人間牧場

◯みかんの収穫

わが家に隣接する家庭菜園の横に、甘夏柑を中心とした果樹園があります。その中に母が生前中に植え残したみかんやレモン、カブスなどの木がありますが、いずれも長年病害虫防除の消毒をせず、草刈りはするものの、自然に任せているため、生きているのがやっとといったところです。

ところが今年はどういう訳か普通温州みかんの木に一本だけ、実が鈴なりとなりました。年末の忙しさにかまけてそのまま放置していましたが、美味しいのか野鳥がついばみ始めたので、昨日の夕方思い切って収穫することにしました。菜果ハサミで菜果袋に摘んだみかんを入れ、キャリーに移しました。

果樹園の隅での収穫だったので昨夕はそのままにして、今朝息子に頼んで一緒に自宅まで持ち帰りましたが、さて樹上で完熟したみかんは味も良いので、自宅で手押しのみかん絞り機でジュースに絞って、家族に飲ませたいと思っています。完熟のみかんは痛みも早いので、頑張って作ります。

「菜園の 横の果樹園 亡き母が 植えて残した 柑橘類が」

「この十年 病害虫を やっつける 消毒もせず 自然農法」

「今年は どういう訳か 豊作で キャリーに二箱 味は抜群」

「温州の みかん手絞り してジュース 家族みんなに 飲ませてやりたい」

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〇水仙畑の道案内(その2)

 豊田漁港の直ぐ上にある下灘の水仙畑も今はすっかり有名になり、冬の風物として新聞やテレビで頻繁に紹介されるようになりましたが、かつては金山泰盛さんという一人のお爺さんが、植えられていたみかんの木を伐採伐根し、少しずつ面積を広げて整備したものです。金山さんは既に亡くなり息子洋一さんが跡を継いで周辺の整備や草刈り、案内などをしていますが、草創期にはマスコミに連絡したり、シーズンには鉄筋を打ち込んでロープを張るお手伝いに出かけるなど手助けをさせてもらい、お爺さんに大いに感謝され、毎年タコつぼ漁で採ったタコを貰ったことが懐かしく思い出されます。

漁港の見える水仙畑

 昨日その水仙畑へ都会から来たという2人の女性を案内しました。前日の前線を伴った爆弾低気圧で吹き荒れた強風で、幾分倒れていましたが、明日からの初春水仙花まつりには、綺麗な花を多くの人に見てもらう予定で、楽しみにしています。昨日は偶々高知県から来たという親子連れが、水仙畑のベンチに座って水仙や眼下の眺望を楽しむ姿が絵になるようなので世間話をしながら、二人をモデルににわかカメラマンになって、何枚かさりげなく写真を撮らせてもらいました。花だけの水仙畑も人を入れて撮影するとまた変わった趣きがありました。

 帰宅後タブレットで撮影した画像は書斎に置いているパソコンに、既に自動的にバックアップされていて、手前味噌で下手糞ながらいい写真が撮れたとほくそ笑んでいます。私が講演用に使っているパワーポイントには、双海を代表する夕日夕景や花だより、町の景観などを収めていますが、その中にも下灘の水仙畑は一枚だけ入れていますが、これは自分が撮った写真でないので、早速入れ替え作業をして双海の魅力をこれからも存分にPRしたいと思っています。いよいよ明日から2日間、初春水仙まつりが道の駅ふたみシーサイド公園で開かれます。私も2日間ダイガラ餅つきのボランティアに出かける予定です。多くの来客をお待ちしています。

「水仙を 見る度思う 懐かしい 金山おじさん 今は冥途に」

「水仙の 意志は息子に 引き継がれ 綺麗に整備 名前に恥じず」

「満開の 水仙畑に モデル入れ 撮影すると 違った魅力」

「手作りの パワーポイント 町魅力 更にバージョン アップを狙う」

 

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〇爆弾低気圧で大風

 爆弾低気圧とでもいうのでしょうか、前線を伴った低気圧が日本列島を西から東へ駆け抜けました。昨日は朝から夜まで、まるで台風なみの天地を揺るがすような強風が吹き荒れ、海は波が高く大しけでした。大風銀座と言われる佐田岬(伊方)や高知県室戸岬では最大瞬間風速30m以上を記録したとテレビのニュースで報じていました。

 私は昨日大学の講義日だったので、強風の中車を運転しましたが、やはり風の強さは、東シナ海から関門海峡を通って伊予灘で増幅して直接吹き付ける、海沿いに面したわが町が一番のようでした。もう少し向こうなら春一番と言いたいところですが、まだ小寒や大寒、立春も過ぎていないので、新春の大風とは言いながら春一番とは言わないそうです。

