〇目に見えないもの
愛媛県内では国体に続いて、身体障害者のスポーツ大会が開かれていますが、身体に障害を持った人たちのハンディを乗り超えて活躍する姿を見るにつけ感動し、健常者である私はもっと頑張らなければと、勇気をいただくような気分になっています。昨日はあいにくの台風接近による大荒れの天気でした。それでも各地でスポーツ大会や文化祭など、秋のイベントが開かれていました。私もお誘いがあってボランティアとして、多少のお手伝いをしなければならず出かける予定があったため、地元双海中学校フェスタに参加することができませんでした。
学校評議員をしているので双海中フェスタの案内状をいただきましたが、玄関先に置いていた案内パンフのその中に、詩人宮澤章二の「行為の意味」という次の詩が載っていました。
-あなたの<こころ>はどんな形ですか
と ひとに聞かれても答えようがない
自分にも他人にも<こころ>は見えない
けれど ほんとうに見えないのであろうか
確かに<こころ>はだれにも見えない
けれど<こころづかい>は見えるのだ
同じように胸の中の<思い>は見えない
けれど<思いやり>は誰にでも見える
それも人に対する積極的な行為だから
あたたかい心が あたたかい行為になり
やさいし思いが やさしい行為になるとき
<こころ>も<思い>も 初めて美しく生きる
-それは 人が人として生きることだ
私たち健常者は目に見えるものの中で暮らしています。しかしよくよく考えれば、私たち健常者にさえ心も思いも見えないのです。でもこの詩で述べているように、人の温かい心づかいや思いやりは見えるのです。 まず一緒に暮らしている妻や家族に、そして周りの人にささやかな心づかいや思いやりをしたいと思います。
「そういえば 心と思い 見えません 心づかいと 思いやりなら」
「人間は 目にも見えない ことなどに 一喜一憂 不思議や不思議」
「まず妻や 家族に優しい 思いやり 心づかいの 練習始め」
「目に見える 行為の意味を 噛み締めて これから先の 人生生きよう」