人間牧場

〇ヘリテージマネージャー研修会でのレクチャー(その2)

 約40分も時間が遅れて到着した研修会の一行30人は、早速かまどで炊いたご飯とみそ汁をつぎ分け、食事を始めました。一汁一菜、つまりご飯とみそ汁と妻がこの日のために作った漬物しか出さないという、人間牧場の方針に沿ったシンプルな食事に舌鼓を打ちました。日ごろ飽食や美食になれていると思われる人たちなので、口に合うかどうか心配しましたが、大鍋いっぱいの私が作ったみそ汁や、2升炊きの羽釜で炊いた白いご飯も、底が見えるまでお替りをしながら食べてくれました。

楽しい食事会
和やかな食事会

 食事後急いで片付け、私のレクチャーが始まりました。食事の準備に気を使い追われ過ぎて、レクチャーのことをすっかり忘れてしまっていたことを悔やみましたが後の祭りです。「ヘリテージマネージャー」とは、地域歴史文化遺産保全活用推進員のことですが、地域に眠る歴史文化遺産を発見活用し、保存活用して地域づくりに活かす能力を持った人材の育成を目指すこの研修会の趣旨に沿って、3時間余りしっかりと話をさせてもらいました。

この日集まった人の殆どは建築関係の仕事をしている人なので、歴史文化遺産の発見や保存のことについては専門家です。門外の私がそんな能力を持った人に何を話せばいいのか、多少悩みましたが、まちづくりの話だと論理的にお話ができると思い、用意していたレジメなどどこ吹く風のアドリブで、夕日をテーマにしたまちづくりや、人間牧場を利用した日常活動などを見繕い、むしろ聞きたいであろう失敗談などにも触れました。午前と午後と丸一日を親子で話すことも珍しい出来事です。

眼下に見える夕日の染まった豊田漁港
この日の夕日も綺麗でした

 参加者の中には、ふたみシーサイド公園を設計してもらった和田さんや、潮風ふれあい公園を設計してもらった村上さんなど、お世話になった顔見知りの人も何人かいて、久し振りに旧交を温めましたが、ヘリテージマネージャーと思えるこの人たちがこれからもしっかりと草の根的に活動して、いいまちづくりに貢献して欲しいと願っています。使った水平線の家や食器類を片付けて帰宅するころ、夕日夕焼けが綺麗に見えました。

「ヘリテージ マネージャー研修 30人 会場いっぱい 一汁一菜」

「鍋・羽釜 あっという間に 底見える 作った本人 何より嬉しい」

「午前中 息子が話 午後は俺 親子で一日 講師を務める」

「研修を 終えて西空 茜色 夕日夕焼け 見ながら帰る」

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人間牧場

〇子ども体験塾ジャンボカルタ大会

昨日は翠小学校を会場に、子ども体験塾で正月らしいカルタ大会を行いました。今回はあらかじめ用意したいろはカルタの絵と文字をA3サイズの段ボール紙に張り、周囲を布製ガムテーブで補強するカルタ作りから始めましたが、不器用な子どもたちは粘着性の強いガムテープに悪戦苦闘していましたが、何とか30分ほどで仕上げました。

私たちが子どもの頃のお正月は、かるた取りや凧あげ、駒回し、羽根つきなど、今にして思えば曽部区な遊びに夢中になったものですが、現代の子どもたちにとっていろはカルタなど、まったく知らない世界ゆえ、「律儀ものの子だくさん」と読まれても、「えっ、それ何?」と首を傾げてしまい、あそびにはならないのでは?と心配しましたが、そこは遊びの天才ゆえ、直ぐに打ち解けれ判別対抗戦はキャーキャー言いながら夢中になって遊んでいました。

私は読み人を務めましたが、大人でもいろは48文字それぞれの言葉の意味を説明できないものもあって、スタッフからも私にそっと「これどういう意味ですか?」と訪ねる一幕もありました。「え」と「ゑ」、「い」と「ゐ」の違い、いろはカルタに詠まれた動物の話など、久し振りに童心に帰って頭をフル回転させました。

