人間牧場

〇もしも体中が顔のような皮膚だったら・・・

 毎朝歯を磨いたり顔を洗うため洗面台に向かいます。水道の蛇口をひねり、まるで氷水のような冷たい水を手ですくって顔を濡らすと、それまで起きているのに眠っていたような体が、いっぺんに目覚めシャンとします。そんな時顔の皮膚の強さを無意味なことながら時々思うのです。私のささやかなお宝である何人かの人に貰った葉書の中に、冒険家として北極まで歩いて行った河野兵市さんから頂いた一枚があります。時にはマイナス50度近くまで下がる北極に再び挑んだものの、氷の割れ目に落ちて残念無念ながら帰らぬ人となりましたが、何度か出会った時面の皮の話になって大いに盛り上がったことを覚えています。

痛みかけた毛糸の帽子

 あれほど寒くても人間の顔は服を着せなくてもへっちゃらなのです。「もしも体中が顔の皮膚のようだったら、服を着なくても冬でも大丈夫では・・・」ととてつもなくバカなことを話したら、河野さんも同感だと言ってくれました。今年の冬は殊の外寒く、寒さに弱い私などはヒートテックの肌着をユニクロで買ってもらって、厚着をして耐えていますが、これほど医学が進んだ時代ですから、顔の皮膚をIPS細胞などで増殖し、体中に移植すれば、ストーブを焚いて二酸化炭素を振り撒かなくても済むのになあと、訳の分からぬことを考えていますが、こんな愚かな考えをするのは私だけでしょうか?。

 「♯犬は喜び庭駆け回り 猫はコタツで丸くなる~♭」。ご存知童謡「雪やこんこん」の一節です。最近は犬や猫をペットとして家の中で買う人が増えてきました。聞くところによると最近は犬の数より猫の数の方が多く逆転したようですが、寒さに弱い猫は別として、犬は寒い雪の中でも元気に走り回ります。南極に置き去りにしたタローとジローが酷寒の南極で生き延びた南極物語の感動シーンは忘れられませんが、最近は犬も過保護で服を着せて散歩している姿をよく見かけるようになりました。人間も過保護になって、そのうち顔にも服を着せることが流行る時代が来るのかも知れません。嘆かわしい世の中です。

  「朝顔を 洗う姿を 思う度 顔はどうして 寒くないのか」

  「もしもです 体全体 面の皮 覆い被せば 服を着なくも」

  「バカなこと 考える暇 あったなら もっとましなこと おやりなさいよ」

  「吉宗の 時代のようだ 犬や猫 服を着せられ 暖房の部屋」

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