人間牧場

〇明けの明星

 毎朝午前4時に目が覚めてブログを書き、5時に家を出て暗い夜明け前の道を、LEDの懐中電灯を持って小走りにゆっくりと走ったり歩いたりしています。今朝は放射冷却現象の影響で外気温が10度を下回っていたようで、手袋をしていても少し寒さを感じました。毎朝1時間ほどで約7千歩を稼ぐので、目標の1万歩は毎日のように難なく軽くクリアーしています。

月とランデブーする金星
明けの明星

 時折LEDの懐中電気を消して暗闇を歩くと、満天に美しい星を見ることができます。この時期は南東の空に、それはよく光る明けの明星といわれる金星を見ることができます。地球は太陽系、銀河系に属していて、約2000億個の星の中の一つです。地球から見える星は約8600個、北半球にある日本から見える星はその半分の4300個ほどだと覚えています。

私が今朝見たとても明るい星は金星で、明けの明星とも言われています。金星は太陽のように自分で光る恒星ではなく、月と同じように太陽の光で反射して金色に輝く星で、太陽と月を除いて最も明るく見えることから一番星とも呼ばれています。

 金星は太陽系の中でも地球より内側を好転する内惑星で、太陽の周りを225日で一周します。明け方東の空(明けの明星)か夕方西の空(宵の明星)に見えますが、それぞれが同じ日に現れることはありません。夜空に輝く星を見ているとを、人間のちっぽけさがよく分かります。好きだとか嫌いだとか、損だとか得だとか、長いとか短いとか、重いとか軽いとか考える人間の尺度が、余り意味のないことのようにも思えます。「星は何でも知っている」のかも・・・。早起きして星を見て何かすっきりしたような気持ちになりました。

「南西の 空に輝く 星を見る 明けの明星 これが金星」

「西の空 夕暮れ時に 見る星も 同じ金星 宵の明星」

「星見ると 人間社会 余りにも ちっぽけ過ぎて 生き方疑う」

「若い頃 星は何でも 知っている 歌った歌を 思い出しつつ」 

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人間牧場

〇眼鏡を必要としない幸せ

 私は失礼ながら、「国民的喜劇俳優だったフーテンの寅さんにも劣るほど顔は悪いが目は良い」と、ふざけた話で周囲を煙に巻いていますが、一昨日次男若嫁の実家に所用で出かけました。次男若嫁は勿論お父さんもお母さんも一家揃ってみんな眼鏡をかけていました。

眼鏡絵の必要でない目を褒められました

わが家は誰一人眼鏡をかけている者がいないので、少し奇異に感じていると若嫁のお父さんが私に、「お父さん(私のこと)は眼鏡が必要ないようで幸せですね」と言われました。私も「はい、74歳になりますがまだ裸眼で新聞を読んでいます」と答えると、「何とも羨ましいですね」と言われました。

私は「若い頃勉強をしなかったので目を悪くしませんでした。こちらのお宅はみんな勉強のし過ぎだったのかも」と、みんなで大笑いをしましたが、眼鏡をかけない私には眼鏡をかける煩わしさは分かるはずもありませんが、私たちの年代になると視力が衰え、殆どの人が老眼の世話になっているようです。

私は高校生の頃一時期仮性近視になりました。宇和島水産高校の漁業科受験は海技免許を受ける条件が視力1.0だったこともあって、やばいと思い視力検査表のマークや文字を全て丸暗記し、受験当日の視力検査は視力1.5で見事合格しました。医師の勧めで遠くを見るようにしたこともあって、その後視力は回復しました。

この歳になっても裸眼で新聞の小さな文字が読める幸せは、既に老眼の世話になっている妻の日常を見ればありありです。目は遺伝だとも言われていることが正しいのか、80歳で亡くなった母親も死ぬまで眼鏡をかけず新聞や雑誌を読んでいました。顔よりいい目をした男に産んでくれた母親に感謝しています。

