人間牧場

〇駒が回せるようになった孫奏心

 「同じように産んで、同じように育ててもこうも違うものか」と思うほど、同居している今年小学校二年生になった孫希心と、保育園年長になった孫奏心は、何かにつけて違った行動をするようになっています。二人は長男と次男という目に見えない位置関係があって、多分親も家族も目配りや育て方が微妙に違うようで、そのことが育ちの環境を変えているのかも知れず、余り「兄ちゃんだから、弟だから」とか、「兄が出来て弟が出来ない」と、いいこと悪いことを比較しないで育てているつもりでも・・・と納得する部分もあるようです。

駒回しが出来るようになった孫奏心
駒回しが出来るようになった孫奏心

 昨日の朝孫奏心がダイニングで一生懸命駒回しに挑戦していました。息子はダイニングの床板に傷がつくから止めるよ諭していましたが、若嫁はダイニングの床板には既に沢山の傷がついているから大丈夫と、夫婦がまるで正反対の意見で、孫奏心は母親の意見を取り入れて何度も挑戦していましたが、そのうち駒が回せるようになったのがよほど嬉しかったのか大喜びで、おじいちゃんの私に誉めてもらいたくて私を呼びに来ました。何度も挑戦しての成果なので、少しオーバーに「凄い凄い」とみんなで誉めてやりました。

 孫希心は既に学校へ通学していませんでしたが、今年二年生になる兄希心はまだ駒が回せないようで、兄を弟が抜いた逆転現象に、「兄ちゃんだのに弟が出来て何故出来ないのか」とも言えず、さてどうしたものかと家族みんなが少し戸惑っているところです。駒回しが出来たり出来ないくらいで目くじらを立てることはありませんが、孫の成長は祖父母たる私たち夫婦の希望でもあるので、これからも折に触れて、育爺・育婆にしか出来ない本分を弁えて育ててやろうと思っていますが、わが子でないだけ逆に孫育ては難しいものだと思いました。

  「長男を さて置き次男 駒回し 出来た出来たと 大喜びし」

  「同じよう 育てているが 長男と 次男微妙に 違い戸惑う」

  「育爺と 育婆役目 それぞれに 意識しながら 孫と付き合う」

  「さあ今日も 孫の笑顔と 泣き声に 励まされつつ 楽しく暮らそう」

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人間牧場

〇昔懐かしいサワラの大漁写真

 桜が咲き終わり本格的な春がやって来ると、海に面した双海町の下・上灘漁港は昔から、「下灘の鯛と上灘のサワラ」と言われるほど、今のようなハイテク漁船でもないのに、漁業資源が豊富だったこともあり、豊後水道を産卵のため北上してくる鯛やサワラが沢山水揚げされて、港は活気付いていました。この一枚の写真を見ればいかに沢山の魚が獲れていたか一目瞭然分るのです。

サワラが大漁だった昭和40年頃の市場の風景
サワラが大漁だった昭和40年頃の市場の風景

 下灘の鯛は昼間ローラ五智網という漁法で、主に佐田岬半島沖を漁場として漁獲されますが、上灘のサワラは夜間サワラ流し網という漁法で、青島周辺の比較的近海で漁獲されます。夕方港を出港した漁船は日没ころ漁場に到着して、浮き刺し網である流し網を仕掛けて仮眠し、朝を待つように網を引き上げます。魚遍に春と書いて鰆と読みますが、中には1本10キロもあるような丸々と太ったサワラが、時には船が沈むのではないかと思うほど、大漁する船がありました。

 陸と交信する無線も携帯電話もない時代の唯一の大漁の知らせは、船の舳先に立てた大漁幟のようでした。満船帰港で港は活気付き、水揚げされたサワラは大きな斤量で計量され、魚市場のコンクリートの上に行儀よく並べられて、仲買人によってセリにかけられ、買い取られて行きました。サワラは身の柔らかい魚なので、木製のトロ箱に氷詰めされましたが、保温の良い発泡スチロールのトロ箱などなかった時代ゆえ、輸送には苦労したようです。

 毎年この時期になると丸々太った、銀鱗輝くサワラが漁師さんから丸々一本届きますが、サワラのトロといわれる腹身の刺身は脂も乗って、冷凍マグロ等比べ物にならない抜群の味で、アラは煮付けやサワラ飯、汁物にしてサワラ三昧の料理を堪能しています。昨日の夕方「もうそろそろサワラが獲れる頃だねえ」と、夕食を食べながら妻が話しかけてきました。今日辺りシーサイド公園の鮮魚店の店先を覗いてみようかと思っています。