私は昨日、人間牧場で午後からヘリテージマネージャー研修会が予定されていたので、読み手を他のスタッフに任せてお暇しましたが、ジャンボカルタ取り大会の後は、翠小学校の長い廊下で、雑巾がけ競争をやりました。その模様は昨日の夕方公民館の隅田主事さんから、メールで画像が送られていました。スタッフの用意したおぜんざいも美味しかったと参加した孫たちから報告を受けました。

「手作りの ジャンボカルタで 子どもたち 夢中になって 寒さ吹っ飛ぶ」

「懐かしい イロハカルタを 読みながら はてさて意味は? 昔の記憶」

「翠小 木造校舎 廊下にて 雑巾掛けの 時間を競う」

「あれも駄目 これも駄目だと 大人たち 取り上げ何も 与えず終い」

 

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人間牧場

〇本谷正法寺の念仏口開け行事に参加しました(その2)

 数珠回しが終わり、全員で焼香した後、祭壇に備えられた金剛の大わらじが住職から地元の人に渡され、男たちが境内の外に出て飾りつけを始めました。本谷川に架かった橋の傍にある地蔵堂の屋根と電柱に一人ずつよじ登り、大草鞋が川の真ん中に海側から見えるようにしめ縄をしっかりと縛って飾りました。

仏壇に供えられた金剛大草鞋
大草鞋としめ縄の飾る準備
川の真ん中に飾られた金剛大草鞋

点け終わったところで和尚さんが念仏読経を唱えてお性根を入れました。和尚さんに聞いた話ですが、この金剛の大草鞋は、これほど大きな草鞋を履く強い者がいるようでは、悪魔悪霊も叶わないと思って退散するという、故事にのっとった悪魔払い行事のようでした。

 本谷地区も過疎や高齢化が目立ち、このような伝統行事をいつまで続けられるのか、みんな顔を見合わせながら心配していました。打つ手や考えられる妙案もなく、何はともあれ今年の仏事は終わりましたが、いい行事を目の当たりにして参加できた喜びと同時に、少し寂しい心持になり、次の予定があるので少し早めに引き上げました。

「男ども 作った金剛 大草鞋 仏壇下げられ 取付作業」

「お草鞋 履くよな金剛 いるのでは 叶わん悪魔 退散願い」

「橋の上 見上げた空に 大草履 今年は何とか 来年どうする?」

「神仏に ご加護を願う 人心 祈りの世界 残って安堵」

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人間牧場

〇舞たうん139号が届きました

 えひめ地域政策研究センターが年4回季刊で発行している「舞たうん」という情報誌139号が届きました。「特選ブログshin-1さんの日記」と題した私の連載記事もVol.46となりましたが、毎回情報誌が届く度に、見開き2ページに書いた原稿を読み直し、自分の非力さを嘆いています。

今回の特集テーマは「地域づくりと人づくりを押し上げる高校、~”魅力を発信“地域の中心に高校がある~」ですが、執筆者それぞれが高校生を視点に想いを書いていて、読み応えのある記事が沢山載っています。編集を担当した和田健太郎研究員の「はじめに」と「編集後記」に凝縮された想いも書かれています。

 ひところの高校生は、高校生=悪ガキって印象が強かったと思いますが、最近の高校生はとても真面目です。昔に比べ多少元気がないのは気がかりですが、20歳だった成人の概念が崩れ、18歳で選挙権が与えられるなど、確実に体力体位や知能は早熟へと向かっています。しかし一方で社会性はむしろ未熟で、早熟と未熟の混在化した高校生をどう導くかは、これまた大きな課題のようです。

高校生のエネルギッシュなパワーを、活力を失いつつある地域づくりに生かせば、未来の扉は確実に開きます。さて問題は高校生の前にある社会や、前にいる大人がどうあるべきか、これまた古くも新しいテーマが浮かび上がってきました。

「舞たうん 連載執筆 しているが 自分の非力 いつも嘆いて」

「今号の テーマは若い 高校生 地域の資源 生かし宝に」

「高校生 悪ガキ時代 とうに過ぎ 今は真面目で 早熟してる」

「早熟と 未熟混在 高校生 社会や大人 しっかりせねば」

 

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人間牧場

〇阪神・淡路大震災から24年

 24年前の1月17日、私はいつものように朝5時に起きて、オープン間近い道の駅ふたみシーサイド公園でミニ水族館の、脛まで落とした水槽の水の中に入り、一生懸命水槽の中に付着した水垢を取る掃除をしていました。水槽は4本ありましたが、一番端の水槽に入れていた西洋ナマズが前触れもなく突然暴れ出し、2mもの円筒形水槽上からイベントホールの床にダイビングして暴れ出しました。