「寅さんに 負けぬ顔立ち でも目だけ 良いと自慢し 今日も裸眼で」

「母親の 遺伝でしょうか 眼鏡買う 金も使わず 多分一生」

「眼鏡どこ? 探す男の 頭上 すっかり忘れ 右往左往し」

「目にいいと ブルーベリーを 食べる妻 アントシアニン 効く気配なし」

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〇久しぶりに出会った友人との呆れた会話

 昨日、久し振りに昔役場で一緒に働いたことのある同年代の友人に出会いました。働いたことがると言っても小さい役場だったので、同じ仕事はしたことがありませんが、かつては折に触れ酒を呑みながら悩みを語り、時には自分や町の将来について熱く語りましたが、その友人は現職時代もそうでしたが、役場を退職後もまちづくりやボランティア活動に積極的に参加している私と違って、まったく社会活動や地域のコミュニティ活動への誘いにも乗らず、漏れ聞けば隣近所の付き合いもせず、「付き合いの悪い人間」としてのレッテルを張られているようです。

「元役場に勤めていたのだから少しぐらいは」と思うのは当然で、そのことをやんわり告げても馬耳東風で誘いにも乗らないばかりか、「何の発展も望めず退化して行くだけのこんな町は嫌だ」と、さも発展や退化は行政や人のせいだと強い口調で私に八つ当たりしました。私は「元役場職員」というレッテルやラベルをむしろ当然のことだと受け止めて生きています。彼は「あんたは一円の得にもならないことをよくやるよ。馬鹿じゃあないの」と悪口雑言の限りを尽くし、私の話に耳を貸そうとはしませんでしたでした。いやあ参った参ったでした。

 はてさて、公務員の資質とは、また退職公務員のあるべき姿とはいかなるものか、よく世間の話題に上りますが、給料をもらっているから仕方なくやる人、辞めれば何の関係もないと思っている人の何と多いことでしょう。もしその人たちが「恩返し」の心を持って地域に貢献するならば、社会はもっと明るくなるはずだと、浅学な私さえ思うのですから、社会の人はもっともっと思っているに違いありません。

 高齢化社会の到来で、60歳定年の延長が始まり、現職時代も退職後も地域に何の貢献をする気のない人が、定年延長や再雇用される現状は公務員の常識が、社会の非常識に思えて仕方がありません。友人は私との別れ際、「パソコンは金もかかるし面倒くさいし、なくっても別に困らないのでやってない」と、情報源さえもシャットダウンしていることを話しました。当然私が毎朝書いている2本のブログ記事など目に触れてないようで、「ブログを書いている」と言ったら、「ブログって何?」でした。いやあ参った参ったでした。

「久しぶり かつての同僚 バッタリと 出会ったものの ときめきもせず」

「付き合いや パソコン情報 なくっても ほらこの通り 胸張り見せる」

「あんた馬鹿 金にもならない ことをして 言われてみれば その通りです」

「60歳 定年延長 するようだ 非常識人 増える恐れも」

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〇2冊の古本

 昨日公民館祭りには沢山のテント出店が並び、穏やかな秋の天気に助けられて大勢の人で賑わっていました。本来なら家族でゆっくり見学や買い物をしたり、バザーで昼食を楽しむはずでしたが、妻が所用で出かけるため、その予定がすっかり崩れてしまいました。

息子が買って来た1冊10円の古本

夕方自宅に帰ると、私の書斎の机の上にサイズが小さめの、2冊の本が置かれていました。聞けば公民館祭りに出かけた息子が古本コーナーで、何と何と1冊10円で2冊買って帰ったそうです。私が二宮金次郎に殊の外興味を持っていることを知っている息子からの、思いがけないプレゼントでした。

 全日本家庭教育研究会が出している「こころの文庫」のようで、僅か31ページのその本は、誰かが読んで勉強した形跡ありありで、古本らしくページをめくるとかなりの部分に赤や黒の棒線が引かれていました。その棒線をなぞりながら、もう一冊の三国志物語という本も一気に読みましたが、子どもたちに読ませるに十分な本でした。

