○診察の結果何でもなかった92歳の親父
毎週一回、7キロ向こうの下灘にある診療所まで自転車をこいで検診に出かける92歳の親父が、4日前少し滅入ったような顔をして帰って来ました。書斎の外窓を開けて、「暇が出来たら病院へ連れて行ってくれ」と言うのです。聞けば診療所の先生から「頭にできもののようなものが出来ているので、一度総合病院で看て貰った方がいい」と言われたそうなのです。帽子を脱いだ頭を見ると確かに素人目でも分かるおできのようなものがありました。手で押さえても余り痛がらないので、「2~3日中に病院へ連れて行ってやる」と約束しました。
それ以来毎朝のように「2~3日中とはいつなのか」と聞きに来るようになりました。予定を調べて昨日の夕方家に帰って親父の隠居へ行き、「明日の朝8時に家を出発して県病院へ行くから」と口約束をしました。
今朝は数日前から煙霧が立ちこめているものの風邪もない穏やかな朝を迎えました。病院へ8時に出かける予定を妻に伝えていたため、少し早めの準備をしました。7時30分には既に親父は準備をして玄関に立っていて、「お父さん、おじいちゃんが待ってるよ」と妻が言うものですから、少し早いとは思いましたが7時50分に親父を乗せて出発しました。
車に乗り降りするのにも「よっこらしょ」と掛け声をかける親父、それでもシートベルトは絶対忘れることなく締めるのです。車の中で「昨晩は余り寝れなかった」「昨晩は畑の大根の葉っぱ落としに夢中になってご飯を炊くのを忘れて、ご飯を食べなかった」「頭のおできが気になる」などと私にちじに乱れた真情を吐露しました。
病院に着くと駐車場の入り口で係員の男性に、「足腰の弱った親父なので」と説明すると、入り口付近の駐車場へ案内してくれました。早速初診の受付で担当の看護婦さんにおできを見せ、何処へ行けばいいか相談し、皮膚科の受付を済ませ2階の39番診察室へ向かいました。初診なので問診表を書き込んだりしていると、5分も待たずに「若松進様診察室へお入り下さい」と呼ばれました。
バッグや帽子、それに杖を籠に入れ、先生の前の診察椅子に座りました。耳の遠い親父に変わって私が先生と説明をしました。先生は「92歳にしてはしっかりしていますね」と笑いながら話されました。「これは決して悪い病気ではありません。歳をとると出来るものなので心配は要りません。薬も塗る必要はないのでお帰り下さい。若松さんお元気でね」です。私も親父も余りのあっけなさに開いた口が塞がりませんでした。初診ゆえ多分昼過ぎまでかかるかも」と思っていた私、「ひょっとしたら悪い病気かも知れない」と思っていた親父ともども、まるで心の霧が晴れたようでした。
思えば親父ももう92歳、寝たっきりになっても可笑しくない年齢です。それが何だかんだといいながら今も元気で自立して生きているのです。せいぜい親孝行をしてやりたいと思いつつ、いつも疎遠で心を痛めています。これからも元気で長生きして欲しいと願っています。間もなく息子夫婦家族も同一敷地内に住むことになり、楽しみにしていた曾孫の声を聞かせてやれる予定です。
「昨晩は 眠れなかった ボソリ言う 診察結果 良くて安心」
「気がつけば 92歳に なった父 今も元気で 一人暮らしを」
「間もなくに 曾孫の声と 共暮らす それが楽しみ 言いつつ日々を」
「親孝行 したいけれども 忙しさ りゆうにしては 疎遠の日々を」