 今朝起きて家の周りを見回りましたが、発泡スチロールのような軽いものは殆ど飛び交って、無残にも風の吹き溜まりに集まっていました。中にはどこから飛んできたのか分かりませんが、畳一枚程のスポンジ風マットレス2枚も哀れな姿で車庫前に横たわっていました。明日にでも細かく切ってゴミ袋に入れ、ゴミに出そうと思っています。

 自然とは凄いもので、無風から強風へ、強風から無風へと大きな変化を遂げさせます。もし人間がこれだけのエネルギーを作ろうと思えば、莫大な費用が掛かるのですから脱帽です。これからは自然に逆らわず、自然に寄り添って生きて行きたいものです。お隣の高知県では屋根が飛んだり、日本の各地では被害も出たようですが、幸いわが家は被害もなく9日の朝を迎えました。

「前線を 伴い爆弾 低気圧 列島駆け抜け 春の嵐が」

「マットレス どこから飛んで 来たのだろう? まるで魔法の ジュータンみたい」

「あれだけの 強風産み出す エネルギー 自然は偉いと しみじみ思う」

「逆らわず 寄り添いながら 生きようと 思うが時には 腹まで立てて」

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〇松前いいとこ見つけ隊役員会

 今年も色々なボランティア活動が始まります。昨日は昨年から頼まれて深くかかわっている隣町松前町の、いいとこ見つけ隊の役員会が福祉センターであり出かけて行きました。私の役割は助言なのですが、いつの間にか役員さんたちと気心も知れて、色々な話ができるようになりました。

 

 

 いいとこ見つけ隊ではこの一年、助成事業を受託して活動をしているので、計画に沿って様々なことに取り組みましたが、矢田会長さんや和田事務局長さん、それに各事業ごとの部長さんの熱心な取り組みで、多くの成果を上げることができました。

 昨日は最後の取り組みとなっているマップ作りの最終打ち合わせを行い、今月中には念願のマップが完成する予定です。松前町は町内に山もなく面積的には非常に狭いコンパクトな町です。これまで観光的な取り組みはする必要もないほど、大型商業施設エミフルなどもあって元気な町ですが、どの町にもある観光協会がないなど、今後の取り組みが期待されています。

 来年度も別の助成事業を受ける計画で、既に準備が進められています。行き掛かり上私の関りも今年度に続いてあるかも知れませんが、定例会には先日の町議選で当選した議員さんも何人も加わって、まちづくりの機運は高まりつつあるようです。

「隣町 頼まれノコノコ 一年間 出かけ皆で ワイワイガヤガヤ」

「松前町 合併せずに 生き残る 故に違和感 それほどもなく」

「知らなんだ 松前の魅力 いっぱいで やれば輝く 観光資源」

「どの町も 最後の決め手 やはり人 良い人いれば 町が輝く」

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〇野鳥は赤い実が大好きです

 冬になると、今まで気づかなかった野鳥たちが、庭に沢山やってくるようになりました。野山の木の実もそろそろ底をつき、人里の庭木に付けている実を狙おうというのです。昨日家の玄関先に植えている南天の赤い実に10数羽の野鳥が群がり、あっという間に食べ尽くされてしまいました。別に実を取るために植えている訳でもないので、目くじらを立てるでもなく見過ごしていますが、その気になって見れば、わが家の庭には色々な実をつける気が植えられて、この時期はそれらが真っ赤に熟れて、野鳥の目から見れば食べごろなのかも知れません。

クロガネモチ


南天

わが家では私と親父が2代にわたって庭木が好きなため樹種も多く、特にクロガネモチ(かねもち)、南天(難を転じる)、マンリョウ(万両)センリョウ(千両)、ヒャクリョウ(百両)など、縁起の良い木として植えられます。多分今日か明日のうちに、南天やクロガネモチの真っ赤な実は食べられてしまうので、今朝は証拠写真を撮っておこうと思い立ちました。クロガネモチの木は5~6本、南天の木は10本ほど植えられていて、既に野鳥の襲撃で跡形もなくなっている木もあります。

わが家ではこれらの実が食べ尽くされると、今度はみかんを半分に切って割りばしを突き刺し、石垣や木に突き刺して、野鳥がみかんを食べる愛らしい姿を見るため毎年やっています。ミカンを啄むのは主にメジロですが、野鳥の名前に詳しくないので、それほど凝ってはいません。今朝は早朝ウォーキングの折は小雨が降っていたので、長靴を履き傘を差して出かけましたが、そのうち雨も上がり、まるで春を思わせるような温かい南風が吹きました。明日から天気は一転し発達する低気圧の影響で大荒れになりそうです。

