人間牧場

〇テレビ愛媛取材(その2)

 双海町内には面白い人がいっぱいいます。通称デカムラさんもその一人です。デカムラさんは元々双海町の人ではありませんが、小網と高野川の中間付近の国道沿いに、何を売っているのかも余り分からない、謎のお店?を構えています。背が人並外れて高いので、仲間内では本名中村さんというより「デカムラ」さんで通っています。

軽四トラックに積んでやって来た双海人力車
私もチョイ役で出ます
潮風を受け長閑にデカムラさんが引っ張る双海人力車

そのデカムラさんが最近「双海人力車」なるものを作りました。人力車といっても道後温泉や古い町並みでよく見かけるレトロな人力車ではなく、荷車を改造したようなまあ珍しいものです。お披露目の時私もシーサイドで乗せてもらいましたが、とにかく面白い乗り物で、間もなく道の駅のイベントに登場するようです。

 この度私の口利きでテレビ愛媛の取材を受けることになりましたが、快く引き受けてもらいマスコミ初デビューといったところです。取材の日は素敵な案内役の名護谷アナウンサーを乗せて、シーサイド公園内の歩道をにんまりしながら、案内するデカムラさんの姿は、とても素敵でした。さて放送日の来週金曜日には、どんな映像となって登場するのでしょう。楽しみです。

「日本人 とは思えない 大男 世にも珍しい 人力車引く」

「軽四の 荷台に積んで やって来た デカムラさんの 自慢乗り物」

「道の駅 シーサイドふたみ 名物に なるかも知れない 双海人力車」

「世の中にゃ 面白いこと 考える 人ありだから 人は楽しい」

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人間牧場

〇タブレットを使って説明してます

 このところ新年度が始まったこともあって、何人かの人が私の元へ着任のあいさつに見えられます。先日は国立大洲青少年交流の家の次長さんがわが家へ見えられましたが、アポイントの時間をすっかり忘れてしまい、運よく自宅にいた若嫁から、「来客が来ている」と電話してくれたのは、人間牧場へ手伝いに来てくれた弟と農作業の真っ最中でした。幸い帰り道の下灘コミセン前で落ち合い、何とか体面を保ちましたが、大変失礼をしてしまいお恥ずかしい限りでした。

 この時期私の元にやって来る人は、まちづくりに長年関わった私のことや、双海の夕日のことは知っていても、私の具体的な活動や夕日を見る機会は殆どありません。ゆえにあいさつ程度でお茶を濁してしまうのですが、少し離れた人間牧場やシーサイド公園から見える夕日を、手持ちのタブレットで見せるとバーチャルながらリアルな表現ができるのです。私はアナログな人間で、スマホデビューもしていない、デジタルの苦手な人間です。

そのことを嘆いたりしても何の得にもならないので、最近はタブレットを使って少しでも私の意志や町の様子が伝わるように努力しています。そのためできるだけ新しい画像をストックし始めています。同じ夕日でも去年の夕日と、昨日の夕日とでは臨場感がまるで違うのです。タブレットは持ち運び自由だし、ドラえもんのポケットのようにどこでも使えます。やり方によっては面白いことがいっぱいあります。高杉晋作の「おもしろき こともなき世を おもしろく すみなすものは 心なりけり」です。

「新年度 始まりあちら こちらから 着任あいさつ 来られ恐縮」

「物忘れ アポイントまで 記憶飛び 失礼千万 平に謝る」

「タブレット 使ってあれこれ 紹介を いやはや驚き 若松ワールド」

「さあ今日も 何人かわが家 やって来る 何を話そう? 色々思考」

 

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人間牧場

〇春ですね~

朝晩の寒さもすっかり和らいで、昨日の日中は20度近くまで気温が上がりました。初冬に植えたエンドウが白い花を咲かせています。早いものは実を結びそろそろ食べごろを迎えます。

エンドウの白い花

畑に通じる地面には黄色いタンポポの花があちこちに咲いています。野に咲くほとんどの花は愛でられることも殆どなく、人間に踏まれたり草刈り機の餌食になってあえない生涯を閉じます。

タンポポの黄色い花

 かろうじて生き残ったタンポポは、白くて丸い綿帽子のような実を結び、風の力を得て四方八方へ飛び散り、新しい命を地面に落としますが、タンポポの綿帽子も自然界が作りだした見事な芸術品で、思わず足を止め見とれてしまいます。