最近の世間は活字離れが進んで、特に大人は余り活字本を読まないようです。昨日息子が1冊10円、2冊20円で買った本は、僅か20円の価値しかありませんが、私にとって使い方によっては、1000円の本にも値するような値打ちでした。少しの間愛読書の端に加えたいと思っています。

今朝この本が家族の間で話題になって、近頃絵を画くことに凝っている孫に、二宮金次郎の銅像の絵を画いてもらうよう頼みました。学校の校庭にも二宮金次郎の銅像はあるので、今日は見て帰ると言ってくれました。どんどん発展してまたまた面白いネタができそうです。

「公民館 祭りの出店で 古本を 20円出し 2冊お土産」

「古本の ページあちこち 棒線が ミステリーです 誰かの軌跡」

「この本が たった10円 信じれぬ 私にとって とても役立つ」

「デジタルが 万能世の中 なりにけり 昭和生まれは 時代遅れか」

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〇私の朝食はリンキャベ

 朝晩冷え込んで、寒さを感じるようになりました。私の住んでいる双海町は海沿いに面しているので、真冬でも氷点下になることは殆どありませんが、春から夏の南風、秋の東風、冬の北西の風と、それぞれ季節風の強い地域で、体感温度はとても寒く感じます。昨日も東寄りの風がかなり強く吹き、「寒くなったなあ!!、もうすぐ冬が来る、寒いのは苦手だなあ」と思いました。

私の大好物リンキャベ
コーヒーを飲まない私は紅茶です

 この1週間ほどで、目の前に見えるわが家の借景本尊山も、ハゼやクヌギといった雑木の紅葉が一気に進み始めました。この時期になると美味しいリンゴが出回り、私の朝食のメニューにリンゴとキャベツが加わります。私はリンゴ+キャベツのことをリンキャベと名付けていますが、お陰様で腸内環境も良く、健康に過ごしています。リンゴもキャベツも私の大好物です。

 今朝久しぶりにウォーキングから帰って、畑の隅の小さなハウスを見回りましたが、いつの間にか植えているケールも、随分大きくなっていました。この分だと先日故障して新しく買ったミキサーを使って、スムージーが作れるようです。早速そのことを妻に話すと、新しい箱に入ったまだ使っていないミキサーを取り出して、お湯で丁寧に洗って流し台の上に置き、準備をしてくれました。多分明日の朝からは、リンゴと牛乳とケールを使った美味しくて健康に良いスムージーが楽しめそうです。

「夏は冬 冬は夏いい 身勝手な 考え過ごす いい気なものだ」

「健康に 良いと思って リンキャベを 毎朝食べて すこぶる快調」

「畑隅 小さなハウス 順調に ケールが育ち 明日からスムージー」

「故障した ミキサー買い替え 新しく なったというに 未だ使わず」

 

 

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〇ああ上野駅

 昨日の夕方、シーサイド公園へ立ち寄りました。昨日は天気予報の雨や曇りが少し遅れて、うっとうしい一日でしたが、夕日夕焼けはとても素晴らしく、場所を変えながら夕日散策となりました。夕日が見えるかどうか分からないこんな日は、見学者もまばらだったので、童謡の小路の歌碑を巡りながら、ポケットに忍ばせたハーモニカを取り出して、憶目もなく吹きました。

別れ・・・
涙・・・
ハーモニカ・・・
昨日の夕日

そこを通りかかった私と同じような年配の夫婦が、私のハーモニカを聞くでもなく聞いていたのか、拍手をしてくれました。私「拍手をしてくれてありがとうございます。どこから来たの?」「松山から来ました」と会話を交わし、2~3曲得意な曲を吹いて欲しいとリクエストがありました。「まあいいか」と思いつくままに「赤とんぼ」「月の砂漠」「ああ上野駅」を吹きました。