「玄関に 植えてる南天 一日で 野鳥に食べられ 見るも無残に」

「わが庭にゃ 目出度い木々を 植えてるが お金は何故か ご縁がなくて」

「里山の ご馳走そろそろ なくなりて 庭の木の実に方向転換」

「食べられる 前に写真を 思いつき 一足先に 知恵ある私」

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〇毎日煮干しを食べています

 私たち夫婦が毎日使っている食卓の上には、色々な食べ物が置かれています。梅干しやらっきょう、この時期だと妻が使った漬物風ユズ大根などなど、手を伸ばせばご飯のお供になるものばかりです。その姿を見て息子は年寄り臭いといいます。そういえば亡くなった父母や祖父の使っていた食卓も同じような雰囲気だったと思い出し、自分たち夫婦もいつの間にか年寄りの暮らしになっていると苦笑いするのです。

毎日食べているかえりと呼ばれる小羽の煮干し

私たちの食卓にはそれ以外に黒ニンニクやきな粉、煮干しがタッパーに入れられ置かれていて、黒ニンニクは毎日ひと片づつ、きな粉は焼いたお餅につけて食べていますが、かえりと呼ばれる小さい煮干しは朝昼晩の食事時、カルシュウムの補給源として4~5匹ずつ食べています。双海町には江戸時代から続いている共栄網というイワシを獲り、煮干しに加工する組合があって、良質な煮干しは〇共のブランドで売られています。

 かつて双海町時代、町内の保育園・小学校・中学校では煮干し給食と言って、カルシュウムを補給するため、毎日3匹の煮干しが給食として出されていました。効果があったかなかったか評価発表はありませんでしたが、煮干しが不足気味なカルシュウムを補い子どもたちの健康増進に大いに役立ったと思われています。もともと煮干しは出汁を取るためのものですが、最近は顆粒状の出汁の素などお手軽な使いやすい商品が開発され、煮干しで出汁を取る家庭が少なくなったため、煮干しの売り上げは右肩下がりで苦戦しているようです。

 骨粗鬆症などと病院で診断を受け、薬の投与治療をしている人は結構多いようですが、特に高齢者は加齢とともに骨ももろくなる傾向にあるので、せめて毎日おやつ代わりに煮干しを食べたら、自分の健康は勿論のこと、煮干しを作っている漁師さんも助かるのにと思いながら、今朝も10匹余りつまんで食べました。

「食卓の 上にあれこれ 食べ物が 年寄り臭いと 息子に言われ」

「そういえば 父母や祖父母も 同じよう だったと昔 思い出しつつ」

「食卓の 上に置かれた 煮干し入れ 毎日毎食 つまんで食べる」

「骨粗鬆 薬で治療 するもよし 私は煮干し 加えて牛乳」

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〇今年の冬は暖冬模様

今年の冬は暖冬気味で、お正月3ヶ日も比較的暖かい好天に恵まれました。町内のあちこちには水仙の花が沢山咲き、閏住の菜の花畑も日増しに黄色い花が増えているようで、花が咲くのが楽しみです。昨日お墓参りに出かけた大法寺の境内では、このところの陽気に誘われ、早くも目にも鮮やかな黄色いロウバイの花が沢山咲いていて、思わず立ち止まってその美しさに見とれてしまいました。

大法寺の境内に咲いているロウバイの花

宇和海に面した八幡浜は、黒潮が流れ込むため、佐田岬半島で仕切られた北側に広がる瀬戸内海とは気温も2~3度違って暖かいようです。昨日瀬戸内海側は午後から北西の季節風が吹き、海は少し波風が立って肌寒く感じましたが、こんな日でもJR下灘駅やふたみシーサイド公園には多くの人が訪れ、寒さの中にもかかわらず夕景を楽しんでいました。

西の端に沈む夕日

八幡浜からの帰り道、背中を夕日が照らし、バックミラーに綺麗な夕日が映りました。シーサイド公園に入って夕日の写真を撮ろうと思いましたが、あいにく満車状態でした。運よく西側端の車が一台出たのでちゃっかり入り、とりあえず街路灯を入れて夕日の写真を一枚撮りました。昨日の夕日も綺麗でした。

「今年の 冬は暖冬 水仙が 早くも咲いて 馥郁匂う」

「菜の花も 少しずつだが 咲き始め 春はすぐそこ どこかウキウキ」

「半島が 南と北に 海仕切る 宇和海・瀬戸内 気温も違い」

「寺境内 早くもロウバイ 花満開 鼻を近づけ 匂い楽しむ」 

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〇孫娘の正月来客

 私たち夫婦は4人の子どもを産み育てました。それぞれ大きくなって自立自活の道を歩んでいますが、長女は2人の男の子を、長男は2人の男の子を産み育てていて、孫はいずれも男の子だったため、次男には女の子が欲しいと思っていましたが、幸いなことにその願いが叶い、2年半前に待望の女の子が生まれました。

4人の男の子もそれぞれ可愛いのですが、殊更孫娘は可愛く、最近はお喋りもできるようになって、出会う度に成長の跡がうかがえています。次男は看護師をしているので勤務が不規則で、年末から年始にかけて深夜や準夜を勤務をしていたようですが、昨日は夜勤明けで休みになったので、夫婦が孫娘を連れて正月あいさつにやって来ました。

