shin-1さんの日記

〇移動落伍

 昨日は今治市玉川町で開かれた生涯学習講座に招かれ出かけました。玉川といえばもう20年近くも通いつめた地域なので知人友人も多く、昨日の会はそうした馴染みの皆さんが集まる会なので、少し思考を凝らして移動落伍にしてみました。友人の井出サツミさんから事前にお話しをしていたら、事務局の方が台座を積み上げ赤毛氈敷いた立派な高座を作ってくれていました。そして渡部妙子さんがお嫁入りのときに持ってきたというこれまた立派な座布団を用意してくれたのです。

 マイクの高さも抜群で、この上もない舞台設営に応えようと、めくりなども人間牧場から運んで準備万端整え、「人生楽しく暮らそう」という演題で裂き織の羽織を着て90分話させてもらいました。一話10分の演目を10本ばかり考えていましたが、残念ながら一つ一つの話についつい熱がこもり、結局5空本の演目で終わってしまいました。

若松進一ブログ
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 皆さんの笑顔や笑いに助けられて90分の公演が終わっていざ高座から降りようとしたらしびれが切れてよろつき、足首を捻挫してしまいました。幸い軽い捻挫で歩くには問題なかったのですが、人様の前で失礼な弱みを見せてしまう結果となってしまい、日ごろの暮らしでは長時間座ることなどないだけに、これからはしっかりせねばと深く反省しました。

 その後井出さんの計らいで近所のふれあい茶屋で心のこもった昼食会が持たれました。ふれあい茶屋は廃止になった農協の事務所を借りて地元有志の女性たちが立ち上がり即売所と食堂を経営していました。まだ著に付いたばかりで一日おきの営業のようでしたが、出された田舎料理は心を込めた旬の手作りだけにとても美味しくいただきました。練炭火鉢で焼いてもらったしいたけも、山菜の熱々てんぷらも、また猪丼も、デザートのおはぎも全て満足の味でした。

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 聞くところによると代表の越智信枝さんとは20年前に松山で開かれた生活改善研究大会の席でお会いしたそうで、その時の私の余興が忘れられないと汗顔の話をしてくれました。頑張っている越智さんはじめ10人余りの皆さんと記念写真を撮ったり雑談しながら楽しいひと時を過ごさせてもらいました。

 撮った記念写真を見ながら、井出さんや森さんや山本さんと始めてあった頃のことを思い出し、またエプロン姿で写っている地元の人たちのイキイキした姿に、漁協女性部の皆さんの姿を重ね合わせました。行く先々でこうして私を囲んでくれる人が沢山いる私は幸せ者だとつくづく思いました。

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  「行く先に 女性が沢山 集まりて 私幸せ しみじみ思う」

  「あれこれと 春の香りや 味用意 心こもった もてなしうけて」

  「覚えてますか そういえば おぼろげながら あの日あの時」

  「手土産に 貰ったジャムを パンに塗り 今朝は至福の あの人思う」

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shin-1さんの日記

〇ある老人から学んだこと

 三日前、今治市清水公民館で行われた「地域福祉推進フォーラムで一人の老人に出会いました。昔学校の先生をしていたというその老人は、本宮森一さんという方で、88歳だそうですが今なおかくしゃくとして、パネラーとして立派な発表をされました。

 先生は面白い人型絵を描いた発表資料を作られていました。その図表の中には健康長寿、友愛奉仕、感謝報恩、国土再生、多世代家族、日々是好日などという希望的言葉が並び、私の健康法として毎日実践している、毎朝の石鹸泡の洗顔マッサージ、40回以上のカメカメ食事(快食)、朝の柔軟筋力アップ体操、午後の筋力アップ体操、入浴前後の柔軟体操とマッサージ、寝d個での深呼吸とマッサージなどが書かれていました。特に大変失礼ながら思わず噴出してしまったのは、朝の石鹸泡の洗顔マッサージで、まるで朝シャンをする若者のような習慣が、健康にとって何を意味するのか聞いてみたいような感じもしました。

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 これらのことを実践することによってボケもせず、米寿を迎えた88歳の今もしっかりと生きている姿を見て、これらの注意事項の積み重ねの実践力に納得しました。

 私は一番興味をそそられたのは「多世代家族」という言葉でした。テレビで観たある地方の五世代同居のことを引用され、日本も昔は多世代が一軒の家に同居する姿は沢山あって、親族同士がお互い助け合って生きていたそうです。特に貧乏な時代背景や全ての作業が手仕事に頼らなければならなかったため、家族の絆が必要だったのです。家を建てるときは自分の森林を伐採運搬し、屋根の茅葺も調達から茅葺まで全てをみんなでやったそうです。また人糞は大切な肥料源で汲み取りも散布も全て大家族がなければ出来ませんでした。

 今の社会は豊かになって仕事が分業化され、金さえ出せばどんな作業も全て他人がやってくれ、多世代が同居して力を出す必要がなくなっtばかりか、一緒に住んでいる家族でさえバラバラになっているのです。


 日本の家も大きく様変わりしました。わが家のような田舎の古風な家は障子や襖で仕切られていて、いざという時には大広間になるよう設計されていますが、今の家は壁とドアで細かく仕切られ、家族個々のプライバシーが守られるようになっています。部屋に入れば自分の世界だし、襖や障子のような人の息遣いは感じられないのです。ゆえに一つ屋根の下に住んでいても家族といえるかどうか疑問のようにも思えるのです。

 「家族」という言葉は本宮先生が言うように「族」なのかも知れないと納得して話を聞きました。わが家も長男家族が間もなく変える計画で、その準備をしなければなりません。家族が一緒に住むとお互いが気兼ねをしなければならないいやな部分もありますが、それこそ家族にとって大切なことなのだと、親父と長年同居した経験から思うのです。わが家では「多世代家族」を目指していますが、私が受けた長男教育と同じように、私の息子にもこれまでやって来た長男教育が正しい判断だったと納得しました。


  「面白い 話を聞いて 納得す 老いた人から 生き様学ぶ」

  「コツコツと 続けることに 意味がある サプリ飲んでも 元気にゃならぬ」

  「泡洗顔 毎日すると 言うけれど そのわり顔は 普通の老人」

  「この人の 歳まで生きる 仮定して いいという事 俺も始めよう」

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