人間牧場

〇恵みの雨が降っています
今日は天気予報通り朝から一日中弱いながら雨が降っています。他の町ではかなりの雨が降ったというのに、こちらではこの2ヶ月雨らしい雨が降らず、農作物に被害が出るような干ばつ状態でした。県内あちこちのダムも取水制限などをして対応しているようで、わが町の日尾野地区では簡易水道が根を上げ、給水車が出たようです。

 せっかく稔ったみかんもダメージを受けたようだし、わが家でも植えた冬野菜の成長が遅れ、折角蒔いた大根の種も芽は出たものの害虫に食べられ、近所のおじさんは全滅状態だと嘆いていました。わが家はかろうじて井戸水が使えるので、とりあえずの冬野菜は確保していますが、こと大根に関してはそれなりしかできず超不作です。

 水はあり過ぎると困るし、降らないとまた厄介です。人間がコントロールできないだけに、これからも気候変動の原因になるような暮らしを少しでも改めたいと思っていますが、便利になれると不便な暮らにしは中々戻れないものです。とりあえず今日の雨がもう少し強く長く降り続いて欲しいと願っています。

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〇入浴体操のお陰でぎっくり腰にならなくなりました
 私は家の横の1反ほどの家庭菜園や150mに及ぶ家の敷地裏周辺の草刈り、それに人間牧場の草刈りなどなど、年齢の割にはよく肉体労働をする方だと自認しています。そのため年に1~2度ぎっくり腰になっていました。

 ぎっくり腰はなった人でないとその痛さは分かりませんが、前触れもなく腰がギクッとして動けなくなるのです。そんな場合はコルセットで腰を締め、馴染みの整体医院へ行き治療してもらうのです。ぎっくり腰の一番の療法は横になって休むことだそうですが、仕事に穴を開けることが出来ないため、整体師の荒治療を受けていました。

体調管理は腰回りの筋肉強化しかないと考え、風呂の中で脛を思いっきり左右に100回くらいねじるのです。さらに湯船の端に座り腹筋を10回、背中を寝させて腹筋を10回、さらに強い腹筋を6回やって終了です。それまでは夫婦円満は夫婦同床と思い、妻と一緒に入浴していましたが、私が湯船体操をするものだから今は別々です。

 恐らくこの体操のお陰だと思うのですが、この3~4年はぎっくり腰になって整体医院に治療に行くこともなく過ごしています。この一週間の間には公民館祭りの餅つきの手臼を中腰でしたり、タマネギの苗植えを中腰でしたりと、腰に負担のかかることを沢山しましたが、入浴体操のお陰でぎっくり腰になることもなく過ごしています、目出度しめでたしです。

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〇1時間も時間を間違ってしまいました
 今朝はいつものように朝4時に起きたはずなのに、時計を1時間も見間違え「しまった。ヤバイ」と思い慌てました。早速Facebookを一本書き終え、5時だのに6時と間違えてウォーキングに出発しました。

 歩くほどに東の空が明るくなるはずなのに一向に夜が明ける気配もなく、ズボンのポケットに入れているスマホ画面でデジタル表示の時計を見ると午前5時過ぎでした。懐中電気を持ち合わせていなかったので、森の中を毎日歩くコースは真っ暗で、転げてもいけないと思い、少し変更して歩きました。

 遅れずむしろ早い一日のスタートでしたが、「時間を1時間も間違え。るようでは自分も歳だ」とそのふがいなさに少々心が折れました。それでも気を取り直し目標の歩数を万歩計に刻んで今日も始まりました。今日も元気で頑張り過ぎず頑張ります。ワッハッハ。笑いヨガ流だと、いいぞいいぞイエィです。

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〇ツワブキとノジギクの花が咲き始めました
11月になったというのに、全国各地では連日夏日が続き、寒いのが苦手な私としては助かるのですが、自然界も雨が降り過ぎて災害が起こったかと思えば、こちらでは少雨状態が2ヶ月も続き、昨日は恵みの雨と思いきや、3~4㎜程度の降雨量で、これはもう異常としか言いようがありません。