 半日ほどわが家で過ごしましたが、少し遠めの潮風ふれあい公園まで妻と孫娘の3人で歩いて出かけました。驚いたことにしっかりした足取りで往復約2キロの道を歩いて散歩や遊具遊びを楽しみました。夕方松山の自宅へ帰って行きましたが、これからの成長が楽しみながら、4人の男の子の孫たちも少し大きくなって、私たちを相手にしなくなりつつあることを思えば、成長も良し悪しです。

「4人孫 全て男で 女の子 欲しい願いが 叶って嬉しい」

「2歳半 少し遠出の 公園へ 2㎞も歩く 健脚驚く」

「男孫 既に大きく なったゆえ 私ら相手 されなくなって」

「女の子 とにかく賑やか 家族皆 巻き込みながら 主役務める」

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〇玄関を飾るカサブランカの花

 年末も押し迫った頃、三宅島に住んでいる友人佐久間さんから今年も綺麗なカサブランカの花が、わが家に宅配便で届きました。佐久間さんとは東京で行われた全国監査委員の研修会に講演で招かれた折知り合い、その後東京都の町村議員研修会に招かれたり、三宅島に招かれたりしましたが、たった3回の出会いにもかかわらず、もうあれから何年も経っているというのに、律儀にも毎年のようにこうしてカサブランカの花が届くのです。

玄関で咲く美しいカサブランカの花

私が三宅島に招かれた頃は、火山の爆発と火砕流などの被害の爪痕も痛々しく、全島民避難の後島民が島に戻った直後でした。 講演の行われた体育館で、突然ガスの濃度が高くなり、検知器のアラームが作動して、素早く窓ガラスを閉めて講演を続行したり、特別な許可を得て山頂への道を佐久間さんの案内で見学させてもらったことなど、忘れることのできない思い出がいっぱいあり、またお会いしたい人なのです。

歌手鳥羽一郎の「カサブランカの花」という歌くらいしか知識のない私ですが、届いた花を妻が玄関先に活けてくれましたが、玄関先は暖房もないので、蕾の開くのも遅く、やっと開いた花はとても香し香りを漂わせています。若嫁は花が開く度にハサミでめしべの茶色い花粉が落ちないよう切り取ってくれて、大事に花を楽しんでいます。冬のこの時期は花の少ない季節です。また寒いため花持ちもよく、まだ当分は花を楽しむことができるようです。

「今年も 三宅島住む 友人が 宅配便にて カサブランカ花」

「3回の 出会い忘れず 律儀にも 離島ながらも 東京都民」

「玄関に 活けた綺麗な 百合の花 カサブランカと 言うのだそうだ」

「三宅島 全島避難 語り草 防災見本 忘れるべからず」

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〇年賀状が届きました

 正月元旦の楽しみは、何といっても郵便局から届く年賀状です。正月だというのに仕事柄とはいいながら寒い中、年賀状を届けてくれる配達員の皆さんには感謝しています。今年わが家へ年賀状が届いたのは午前9時過ぎでした。年賀状を受取った長男息子は早速居間で、それぞれ宛名毎に分けてくれましたが、一丁前に6年生の孫希心と4年生の孫奏心にも友だちや先生から年賀状が届いていて、喜んでいました。

届いた年賀状

 さて私宛の年賀状は、私が在庫整理したパソコンの住所録で400枚しか出さなかったため、かなり多くの人に不義理を囲ってしまいました。追加をしないと心に決めているので、心苦しいことですがお許しいただきたいと思っています。昨日は居間のコタツに入ってテレビを観ながら年賀状をめくり、届いた人の顔を思い出していましたが、中には「年齢が90歳になりました。来年から年賀状を失念します」と書いたものもあって、少し寂しい気がしました。

 昨年も沢山の新しい出会いがありました。また年末には沢山の方々から喪中のハガキが届きました。中には家族葬のため亡くなったことすら知らなかった古い友人もいて心が痛みましたが、自分の加齢とともに人との付き合いも悲喜こもごもです。聞くところによるとスマホやパソコンの普及で、年賀状を出さない人も増えてきたそうですが、アナログ人間の私にはやはり年賀状は大切な音信ツールなので、これからもできる限り続けて行こうと思っています。そうそう、出したけれど届かなかった年賀状の中には、悲しいかな里帰りしたものも何枚かありました。

「元旦は 年賀はがきが 楽しみで コタツに入り テレビ観ながら」

「パソコンの メール便にて 新年の あいさつ届く これも今流」

「90歳 来年からは 出さないと 決別宣言 少し寂しい」

「出したけど 届かず帰る 年賀状 気になりながら 住所抹消」

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