人間牧場

〇エンドウ豆に挑戦

 一昨日水口種苗店にもみ殻を貰いに立ち寄った折、若奥さんから赤玉ネギの苗と欲しかったエンドウ豆の苗を貰いました。早速サツマイモを掘った畑を耕運機で中耕して畝を立て、玉ネギもエンドウ豆も植えてみました。ところが昨日は少し強い北東の風が吹き、折角伸びた植えたばかりのエンドウのツルが折れそうな雲行きでした。

エンドウ豆の垣作り

急いで垣を作ることを思い立ち、支柱を打ち込み横竹を通して偽竹の支柱を立てました。その支柱に稲ワラをエンドウ豆を囲うように半束ずつ縛り、一丁上がりです。こうすればエンドウ豆のツルがワラに絡みつき、風で吹き飛ばされて折れたりせずに成長するのです。エンドウ豆はブンドウ10本とスナックエンドウ10本の二種類ですが、とりあえず延びているブンドウの作業を終えました。

私たちの町は冬、北西の季節風がかなり強く吹き荒れます。でも温度の高い海面を吹き抜けて来るので、強風で体感温度は冷たいものの、意外と温度が下がらず、氷点下になったり霜が降りることは滅多にありません。寒さににはあまり強くないエンドウ豆ゆえ、冬越しには紆余曲折があるものの、春には緑濃いエンドウ豆の入った大好きな豆ごはんが、腹いっぱい食べられるものと思われます。楽しみです。

「知り合いに エンドウ豆の 苗貰い 植えたはいいが 風にあおられ」

「芋掘った 跡地耕し 苗植えた 畝に杭打ち 垣根を作る」

「菜園は いつの間にやら あれやこれ 空き地ないほど 植えて楽しみ」

「エンドウ豆 入れたご飯が 大好きで 今から楽しみ しっかりお世話」 

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人間牧場

〇薪ストーブの火入れ

 北海道から比べれば南国四国ゆえ、日中は20度近くまで気温が上がり、少し畑仕事などをすると汗ばみますが、早朝は10度近くまで外気温が下がり少し肌寒く感じるようになりました。日中と朝晩の気温差が10度以上になると体温の調節が難しく、また衣類などに余りこだわらない私でも、「今日は何を着ればいいのか?」と迷ってしまいますが、わが長男息子は家に居る時年中半袖半ズボンで過ごしていて、「寒くないのか?、風邪でも引いたらどうする」と問いかけても、「別に寒くない」と平常心を貫いています。

今年初めて火入れした水平線の家の薪ストーブ

 一昨日は人間牧場に愛媛大学の社会人学生がやって来て講義をするので、寒くては大変と少し早めに家を出て、水平線の家の土間にしつらえている薪ストーブに火を入れることを思いつきました。家の周りには杉落ち葉や枯れた小枝をそこら辺に沢山落ちているので、拾い集めて火入れをしました。アウトドア―な暮らしをしている私は、たった一本のマッチで火をつけれる裏技?を自慢していて、この日も目論見通りマッチ一本で確実に火を付けました。今年初めての薪ストーブへの火入れなので、何年か前煙突から入ってストーブ内に小鳥が巣をつくったことを思い出し、ストーブの中を確認しましたが、今年は大丈夫のようでした。

ストーブに薪をつぎ足し、学生さんが集まるまでに部屋をすっかり暖かくして迎えることができましたが、私が講義をする間誰も薪を入れなかったので火が消えかかり、昼休みに再度火をつけたものの、その後も薪を入れることができず、温度が上がったことをいいことに、火は自然消火となりました。これから日に日に気温が下がり、人間牧場での活動には薪ストーブが欠かせなくなります。ストーブやかまど、それにピザ釜用の薪は、数年前から折に触れ薪割りをしてストックしているので、安心して冬を迎えられそうです。

