〇駒が回せるようになった孫奏心
「同じように産んで、同じように育ててもこうも違うものか」と思うほど、同居している今年小学校二年生になった孫希心と、保育園年長になった孫奏心は、何かにつけて違った行動をするようになっています。二人は長男と次男という目に見えない位置関係があって、多分親も家族も目配りや育て方が微妙に違うようで、そのことが育ちの環境を変えているのかも知れず、余り「兄ちゃんだから、弟だから」とか、「兄が出来て弟が出来ない」と、いいこと悪いことを比較しないで育てているつもりでも・・・と納得する部分もあるようです。
昨日の朝孫奏心がダイニングで一生懸命駒回しに挑戦していました。息子はダイニングの床板に傷がつくから止めるよ諭していましたが、若嫁はダイニングの床板には既に沢山の傷がついているから大丈夫と、夫婦がまるで正反対の意見で、孫奏心は母親の意見を取り入れて何度も挑戦していましたが、そのうち駒が回せるようになったのがよほど嬉しかったのか大喜びで、おじいちゃんの私に誉めてもらいたくて私を呼びに来ました。何度も挑戦しての成果なので、少しオーバーに「凄い凄い」とみんなで誉めてやりました。
孫希心は既に学校へ通学していませんでしたが、今年二年生になる兄希心はまだ駒が回せないようで、兄を弟が抜いた逆転現象に、「兄ちゃんだのに弟が出来て何故出来ないのか」とも言えず、さてどうしたものかと家族みんなが少し戸惑っているところです。駒回しが出来たり出来ないくらいで目くじらを立てることはありませんが、孫の成長は祖父母たる私たち夫婦の希望でもあるので、これからも折に触れて、育爺・育婆にしか出来ない本分を弁えて育ててやろうと思っていますが、わが子でないだけ逆に孫育ては難しいものだと思いました。
「長男を さて置き次男 駒回し 出来た出来たと 大喜びし」
「同じよう 育てているが 長男と 次男微妙に 違い戸惑う」
「育爺と 育婆役目 それぞれに 意識しながら 孫と付き合う」
「さあ今日も 孫の笑顔と 泣き声に 励まされつつ 楽しく暮らそう」