 時あたかも暮れなずむ夕日夕焼けをバックに吹く、ハーモニカの音色が心に染みたのかご夫婦は大きな拍手をし、お礼だと持っていたビニール袋から、売店で買ったばかりのお菓子を取り出して私にいただきました。聞けばご夫婦ともども中学校を卒業すると、集団就職列車に乗って大阪へ就職をしたそうで、井沢八郎の「ああ上野駅」という歌には殊の外思い出があるそうでした。

 思わぬハプニングに私も、勿論その夫婦もすっかり驚きながら、会話は大いに弾みました。間もなく終わる予定の平成という時代も早30年が矢のように過ぎ、昭和は遠くなりにけりで、「ああ上野駅」という歌を知っている人も段々少なくなりつつありますが、私は集団就職列車には乗っていないものの、集団就職列車に乗って都会を目指した同級生を下灘駅まで見送り、涙を流して別れた経験があるだけに、「ああ上野駅」は私にとっても忘れることの出来な一曲なのです。

「夕日見つ ポケット入れた ハーモニカ 取り出しそっと 吹いてひと時」

「ハーモニカ 聞いた近くの ご夫婦が 拍手してくれ リクエストまで」

「懐かしい ああ上野駅 吹きました 聞けば二人も 集団就職」

「平成も 間もなく終わる 昭和など 遠い昔の 出来事のよう」

 

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〇鳥との共存

 わが家の庭には、実のなる木が幾つか植えられています。クロガネモチ、南天、マンリョウ、センリョウ、ヒャクリョウなどの観賞用に加え、ブルーベリーやスモモ、かんきつ類などの食用を加えると、かなりの数に上ります。観賞用は庭に植えると縁起が良いとされるものは殆ど植えていて、クロガネモチなどは「クロ」を取ると「カネモチ」とも読めるのに、一向に金持ちにはならず、相変わらずの貧乏暮らしです。

真っ赤な実をつけた庭の南天

 庭には白・赤・細葉など何種類かの南天の木があります。植えたものの他、植えた記憶がないのに、鳥が啄み糞と一緒に落としたものが芽吹いて、「よくぞここまで」と思われる石垣の間に成長したど根性南天も、この時期真っ赤な実をつけています。見ごろはもう少し先だと思うのですが、里山に餌がなくなり始めると、沢山の小鳥が飛んで来て、一日で食べ尽くして跡形もなくなくなってしまうのです。

折角色づいた南天の真っ赤な実を野鳥に食べられないよう、防鳥ネットを張ることも考えなくはありませんが、鳥が運んでくれた種のお陰で、こうして南天の真っ赤な実を一時期にせよ鑑賞できるのですから、それはそれで良しとして鳥たちにプレゼントすべきだと、殊勝なことを考えていますが、今朝外に出て南天の木をよ~く見ると、早くも啄んだ後か確認できました。昼間は私以外在宅気配もないので、わが家の庭は野鳥の天国となります。それもまた良しで、鳥の泥棒許します。

「わが家庭 クロガネモチを 植えてるが 金持ちならず 貧乏甘んじ」

「植えたこと 記憶ないけど 石垣に 南天生えて 大きくなりぬ」

「南天に 真っ赤な実がなり 秋色に 染まり風情を 今朝も楽しむ」

「何日か すると南天 鳥たちの 餌食になって 跡形もなく」

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〇来年も引き続いてと言われても「う~ん」

 一方では「まだまだ若い!!」と思う反面、日々の暮らしの中で迫りくる老いを、少しづつ感じ始めている私ですが、元町長さんの勧めもあって、今年の9月から聖カタリナ大学の非常勤講師をすることになりました。35年間役場に勤めて行政の現場で一生懸命働いたものの、私の与えられた講義名は「行政学」ゆえ、ましてや2時間15コマを15コマ30時間話すことなど、到底できる訳がないと、何度もお断りをしましたが聞き入れてもらえず、その強引さに負けて渋々引き受けることとなりました。