私は掃除を止め外に出て、ナマズを大きなバスタオルでくるみ、元の水槽の中へ戻しましたが、「地震が起こる前はナマズが暴れる」とい言い伝えなど、その時は知る由もありませんでした。帰宅した私は阪神や淡路を震源とする大地震が起こり、テレビの画面に映し出された神戸市長田の大火災や、飴のように折れ曲がり倒れた高速道路の橋脚を見ながら、そな惨状の凄さに言葉もなく立ちすくんでたことを、今でもはっきり覚えています。

その後東北沖を震源とする東日本大震災が起こり、未曽有の原発事故や津波災害が6年前にも起こりましたが、悲しみに暮れながらも秩序ある行動をとった日本人の姿は、世界中の人の大きな称賛を受けました。現地では家族や家財を失いながら今も復興・復旧に望みをつなぎ頑張っていますが、被害の爪痕は想像以上に大きく、全国から寄せられた多くの善意に感謝しながら、この寒空下で心を砕きながら生きています。

昨年の7月、愛媛県でも南予を中心に大水害に見舞われ、尊い人命が奪われたばかりでなく人家や田畑、商店、工場に甚大な被害が出ました。幸い私たちの町で人命は奪われなかったものの、山間地のあちこちで道路や河川が土砂崩れに遭い、今も復旧のめどさえたっていない所も沢山あるようです。人間の記憶は日を重ねる毎に薄れ、他人のことゆえ風化しつつあることも事実ですが、忘れることなくしっかりと肝に銘じて日々を生きて行きたいものです。「天災は忘れた頃にやって来る」「人の痛みを自分の痛みと感じるような人間になりたい」ですね。

「水槽で ナマズ騒いで 飛び出した ナマズに地震の 予知能力が」

「24年 あっという間に 過ぎ去った 被災の人には 長い年月」

「天災は 忘れた頃に やって来る 備えておこう 防災意識」

「人間は 得てして人の 痛みなど 気がつかないふり したがる癖が」

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人間牧場

〇自分の写った写真が届きました

 私は自分が写真に写ることは余り好きではありません。昭和の大スター石原裕次郎のように足が長く顔が男前だと写真に進んで顔を出しますが、脚は短く顔は醜いアヒルの子なので、子どもの頃から、記念写真を撮る時は今も目立たない後ろや片隅に身を置く習慣がついているようです。

ハーモニカを吹く私と金次郎像を持ち話す私

 ところがこの歳になると、会長とか代表とか委員長いう役職がついているため、記念写真には否応なしに真ん中の席に座ることを強要されてしまうのです。足の長さは座ればカバーできるし、記念写真などは、顔の大きさがコメ粒ほどなのでそれほど気にもせず、写真に納まって写されています。

先日講演に出かけた埼玉県深谷市の柏村さんから、数枚の写真が送られてきました。私が講演をしている様子をスナップ風に撮っていました。一枚は持参した二宮金次郎を持って話す私、もう一枚は下手糞ながらハーモニカを吹いている私でした。私は今でもあちらこちらへ請われるまま講演に出かけていますが、自分の話している姿は自分には分からないので、「へえ~、こんな姿で話しているのか!!」と、思ったりしました。

自分の写った写真を見ながら、「あ~あ」とため息がもれました。

「足短か 顔も醜い アヒルの子 写真写るの コンプレックス」

「こんな顔 して人様の 前話す 写真の顔を 見ては赤面」

「近頃は 金次郎像と ハーモニカ 臆面もなしに 道具使いて」

「人前で 話す自分の お姿は 本人分からず だからいいのだ」

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人間牧場

〇高知県からどぶろくが届きました

 一時期特区という制度で、どぶろくを造る人たちの話題が全国から聞こえていました。愛媛でも東温市や宇和島市で今も造られていますが、お隣高知県はお酒の好きな県民性を反映して14カ所でどぶろくが造られていることを聞きました。先日愛媛新聞の「隣県ネットワーク」という欄に、高知県に住む友人の坂本利男さんご夫婦が、長年の夢だったどぶろくを造ったという記事が載っていました。