それでも確実に暦は動き、長男のあちこちには自生しているツワブキの黄色い花が咲き始めました。また海岸線の国道沿いのあちこちにはノジギクも咲いて、秋色を感じさせ、家から見える町のシンボル本尊山界隈もハゼやィ右などの雑僕が紅葉し始めました。

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〇赤とんぼの思い出
 昨日松山に住む6歳の孫がわが家にやって来ました。次男息子の車で下灘閏住の実妹のくじらという小さなお店に立ち寄りました。店の横の藤棚休憩所には3連休とあって多くのライダーが名物のたこ焼きやソフトクリームを食べながらのんびり過ごしていました。

 帰ろとすると道端に止めていた車の助手席に、どこか記憶に残る一人の男性と目と目が合いました。相手より私の方が先に「窪田公博さんじゃない?」と言葉をかけると、「そうですが」と返り、「双海町の若松です」と言うとやった思い出してくれました。

 この方は私が双海町の教育長をしていた頃、上灘中学校の校長先生をしていました。その折中予管内の人権同和教育研究大会を下灘公民館で開きましたが、参加者全員に250匹の竹で作った赤とんぼを差し上げ、北原白秋の生い立ちから人権を考える私の作ったストリーに共鳴し、赤とんぼを作ってくれた忘れられない思い出の人なのです。

 聞けば頸椎の病気を患い手術をしたものの後遺症を発症し、今は施設で暮らしているとのことでした。わが家の海の資料館海舟館には今も先生の作ってくれた竹の赤とんぼが大切にディスプレイとして保存されています。同行していた奥さんと娘さんに「お元気で」と別れを告げましたが、いつかまた会ってあの頃の懐かしい昔話をしたいと思いました。

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〇孫娘が遊びにやって来ました
 今日は3連休の最終日で、この時期として珍しい夏日の一日でした。次男が6歳になる娘を連れてわが家へ遊びに来ました。来年1年生になる孫娘は成長著しく、楽しいお喋りを沢山しました。

 風もなく穏やかだったので、長男息子が庭にかまどを出し、掘り立ちのサツマイモを濡らした新聞とアルミホイルで包み、かまどで焚いた焚火で焼き芋をしてくれました。孫娘は興味津々で、早速焼けたサツマイモの皮を剥いでやり、フーフー言いながらみんなで美味しく食べました。

 その後夕食はハンバーグが食べたいというので、帰り道すがら伊予市まで出てレストランで夕食を食べましたが、最近前歯の乳歯が抜けたらしく、いよいよ永久歯に生え替る時期を迎えたようです。ふとこの孫娘若松花菜がお嫁に行く年齢まで、私たち夫婦は生きているだろうか?。25歳で結婚するとして79歳の私は98歳になるはずです。目標100歳ながらとてもその年齢まで生きている保証はないのです。

 まあそんな他愛のない話を妻と2人で話しましたが、いよいよ私たち夫婦の人生も最終章に差し掛かっていることを実感しました。 

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〇全快祝い
 長男の嫁は実家のお父さんが5年前に亡くなってから実家が経営する喫茶店で、お父さんに替ってコーヒの焙煎をやっています。次男の実家のお父さんは銀行マンでしたが退職後造船所に勤務した後自由人となっていますが、昨年リンパ腫を発症したものの、治療の甲斐あってこの度完治しました。

 病気のしんどさは病気になった人でないと分からないものなので、全快したことを祝って昨日お食事会に誘ったところ、奥さんと一緒に快く応じていただき昨日伊予市のレストランで、簡単な全快祝いをやりました。私より6つも年下ながら博学で、私たち夫婦と4人で色々な楽しい話に花を咲かせました。

 その後息子が所属する中山の地域おこしグループ十彩会主催の映画祭に誘い、「島守の塔」という沖縄が舞台の映画を鑑賞しました。映画を見るのは息子が主催した映画二宮金次郎以来何年かぶりで、出演している昭和の名優香川京子も出演していて、涙を誘う少し重苦しい映画でしたが、いい映画を見せて貰ったと喜んでいただきました。

