんを入れ、キャリーに移しました。

果樹園の隅での収穫だったので昨夕はそのままにして、今朝息子に頼んで一緒に自宅まで持ち帰りましたが、さて樹上で完熟したみかんは味も良いので、自宅で手押しのみかん絞り機でジュースに絞って、家族に飲ませたいと思っています。完熟のみかんは痛みも早いので、頑張って作ります。

「菜園の 横の果樹園 亡き母が 植えて残した 柑橘類が」

「この十年 病害虫を やっつける 消毒もせず 自然農法」

「今年は どういう訳か 豊作で キャリーに二箱 味は抜群」

「温州の みかん手絞り してジュース 家族みんなに 飲ませてやりたい」

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〇水仙畑の道案内(その2)

 豊田漁港の直ぐ上にある下灘の水仙畑も今はすっかり有名になり、冬の風物として新聞やテレビで頻繁に紹介されるようになりましたが、かつては金山泰盛さんという一人のお爺さんが、植えられていたみかんの木を伐採伐根し、少しずつ面積を広げて整備したものです。金山さんは既に亡くなり息子洋一さんが跡を継いで周辺の整備や草刈り、案内などをしていますが、草創期にはマスコミに連絡したり、シーズンには鉄筋を打ち込んでロープを張るお手伝いに出かけるなど手助けをさせてもらい、お爺さんに大いに感謝され、毎年タコつぼ漁で採ったタコを貰ったことが懐かしく思い出されます。

漁港の見える水仙畑

 昨日その水仙畑へ都会から来たという2人の女性を案内しました。前日の前線を伴った爆弾低気圧で吹き荒れた強風で、幾分倒れていましたが、明日からの初春水仙花まつりには、綺麗な花を多くの人に見てもらう予定で、楽しみにしています。昨日は偶々高知県から来たという親子連れが、水仙畑のベンチに座って水仙や眼下の眺望を楽しむ姿が絵になるようなので世間話をしながら、二人をモデルににわかカメラマンになって、何枚かさりげなく写真を撮らせてもらいました。花だけの水仙畑も人を入れて撮影するとまた変わった趣きがありました。

 帰宅後タブレットで撮影した画像は書斎に置いているパソコンに、既に自動的にバックアップされていて、手前味噌で下手糞ながらいい写真が撮れたとほくそ笑んでいます。私が講演用に使っているパワーポイントには、双海を代表する夕日夕景や花だより、町の景観などを収めていますが、その中にも下灘の水仙畑は一枚だけ入れていますが、これは自分が撮った写真でないので、早速入れ替え作業をして双海の魅力をこれからも存分にPRしたいと思っています。いよいよ明日から2日間、初春水仙まつりが道の駅ふたみシーサイド公園で開かれます。私も2日間ダイガラ餅つきのボランティアに出かける予定です。多くの来客をお待ちしています。

「水仙を 見る度思う 懐かしい 金山おじさん 今は冥途に」

「水仙の 意志は息子に 引き継がれ 綺麗に整備 名前に恥じず」

「満開の 水仙畑に モデル入れ 撮影すると 違った魅力」

「手作りの パワーポイント 町魅力 更にバージョン アップを狙う」

 

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〇爆弾低気圧で大風

 爆弾低気圧とでもいうのでしょうか、前線を伴った低気圧が日本列島を西から東へ駆け抜けました。昨日は朝から夜まで、まるで台風なみの天地を揺るがすような強風が吹き荒れ、海は波が高く大しけでした。大風銀座と言われる佐田岬(伊方)や高知県室戸岬では最大瞬間風速30m以上を記録したとテレビのニュースで報じていました。

 私は昨日大学の講義日だったので、強風の中車を運転しましたが、やはり風の強さは、東シナ海から関門海峡を通って伊予灘で増幅して直接吹き付ける、海沿いに面したわが町が一番のようでした。もう少し向こうなら春一番と言いたいところですが、まだ小寒や大寒、立春も過ぎていないので、新春の大風とは言いながら春一番とは言わないそうです。

 今朝起きて家の周りを見回りましたが、発泡スチロールのような軽いものは殆ど飛び交って、無残にも風の吹き溜まりに集まっていました。中にはどこから飛んできたのか分かりませんが、畳一枚程のスポンジ風マットレス2枚も哀れな姿で車庫前に横たわっていました。明日にでも細かく切ってゴミ袋に入れ、ゴミに出そうと思っています。

 自然とは凄いもので、無風から強風へ、強風から無風へと大きな変化を遂げさせます。もし人間がこれだけのエネルギーを作ろうと思えば、莫大な費用が掛かるのですから脱帽です。これからは自然に逆らわず、自然に寄り添って生きて行きたいものです。お隣の高知県では屋根が飛んだり、日本の各地では被害も出たようですが、幸いわが家は被害もなく9日の朝を迎えました。

「前線を 伴い爆弾 低気圧 列島駆け抜け 春の嵐が」

「マットレス どこから飛んで 来たのだろう? まるで魔法の ジュータンみたい」

「あれだけの 強風産み出す エネルギー 自然は偉いと しみじみ思う」

「逆らわず 寄り添いながら 生きようと 思うが時には 腹まで立てて」

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〇松前いいとこ見つけ隊役員会

 今年も色々なボランティア活動が始まります。昨日は昨年から頼まれて深くかかわっている隣町松前町の、いいとこ見つけ隊の役員会が福祉センターであり出かけて行きました。私の役割は助言なのですが、いつの間にか役員さんたちと気心も知れて、色々な話ができるようになりました。

 

 