  「その昔 サワラが市場 埋めたころ 写真見ながら 思い起こして」

  「魚遍 春をつければ 鰆なり 誰が考え 書いたのだろう」

  「サワラトロ マグロに引けを とらないと 昨年食べた 舌が覚えて」

  「今日辺り サワラ求めて 鮮魚店 覗いてみようか 春真っ盛り」 

 

 

 

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人間牧場

〇人材育成に関する調査報告書が届きました(その2)

 (財)自治総合センターから届いた、人材育成に関する調査報告書の私に関する記述を、このままだと散逸する恐れがあるので、記録のつもりでアメーバブログ(その1)と、ワードプレスブログ(その2)に分けて、スキャンして転載しておきます。

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人間牧場

〇石積みの本

 先日私のブログで、人間牧場の片隅に腐葉土をストックするための、ブロック積み工事の模様をアップしたところ、おんせん県大分別府に住む親友縄田早苗さんから、「棚田・段畑の石積み」という、16ページの薄い本が送られてきました。今時珍しい手書き文字のような本の裏表紙に、この本を執筆したと思われる「石積み学校事務局・真田純子(徳島大学工学部建設工学科)」が銘記されていました。

縄田さんから送られてきた「棚田・段畑石積み」の本
縄田さんから送られてきた「棚田・段畑石積み」の本

「石積み学校」という面白い表現に興味を覚え、一気に読みましたが、中々のものでした。実のところ私は、自費で人間牧場を開設して以来、人知れず色々なことに挑戦していて、イノシシに壊された畦畔石積みを修復する工事を、実験的にやった経験があるのです。結果的には現場調達した石だけで作業をしたため、雑石や裏に詰める小石等が不足し上手くできず、再度イノシシに荒され、そのままになっていますが、この際この本を参考にして、再度リベンジを図ろうと思い始めました。

 田舎ゆえわが家の裏庭にも石積みは沢山あります。誰が積んだか今では分らぬ石垣ですが、石積みの美しさは何ともいえず、見ているだけで心が落ち着く感じがし、先人の苦労が偲ばれてなりません。家の周辺に一角でもいいから、自分が積んだ石積みを残せたらいいとも思い始めましたが、石積みには力学や工学的知識が必要だし、第一石を動かす体力があるかどうかが問われます。

 今回は無謀にも120個のブロックを積むことを思い立ち、知識もないのにはやる気持ちを抑えきれずやり終えてしまいましたが、折角隣県大分別府に住む縄田さんが送ってくれた本なので、生かしてみたいと、ブロック積み工事の辛酸も忘れて思い始めています。ブロックは人間が作ったいわば模造品です。壁面は素人の私でもそれなりに面が整いますが、自然石や雑石のような魅力は残念ながらありません。ブロック万能な世の中になったゆえに、自然石の魅力が見直されているようです。

  「お隣の おんせん県の 親友が 送ってくれた 興味ある本」

  「ブロックを 積んだお蔭で 見えてきた 石垣積みの 美的価値観」

  「よし今度 これは親父が 積んだぞと 息子が孫に 伝えるものを」

  「わが家にも 誰が積んだか 分らぬが 石垣残り 大事にしたい」 

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人間牧場

〇蜜蜂巣箱の設置

 私は5年前から蜜蜂を飼っています。高知県馬路村のお年寄りにいただいた、一箱の巣箱から人間牧場で始めましたが、その後紆余曲折を経て今では自作の巣箱を含めると人間牧場5箱、家の裏庭5箱と、合計10箱もの巣箱を有するようになりました。最初は恐る恐るでしたが、今では随分蜜蜂の生態にも詳しくなって、師匠である西予市野村町山奥組の井上登さんの手助けを借りながら、それなりに楽しんでいます。

 この時期は蜜蜂が冬の眠りから目覚めて活動を始めるころなので、巣箱の掃除をして巣箱の入口に、蜜蜂を誘引するため蜜蝋を塗る作業をしなければなりません。最初はこれらの作業は全て井上師匠にやってもらっていましたが、今はガスバーナーで焼いて四隅に巣篭もっているスムシを退治したり、蜜蝋を溶かして塗る作業は、どうにか見よう見真似で出来るようになりましたが、肝心の蜜蜂誘引にかかせない日本ラン「キンリョウヘン」の花がないため、井上師匠の手助けがどうしても必要なのです。