 講義の組み立てやシラバス提出、講義レジメの準備など、幾つもの立ちはだかる壁を感じながら、9月から始まる後期授業に向けて忙しい日々を過ごし、やっと9月26日の初回の講義を緊張の面持ちで終えたものの、聖カタリナ大学のキャンバスは松山市北条で自宅から遠く、毎週水曜日の13時からの講義のため、片道1時間30分往復3時間の長い通学時間を想定に入れ、何とか忙しいスケジュールをこなしています。

 特に10月は曜日の関係で3日・10日・17日・24日・31日と一月に5回も講義日があり、青色吐息と言ったところでしたが、昨日半分折り返しに近い7回目の講義をやっと終え、少し先が見えて来たようです。ところが昨日の講義前に講師控室へ教務課長さんが見えられ、来年度も引き続いて講義をして欲しいと、手続き資料を渡され説明しながら懇願されました。今年度の授業もまだ半分も終わっていない段階なので、話を「保留」にして帰りましたが、「う~ん」です。

 自信の持てないことは不安なものです。一方で今回のようにチャレンジすれば道は何とか開けそうな気もしますが、浅学菲才ゆえ余り無理な背伸びをすると、大やけどをするかも知れません。はてさてどうしたものか、昨晩夕食をしながら妻にそのことを話しましたが、この数ヶ月書斎にこもって講義のための勉強をしたり、レジメを作ったり、また毎週水曜日の講義日に緊張の面持ちで出かける私を傍で見ているので、「余り無理をしない方がいい」となだめてくれました。やはり正直なところ「う~ん」です。

「背伸びして 浅学菲才 感じつも 非常勤講師 断り切れずに」

「水曜日 往復遠い 3時間 大学通い 講義してるが」

「半分が やっと終わった 思ったに 来年続いて 青天霹靂」

「保留して 自宅に帰り 妻相談 無理をするなと 言われて『ウ~ン』」

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〇地元保育園でのボランティア

 半年ほど前、地元下灘保育所の成本園長先生から、「11月頃園児のおじいちゃんやおばあちゃんと遊びを通したふれあい集会をやりたいので指導をしたり相談に乗ってくれない」と相談を受けました。園長先生のお父さんは私が小学校4年生の時の担任だったこともあるし、前任地上灘保育所の園長だった時には孫が通っていたよしみもあって、園児の餅つき大会も手臼のボランティアをやった経験で懇意にしていることから、一も二もなく「いいよ」と引き受けていました。

焚火をして焼き芋を作りました
焼き芋は上手に焼けてホクホクでした
美味しい連発でした
カッポ下駄作り
ドングリ駒作り
楽しい野外昼食会

 「そろそろ近づいて来たので相談したい」と、先月園長さんから私信ハガキが届きました。「まだまだ先のことだと思っていたのに、もうそんな季節か!!」と驚き、早速子ども体験塾の準備をするため人間牧場へ出かけた折、下灘保育所を訪問してあれやこれやと二人で考えました。大まかなメニューは竹のカッポ下駄作り、ドングリ駒作り、落ち葉で焼き芋をすることになり、役割分担をしました。

 保育所の先生は全員女性なので、竹を竹藪から切り出し加工する準備、とドングリ拾いは行き掛かり上私の役目となりました。私は早速近所の竹林に出かけ、頃合な竹を3本切り出し、竹節の具合を見ながら、鋸で10㎝程の長さに切り、竹を1対ずつ25人分作り、同じような高さと大きさを選んで「1・1、2・2,3・3」とマジックインキで番号を打ち、キャリーに行儀よく並べ入れ、1週間前に保育所へ運びました。また近くの大きなクヌギの木の下へ出かけてドングリを拾い集め準備完了です。

