○年輪塾運営委員会(その①)
三年前人間牧場水平線の家で始まった年輪塾は、一期目は民俗学者宮本常一をテーマに様々な取り組みを行い、私たちの心に大きな道しるべをいただきました。そして二期目の今年度からは二宮尊徳をテーマとして一期目にも増した充実ぶりで学習が続いているのです。今年の特徴は清水塾頭が尊徳翁夜話233話を全て解説して毎週一話ずつ塾生にインターネットで配信し、塾生はそのテキストを元に自主学習をしながら、時々行われる集合塾で輪読しているのです。最初は馴れない学習形態に戸惑う人もいましたが、最近ではすっかりその学習にも馴れ、最初目指していた私塾の携帯に近づきつつあることは何よりも嬉しいことなのです。
昨日は今年度に入り9ヶ月が過ぎたことから、塾長・塾頭・大番頭・小番頭・塾生1号に加え数人が集まり、今後の塾のあり方を話し合うため、人間牧場に集まって久しぶりに合宿研修を行いました。それぞれが飲み物と食べ物を持ち寄る寄り合い酒の集会を主宰するため私は、明くる日の餅つきなどの道具をトラックに積み込み、4時過ぎに家を出ました。西の端には冬至頃の夕日が夕やけこやけラインの向こうに静かに沈もうとしていました。
前日から寒波が押し寄せ、寒さを心配しながら山道を登り、薄暗くなりつつある人間牧場で一人忙しげに準備に取り掛かりました。まずストーブに火を入れ、一晩で焚くであろう薪をキャリーに入れて持ち込みました。また春・夏・秋と開店休業だった囲炉裏の蓋を開け、五徳を二つ並べて、倉庫から取り出した炭を置き、ストーブで起こした火を入れました。菊炭といわれるクヌギの炭は勿体ない気もしましたが、最高の贅沢とばかりに沢山使いました。
(口ほどにもなく早々にダウンし鍋の向こうで雑魚寝する濱田さんと新山さん)
やがて三々五々皆さんが集まり、高知県四万十市から和田修三さん、国立大洲青少年交流の家の新山所長さん、それに親友稲葉さんも加わり、賑やかな酒盛りが始まりました。酒を飲めないのは私だけとあっていささか気が引けましたが、松本さんの用意した鍋を突きながら、これまでの反省、これからの計画検討、塾のあり方から自分たちの今後の生き方まで、夜の更けるのも忘れて話し込みました。電波時計の電池が切れて時々時間を錯覚したりしながら濱田さんは12時、新山所長さんは1時、私や清水さん松本さんは2時、和田さんや稲葉さんは4時まで、うだらうだらと半紙をしていたようです。
私は2階の塾長室で寝ましたが、囲炉裏とストーブで熱した室温は二階へ上がるので、寒さなどに悩まされることもなく朝まで快適な眠りでした。でもさすがに酒を飲んだ面々のいびきは時には雷が落ちたように、時には痛んだ掃除機のように激しく、安眠妨害を繰り返していたようです。
濱田さんや稲葉さんは早朝散歩に出かけ、松本さんが昨日の鍋の残りを利用して味噌鍋うどんを作ってくれました。清水さんから貰ったみかんを食べて朝フルげな物もやりました。朝食後みんなで急いで掃除を行い持ちつきの準備に取り掛かりました。トラックの荷台からモロブタや三日前に妻が洗米してくれていたもち米を降ろしたり、またかまどに火を入れ蒸籠をかけてもち米を蒸し始めました。子どもたちや大人がやって来るのは10時頃ですが、それまでにもち米が蒸籠で蒸せていなければならないのです。
忙しくそれぞれが思い思いの仕事をしてくれたお陰でどうやら9時には準備が整い、大洲市田処の強力な助っ人が現れ、ビニールシートを敷いた板間は賑やかな笑い声が聞こえ始めました。
「久方に 心許せる 人たちと 寄り合い酒の 鍋を囲みつ」
「飲むほどに 酔うほど話 太くなる 素面の私 聞き役徹す」
「掃除機の 傷んだ音と 同じよう 安眠妨害 告訴も辞さず」
「ストーブと 囲炉裏で寒さ 案ずより 暖かでした 二階の寝部屋」