shin-1さんの日記

○三崎平磯の喜久家プロジェクトで交流しました

 小番頭の松本さんに誘われて、昨日の夕方伊方町三崎平磯の喜久家を訪ねました。前回平磯を訪ねたのは2009年3月9日で、その時も松本さんと一緒に出かけたと、「喜久家」で私自身のブログを検索すると、当時の模様がリアルな文章で書かれていました。今年が2011年ですから時期も一緒の2年前なのです。

 私は明くる日早起きして朝5時に島根県益田市へ出張する予定だったので、松本さんから誘いがあった時多少ためらいましたが、喜久家や新装なった浅野先生の家も見たくて、一も二もなく一緒に行くことにしました。決めた後で三男の転勤異動に伴う引越し手伝いが入り気を揉みましたが、何とか1時間前に片づけが間に合い、下灘の松本さんの自宅前で待ち合わせ、早速夕暮れの道を夕焼けこやけライン~鼛声ヶ峠~潮風メロディーラインを通って伊方町三崎へ入りました。消防署の所を右折して平磯をへと車を進めましたが、2年の空白は平磯への道を間違えるほどあいまいにとばせていました。

 土曜日の夕暮れ時だったこともあって、国道は意外と好いていて時間20分ほどで平磯へ到着しましたが、浅野先生の弟さんに出会った時外はまだ明るく、リアス式の海岸の様子や集落内の段々畑を見ることが出来ました。そのうち顔見知りの瀬戸の長岡さんやお菓子や三代目の田村さんたちも姿を見せ賑やかな交流会が始まるであろう予感がし始めました。

 交流会の会場も前回と同じみかん倉庫の2階の集会場でした。喜久家プロジェクトで働く台湾や香港、韓国からの留学生に混じって日本各地から集まった学生も加わり、大賑わいでした。勿論私が一番年上ですが、若者の輪の中に入ると何故かまったく歳を感じないのですから不思議です。

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 テーブルの周りにはいつの間にか沢山の人が集まり、瀬戸からは顔見知りの木嶋さんもやって来て、皆さんがそれぞれ持参した食べ物を頬張りながら楽しいお喋りをしました。私は明くる日のことがあるゆえ、余り長居をすることができず、一部の学生と濃密な話をさせてもらい、2時間弱で再会を約束し、浅野先生の作ったDVDの写真の残像を反芻しながら松本さんとお暇をしました。

田村さんのポンカンを使ったスイーツ、木嶋さんの持参したチリメンジャコ、道元さんの持参したサンドウィッチなどなどで腹も満腹、心も満腹になることが出来ました。行き帰りの道すがら松本さんと人生について色々な話をしたことも忘れられないことでした。

 私の本が読みたいから買いたいといった学生、私の話をもっと聞きたいといった学生、人間牧場を訪ねたいといった学生など、名前と顔が一致しないものの、次の再会を予感させていますが、私が好んで使う「人でも仕事でも愛する所に集まってくる」という言葉通りになりそうです。

 

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○島根県益田市へ

 今朝は早起きして島根県益田市へ講演に向かいます。松山観光港から船に乗り、広島県宇品港に着くと真砂公民館の大庭館長さんたちがわざわざ遠路迎えに来てくれるのです。さあ心を引き締めて出発です。帰りは多分遅くなることでしょう。御用の方は明日にするか私の携帯電話へご連絡下さい。それでは行って来ます。

 こんな書き込みをして益田へ出かけました。このところ中国地方へ行く機会が多く今年に入ってから島根県雲南市、岡山県倉敷市、広島県広島市、広島県三次市、広島県尾道市、今回は島根県益田市と続き、今週末の日曜日には広島県尾道市へ行く予定なのです。


 私が県外へ行く場合のその殆どは、講演依頼を受けて出かけるため、どちらかというと行政がらみが多いのですが対応もまちまちで、「お金がないから来てくれないか」といわれることがよくあるのです。リタイアして年金暮らしをしている私なので、旅費さえいただければと、一も二もなく相手の懐を察知して出かけるようにしていますが、旅費さえも出せない所だってあるのです。

 何年か前ある人から、「お金がないのでお米一俵で講演をして欲しい」と頼まれたことがあります。私はむしろその申し出を受け入れ喜んで出かけました。律儀にもその人は一俵を半分ずつに分けて二回、遠いわが家へ運んでくれましたが、その思い出は忘れることが出来ず、今も心を許したお付き合いをしているのです。

 私の話は値段があってないようなもので、米一俵という値打ちの時もあれば、市内講師ゆえに3千円の時だってありますが、金額が安いからといって手を抜くことは許されないので、一生懸命お話をしています。最近はデジタル時代を反映してインターネットで講演依頼されることが増えてきました。ゆえに私の経歴や文章などをインターネットで見聞きしているため、説明しなくてもいいので大助かりです。

 リタイアして6年があっという間に過ぎ去りました。それでも私の元へは相変わらず講演依頼が沢山あるため、学習や実践によって話芸を磨く修行もしっかりとしなければなりません。またリタイアしてもそれらの人間関係をしっかりと保たなければなりません。そのようにしてそれ相応の進化をしなければいい話は出来ないのです。

 リタイア後5年と定めていた講演活動や目標進化も、もう少し続けなければなるまいと、心に新たな意欲を呼び起こそうとしているこのごろです。


  「講演料 幾らと聞かれ 口つむぐ そちら任せと 言わざる得ずに」

  「米一俵 これでやってと 依頼され 講演やった あれは懐かし」

  「いい人が できたと違う? 言うような 疑いの目で 見られ四~五回」

  「今頃は インターネットで 来てくれと メールが入り 相手分からず」

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