タンポポの綿帽子

「春が来た 野にも道にも 花が咲き 見ている私 まるで浮き浮き」

「菜園の 野菜の花も 綺麗です 間もなく収穫 春味楽しむ」

「タンポポの 花の後には 綿帽子 自然は偉い ホスピタリティ」 

「ゆとりかな? 花に心を 動かして 綺麗と思う 春のひととき」

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人間牧場

〇ビニールハウスでのトマト栽培

 家の横に1反ほどの家庭菜園を持っていて、この時期になると畑仕事がにわかに忙しくなってきました。草を取ったり耕したりして夏野菜を植える準備をしなければなりません。既にジャガイモや里芋は植え終わっていますが、氏神様天一稲荷神社の春祭りが近づくと、あそこにトマト、ここにピーマンやオクラをなどと、頭の中で空想しながら作付けを考えるのも楽しみの一つです。

今年は連作を嫌がるスイカとトマトの植える場所を入れ替えようと思っています。既に草を取った跡地に、土壌改良のため消石灰や牛糞を万遍なく振り撒き、耕運機で中耕を終えているので、天気の良くなった今日にでも畝を立てて、苗物を取りに行く22日か23日までに準備をしようと思っています。一昨日友人の浜田さんから、植え付け作業の手伝いをしてあげると、有難い申し出の電話が入りました。

ハウス内のトマトに支柱を立てました

 そういえば昨年は植え付け最中に浜田さんがやって来て、ナスやトマトの植え付けを手伝ってくれたお陰で大助かりだったので、有難い申し出を喜び心待ちにしています。昨日は菜園の隅に3年前に建てた、小さいビニールハウスの中に植えているトマトの背丈が伸び始めたので、支柱を立てる作業をしました。午前中は亀田哲男さんの葬儀に参列したので、午後からの作業となりましたが夕方には終わり、今のところハウス内のトマトは順調に育っているようで楽しみです。

「春植えの 準備着々 黙々と 草と競争 始まりました」

「夏野菜 あそこにトマト ここスイカ ピーマンどこに? 空想楽し」

「ハウス内 植えたトマトも 順調に 昨日は支柱 立てる作業を」

「農作業 暇を見つけて やっている お陰様にて 睡眠・食欲」

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人間牧場

〇晴光院の牡丹茶会に招かれました

 お隣松前町神崎にある晴光院というお寺から牡丹茶会の案内が届き、今年も昨年に引き続き妻と二人で出かけました。天気予報では「雨」マークでしたが、何故か予報が外れ午前中は風もなく穏やかな天気に恵まれ、境内には岡本松前町長さん始め、沢山の人が集まって牡丹の花と野立てを楽しんでいました。

見事に咲いた境内の牡丹の花
若奥さんのお点前
柳原極堂の掛け軸
柿右衛門の花器
本堂に展示された籐人形
牡丹の花を愛でる妻も賑わい

早速本堂に入ってお参りした後、離れの茶室へ案内され、恐縮ながら赤毛氈の主席までいただき、お内儀のごあいさつや柳原極堂の茶掛け、柿右衛門の名器花瓶に生けた茶花を愛でながら、お茶請けの菓子をいただき、一服のお茶を飲み干しました。お茶の心得など殆どない不作法な私ですが、同伴の妻は母校八幡浜高校時代茶道部長をしていたこともあり、いつも大助かりです。

狭い境内ですが、植えられ咲いている色とりどりの牡丹はそれぞれ趣があって、綺麗な花々をタブレット内蔵のカメラで写真に収めました。本堂内では籐人形の展示やバイオリンコンサートも行われていて、合併前は双海町も同じ伊予郡だったため、顔見知りの知人友人も多く、お互い一年ぶりに旧交を温めながら散策しました。

 晴光院さんに招かれ、何年か前本堂で檀家の人たちに講演をしたことがあります。昨日はその時のお話の内容を覚えていた人がいました。話した私さえどんな話をしたかも覚えていないのに、物覚えの良い人がいるものです。お寺の住職さんもつい最近息子さんに代替わりされたそうで、お茶のお点前は若奥さんでした。

「隣町 牡丹茶会の 案内を いただき昨日 妻と二人で」

「雨予報 外れた境内 大勢の 人が牡丹の 花を楽しむ」

「無作法な 私だけれど 赤毛氈 主席いただき 見よう見真似で」

「何年か 真似に話した お話を 覚えている人 恐縮千万」

 

 

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人間牧場

◯大洲市八多喜祇園公園の牡丹桜(その2)

昨日は肱川ダム近くの円山公園へシャクナゲの花を見に出かけましたが、その帰り道、大洲市八多喜駅付近まで帰ると、祇園公園の入り口に桜まつりの幟が何本も立っていて、誘われるように近くの駐車場に車を止め、公園内の急な坂道を、ボンボリに誘われて登りました。

道の両側には、ボタン桜の花が満開に咲いていて、足を止めて見下ろしたり見上げたりしながら進みました。普通の年だとソメイヨシノが散ってから牡丹桜が咲くのですが、今年はまだ随所にソメイヨシノの花が残り、さしずめ桜の花の共演といったところで、思いがけなくいい桜の花を堪能することができました。

