〇鯛の尻尾
わが家は3代続いた漁家でしたが、私が体調を崩して地方公務員になったため、愛媛県立宇和島水産高等学校漁業科を出たというのに、残念ながら漁家は途絶えてしまいました。親父は鯛網の腕の良い漁師だったため、一代で財を成すほどではなかったものの、それなりに稼ぎそれなりに自分の兄弟姉妹12人の長男として、若死にした祖父に代わり、自分の兄弟姉妹や私たち兄弟姉妹を独り立ちさせてくれました。
鯛網漁師だったため、子どもの頃から高級魚である鯛を、嫌というほど食べて育ちましたが、私たちの住んでいた元の家の台所の柱には、まるでお守りのように鯛を調理する度に、出刃包丁で切り落とした鯛の尻尾が貼り付けられていました。何の意味があるのかも分からぬまま不思議に思って見過ごしていましたが、2~3日前友だちからかなり大きな鯛を貰い、私が粗調理をしました。
鯛の鱗を専用の鱗取りで剥がし、頭と尻尾と内臓を取り3枚におろしました。その時何を思ったのか、あるいは元漁家のDNAが祖巣させたのか、いつもはそのまま捨てる尻尾を、外の調理台の周りを囲っている、ステンレス製の壁に水洗いして貼り付けました。鯛の尻尾は水に濡れていたため、落ちることもなくピタリと壁に張り付きました。粗調理や調理台付近の掃除を終え、残飯処理をして一段落しましたが、鯛の尻尾を張り付けたことはすっかり忘れてそのままの状態でした。
明くる日、たまたまそれを見た若嫁が、「鯛の尻尾が壁に貼り付けてあるが、何の意味があるの?。そう言えば私も子どもの頃自分の家の台所の柱に、鯛の尻尾が貼りつけられていたのを覚えている」と言うのです。私たちの年代ならいざ知らず、若嫁がこんな風習を知っていることにも驚きました。「鯛の尾びれは尾っぽなのか尻尾なのか?」と二人で他愛ない話をしながら大笑いをしました。親父も亡くなっているので、知る由もない鯛の尾びれを張り付る風習の意味は、もう聞きようもありませんが、「う~ん」でした。
「子ども頃 鯛の尻尾を 台所 柱貼り付け お札のように」
「実家でも 子どもの頃に 見たという 若嫁記憶 私も記憶」
「何気なく 粗調理した 鯛尻尾 ステンレス製 壁に貼り付け」
「鯛尻尾 今となっては 聞く人も 亡くなり真意 分からぬままに」