shin-1さんの日記

○最近は宇和島に何かとご縁が

 愛媛県貯蓄広報委員会が「知って得する金融講座」の一環として商店街で研修会を開き、その講師に招かれて片道2時間の道程を宇和島市まで出掛けました。最近は宇和島に何かとご縁があって、先日は生協の招きで「生活設計講演会」に招かれ、また2ヶ月前には福路町商店街の「地域活性化講演会」とまったくジャンルの違う話を、都合3度もする羽目になりました。あなたの得意はと聞かれたら、どれも得意でどれも不得意と中途半端な自分が少々情けないくらいでしたが、いずれも1時間30分の決められた時間をそれなりに話をして役割を果たしました。今日、偶然にもその3回の講演会全てに参加した人がひとりいて、当の私はまるで首実験のようで赤面してしまいましたが、相手は私のレパートリーの広さに脱帽したと、一応美辞麗句を並べてくれましたが、はてさて信じてよいかどうか心配です。

 最初袋町商店街の中にあるホテルのホールで行った地域活性化は「地域づくり」や「地域活性化」、いわゆるまちづくりというもので、私の20年間の実践や成果を考えると最も自信に満ちた話でしょう。夕日をキーワードに小さな双海町という町に年間55万人の観光客が訪れることや第三セクターの経営成功などを話すと5時間や6時間でも話せるほど話題は尽きないのです。お陰さまで集まった人からは好評を得ましたし、それがご縁で既に商店主とのメールや手紙のやり取り、新しい実践に向けてのアドバイスなど話が進んでいます。

 2回目は小高い丸山公園にある厚生年金休暇センター生協の組合員に呼びかけて生活設計についての講演会でした。この講演会のテーマは貯蓄推進委員という肩書きから金融広報アドバイザーに名前は変わっても30年の長きに渡って実践地区や若者のたちに対して生活設計の重要性を説いてきた私にとってはこれまた十八番の話なのです。金銭の貯蓄、人間関係の貯蓄、健康の貯蓄、知識の貯蓄、感動の貯蓄をベースに話す講演は、綿新人せいそのものなので、このときも沢山の人が集まり大盛況でした。特に追っかけと呼ばれるような人も来てくれ嬉しい再開が実現しました。

 さて3回もの今日は恵美須町商店街の一角に空き店舗を利用して開設されている「えびす町こどもランド」という商店街アーケードの真ん中にあるオープンスペースで行われました。最初は人数こそ少なかったものの次第に人が増え、終わる頃には満席の盛況でした。ここでの話は金銭教育をベースにした子育論です。この話は社会教育13年、教育長2年の教育実績に加え無人島キャンプなどを二十年にわたって行ってきたボランティア活動の経験があるものですから、まあこれも自信のあるなしでしょう。特にわが子を4人も育てた子育て実績や、PTA会長を6年間やるなど青少年活動は枚挙に暇がありません。


 結局自分のこれまでの活動が存分に生かされる結果となりました。これまでもこれからも、この3つのテーマは人間牧場に凝縮されて成長を続けてゆくことでしょう。忙しい目をして忙しい活動をやった意味があると宇和島3回の講演会に招かれて思いました。

  「同じ街 まったく違う テーマにて 講演仕組む 俺はしたたか」

  「同じ人 同じ私の 話聞く まったく違う 話に驚き」

  「同じ街 テーマ違うと 顔ぶれも 違う当然 でもひとり」

  「もう一度 あなたの話し 聞きたいと 二時間道程 車走らせ」


 この方がわざわざ三崎半島旧瀬戸町から来ていただいた緒方二三子さんです。私の誕生日をおぼえていて、毎年花束やサツマイモをプレゼントしていただいています。4人の子持ちの元気で素敵なお母さんです。

 

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shin-1さんの日記

○燃え尽きる孫の一日

 嫁いでいる娘に二子の出産の兆しが見えたのは夏の盛りの頃でした。助産婦をしている娘ゆえの知識過多もあって何かと心配の種が多いのか、つわりが激しいのか周りから見た感じの妊娠症状は少しオーバーに表現すれば病気のような感じでした。助産婦としてそんな患者さんを毎日見ているのだから、それなりの対処法もあるだろうにと親の目から見れば不足気味の状態でした。

松山という近所に住むよしみで、また娘夫婦の子育ての手助けをしてやろうとする親心のよしみで、孫の世話というやっかいな仕事を分担しながら日々の暮しを組み立てている今日この頃です。