 昨日は9時過ぎに参観が開会し、10時から狭い運動場に園児もおじいちゃんやおばあちゃんも出て、焼き芋準備、カッポ下駄作り、ドングリ駒作りに挑戦しました。家から持って行った延長コードに電動ドリルを差し込み、竹に穴を開けビニールひもを通すだけの簡単作業でしたが、結構楽しくワイワイガヤガヤやっていました。年長さんは早くも出来上がったばかりにカッポ下駄に乗って、園内を楽しそうに歩き回って遊んでいました。運動場の隅に穴を掘り、子どもが集めたという小枝や落ち葉に火をつけておき火を作り、水で濡らした新聞紙やアルミホイルで包み火の中へ入れて焼いたサツマイモも上手に焼けていました。

 その後運動場で昼食パーティをしましたが、世代を超えた爽やかな交流ができました。私もボランティアとして参加して、準備やあれやこれやの運営に関わり、とても楽しいひと時を過ごさせてもらいました。私にできるささやかなボランティア活動でした。園児数は僅か25人の小さな保育所ですが、子どもたちの声に癒されました。最後に園児代表二人が先導し「進ちゃん、今日は色々なことをしてくれてありがとう」と大きな声でお礼を言ってくれました。

「じいちゃんや ばあちゃん集まる 保育所で 得意の分野 ボランティアする」

「竹やぶで 切った青竹 カッポ下駄 ドングリゴマも 子ども大好き」

「運動場 集めた落ち葉 小枝燃し お芋を焼いて 破顔一笑」

「人数が 年々減少 保育園 それでもみんな 元気の育つ」

 

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〇里山復活活動を始める

 私の住んでる双海町はご多分に漏れず過疎や高齢化、少子化の進む田舎です。車に乗れるので別に不便ではありませんが、山里には空き家や耕作放棄地が目立ち、この時期はそのことが一目で分かるように、公害草と呼んでいるセイタカアワダチソウの黄色い花や、カズラに覆われた所が多くなっています。

3年前に貰ったクヌギの苗木
植えたクヌギ苗は順調に育っています
もう4~5年もすれば落ち葉ストッカーもクヌギ林の中になるかも・・・

 何とかしたいと思うものの、思うに任せるほど田舎のマンパワー残量も少なく、荒れの進む里山をため息を吐きながら見つめていますが、それでも何とかしたいという思いが頭を持ち上げ、2~3年前から小さな自分でできる里山復活実験を、息子と2人で始めてます。きっかけは人間牧場に手造りした落ち葉ストッカーを使ったカブト虫養殖でした。

昨年と今年、息子はストッカーで養殖したカブト虫を100匹以上採取し、夏休みで帰省した子どもたちに、松山空港ロビーで無償配布し喜ばれました。3年前近所に住む友人の大野さんがドングリの実から育てたクヌギの木の苗木を、10本いただきました。それを落ち葉ストッカー横の斜面に植樹したところ、2~3本は草刈り機の餌食になったものの、適地だったのか残りは順調に育ち、早くも背丈ほどに成長しています。

 今年は松山にある護国神社の裏山や、近所のクヌギの木の下で拾い集めたドングリを、プランターに種として蒔いています。発芽が楽しみですが、来年からは本格的にクヌギの苗をドングリから育て、わが家所有の山を開墾して植えようと思っています。クヌギの木は成長が早く、15年で成木になるそうです。私の年齢から考えるとこの木が成木になって天を覆い、伐採できる90歳の年齢まで生きているかどうかそれは疑問ですが、多分一緒に植える息子が引き継いでくれるものと思っています。気の長~いクヌギの木のお話です。

「里山を 復活しようと ドングリを 拾い集めて 種として蒔く」

「3年前 貰って植えた クヌギ苗 その後順調 育って背丈」

「里山が 荒れた姿は もの寂し 何とかしたいが 何とも出来ぬ」

「苗植える? いつまで生きる つもりなん? 植えれば育つ 夢を託して」

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