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〇大洲といっても隣の長浜町で山火事発生
 ひょっとしたら山伝いにこちらへも?と心配するほど近い、長浜町白滝で山火事が発生しました。報道や友人のFacebookによると現場までの道は細く、また山火事ゆえ夜間の消防団による消火活動など危険が伴うため、県は自衛隊に消火のための出動要請が出されました。

 一昨日の朝私たちの町の上空を消火のために現場へ向かう自衛隊のヘリコプターと思われる機体が音を立てて東から西に向かって低空飛行で飛んでいました。ふと戦争をしているウクライナやイスラエルのことを思い出し、若しこの爆音が戦争だったらどうしようと、平和の尊さをあらためて思いました。

 空気が乾燥していたり、このところ全く雨が降らず空気が乾燥し、加えてダムの水も底をつきかけているので、海水を使うことも選択肢の一つとして検討されてようです。何が原因か、またいつまで燃え続けるのか、気になる所です。今日公民館祭りの会場に来ていた満野の人の話によると、肱川の風に乗って火事の来生臭い匂いが早くもです。来生臭い匂いが満野浜地区に届いているようです。

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〇殆ど毎日のように実家にやって来る姉
 私は5人兄弟の長男ですが、5人のうち姉・妹・弟・私と、4人までが同じ町内に住んでいます。近所の人から「羨ましいですね」とよく言われますが、近所に住むからといって兄弟姉妹といっても、別に取り立てていいことがある訳でもなく、まあそれなりに仲が良いといったところです。

 2つ上の姉は近所の自動車屋さんに嫁いでいましたが、3年前に義兄が亡くなり、直後は多少元気がなかったものの、最近は回復して息子や娘孫たちと同居し穏やかに暮らしていて、毎朝ラジオ体操に参加したりウォーキングに余念がありませんが、そのコースにわが家のお地蔵さん参りが入っているため、殆ど毎日実家のわが家へやって来て、あいさつや雑談をするのが日課となっています。

 今朝も私が西条へ出かける頃にやって来て、「今朝新聞にあんたが載っていた。嬉しかったので少しだけどお祝いを上げる」と銀行の状袋に入れて寸志をくれました。嬉しくなり早速仏壇に供え父母の位牌に報告し手を合わせました。妻にそのことを話し手渡しましたが、明日にでもお礼を言いたいと言っていました。ゴマすりながら「持つべきものは姉」だと思いました。

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〇朝のあいさつが「暑いですねえ」から「寒いですねえ」へ
 今年の夏は10月になっても残暑のように暑く、朝ウォーキングで出会うひとたちから汗をぬぐいながら、「もう秋だというのに」という枕詞をつけながら「暑いですねえ」と言葉を交わしていました。

 ところが半月も経たないのに急激に夏日だった温度が下がり、朝晩寒さを感じるようになりました。厄介なのは昼と夜の温度差が10度以上もあって、私たちのような高齢者には体調管理が中々上手く行かない人もいるようです。

 夏が長く秋が短かくかんじるようになって、どこか身の回りの環境が変化しているような感じもしますが、凡人の私にはその変化がどれほどなのか、またそれが人間の日常の暮らし方が原因なのかは分かるはずもありません。

 「暑けりゃ脱げばいい」「寒むけりゃ着ればいい」のでしょうが、ファッションを気にする年齢でもないけれど、妻は近くへ出かける時も、「何を着て行こうか?」とそんなにありもしない洋服を見て困り顔をしているようです。

「昨日まで 暑いねえと 言っていた 今はあいさつ 寒くなりました」
「春や秋 一番季節 いいはずが 秋は駆け足 早くも冬が」
「温暖化 私のせいでは ありません 他人事だと みんなが思う」
「朝晩の 気温差10度 これはもう 体調管理に 困ってしまう」

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