 昨日は娘の仕事が遅くなるので、松山の幼稚園へ迎えに行かなければなりません。迎えといっても目と鼻の先の幼稚園ではなく片道25キロですから車が混雑する松山のラッシュの時間帯ですから車で小一時間かかります。昨日は午前中大洲青少年交流の家、午後は伊予厚生年金センターでそれぞれ会議が入っていて忙しい日程を終えて幼稚園に到着したのは午後4時過ぎでした。幼稚園は3時までに殆どの子どもが迎えに来た親や祖父母と共に帰るので、働く親のために居残り保育が行われているのです。孫も居残りの一人で、先生がひとりついているのですが、集団保育というよりは思い思いに目の届く範囲で遊ばせるような雰囲気なのです。

 孫は最初居残りを寂しく感じていたようで、幼稚園に連れて行く度に「今日は居残り?」なんて言葉を私に言って確認し自分で自分を納得させているようでした。また迎えに来るパターンが2つあって、母親が迎えに来る日は松山のわが家、おじいちゃんが迎えに来る日は双海町の実家と決めているようなのです。多分その様子を見ればみんなと同じ3時に母親に迎えに来て欲しいような寂しさが見え見えのようです。

 午後4時過ぎ私が幼稚園に到着すると孫は他の数人とジャングルジムのに登って遊んでいました。先生が「おじいちゃんが迎えに来たよ」と声を掛けると、大きな手を振って嬉しそうに降りてきました。まあその姿を見たとき「凄い」と思いました。朝出る時の姿を知っていますから、顔の汚れ、衣服の汚れは尋常ではないほど泥と汗によって「泥んこ」という表現がピッタリの姿なのです。娘からくもんという家の近所の小さな塾に連れて行くよう頼まれていたので、車を道後のマンションに止めて歩いて孫の手を引き出掛けました。その頃には孫の姿が何となく元気がなくうつろな感じもしましたが、約30分のお任せをして5時に迎えに来るよう言われたので、そこら辺の神社仏閣辺りを散策散歩し、万歩計が約5000歩を見計らって再びくもん塾に迎えに行ったのです。そこへ行って驚いたのは孫の姿でした。くもん塾の玄関でスヤスヤと眠っているのです。塾の先生が気遣って起して学びを促すのですが完全にアウトなのです。私は孫を抱きかかえ車に戻り助手座席に座らせてシートベルトをして車を走らせました。孫は少し正気に戻ったのか、孫のために用意していたおやつのクッキーを食べながら眠気から冷めたのです。

 「燃え尽きる」という表現がピッタリかどうかは分りませんが、幼稚園で泥んこになって遊んだ姿やくもん塾ですやすや眠る孫の姿を見てそう思いました。普通この姿を見たとき遊び疲れた姿やくもん塾で人はばかることもなく眠る姿は格好悪い姿です。でも私の目には孫は孫なりに幼稚園の遊びを目一杯生きてると感じました。「燃え尽きる」姿は素晴らしいとも思いました。

 孫は「何でこんなによく寝るのだろう」と思うほどよく寝ます。「寝る子は育つ」という諺が本当ならば、この孫は正真正銘の諺の落し子なのです。最近夜更かしで眠い子が問題になりますが、孫は確実に9時には寝ます。そして朝も7時まで夜は一度も目を覚ますこともなく眠ります。その睡眠は10時間を越えるのです。

 建国記念の日である11月23日に生まれた孫はあと一週間で4歳の誕生日を迎えます。「僕はお兄ちゃんになる」とか、「僕は4歳になる」とか

「僕」という言葉もすっかり板についてきた成長著しい孫の姿は朝の姿、夕方は燃え尽きたマッチ棒のような汚れた姿、まあこの落差が子どもの本当の姿なのでしょう。子どもは子どもらしくあって欲しいと願っています。

 「じいちゃーん」、向こうの居間で私を呼ぶ目覚めの孫の声が聞こえます。いい朝です。今朝は伊予市の病院へ親父を同乗させて病院まで送り、孫を送った後診療の終わった親父を迎えに立ち寄り、その後は宇和島で子育て講演会に向かいます。今日も忙しい一日になりそうです。

  「孫眠る 塾の玄関 驚いた 燃え尽きぐったり これでいいのだ」

  「寝太郎と あだ名付けたい 孫姿 寝る子育つか これでいいのだ」

  「孫四つ あれから俺も 歳四つ 同じ四つでも 俺はマイナス」

  「孫言葉 時々驚く ことがある どこで習うか 意味さえ分らず」



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