蜜蜂巣箱設置
蜜蜂巣箱設置

 井上師匠にいただいた一鉢の「キンリョウヘン」は、株数を増やそうと焦って8鉢に分割したところ、今年は僅かに1鉢しか花芽がつかず落胆しています。井上師匠から昨年初冬にいただいていた2鉢を、ダイニングの下に入れて冬越ししていたので、一昨日外に出しましたが、花芽が幾つか見えているようで、とても楽しみです。昨日はとりあえず傷んだ巣箱を修理し、蜜蝋を塗って毎年置いている場所にとりあえず設置し終わりました。昨日の夕方見回っていると、早くも斥候と思われる蜜蜂が数匹、巣箱の前でウロチョロしているようでした。

 今年は人間牧場にも裏庭にも、冬越しした種蜂が一匹もいない、かつてない不安な春を迎えています。昨日人間牧場でお隣に住んでいる西嶋さんがやって来て、蜜蜂談義に花を咲かせましたが、西嶋さんは既に5箱も入居をしているそうで、昨日は手入れをしていて2ヶ所もミツバチに刺されたと、贅沢な悩みを笑って話していました。さあ今年私の養蜂はどんな様子になるのでしょうか?。少し心配していますが、まあなるようになるものだとある部分楽観しながら、巣箱を設置し終わりました。

  「お隣の おじさん早くも蜂刺され 嬉しい悲鳴 あげてるようだ」

  「ガスバーナー 火つけ巣箱の 隅々を 焼いてスムシの 痕跡退治」

  「欲張らず 今年は10升 目標に 掲げて準備 蜜蝋を塗る」

  「冬野菜 黄色い菜の花 咲かせてる 蜜蜂のため 引き抜き遅らせ」

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人間牧場

〇ヤブツバキの花の散る頃

 私の住んでいる双海町は、北に伊予灘の海が広がっていますが、その気候風土がヤブツバキに合っているのか、野山に分け入ればそこここにヤブツバキの木があって、この時期になると、真っ赤な花を咲かせていますが、平凡ゆえ花を愛でる人もなく、ひっそりと咲き、ひっそりと花を散らすのです。特にこの時期に椿の木の下をを通ると、真っ赤な花が地上にそれは見事に並んで落ちていて、「ワア~綺麗」と思わず叫びたくなるような風情です。

地面に落ちたヤブツバキの花
地面に落ちたヤブツバキの花

 わが家の裏山にもヤブツバキの大きな木が、庭に覆い被さるように立っていて、無数の花が咲いていますが、昨日蜜蜂の巣箱を設置するため小路を通ると、まるで人間が人為的に並べたように、ヤブツバキの花が地面を彩っていました。あわや踏みつけて通るところでしたが、早速タブレットを自宅から持ち出し、写真を2~3枚撮りましたが、見上げたヤブツバキの木から、偶然にも一つの花が落下する瞬間に遭遇しました。秒速5mの速度で落ちてきた花を見れるとは、何という偶然でしょう。

 ツバキは首からポロリと落ちるので、忌み嫌う人もいるようですが、落ちた花を楽しむ気があればこれもまた一趣です。落ちていないツバキの花を摘み取って、透明な少し広めのグラスに水を入れ、その中にツバキの花を浮かし、水中花として楽しむこともできるし、その気になれば楽しみ方は色々です。冬の花ながら春先のこの時期に、折角咲いた野の花をもっと楽しみ、日々の暮らしに詫びや寂びといった日本の文化ともいえる、彩りを添えて暮らしたいものです。

  「裏山に ヤブツバキ花 咲き揃い 地面に落ちた 花また一趣」

  「口紅の ような椿の 赤い色 似合いの女性 頭に描く」

  「頭上より 落ちる椿の 姿見る こんな瞬間 またと見られず」

  「春が来た 冬の名残を 引きずって ヤブツバキの花 そろそろ見納め」

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人間牧場

〇高知新聞に載ってましたよ!!