普通の年だとこの時期まで桜の花はは残っていませんが、お陰様でいい思いをすることができました。それにしてもこの牡丹桜、誰がどんな思いをして植え育て、そして今もなお管理をしているのでしょう。桜に想いを寄せてこの30年間、あちらこちらに桜の木を植えてきた私としては気になるところです。

「シャクナゲの 花を愛でての 帰り道 祭り幟に つられ立寄る」

「ボンボリの 明かりがついた 坂道を 見上げ見下ろし 立ち止まったりして」

「あちこちに 桜の名所は 多けれど 祇園の桜 十指に入る」

「この桜 誰が植えたか 知らねども よくぞここまで 守り育てる」

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人間牧場

〇名残の桜

 時の流れは早いもので、私が代表を務める21世紀えひめニューフロンティアグループが、県内各地に100本ずつ桜を植える、「千本桜の森づくり事業」を思いつき、それぞれの地域の人と苗木を植樹してから6~7年が経ちました。その折人間牧場へ枝垂桜2本と河津桜1本、わが家の裏に枝垂桜1本を標本木として植えましたが、同じ年に植えて同じように世話をしたはずなのに、土地柄が違うのか、育ち具合も咲き具合もまるで違うのです。

青空に映える名残の枝垂桜
枝垂桜は薄ピンクの小花が美しい

河津桜は早咲の桜なので枝垂桜とは比べようもありませんが、既に成木の風格で今年も殺風景な寒風の中、見事な花を咲かせて来訪者の目を楽しませてくれました。倉庫の横に植えた枝垂桜も「5~6年でこんなに大きくなるのか?」と思うほど枝葉を伸ばして大きく育ち、今年も見事な花を咲かせてくれました。この枝垂桜は既に花を散らしていますが、水平線の家の横に植えた枝垂桜は育ちは今一ながら今が盛りで、名残の桜とでも言うべくき薄ピンクの可憐な花は今が満開です。

 家の裏に植えている枝垂桜は、2階住まいしている孫たちの部屋と高さが同じ場所に植えているため部屋から一望でき、また息子たちのダイニングや孫のために作った庭の隅のミニハウスからも見上げることができるので、育ちは今一の清楚な桜の花を朝夕家族みんなが楽しんでいます。私の記念樹とでも言うべきこれら4本の桜は、まだ成長途上の若木なので、これからも大事に育てて行きたいと思っていますが、標本木の育ち具合から想像すると、県内各地に植えた千本の桜は花見に耐える大きさに成長しているものと思われます。そろそろ来年の春にはフロンティアグループの仲間を誘い、花見行脚にでも出かけたいと思っています。

「標本の つもりで植えた 4本の 桜それぞれ 育ちも咲きも」

「早咲きに 続いて遅咲き 桜咲く 名残の桜 一人楽しむ」

「標本の 桜見ながら 同じ時期 植えた千本 今ははてさて」

「あと何年 自分が植えた 桜花 見れるだろうか 心もとなく」

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人間牧場

〇紙芝居の道具

 私たちが子どもの頃は、戦後間もないテレビなどない時代でしたから、楽しみといえば街中の映画館へ学校が許可した映画をたまに親に連れられて見に出かけたり、時折自転車で鐘を鳴らしながらやって来る、紙芝居くらいなものでした。とりわけ紙芝居は楽しみの一つで、ギョーセン飴を割りばし棒に巻いてもらい、舐めながら巧みな紙芝居のおじさんの話芸と紙芝居のストーリに見入っていました。

 

届いた立派な紙芝居の箱
このように開きます

 最近はリバイバルブームで紙芝居が復活し、創作紙芝居を作ったりグランプリを競う催しもあって、一種の憧れのような気持ちから、紙芝居道具を揃えようと思い立ちました。折しもシーサイドで毎週末ドーナツを製造販売している小西さんの仲介で、ドーナツを入れる小型持ち運びケースを作ったという人に頼んでもらい、先日出来上がったと小西さんが届けてくれました。3千円とは思えない白木造の立派な出来栄えで、大満足でした。

私は各地に招かれて講演活動等をしていますが、最近の他の講師はパソコンでスライドを映写する人が多いようです。メカに疎いだけでなく講演にスライドを使うと、身に入りにくい違和感を覚えているので、私は殆ど使いませんが、紙芝居を使ったらどうかと、淡い夢を広げています。できれば昨日クレモナロープを巻いて造りつつある背負子に、紙芝居の道具を括り付けてやるのも面白いと思っています。