愛媛新聞隣県ネットワークの記事スクラップ
坂本さんから届いたどぶろく


(坂本さんから貰った150年生の馬路村産魚梁瀬杉の切り株)

 早速坂本さんに電話を入れて懐かしい声や近況をあれこれ聞きました。私も愛媛新聞の切り抜きを封書で送ると、律儀な坂本さんはご主人の名前利男から取った「利」(辛口)と、奥さんの名前和子さんから取った「和」(甘口)という2つの銘柄をセットにして、宅配便で送ってくれました。どぶろくと言えば昔はどの地域でも造っていた飲み物ですが、酒税法が改正されて、個人で勝手に造ることは禁止されているアルコールの飲み物です。

 坂本さんとの出会いはもう10数年も前に遡ります。双海町出身で当時高知大学生だった堀川奈津さんが、大学のインターン制度で奈半利町のまちづくりに派遣され、奈津さんの口利きで「米一俵」の講演料で、私が奈半利町へ講演に出かけたことから始まります。その折まちづくりメンバーの坂本さんと知り合い、坂本さんから薄汚れた高知県馬路村産の魚梁瀬杉の切り株をいただきました。その切り株を親父が座卓として作り、その上で私が落語ならぬ落伍をし始めました。

切り株の年輪にあやかって年輪塾を開いたり、刻んだ150年の年輪の数を目標に、「夕日つれづれ草」地の書・水の書・火の書・風の書・空の書・心の書を書き上げ発刊できたのも、元はと言えば坂本さんとの出会いであり、坂本さんは私の大恩人でもあるのです。一人の人との出会いがまるで水面に波紋のように広がることは、私には枚挙にいとまのないほどありますが、これぞよき人生なのです。早速一人で飲むのは勿体ないと、親しい友にお裾分けしてあげました。

「新聞に 隣の県の 高知県 どぶろく特区 友人載った」

「切り抜きをに 私信を添えて 封書出す 律儀な友人 どぶろく宅配」

「高知県 馬路村産 魚梁瀬杉 切り株年輪 多くの示唆を」

「それぞれの 地域それぞれ 想い持ち 生きてる人に 色々学ぶ」

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〇初春水仙まつりは大盛況でしたがちょっと怪我

 前日は雨にたたられ散々でしたが、昨日は天候も回復し、冬とは思えない無風の天気で、初春水仙まつりは沢山の人が訪れ大盛況でした。私は前日に引き続きダイガラ餅つきの手臼ボランティアとして参加しましたが、大したことはないものの、ダイガラ餅つきの杵が右手の甲を直撃し、思わぬ怪我をしてしまいました。

パラグライダーも空から・・・

ダイガラ餅つきの手臼は、ダイガラの上に上がった人に背を向けてしなければなりません。参加型の餅つきなので、子どもや若い人など希望すれば誰でもその場で参加ができるのですが、時には親が自分の子どものインスタ映えを狙って、嫌がる子どもを参加させることもあり、つく人はまさに千差万別なのです。

少し腫れ上がった右手の甲

 昨日は若い女性が挑戦してくれました。キャーキャー言いながらも大人ゆえ安心していると、2回ほどついた3回目に足を滑らせ、杵が前触れもなく落ちて来て、私の手の甲を直撃しました。「しまった!!」と思いましたが後の祭りで、手の甲は赤黒く見る見るうちに腫れ上がりましたが、行き掛かり上「痛い!!」とも言えず、その場では平静を装いました。

後片付けをして帰宅しましたが、ケガのことを告げると妻は、傷薬を塗ってくれました。昨晩は少し痛かったものの、今朝はその痛みも引いて大事には至りませんでした。帰り際餅つきを運営する漁協女性部の松本部長さんから、早くも3月3日の菜の花祭りにも手臼ボランティアをして欲しいと頼まれました。それまでには完全回復することでしょう。怪我をしないようにしないと・・・と改めて思いました。

「上天気 初春水仙 花まつり 多くの人で 賑わいました」

「前の日に 続いてダイガラ 餅つきの 手臼の助っ人 少し手違い」

「背を向けて 手臼するゆえ 危なくて リズム狂うと 私のみ怪我」

「終わったと 思えば早くも 予約入る 餅つき盛況 人寄せパンダ」 

 