この日妻はお客さんを迎えるために、私が収穫して晒した天草を使い、フルーツゼリーを作ってくれました。寒天を沸かし布袋で越してオレンジジュースや砂糖を加え、フルーツ缶詰を入れた容器に流し込み、冷めたら冷蔵庫で冷やすといった、多少手の込んだスイーツですが、3時のおやつに出したところ、皆さん「美味しい美味しい」と言って喜んで食べてくれました。人間牧場も家の横にある煙会所も、こうして目には見えない家族の協力で成り立っています。ストーブに火を入れながら感謝の心を持ちました。

「南国の 四国と言えど 朝晩は めっきり冷えて ストーブ恋しく」

「杉落ち葉 小枝を拾い ストーブに マッチ一本 火入れ赤々」

「ストーブの 温さ格別 何となく 心も体も ほっこり気分」

「わが妻が 天草使い 手作りの スイーツふる舞う みんな美味いと」 

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人間牧場

〇超ロングランの講義

 昨日は愛媛大学の社会人学生が笠松先生に連れられて人間牧場へやって来ました。時期はその年によって違いますが、毎年のことだし昨年に続いて学んでいる人もいるので、毎年のレジメ資料を先生が用意してくれたものの、昨日の朝急な思い付きで「まちづくりと生き方のヒント百話」を思いつくままセレクトして、パソコンに打ち込みました。

水平線の家にて座学
熱心な受講生

 私は18歳で地元の青年団に入ってから74歳の今日まで、地域づくりに関わってきました。50年半世紀で学んだことや話したいことは山ほどあるので、その百話の中から学生にリクエストしてもらい、1話5分から10分で喋ろうという目論見です。皆さんは予定通り下灘コミセン前に午前9時に集合して、予定通り午前9時30分人間牧場に到着しました。

さあ講義の始まりです。午前9時30分から12時まで、昼食弁当を食べた後少し早めの12時50分から午後4時まで、喋り続けました。聞く方も水平線の家の板間に座布団を敷いての座学なので、多分疲れてだろうと思いましたが、文句も言わずむしろ積極的に百話に絡み思った以上にうまく話せました。

リクエストは3順くらいで、すべてを話すことはできませんでしたが、暇を見つけて百話の整理を行い、削除したり加えたりしながら話芸の域を広げたいと思っています。前日は人間牧場に子どもたちを集め子ども体験塾を開いたため2日連続で、しかも2日目の昨日は6時間も講義を行うなど少々疲れましたが、心地よい疲れでした。

「ロングラン 水平線の家にて 講義する 百話の中から リクエストにて」

「50年 地域づくりに 関わって 話したいこと 山ほどありぬ」

「6時間 話す話題が よくあると 妻は呆れて 首を傾げる」

「学生に デザート妻が 手作りし みんな喜び 美味しかったと」

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人間牧場

〇子ども体験塾の収穫祭(その2)

 子ども体験塾の魅力は毎回楽しいプログラムと昼食です。今回のプログラムは収穫祭ですからメインはサツマイモ堀りですが、子どもたちの要望を取り入れて、段ボールを使った燻製をしました。最近はこうしたキッドがインターネットで安く手に入るし、食材もベーコンやウインナー、チーズ、ポテトチップス、ゆで卵など、考えれば幾らでも作ることができるのです。今回は前公民館主事の赤石さんが中心になって、段ボールの組み立てから燻製食材準備、桜のチップでの燻製作業まで指導してもらいました。

段ボールを使った燻製器
燻製指導した赤石さん
燻製品に大満足の子どもたち

掘ったサツマイモは私が担当して、ドラム缶かまどを利用してアルミホイルでくるんだサツマイモを焼きました。焼き芋は大小さまざまな大きさの芋を万遍なく焼く火加減が難しく、焼け具合が見えにくいため毎回苦労しますが、今回は早目に薪で下火を作り、その上に芋を置き、その上に小枝を入れて火を点つけて焼いたため、自分でも驚くほど完璧な仕上がりで、お腹の空いた子どもたちは「美味しい美味しい」を連発し、フーフー言いながら食べていました。