 昨日の朝5時57分、私の携帯電話に1本のメールが入りました。私の友人には早起きの人が多いのですが、こんな時間にメールをくれるのは浜田さんと木下さんと赤石さん、それに冨田さん以外にはないと思い、ジョギングの途中でしたが、ズボンのポケットから取り出し、高知県馬路村の木下さんからの、いつもながらの土佐弁メールを読みました。「おはようございます。今朝の高知新聞に先日の津野町の講演が新聞ジャックされてたんで、FBに載せたきね-END-」でした。

高知新聞に掲載された講演会
高知新聞に掲載された講演会

 早速早朝ながらメールをくれたので起きていると思い、ジョギングをウォーキングに変えて電話をかけ、近況をお話ししました。馬路村役場に勤めている木下さんとは気心が知れて、時々携帯電話で近況を寄せ合います。特に木下さんの家でもお父さんが蜜蜂を飼っているので、蜂の分蜂状況や蜂蜜の採れ具合などについて聞いたり、まちづくり談義に花を咲かせています。私の町では昨日の朝、風は強かったもののまだ雨は降っていませんでしたが、日本有数の雨の多い馬路村では既に雨が降っているとのことでした。

 ジョギング・ウォーキングを終えて帰宅し、FBを見ると私の載った高知新聞の記事がアップされていました。昨日の夕方津野町に住む西元和代さんからもメールが入り、新聞記事が添付されていました。そういえば津野町での講演会に高知新聞の山本須崎支局長さんが取材に見えられていて、名刺交換をしていましたが、お隣の県の新聞まで汚すとはお騒がせも甚だしいと、少し自戒しました。多分愛媛県内では記事にならないだろうと思いつつ、送られてきた記事を興味深く、しかも呆れて読ませてもらいました。

  「お隣の 『高知新聞 載ってます』 友人FB 記事をアップし」

  「現代は 便利になって いち早く 新聞記事を 送ってくれる」

  「ジョギングを しながら電話 これもまた 現代風の 生き方かもね」

  「友人と 同じ四国に 住んでても 滅多に合えず 音信電話で」

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人間牧場

〇捨てきれない本類

 季節は冬から春へ、3月から4月へ、そして年度も26年度から27年度と、日々の暮らしはそんなに変らないように思うけど、一足ずつ動いています。自由人でサンデー毎日な私ですが、それでも年度内に処理しなければならないことも幾つかあって、締め切り迫った原稿を書いてメールで送ったり、報告書を郵便局から送り終わり、やっと明るい日差しを感じるようになりました。

 昨日から机の上や部屋の中を片付けていますが、殆どの紙類は「整理整頓は捨てるにあり」とばかりに、ゴミ袋に入れ今朝ゴミに出して処分したものの、本類は何故か捨て切れず、キャリーに入れて人間牧場の書棚に移動するいつものパターンとなるようです。わが息子も親父たる私によく似た性格なのでしょうか、本が大好きなようで私の書斎の共有書棚半分を、私の領域まで食い込んでくる有様で、親子で他愛のないせめぎ合いをしている始末です。

 「書棚を見ればその人の頭脳が分る」と言われていますが、書棚は人に見せるものではないといいながら、他人の家を訪ねてまず目に付くのは家の設えですが、通された応接間なので目に入るのは書棚のようです。高価な百科事典や文学全集などが、「どうだ」とばかりに並べている人は、得てして百科事典も文学全集もお飾りのようなもので、積ん読、並べ読って感じがするのです。また最近は書棚の大半にCDやDVD、ファイル類を並べている人もよく見かけますが、パソコンの出現で書棚の風情も随分様変わりしたようです。

 退職して丸々10年が過ぎ、いよいよ11年目がスタートします。これまでのように外見を気にすることも余りないし、自分の残された寿命のことを考えると、自分流に要らないものを捨てることに重きを置いて片付けたいと思っています。死に急ぐ必要はさらさらありませんが、知人友人がぼつぼつ他界へ旅立っている様子を見につけ、少しは死ぬ準備もしておきたいものです。「昨日まで、人のことかと思いしに 俺が死ぬのか、これはたまらん」って心境です。

  「冬終わり 今年も春が 来たようだ また一つ歳 重ねて生きる」

  「年度末 原稿・報告 色々と 片付けやっと 終りてホッと」

  「本類は いつものように 捨て切れず 人間牧場 書棚に移動」

  「新年度 どんなドラマが 待ってるか ワクワクしつつ 若い気持ちで」

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人間牧場

〇ジャガイモの芽吹き

 晩秋から早春にかけて、日差しのなかったわが家の家庭菜園に、やっと日差しが戻って、随分暖かくなってきました。そのため黒いマルチをかけて植えているジャガイモがようやく芽吹き始め、マルチを押し上げて来ました。芽吹きが外目で分るようになった場所を手で触って確認し、カッターでマルチを切って芽を地上に出す作業を、この2~3日やっていますが、中にはモグラやネズミの悪戯でかじられたりしているものもあるものの、概ね良好に推移して、芽が出揃った感じです。