とりあえず、自慢の夕日の写真を何枚かラミネート加工して、試作して見ようと思っています。こんな新しい露出方法を考えるだけでも心がワクワクしてきます。「そうだ絵も書いてみよう」なんて馬鹿げたことを思い始めると、昨日までの雨も上がり、高い空に朝日が昇るのが見えました。今日もいいことがありそうな予感です。

「紙芝居 子どもの頃の 思い出だ やってみたいと 友人通じ」

「紙芝居 立派な箱が 出来上がり よっしゃあ一丁 やってみようと」

「パソコンで スライドショーを する人が 増えて私は 時代遅れに」

「紙芝居 箱は出来たが まだ中身 これから作る 楽しみ増えて」

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人間牧場

〇移動式かまど運び

 先日、隣のおじさんが高齢になったため、傷んできたブロック造倉庫を取り壊すため、息子さんに頼まれて中の道具類を片付ける作業を手伝いました。幸いわが家には軽四トラックがあるので、材木類など燃える物はトラックに積み込み高野川の清掃センターまで3回往復し粗方片付きましたが、最後に「嘘頼むから貰って欲しい」と頼まれた移動式かまどを運び出す作業が残り、トラックを横付けしてあゆみ板を掛け、二人で何とか荷台に積み込みました。

大阪城の巨大な石垣
石の運搬想像図
ピラミッドの石移動想像図
1人で運んだ移動式かまど

 わが家は庭が広いのでかまどの行き先を引き受け、とりあえず腰を痛めないよう注意をして、夜露をしのいで濡れない外の洗濯置き場へ仮置きしましたが、その場所は洗濯干し場だし孫2人と息子の自転車置き場でもあるので、早く片付けるよう妻から再三再四注意されていました。さてどうしたものかと思案した挙句、採寸したところ煙会所横の壺類を置いている場所にぴったりなので、移動することにしましたが、はてさて息子は仕事で当てにできないし、思案は続きました。

 ふと大阪城で見た巨大な城石やエジプトのピラミッドに積み上げた石を思い出し、自分ひとりで約10m離れた場所まで移動することを思いつきました。早速あゆみ板を2枚とコロ棒3本を用意し、早速取り掛かりました。妻がいると「腰を痛めるから」と反対されるので、いない間に思いつきました。板の上にコロを敷き一寸刻みのようなノロノロで、かまどを傷めないよう、更にはケガをしないよう細心の注意を払い、1時間ほどをかけ移動しましたが、まあ冷や汗ものでした。

 お陰様で予定した場所へ収めることができましたが、明くる日かまどが移動しているのを見て、妻も息子も「誰に手伝ってもらったの?」「わし一人がやった!!」「嘘~、本当?」てな調子で、ちょっとした家庭内の大きな話題となりました。してやったりの心境です。物理的に自分の体重ほどもあるかまどを移動することは無理ですが、知恵を出せば何とかなるものです。大阪城の石垣の石も、ピラミッドの石も、重機などなかった時代に、人の手によって移動していることを思えば、かまどくらいの移動は朝飯前といったところでした。

「お隣の 倉庫に眠る 移動式 かまど運んで 不評を囲う」

「10m 私の体重 ほどもある 移動式かまど 動かす算段」              

「あゆみ板 コロ敷き一寸 刻みつつ たった一人で かまどを移動」

「嘘・本当? 家族みんなが 驚嘆す 鼻高々の 涼しい顔で」

 

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人間牧場

〇早くも10周年

 「光陰矢の如し」とはよく言ったもので、下灘中学校と上灘中学校が統合して双海中学校が誕生してから、早くも10年の歳月が流れました。「賛成!!反対!!」と統合には様々な意見が交錯し紆余曲折がありましたが、児童生徒の減少で止む無く統合しました。遠隔地の子どもはスクールバスを利用するなどして、新しい学校の校史を10年間積み重ねてきました。

昨日はこのような人が来遺として参列していました

昨日はその10回目の入学式があり、学校評議員をしていることもあって、招かれ参列しました。先日まで子ども体験塾に参加していた無邪気な懐かしい顔々が、昨日は真新しい制服に身を包み、すっかり見違えてしまうほど立派に見えました。嬉しい成長です。

昨日双海中学校に入学したのは男子11名、女子10名の合計21名でした。何年か前この中学校で教頭だった正岡先生が校長として赴任し、また新しい活動が始まりました。例年だと散っているはずの校庭の桜も満開で、生徒の前途を祝福しているようでした。平成に入学し令和で卒業するであろう区切りの10周年、今年は楽しい思い出に残ることが色々ありそうです。

「矢の如く 10年間が 過ぎて行く 平成・令和 元号だけでも」

「廃校に なった学校 そのままに 跡地利用も まだ未解決」

「元教頭 今度は校長 里帰り 10周年の 舵取り願う」

「顔見知り 昨日とまるで 別人の ように凛々しく 成長喜ぶ

 

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