芋粥の準備
出来上がった芋粥
芋粥を食べる子どもたち

今回の主食は新米とサツマイモを入れた「芋粥」でした。分量を見誤ったり、サツマイモを入れるのが少し遅れたため、出来は今一でしたが、野外で食べる芋粥も、子どもたちにとっては味わい深いものでした。出来上がりの順番で、焼き芋、芋粥、燻製品の順番になりましたが、それとこれとは別腹とばかりに芋粥を4杯もお替りした子どももいて、私たちを驚かせました。食事の世話は毎回大変ですが、今回は更生保護女性会の山口さんや参加してくれた校長先生たち、それに赤石さんの協力で美味しくいただきました。

 北海道佐呂間町に住んでいる、パンプキン武田さんこと武田温友さんから、今年も事前に沢山の観賞用カボチャが宅配便で送られてきました。収穫祭なのでウッドデッキにディスプレイとして飾り、じゃんけんゲームで欲しいカボチャをゲットする催しは、毎年子どもたちが夢中になります。今年も1個ずつお目当てのカボチャをお土産にすることができました。子どもたちは掘ったサツマイモもお土産にいただき、朝登ってきた山道を歩いて帰り、下灘コミセンで午後3時に事故もなく解散しました。

「段ボール 使って燻製 ベーコンや チーズウインナー 美味しくできる」

「サツマイモ アルミホイルで くるみ焼く 焼き芋上手に 焼けてホクホク」

「分量を 見誤ったか 今一の 芋粥それでも 4杯お替り」

「佐呂間から 届いたカボチャ ジャンケンで 争奪バトル 激しさ増して」

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人間牧場

〇愛媛県公民館研究大会(その2)

 昨日は、久万高原町で行われた愛媛県公民館研究大会に参加するため、少し余裕を持って朝7時30分に自宅を出ました。砥部町の入り口でかなり長い渋滞に巻き込まれましたが、その後は順調に流れて、紅葉の進み始めた三坂路を走り、8時40分頃会場となっている久万高原町産業文化会館へ到着しました。早速案内されて控室に入り、インタビューダイアログの出演者3人と最後の打ち合わせを行いました。

(スライドで映ったインタビュアーの似顔絵)

ステージはこんな雰囲気でした

出番が予定されていた校長先生の都合で代役となった宝本さんを除けば、既に9月にそれぞれの職場を訪問して綿密な打ち合わせをしているので何の混乱もなく、私が前夜作った進行コンテを渡して、準備万端整いました。私は県下の公民館OBで組織している公友会の会長をしているので、開会式に来賓として出席したのち、少し早めに席を立ち登壇に備えましたが、出会う参加者の中には顔見知りの人も多く、声をかけながら出番の時間を待ちました。

 壇上にしつらえた席に登壇者とともに座り、ブザーが鳴って緞帳が上がると司会者に紹介され、いよいよインタビュアーである私の出番です。私に与えられた時間は僅か90分でしたが、長い公民館研究大会の歴史の中で、講演、対談、鼎談、パネルディスカッションは多いものの、インタビューダイアログという討議方法は初めてとあって、皆さんに手を挙げてもらいましたが、殆どがその討議方法を知らず初めてのようでした。

舞台袖でスライドショーを担当した中尾さんとの息もぴったりで、藤岡さん、国光さん、宝本さんも一回発言3分以内という約束をきちんと守って、完璧なほど正確に12時10分終了を迎えました。始まる前中尾さんから「謝辞があるので」と聞いていましたが、私はてっきり開会式表彰者代表の謝辞とばかり思っていたのに、インタビューダイアログへの副会長さんの謝辞だったため、若干時間が伸びてしまいました。