 

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人間牧場

〇映画会に誘われて出かけました

 わが家の長男息子は、伊予市の中心市街地でまちづくり活動に参加しています。昨日は商店街で「100円商店街」というイベントがあったようで、あずきぜんざいを1杯100円で売ったようでした。午前中で仕事を終えた妻に誘われて、午後3時から始まる息子たちが主催する映画会に、枯れ木も山の賑わいで参加するため出かけました。

映画会の会場となった来良夢
映画題「家族はつらいよ」

会場は息子たちが活動の根拠地にしている「来良夢」でした。明治・大正・昭和・平成と100年余り、街の歴史を今に伝える貴重な近代化遺産建築物の、元伊予農業銀行郡中支店を活用していて、中に入るとそこここにモダンな昔の面影が残っていました。昨日上映されたのは山田洋次監督の「家族はつらいよ」という映画でした。

 私は息子が上映の検討をするためレンタルしたDVDをわが家で観ているので、内容は粗方知っていますが、日常薄れかけている家族とは何かを考えさせられる上映時間2時間ほどのいい映画でした。主演の橋爪功や吉行和子の年齢設定が私たち夫婦と同年代ということもあって、人生そのものや家族のあり方について色々考えさせられました。

「帰りに温泉でも楽しんだら!!」と息子に勧められ、帰り道天然温泉伊予温泉に妻と初めて立寄りましたが、コンパクトながらいい湯質でポカポカと温まりました。思いがけない妻の勧めで、日常は別々に行動している息子の、まちづくり活動の一端を垣間見ることができました。息子は多くの仲間に助けられて、まだ駆け出しながら色々とそれなりに知恵を出してやっているようでした。

「映画観に 行こうと急に 誘われて 妻と二人で 来良夢訪問」

「わが息子 別の場所にて まちづくり こんなところで あんなこんなを」

「映画題 家族はつらいよ 年代が 一緒の設定 納得しつつ」

「ああ俺も こんな毎日 生きている 少し生き方 直さなければ」

 

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人間牧場

〇年賀状の当選番号

 昨年末500枚の年賀状を出していたので、正月元旦から今日までその枚数をはるかに超える年賀状が、私の元へ届いています。コタツ座卓の上に置いて、暇を見つけて一枚一枚相手の音信を確かめていますが、2~3日前孫から耳寄りなニュースを聞きました。松前町の商業施設エミフルでは、年賀状の番号を使って割引セールをしているとのことでした。

今年も沢山の年賀状が届きました

そう言えば昨年も当たった番号の年賀状を持って買い物に出かけたことを思い出し、若嫁のスマートフォンで調べたという番号メモを貰って、一桁番号1割引き、二桁番号2割引、三桁番号3割引きの当たり番号を探しました。一桁は10枚に3枚、二桁は100枚に2枚、三桁は500枚に1枚の確率なので、1割引きも2割引きも沢山ありましたが、お目当ての3割引きは当然ながら1枚しか当たっていませんでした。

2日前仕事を終えた妻に誘われ、3割引き当選番号の年賀状を持って、エミフルまで買い物に出かけました。平日だったし正月明けでかなり空いていたので、2階の衣料品売り場や靴売り場を中心に見て回り、二人の靴や衣料品を3割引きで買い求めました。6千円の靴が4千円で買えるのですから、この上ない安上がりな買い物でした。当選番号の年賀状は食料品や専門店、レストランを除き、丸一日使えるようになっていて、久し振りのショッピングでした。

 私はショッピングが余り好きではありません。妻が選んで買った商品の入ったビニール袋を持たされ、エミフル内をいったり来たりするので、かなり疲れてしまいましたが、まあこれも年に一度の妻へのサービスデーだと思い、ノコノコ妻の後ろについて回りました。それでもそろそろ買い替え時だと思っていた、ウォーキングシューズも格安で買ってもらったし、目出度し目出度しの一日でした。

「今年も 沢山届いた 年賀状 孫に言われて 当選探す」

「お目当ての 3割引きの 年賀状 一枚ゲット 早速買い物」

「6千円 値札のついた ウォーキング シューズが何と 4千円とは!!」

「ノコノコと 買い物袋 持たされて 妻の後ろを 行ったり来たり」

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