shin-1さんの日記

○自著本「夕日徒然草」の販売好調

 高知県奈半利町に住む坂本利男さんから贈られた、馬路村産の150年生魚簗瀬杉の切り株を、親父が座卓風に仕上げてくれたのは5年前です。その座卓を人間牧場・水平線の家に持ち込んで少しの間座卓として使っていましたが、いつの間にか座卓の上に座布団を敷き高座として使うようになり、私の新しい挑戦が始まりました。年輪にあやかり150話の落伍小話を作り、地の書・水の書・火の書・風の書・空の書という5冊の自著本にまとめること、さらにはその150話を即興で小話できるようにすることを考え付いたのです。

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 この構想は現在3冊を発刊して外から見れば順調そうに見えますが、どうしてどうしてこれがかなり重い自分へのプレッシャーとなって私を悩ませているのです。最初から私の構想に同調して構成や校正を快く担当してくれている年輪塾清水塾頭や、印刷製本を担当してくれている村上太さんとは最初からの腐れ縁なので、多分後2冊の出版までは付き合ってくれるものと期待をしていますが、私がちょっと気を許してしまったため、肝心の販売が疎かになってしまい深く反省しているのです。

 一冊目の地の書は目論見どおり1年間で1000冊を完売しました。二冊目の水の書も最初は順調でしたが、その後すっかり販売することを忘れてしまって、少し気合を入れなければこの本の売り上げで人間牧場を運営するという目論見が崩れてしまう恐れがあるのです。

 そこで今年は講演に行く際や人間牧場へやって来る人に少しだけワンコインの協力を求めることにしました。そんな矢先の先週、私は一泊二日で広島へ行きました。みづま工房と平田観光農園の平田会長さんが主宰する研究会の二次会でこの話が話題になり、参加した11人全員が前金で3冊ずつ買ってくれたのです。また明くる日三次市川西地区で行われた落伍独演会でも福永館長さんのご配慮により33冊もお買い上げをいただきました。


 今日は高知県西部教育事務所の松下先生が引率して人間牧場へ視察にやって来られ、その折も皆さんに購入をしていただきました。この3日で8冊も販売できたのです。私はこの本代を原資にして人間牧場で様々なボランティア活動をしています。ワンコインの本題など高が知れていますが、それでも全国の皆さんのご芳志でこうして活動が出来るのですから嬉しいことです。関係の皆さんに厚くお礼を申し上げます。

 この上は性根を入れて風の書と空の書の原稿執筆をしなければなりませんが、あと60話はかなり骨が折れるようです。話芸にも磨きをかけなければなりません。忙しい日々が続きます。

  「三冊の 自著本売って 資金にと 始めたものの すっかり忘れて」

  「ワンコイン 気安いからか 買ってくれ 最近だけで 百冊近く」

  「売り上げで ボランティアする アイディアも 何とか黒字 収支収まる」

  「落伍本 書いて喋って 売り歩く 中々骨の 折れる仕事だ」

  

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○昭和は遠くなりにけり

 小中学校と音楽が苦手だった私が、ひょんなことから息子が学校で使っていた僅か15穴の小さなハーモニカを手に入れ、吹き始めてからあっという間に10年余りが経ちました。今では努力の甲斐あって、下手糞のそしりを免れないながら200曲もの歌が吹けるのですから、オリンピックマラソンでメダルを取った有森有子さん流に言えば、自分で自分を褒めてやりたいような心境なのです。

 

 今では臆目もなくテレビショッピングで妻が買ってくれた2本のハーモニカを、妻手づくりのアサギ模様の袋に入れて、愛用の木になるカバンに忍ばせて持ち歩き、興が乗れば講演などと組み合わせて全国各地で吹いているのです。残念ながら楽譜を貰っても未だに読むことが出来ず、もっぱら体感音楽とでもいうのでしょうか、歌を口ずさみながらハーモニカでなぞるように吹いているのです。

 昨日は翠小学校の学習発表会でで、「クレア&香」のコンサートが予定されていたのに出演者が体調不良でキャンセルし、私が代理登板することになりました。今の小学生の知っている歌など残念ながら私は知りません。多分童謡くらいは知っているだろうと安易な気持ちで吹ける歌を頭に描いて望みましたが、会場には21人の小さな学校ながら大勢の観客が集まっていて、その人たちを意識した歌も織り交ぜながら吹きました。

 昨日の夜、最近のテレビ番組は夜になるとバラエティー番組がやたらと多く、つまらないものですから、妻が録画している「後世に残したい歌四時間スペシャル」を妻と二人でリラックスしながら視聴しました。戦後はやった歌の数々を見覚えのある懐かしい歌手が歌うのですが、昭和は遠くなりにけりといわれるほどに懐かしく、私も妻もいつしかテレビから流れる歌に合わせてがなり声を上げて歌っていました。

 テレビの番組から歌謡番組の殆どが消えました。これも視聴率を意識しての世の中の流れでしょうが、私たち昭和生まれの人間にとってはもう歌の世界は遠い思い出にしかないようです。ハーモニカを吹くようになったお陰で古い歌を思い出し、時々陶酔するように吹いては昔を思い出していますが、美空ひばりや石原裕次郎など時代を駆け抜けあの世に旅立った人の歌をハーモニカで吹くと、心を揺さぶられる様な錯覚に浸るのです。

 自分はまだ若いと思うこと自体古くなった証拠なのですが、私は人がどうであれ、人に何と言われようとこれからも暇があれば、記憶に残る私の歌のアルバムをめくりながらハーモニカを練習したいと思っています。たった20センチほどのポケットに入るような小さな楽器ですが、ハーモニカは私の心を揺さぶる不思議な音色を奏でてくれます。もう一度性根を入れて練習して、やがては音楽家、芸術家ならぬハーモニ家を目指したいものです。

  「ハーモニカ 吹く度昭和 思い出す 次第に遠く なり行く記憶」

  「近頃の テレビ番組 バラエティ 多くなり過ぎ 見るものなくて」

  「録画した 歌を聞きつつ 口ずさむ 時には歌手に なった気分で」

  「長崎の 鐘という歌 藤山さん 歌った歌を ハーモニカで吹く」

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