インタビューダイアログは地域教育実践交流集会で何度か経験を積んできていたお陰で、何とかスムーズにこなすことができました。昨夕お礼の電話を中尾さんに入れると、参加者から集めたアンケートによると、反応は上々のようでした。何はともあれ大役は終わりましたが、2年後の全国大会に向けてやらねばならないことがいっぱいあるようです。少しでもお手伝いが出来ればと思っています。

「90分 時間細かく 分刻み 前夜作った コンテに沿って」

「公民館 研究大会 壇上で インタビュアー 何とか終える」

「顔見知り 声かけ合って 旧交を 久方ぶりに 温め嬉しい」

「アンケート 反応上々 電話聞く 来月沖縄 似た大会へ」 

友人がfacebookに投稿したインタビューダイアログの写真

 

 

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人間牧場

〇庭先に忍び寄る秋の気配

 このところ深まり行く秋の気配を実感するように、朝晩はめっきり冷え込み始めました。寒さが苦手な妻は早々とコタツを用意し、低温設定した石油ストーブに火を入れ始めました。戸外で過ごすことの多い私なので、部屋に入ると温かさを感じますが、小学生の孫たち2人もコタツが大好きで、私たちの居間へ来て過ごす時間が日に日に多くなり始めました。

眉刷毛オモトの花

 庭先を歩くとそこここに秋の気配が漂っています。宮栄元公民館長さんから何年か前いただいた、眉刷毛オモトが今年は3輪花をつけました。南アフリカ原産で正式学名はアルビフローラと言うのだそうですが、その名の通り女性が化粧塗道具として使っている眉刷毛によく似た珍しい花で、家族みんながそれぞれに見つけて「面白い花だ」とコメントしています。

真っ赤に色づいた南天の実

庭の水場の近くの南天が今年も沢山の赤い実をつけました。毎年のことながらたわわについた赤い実は圧巻で、重さを感じさせるほど垂れ下がっています。もう間もなく小鳥の餌が不足し始めると、どこからともなく沢山の小鳥がやって来て啄み、一日か二日であっという間食べられてしまう運命にありますが、これも自然の成り行きと諦めています。

榎の輪切りに生えたヒラタケキノコ

裏庭に置いた榎の切り株に、ヒラタケというキノコが沢山生え始めました。大洲市田処で酪農を営む親友亀本さんから、ヒラタケの植菌をした榎の輪切りを貰って置いていますが、朝晩の気温に反応して生えてきました。そろそろ食べごろなので今日か明日にでも収穫し、鍋物にして食べようと思っています。わが家の庭も秋が次第に深まっています。

「冬間近 今にはコタツ ストーブも 朝晩妻は 早くも火入れ」

「孫二人 コタツ大好き やって来る あれこれ雑談 ほのぼの家族」

「眉刷毛と 名前の付いた オモト花 珍しいねと それぞれ見つけ」

「榎の木 輪切りに生えた ヒラタケを 今日にも収穫 鍋物具材」

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人間牧場

〇霜降のころ

 先日10月23日は二十四節気のひとつ霜降でした。私の住んでいる四国愛媛県伊予地方は、瀬戸内海気候で一年中暖かいため、そろそろ霜が降り始める霜降と言っても余りピンときませんが、北国のfacebook仲間からは、朝晩ぐっと気温が下がり、紅葉の便りが届いています。家庭菜園程度ながら野菜を作っていると、新暦Clendarよりも旧暦の二十四節気の方が農作業にはぴったりで、今は亡き祖母や母から日々の暮らしの中で教わった、言い得て妙なる気象メモとも思える言い伝えに、納得しながら作業を進めています。

紅葉し始めた家の入口の枝垂れモミジ
夜露に濡れて、水滴が朝日に輝きイルミネーションのようです

一昨日は地方祭でしたがあいにく雨が降りました。昨日は一転雲一つない秋晴れとなったものの、家の周りや畑は昨日の朝、過ぎ去った二十四節気の白露・寒露を思わせるようにしっとり濡れ、特に家の入り口にあるそろそろ紅葉の始まった枝垂れモミジの葉っぱに着いた水滴が、まるでイルミネーションのように朝日に輝き、思わず立ち止まって見惚れてしまいました。最近は超多忙で季節の移ろいなどに想いを寄せる暇もありませんが、せめて季節の移ろいを感じるような余裕を持ちたいものです。

