〇金融担当大臣表彰(日本銀行総裁連名)をいただくようです。
昨日自宅書斎でパソコンを打っていると、玄関のチャイムが鳴りました。出て見ると若い郵便局員さんが「速達です」といって、A4の茶色い封筒を届けてくれました。愛媛県庁の封筒の下に差出人の県民環境部県民生活課とあるのです。「あああの件か」と納得しました。というのも先日県民生活課の担当の方から表彰の件で電話連絡があったのです。私はこれまで海外派遣30周年記念論文で国土庁長官大臣表彰を受けたり、県政発足記念功労賞などを受けていますが、リタイアして5年にもなりそんな世界とは無縁だと思っていたのに、大臣表彰に内定しているというのです。
ハサミで封を切って中身を見ると、「平成21年度金融知識普及功績者金融担当大臣表彰(日本銀行総裁連名)の決定及び表彰(伝達)式の実施について」とあり、本文には、「さてこの度、あなたの長年にわたる金融に係る知識の普及や実践活動、団体の指導・育成などのご功績により、標記表彰の受賞が決定されましたのでご通知申し上げます。つきましては、表彰(伝達)式を下記のとおり実施しますので、ご多用のこととは存じますが、是非ご出席下さいますようご案内申し上げます」と書いてありました。
表彰は嬉しいことに違いはないのですが、はてさて金融知識普及功績者となると、「はて私はそれだけの働きをしてきたのだろうか?」と疑心が頭をよぎるのです。
確かに私は昭和51年(1976年)からこれまで34年間も、飽きもせず金融広報中央委員会長から委嘱を受けて金融広報アドバイザーという仕事をやっているのです。私が始めて委嘱を受けた当時は公民館に勤めていて貯蓄推進員という肩書きでした。その後時代の変化とともに名前も改称され現在に至っていますが、若かった私も34歳歳をとったのです。3年ごとに委嘱を繰り返し、12枚もの委嘱状をいただいているのです。その間異動や仕事の忙しさなどに悩殺されながらも尾の仕事だけはボランティア活動として真正面から取り組んできました。
金に無縁な私がなぜ貯蓄推進員になったのか未だに疑問が残りますが、分相応な身でありながら事務局の日銀松山支店に再三出入りして、時流にあったご指導を受けてきたのです。私の得意分野は生活設計や実践地区の指導で、自らの生活設計の事例を引用しながら多くの人たちに、人間関係の貯蓄、金銭の貯蓄、知識の貯蓄、健康の貯蓄などを話してきました。
まあ表彰を辞退する理由もないので、今回は甘んじて全国14名の受賞者の末席(四国・中国・九州で2名なので本当に末席)を汚し、3月29日の授賞式に出席する旨返事をしたところです。
「大臣と 総裁連名 表彰を すると速達 通知が届く」
「受賞など リタイアゆえに 無縁だと 思っていたが 嬉し恥ずかし」
「表彰は 辞めろのサイン 妻が言う そろそろ俺も 引き時なのか」
「この仕事 一番得は 俺だった お陰で牧場 人生までも」