shin-1さんの日記

○朝フル合唱隊の練習に参加しました

 「朝フル合唱隊」なんて聞きなれない名前の合唱隊が、私の身の回りにいつの間にかできて、楽譜も読めない私もいつの間にか引っ張り込まれ、私の得意としない音楽の分野で、こともあろうかハーモニカながら、楽器で合唱隊の伴奏を担当することになりました。何日か前その震源地と目される年輪塾塾頭の清水さんからCDと楽譜が送られてきました。CDはパソコンで呼び出しスピーカーの音を出すようにセットして聞いたのですが、課題曲である「みかんの花咲く丘」はハーモニカで吹けるし歌も知っていますが、「私の子どもたちへ」という曲は初めて聞くので、どこからどのように始めたらいいのかまさに暗中模索といったお手上げの状態でした。

 一週間後に練習をするからそれまでに吹けるようにと、期限を決められても県外への出張などもあって練習することもできず、結果的にはその日ともう一回練習しただけで10月19日の練習日はあっという間にやってきたのです。

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 練習場は、楽器や声が夜のことゆえ人様の迷惑のかからないような場所をということで、わが家の隅にある煙会所と決められ、6時半の集合時間に遠いところは香川県と高知県と愛媛県の県境に位置する四国中央市新宮に住んでいる大西さんなど、物好きな10人ほどが集まりました。ご飯を食べると声が出ないという清水さんの言葉を信じて、それぞれが弁当持参しているのに、夕食も食べずいきなり練習を始めました。伴奏を担当する清水さんと大西さんは一見高そうに見えるギターを取り出してセットに余念がありません。私はハーモニカだけなのでセットする必要もなく、勝手に課題曲を吹いてみましたが、3日前から吹いていないので頓珍漢な音が出て手厳しい指導に遭いました。

 他の6人は浜田さんが指揮者になり、清水さんの指導で発声練習などを繰り返していました。隣近所が遠い位置にあるわが家の、しかも離れですから隣への心配は直ぐ横の親父の隠居くらいなものですが、幸せなことに親父は92歳で耳が遠いので、みんなの声や楽器の音は蚊帳の外の出来事なのです。耳が遠いことが幸いするなんて聞いたことのない良い環境での練習となりました。

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 何度か練習をして、2時間ほどで切り上げました。要はこれ以上練習しても上達しないと清水さんは思ったのでしょう。練習の途中で妻が温かいお茶を差し入れてくれましたが、妻はロートルな私や鎌田さん、大河内さんを見て(失礼)、私と同じ65歳の年齢な高齢者なので、「私の主人もいよいよ新興宗教のご詠歌に心酔したのではないか?と、見紛う光景に思わず噴き出しそうになったと、後で笑いながら述懐していました。

 その後持ち寄った大河内さんのいなり寿司、鎌田さんの梅干しなど、弁当を広げて少しの時間話しこみました。他の人は別として合唱隊など後にも先にも参加したことのない私は、友人の玉井さんがコーラス部に入り口パクしている話しを聞いて、いつも笑っていましたが、いざ自分がやってみるとこれが案外癖になりそうなのです。私はハーモニカなので自慢の美声は封印していますが、思いつきで5年前に始めたハーモニカがこんな所で生かされるなんて思ってもみませんでした。私はハーモニカを吹き始めて気がついたことは音楽は楽しいということです。「音を楽しむ」と書いて音楽という意味が少し分りました。楽譜は共通の約束事ですから勉強して楽譜が読めるようになりたいとも思いました。まあ65歳の手習いですし、そのことを言い訳にはしたくありませんが、余り肩ひじ張らず少しだけ音楽を楽しみたいと思っています。本番は11月7日なのです。


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  「いつの間に 合唱隊に 入隊し 得意楽器で 伴奏してる」

  「これまでは 独奏気まま ハーモニカ 今度は人の 声に合わせて」

  「この歳に なって合唱 するなんて 思わず吹き出す 含み笑いで」

  「これは何 まるでご詠歌 集団か? 見紛う妻も 笑いを止めて」 

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