 もうそろそろやらねばならない懸案の秋の仕事が残っています。それは飼っている蜜蜂の蜂蜜採取です。このところ巣箱の前で、盛んに蜜蜂を狙っていたスズメバチもいなくなって、多少安心していますが、7月初めに分蜂入居したため本来は終わっているはずの作業が大幅に遅れているのです。まだ日中は沢山のミツバチが飛び交っているものの、野菊やツワブキといった秋の花の時期が来ると、いよいよ冬ごもりの時期なので、天候を見計らいながら細密を楽しみに待っています。

「旧暦の 二十四節気 早霜降 南国四国じゃ 日中二十度」

「忙しく 季節の移ろい 楽しめず 思わずハッと 白露輝き」

「旧暦は 古い時代の 遺物だが 農作業には とても便利で」

「ツワブキの 蕾ふくらみ そこここに 秋を感じる いい季節です」

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人間牧場

〇雨に濡れながら神輿を担ぐ孫たち

 昨日は年に一度の秋祭りでした。息子も若嫁も職場が松山市内なので休むこともできず、平常どおり仕事に出かけましたが、妻と孫たちは地方祭がお休みなので、孫たちは前夜の宵宮から神輿を担ぎに法被を着て出かけ、妻もおご馳走の仕込みや調理に忙しそうでした。

わが家へやって来た子ども神輿
玄関に角付けされた子ども神輿に健康と安全を祈りました

 前日の雲一つない好天なら良かったのに、天気は悪戯なもので朝から曇り空でした。しかし昼過ぎまではどうにか雨も降らず、午前6時に宮出しした神輿や獅子舞が町内に繰り出して、あちらこちらから神輿守のワッショイワッショイという掛け声や、小気味よい太鼓の音が遠く近くなりながら、一日中聞こえていました。

ところが午後2時ころになって雨が降り始め、わが家へお神輿が来る頃には少し雨脚が強くなり始めました。孫2人も神輿の後ろについて、ワッショイワッショイと掛け声をかけていましたが、雨に濡れて少し寒そうでした。それでもみんなの勢いで神輿の運航は続けたようでした。

 幸いなことに雨も小康状態で神輿を無事宮入りさせたようで、5年生の孫希心は2千円、3年生の孫奏心は1400円のお祝儀義分配に多少顔をほころばせて午後6時ころ帰って来ました。妻の沸かしていたお風呂に入りすっかり温まり、心配していた風邪を引くこともなく、多少筋肉痛の足に湿布を貼って寝たようで、今朝は元気を回復して「おはよう」の元気なあいさつができました。

「秋祭り 二人の孫は 二日間 お神輿担ぎ ワッショイワッショイ」

「折からの 雨で法被も 濡れネズミ 風邪を引かぬか 心配したが」

「お祝儀を 貰い疲れも 吹き飛んで 鼻歌交じり 風呂から聞こえ」

「少子化の 影響どこか 寂しそう 隣集落 神輿途絶えて」

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人間牧場

〇広島から親友がやって来ました(その2)

 逆手塾の事務局長を長年にわたって務める宮崎さんは、広島県を代表する地域づくりのスペシャリストで、私が双海町役場でまちづくりを担当していたころ講演に来てもらったり、人間牧場を利用して私が代表を務める21世紀えひめニューフロンティアグループが中心になって移動逆手塾を開いたり、また私も過疎逆の聖地広島県総領町で開かれた逆手塾の講師として2~3度招かれている、親密な親友なのです。