芽を出し始めたジャガイモ畑
芽を出し始めたジャガイモ畑

 中にはカッターで切るのが間に合わず、マルチで日中の温度が上がり、陽焼けした新芽も何個かあるようですが、これからの作業で、沢山出た新芽を芽かぎして2本~3本にするので、痛んだ新芽は切り落とせばいいので、ひとまず安心です。私は根っからのお百姓さんでもないので、家庭菜園での野菜作りは、見よう見真似、聞き覚えでやっています。ゆえにジャガイモの新芽を、どのように芽かぎすればいいのかも分からずやっています。最初は新芽を芽かぎせずに育てれば、芋がたくさんついたものの、小さいクズ芋しかできませんでした。わが家は大きい芋の方が好みなので、最近は芽かぎをしています。

P1070553 多分もう遅霜で新芽をやられることもないので、マルチは切り頃のようですが、これから吹くやまぜと呼ぶ南西の風で、新芽が吹き飛んでちぎれることがあるので、少し余分に新芽を残しておかなければなりません。
 昨日facebookを見ていたら、久万高原町の親友宇都宮栄一さんは、やっとジャガイモの種芋を植えたと書いていました。また宇和島市遊子水ヶ浦の藤田光弘さんはもうそろそろ春ジャガイモを収穫できそうとのことでした。同じ四国愛媛県でも場所によってこうも植え付けや収穫の時期が違うものかと、信じ難い気候格差を感じました。そこへ行くと私たちの地方は久万高原町と宇和島市の中間点みたいな所で、早くもなく遅くもないといった感じのようです。今年もジャガイモが豊作でありますように・・・。

 

 

  「寒い頃 植えたジャガイモ 新芽出し マルチ持ち上げ 主張している」

  「手で触り 新芽確認 カッターで マルチを切って 新芽地上に」

  「これからは 新芽の芽かき 繰り返し 大きなイモが できるようにと」

  「春が来た 野にも山にも 畑にも 忙しくなるぞと 言ってるようだ」

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人間牧場

トラックの荷台に積んだ落ち葉
トラックの荷台に積んだ落ち葉

〇落ち葉集め

 腐葉土ストッカーのブロック積み工事も無事終わり、このところの好天でコンクリートも固まったようなので、昨日の午後ジュニアリーダー研修会から帰って、人事異動あいさつのための来客の対応を終えてから、腐葉土に使う落ち葉集めに出かけました。落ち葉が落ちるのは晩秋から初冬にかけてですが、人間牧場に通じる細い農道の片側端には、まだ風で吹き飛ばされずに残っている落ち葉も沢山あって、思惑通りの手合いでした。

 農道は道が狭く離合場所しか車を止めることはできませんが、この道は地元の人が朝晩通る程度の利用なので、道の真ん中に車を止めて、熊手と手箕で落ち葉を寄せ集めながら、軽四トラックの荷台に積み込みました。一泊二日往復80キロのサイクリングで、少々筋肉が疲労していると思われましたが、中腰作業でも何の支障もなく、トラックの荷台いっぱいに落ち葉を積み、さらに持って行った7個のキャリーにも積み込んで人間牧場へ運び、ストッカーに荷台を寄せて次々かき入れました。

落ち葉を入れたストッカー
落ち葉を入れたストッカー

 そのうち天気が危うくなり、小糠雨がパラパラし始めましたが、もう一台と思って引き返し、同じような作業を繰り返しました。本当はもう一台欲しいところでしたが、5時のミュージックサイレンが鳴り、雨も少し濡れるほどになってきたので、昨日の落ち葉拾い作業を満足の行く形で終えました。願わくば近々もう一台落ち葉を拾ってストッカーの中に踏み込んでから油粕や牛糞、米糠などを振り撒いて発酵させたいと思っています。

 例年この作業は晩秋から厳冬に行なっていましたが、ストッカーのブロック積み工事によって今年は出来ませんでしたが、ここに来て一気にばん回といったところで、これでカブト虫もこの腐葉土に卵を産んでくれるものと思われ、来年の夏が俄然楽しみになってきました。ストッカーの上にカブト虫が逃げないように、防虫網を張る段取りもしたいと夢を膨らませています。子どもたちの歓声が聞こえてくるようです。

  「暇捉え 軽四トラック 二台分 落ち葉集めて 早速ストック」

  「遅れてた 落ち葉拾いも 無事終えて カブト幼虫 期待高まる」

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