 いいとこ見つけ隊ではこの一年、助成事業を受託して活動をしているので、計画に沿って様々なことに取り組みましたが、矢田会長さんや和田事務局長さん、それに各事業ごとの部長さんの熱心な取り組みで、多くの成果を上げることができました。

 昨日は最後の取り組みとなっているマップ作りの最終打ち合わせを行い、今月中には念願のマップが完成する予定です。松前町は町内に山もなく面積的には非常に狭いコンパクトな町です。これまで観光的な取り組みはする必要もないほど、大型商業施設エミフルなどもあって元気な町ですが、どの町にもある観光協会がないなど、今後の取り組みが期待されています。

 来年度も別の助成事業を受ける計画で、既に準備が進められています。行き掛かり上私の関りも今年度に続いてあるかも知れませんが、定例会には先日の町議選で当選した議員さんも何人も加わって、まちづくりの機運は高まりつつあるようです。

「隣町 頼まれノコノコ 一年間 出かけ皆で ワイワイガヤガヤ」

「松前町 合併せずに 生き残る 故に違和感 それほどもなく」

「知らなんだ 松前の魅力 いっぱいで やれば輝く 観光資源」

「どの町も 最後の決め手 やはり人 良い人いれば 町が輝く」

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〇野鳥は赤い実が大好きです

 冬になると、今まで気づかなかった野鳥たちが、庭に沢山やってくるようになりました。野山の木の実もそろそろ底をつき、人里の庭木に付けている実を狙おうというのです。昨日家の玄関先に植えている南天の赤い実に10数羽の野鳥が群がり、あっという間に食べ尽くされてしまいました。別に実を取るために植えている訳でもないので、目くじらを立てるでもなく見過ごしていますが、その気になって見れば、わが家の庭には色々な実をつける気が植えられて、この時期はそれらが真っ赤に熟れて、野鳥の目から見れば食べごろなのかも知れません。

クロガネモチ


南天

わが家では私と親父が2代にわたって庭木が好きなため樹種も多く、特にクロガネモチ(かねもち)、南天(難を転じる)、マンリョウ(万両)センリョウ(千両)、ヒャクリョウ(百両)など、縁起の良い木として植えられます。多分今日か明日のうちに、南天やクロガネモチの真っ赤な実は食べられてしまうので、今朝は証拠写真を撮っておこうと思い立ちました。クロガネモチの木は5~6本、南天の木は10本ほど植えられていて、既に野鳥の襲撃で跡形もなくなっている木もあります。

わが家ではこれらの実が食べ尽くされると、今度はみかんを半分に切って割りばしを突き刺し、石垣や木に突き刺して、野鳥がみかんを食べる愛らしい姿を見るため毎年やっています。ミカンを啄むのは主にメジロですが、野鳥の名前に詳しくないので、それほど凝ってはいません。今朝は早朝ウォーキングの折は小雨が降っていたので、長靴を履き傘を差して出かけましたが、そのうち雨も上がり、まるで春を思わせるような温かい南風が吹きました。明日から天気は一転し発達する低気圧の影響で大荒れになりそうです。

「玄関に 植えてる南天 一日で 野鳥に食べられ 見るも無残に」

「わが庭にゃ 目出度い木々を 植えてるが お金は何故か ご縁がなくて」

「里山の ご馳走そろそろ なくなりて 庭の木の実に方向転換」

「食べられる 前に写真を 思いつき 一足先に 知恵ある私」

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〇毎日煮干しを食べています

 私たち夫婦が毎日使っている食卓の上には、色々な食べ物が置かれています。梅干しやらっきょう、この時期だと妻が使った漬物風ユズ大根などなど、手を伸ばせばご飯のお供になるものばかりです。その姿を見て息子は年寄り臭いといいます。そういえば亡くなった父母や祖父の使っていた食卓も同じような雰囲気だったと思い出し、自分たち夫婦もいつの間にか年寄りの暮らしになっていると苦笑いするのです。

毎日食べているかえりと呼ばれる小羽の煮干し

私たちの食卓にはそれ以外に黒ニンニクやきな粉、煮干しがタッパーに入れられ置かれていて、黒ニンニクは毎日ひと片づつ、きな粉は焼いたお餅につけて食べていますが、かえりと呼ばれる小さい煮干しは朝昼晩の食事時、カルシュウムの補給源として4~5匹ずつ食べています。双海町には江戸時代から続いている共栄網というイワシを獲り、煮干しに加工する組合があって、良質な煮干しは〇共のブランドで売られています。

 かつて双海町時代、町内の保育園・小学校・中学校では煮干し給食と言って、カルシュウムを補給するため、毎日3匹の煮干しが給食として出されていました。効果があったかなかったか評価発表はありませんでしたが、煮干しが不足気味なカルシュウムを補い子どもたちの健康増進に大いに役立ったと思われています。もともと煮干しは出汁を取るためのものですが、最近は顆粒状の出汁の素などお手軽な使いやすい商品が開発され、煮干しで出汁を取る家庭が少なくなったため、煮干しの売り上げは右肩下がりで苦戦しているようです。

 骨粗鬆症などと病院で診断を受け、薬の投与治療をしている人は結構多いようですが、特に高齢者は加齢とともに骨ももろくなる傾向にあるので、せめて毎日おやつ代わりに煮干しを食べたら、自分の健康は勿論のこと、煮干しを作っている漁師さんも助かるのにと思いながら、今朝も10匹余りつまんで食べました。

「食卓の 上にあれこれ 食べ物が 年寄り臭いと 息子に言われ」

「そういえば 父母や祖父母も 同じよう だったと昔 思い出しつつ」

「食卓の 上に置かれた 煮干し入れ 毎日毎食 つまんで食べる」

「骨粗鬆 薬で治療 するもよし 私は煮干し 加えて牛乳」

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