人間牧場にて

 総領の和田さんは私と同じような経歴の持ち主で、役場の職員を経て私と同じ時期にお互いが教育長をやりました。風の噂によると和田さんは病気で体調を崩されているようで心配していましたが、宮崎さんの話では快方に向かっているようで、かつての地域づくり人の多くは、若い頃の無理がたたったのか、私も含めて病気で体調を崩す人が多いようです。その点宮崎さんは相変わらず元気で走り回っているようでした。

 私たち地域づくり人は、幾つになっても人から見れば他愛のない夢を捨て切れず、相変わらず夢を追いかけながら生きています。「抱きしめてハイズカ」というダム湖の周囲を手でつなぎ合わせる運動を全国に広げたいと熱っぽく話してくれました。私も気がつけば宮崎さんと同じように大小様々な夢を持って日々生きていますが、余り無理の効かない74歳という年齢になりました。お手伝いできることはそんなに多く望めませんが、少しなりとも手助けをしたいものです。

近くの灘という食堂で日替わりランチを食べ、翠小学校やわが家の煙会所、海舟館などを私の車で案内し、午後4時過ぎシーサイドで熱々のじゃこ天をいただきお別れしましたが、久し振りにのんびりゆっくり地域づくりについて語り合い、充電ができたような気がします。話の途中で考えた「もう一人の自分と手をつなぐ」という面白い妙案も、私自身少し整理をして地域づくりに生かして行きたいと思いました。

「聞こえ来る 風の噂じゃ あの人も この人さえも 元気今一」

「健康が 一番ですと 家の横 恥ずかしながら 畑を見せる」

「朝何時? 起きる時間を 問われたが 4時に起きると 答えてしまう」

「久方に 親友出逢い あれやこれ 元気充電 ファイト一発」 

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人間牧場

〇リバイバルブームの固形石鹸

わが家は息子家族4人と私たち夫婦2人が同居する6人家族です。台所は別々ですがお風呂は一緒です。風呂はステンレスバスで、田舎らしくかなり広いので、息子家族と私たち夫婦別々のバス道具が置かれていますが、息子たち家族はボディシャンプー派、昭和生まれの古臭い私たち夫婦は固形石鹸を使っていて、微妙ですが時代の差を感じています。

リバイバルブームの赤箱固形石鹸

いつ頃から固形石鹸に変わってボディシャンプーが使われるようになったのか、そんなに遠いことでもないのに記憶は定かではありません。最近の若い人は固形石鹸を余り使わないらしく、わが家へは何かにつけて使わなくなった石鹸を沢山貰うので、重宝しながら贅沢にもふんだんに固形石鹸を使っています。

固形石鹸は香りも良いので、押し入れなどに入れておくと、防臭の効果もあっていい香りが漂います。何故牛乳石鹸と言うのか分からぬまま、赤い箱・青い箱の牛のマークの石鹸を使っていますが、聞くところによると最近赤箱の固形牛乳石鹸がリバイバルブームで、よく使われているそうです。ブーム=流行ですから移り気な現代人ゆえ、そんなに長続きはしないかも・・・です。

私が水産高校の実習船愛媛丸で遠洋航海に出た時、船のお風呂はエンジン冷却水を引き込んだだけの海水風呂でした。故に海水で泡立つ洗濯用の固形石鹸しか使えず、勿論シャンプーなど世の中に出回っていなかったので、頭も身体も洗濯も全て洗濯用固形石鹸でしたが、お洒落など気にしても仕方のない男だけの船内生活なので、使っている内いつしか洗濯石鹸に慣れた強い体になっていました。固形石鹸を見る度に懐かしい青春時代を思い出しています。

「リバイバル ブームで固形 石鹸が 使われ始め 移り気感じる」

「わが家では 私と妻は 固形です 息子家族は ボディシャンプー」

「若い頃 実習船に 乗った時 塩風呂ゆえに 洗濯石鹸」

「何故牛乳 石鹸と言う 意味不明 分からず無意識 長年使う」

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