人間牧場

〇赤とんぼの思い出
 昨日松山に住む6歳の孫がわが家にやって来ました。次男息子の車で下灘閏住の実妹のくじらという小さなお店に立ち寄りました。店の横の藤棚休憩所には3連休とあって多くのライダーが名物のたこ焼きやソフトクリームを食べながらのんびり過ごしていました。

 帰ろとすると道端に止めていた車の助手席に、どこか記憶に残る一人の男性と目と目が合いました。相手より私の方が先に「窪田公博さんじゃない?」と言葉をかけると、「そうですが」と返り、「双海町の若松です」と言うとやった思い出してくれました。

 この方は私が双海町の教育長をしていた頃、上灘中学校の校長先生をしていました。その折中予管内の人権同和教育研究大会を下灘公民館で開きましたが、参加者全員に250匹の竹で作った赤とんぼを差し上げ、北原白秋の生い立ちから人権を考える私の作ったストリーに共鳴し、赤とんぼを作ってくれた忘れられない思い出の人なのです。

 聞けば頸椎の病気を患い手術をしたものの後遺症を発症し、今は施設で暮らしているとのことでした。わが家の海の資料館海舟館には今も先生の作ってくれた竹の赤とんぼが大切にディスプレイとして保存されています。同行していた奥さんと娘さんに「お元気で」と別れを告げましたが、いつかまた会ってあの頃の懐かしい昔話をしたいと思いました。

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